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探偵の裏側
七十五日
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「守屋くん、裏で何かしてるのよね」
「どうしてそう思うの?」
「女の勘よ」
得意げに誇る鬼柳ちゃんに、乾いた笑いが出た。
「今は言語化して欲しいなあ」
「うぅ、……最初におかしいなって思ったのは、やっぱり小人の本を守屋くんが作った事ね。今までの他の事件も、守屋くんの息がかかっていたんでしょう?」
おや。黒幕説。その話が出るとは思わなかったな。無言のぼくを肯定と見なしたようで、鬼柳ちゃんは話を続けた。
「最近ね。探偵ってほどじゃないけれど、色々解決してみたの」
探偵の活躍振りは、ぼくも聞いている。
「……どう言えばいいのかな。普通なの。すこしの思い違いとか、すれ違いとかで起きた謎ばかりだった」
鬼柳ちゃんは立ち止まり、スッと目を閉じた。ぼくもつられて止まってしまった。
「それなのに探偵を始めるまでの謎は、どこか変わった謎ばかりだった。ううん、ちがう。守屋くんと関わった謎は……ね」
ひと味違う謎だったと、受け取っておこうか。
「それに、わたしの周りで事件が起きすぎてると思うの。不自然なくらいに」
うんうんと自分で頷いている。
「今までの謎に関わった人に話を聞いてみたの。中原先輩、丸山くん、木村先生、坂本くん、松永結愛」
指折り数えている。松永先輩との確執は、まだ続いているのだろうか。鬼柳ちゃんがここに来るまで、随分と時間がかかるものだと思っていたけれど。そんな事をしていたんだね。
鬼柳ちゃんは閉じた瞳をゆっくりと開いた。
「みんな守屋くんと関わっていた事が分かったの。守屋くんに感謝してる人、話している途中で閃いたと言う人、懲らしめられた人、いろんな人がいた。木村先生なんて怯えていたわ。何をしたの」
ナイショだよ。
「それなのに、いつも犯人は別の人。守屋くんじゃなかった。いったいどうなってるの? 今も琴音ちゃんの事以外に。誰かのために、本当は何かしているのよね」
大きな瞳でじっと見つめられるが、答える必要はない。証拠になるものと言えば、小人の本くらいのもので、あとは想像だ。状況証拠にすぎない。可能性があるだけで、ぼくを黒幕とするものは何もない。
犯人は自白しないし、罪を認めないものだ。だけど、それは探偵をつまらなくしてしまうね。
「認めるよ。ぼくは今まで色々と小細工をしてきた」
鬼柳ちゃんの顔がパッと明るくなった。
「でもそれだけだよ。ぼくはほんの少し謎を彩っただけだ。あとは何もしてない」
推理が合っている所だけは認めよう。鬼柳ちゃんはハァと息を吐き、歩き出した。諦めたのだろうか。ぼくも続き、横顔を盗み見る。少し悔しそうに下唇を噛んでいた。
「琴音ちゃんは、これからどうなるの」
「中学から私立に通うらしい。それに合わせて引っ越すみたいだよ。あと数ヶ月でいじめっ子ともお別れだね。それまではぼくも付き合うつもりだよ」
「ふーん」
ちらりとぼくを見て、
「守屋くんは、あと数ヶ月で振られちゃうんだ」
と言った。
「言われてみれば、そうなるのか」
「楽しみだね」
と言い残し、彼女はいたずらに笑いながら駆けていった。
まあ、楽しみではあるね。傷付いた小鳥が、まっさらな空に巣立っていくんだ。見守ってあげようじゃないか。
その日の夜、ぼくは学校裏サイトを見ていた。小学生誘拐、守屋。その噂で持ち切りになっていた。ぼくも有名になってしまったものだ。一言二言、最初に書いただけなのに凄いものだなあ。まあ噂じゃないからね。毎日、小学生を連れて歩いているんだ。当然と言えば当然か。
事のきっかけは探偵の知名度だった。見事探偵として解決を見せていく鬼柳ちゃんは、裏サイトでも有名になってきていた。と同時に噂の的になってしまった。
それは眠っていたはずの話が、掘り起こされてしまう事に繋がってしまう。誰も見ていないと思っていた、あの松永結愛へのビンタ。先輩への暴力。
目撃者がいたらしい。ふたりの間に何があったのかなんて、噂する人には関係ないのだろう。ただの生意気な態度に取られてしまったようだ。
そこから誹謗中傷が始まってしまった。ある事ない事噂され、個人を特定できる情報が流れ始めた時には、もう見ていられなくなった。鬼柳ちゃんが裏サイトにたどり着く事はないかも知れないけれど。これは……あまりにもひどい。
それに裏サイトはここだけではない。他の場所でも噂されているのだろう。なのに対策はないに等しい。それなら、もっと大きな噂で押しつぶしてしまおうかと、そう思った。たとえば誘拐事件とかね。
しかし驚いたよ。鬼柳ちゃんは、ぼくを黒幕だと疑っていたのか。何だか勝負に勝ちはしたけど、試合に負けた気分だね。スマホの画面を閉じて、ふと前に見ていたネット小説を思い出した。誰にも信じられなかった九龍院探偵の姿を。
誘拐犯だと名乗るぼくを、鬼柳ちゃんは誰かのために何かしているんだろと言っていた。少しは信じられているのだろうか。ちょっと照れくさい気がするね。
うーんと背伸びをして、時計に目をやった。もうすっかり夜も更けている。窓から外を覗くと、真っ暗な夜景にぽつんと光が灯っている。
人の噂も七十五日。二ヶ月半か。琴音ちゃんが卒業する頃には、鬼柳ちゃんの噂も風化してしまっている事だろう。それまでは誘拐に勤しむ事にするとしようか。
楽しみだね。春はもう、すぐそこまで来ている。
「どうしてそう思うの?」
「女の勘よ」
得意げに誇る鬼柳ちゃんに、乾いた笑いが出た。
「今は言語化して欲しいなあ」
「うぅ、……最初におかしいなって思ったのは、やっぱり小人の本を守屋くんが作った事ね。今までの他の事件も、守屋くんの息がかかっていたんでしょう?」
おや。黒幕説。その話が出るとは思わなかったな。無言のぼくを肯定と見なしたようで、鬼柳ちゃんは話を続けた。
「最近ね。探偵ってほどじゃないけれど、色々解決してみたの」
探偵の活躍振りは、ぼくも聞いている。
「……どう言えばいいのかな。普通なの。すこしの思い違いとか、すれ違いとかで起きた謎ばかりだった」
鬼柳ちゃんは立ち止まり、スッと目を閉じた。ぼくもつられて止まってしまった。
「それなのに探偵を始めるまでの謎は、どこか変わった謎ばかりだった。ううん、ちがう。守屋くんと関わった謎は……ね」
ひと味違う謎だったと、受け取っておこうか。
「それに、わたしの周りで事件が起きすぎてると思うの。不自然なくらいに」
うんうんと自分で頷いている。
「今までの謎に関わった人に話を聞いてみたの。中原先輩、丸山くん、木村先生、坂本くん、松永結愛」
指折り数えている。松永先輩との確執は、まだ続いているのだろうか。鬼柳ちゃんがここに来るまで、随分と時間がかかるものだと思っていたけれど。そんな事をしていたんだね。
鬼柳ちゃんは閉じた瞳をゆっくりと開いた。
「みんな守屋くんと関わっていた事が分かったの。守屋くんに感謝してる人、話している途中で閃いたと言う人、懲らしめられた人、いろんな人がいた。木村先生なんて怯えていたわ。何をしたの」
ナイショだよ。
「それなのに、いつも犯人は別の人。守屋くんじゃなかった。いったいどうなってるの? 今も琴音ちゃんの事以外に。誰かのために、本当は何かしているのよね」
大きな瞳でじっと見つめられるが、答える必要はない。証拠になるものと言えば、小人の本くらいのもので、あとは想像だ。状況証拠にすぎない。可能性があるだけで、ぼくを黒幕とするものは何もない。
犯人は自白しないし、罪を認めないものだ。だけど、それは探偵をつまらなくしてしまうね。
「認めるよ。ぼくは今まで色々と小細工をしてきた」
鬼柳ちゃんの顔がパッと明るくなった。
「でもそれだけだよ。ぼくはほんの少し謎を彩っただけだ。あとは何もしてない」
推理が合っている所だけは認めよう。鬼柳ちゃんはハァと息を吐き、歩き出した。諦めたのだろうか。ぼくも続き、横顔を盗み見る。少し悔しそうに下唇を噛んでいた。
「琴音ちゃんは、これからどうなるの」
「中学から私立に通うらしい。それに合わせて引っ越すみたいだよ。あと数ヶ月でいじめっ子ともお別れだね。それまではぼくも付き合うつもりだよ」
「ふーん」
ちらりとぼくを見て、
「守屋くんは、あと数ヶ月で振られちゃうんだ」
と言った。
「言われてみれば、そうなるのか」
「楽しみだね」
と言い残し、彼女はいたずらに笑いながら駆けていった。
まあ、楽しみではあるね。傷付いた小鳥が、まっさらな空に巣立っていくんだ。見守ってあげようじゃないか。
その日の夜、ぼくは学校裏サイトを見ていた。小学生誘拐、守屋。その噂で持ち切りになっていた。ぼくも有名になってしまったものだ。一言二言、最初に書いただけなのに凄いものだなあ。まあ噂じゃないからね。毎日、小学生を連れて歩いているんだ。当然と言えば当然か。
事のきっかけは探偵の知名度だった。見事探偵として解決を見せていく鬼柳ちゃんは、裏サイトでも有名になってきていた。と同時に噂の的になってしまった。
それは眠っていたはずの話が、掘り起こされてしまう事に繋がってしまう。誰も見ていないと思っていた、あの松永結愛へのビンタ。先輩への暴力。
目撃者がいたらしい。ふたりの間に何があったのかなんて、噂する人には関係ないのだろう。ただの生意気な態度に取られてしまったようだ。
そこから誹謗中傷が始まってしまった。ある事ない事噂され、個人を特定できる情報が流れ始めた時には、もう見ていられなくなった。鬼柳ちゃんが裏サイトにたどり着く事はないかも知れないけれど。これは……あまりにもひどい。
それに裏サイトはここだけではない。他の場所でも噂されているのだろう。なのに対策はないに等しい。それなら、もっと大きな噂で押しつぶしてしまおうかと、そう思った。たとえば誘拐事件とかね。
しかし驚いたよ。鬼柳ちゃんは、ぼくを黒幕だと疑っていたのか。何だか勝負に勝ちはしたけど、試合に負けた気分だね。スマホの画面を閉じて、ふと前に見ていたネット小説を思い出した。誰にも信じられなかった九龍院探偵の姿を。
誘拐犯だと名乗るぼくを、鬼柳ちゃんは誰かのために何かしているんだろと言っていた。少しは信じられているのだろうか。ちょっと照れくさい気がするね。
うーんと背伸びをして、時計に目をやった。もうすっかり夜も更けている。窓から外を覗くと、真っ暗な夜景にぽつんと光が灯っている。
人の噂も七十五日。二ヶ月半か。琴音ちゃんが卒業する頃には、鬼柳ちゃんの噂も風化してしまっている事だろう。それまでは誘拐に勤しむ事にするとしようか。
楽しみだね。春はもう、すぐそこまで来ている。
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