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こんにちは、世界

断たれる退路

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 ピクリと先生は片眉をあげた。きろりと目を剥き怪訝な眼つきで私をみつめる。

「理解しかねます。ミス、シェリン。何と問われても学校に決まっているでしょう」

 ここは木造の校舎。木張りの床には学習机が四十から並んでいる。黒板には英語の文章が板書されていて、学生と思しき生徒たちは列になって座り授業を受けていた。

 ここは紛うことなき学校で、揺らぐことのないほどに平凡な授業風景なのだ。でもだからこそここは、学校ではありえない。

「わからないことがあったら質問していいと先生がおっしゃったので、訊いてみたのですよ。ここはいったいなんですか?」

 もう一度おなじ質問をしてみるけれど、けんもほろろになしのつぶてと言った所だろうか。どうやら回答は得られなそうだ。たしかに質問して良いと言われたけれど、正しく答えてくれると言われてはいない。

 訊けば答えが返ってくるなんて甘い考えはそれこそ学校くらいなものだろう。そんなのはひとを信じすぎている。ひとは嘘をつくのだ。つまらないことから大事なことまで何にでも、何にだって。

 いつだって。

 だから私たち探偵はたしかなことを元に推理し、本当のことを明らかにしていく。ひとは信じれないから、信じるがために。

 スウッと大きく息を吸い込み、クラスの端から端まで視線を回す。だれもが探偵であるこの時代。周りに座るみんなも探偵。そのみんなが黙ってただ私を眺めている。

 覚悟は確信へと変わっていく。

「わかりました。わからないことばかりなので、わかったことから話しましょうか」

 私はもう一度高く挙手をしてから、ひとをさす為の指でまっすぐにひとを指さす。私の指は逃すことなくアイリン・アドラー先生を捉え、視線と共につらぬいた。

「円形平次くんを殺した犯人はあなただ」

 ドヨッとざわめきが起こり、私と先生の様子を交互にうかがう顔がおよそ三十九。当の本人であるアイリン先生はまったく目を逸らさずにじっと視線を送る。ツンと澄ました表情からは感情が読み取れない。

「それはわかっての発言なのでしょうね。発言した以上もう冗談では済みませんよ」

 鋭い言葉でぐっと追いつめられる。

 探偵に失敗はゆるされないのだ。名探偵であればあるほど推理を先延ばしにするのが定石。一度のまちがいが探偵にとっては命取りになってしまうからだ。もしまちがった推理を披露したのならば、その探偵の推理はもう二度と聞いてもらえなくなる。

 相手を指さす探偵ポーズは決闘の証だ。指された犯人と、指した探偵。どちらかの人生がそこで終わりを告げることになる。私はここで終わる気なんてさらさらない。終わってやるものかと決意を胸にして。

『──解くな』

 えっ、と思い辺りを見回す。

 みんなもアイリン先生も、キョロキョロしだした私を不審そうに見ていた。ならばさっきの声はだれの声でもないのだろう。

 私の不在幻聴だ。私にしか聞こえない。でもどうして、という疑問が頭をよぎる。あの声はいつだって真実を、正しいことを告げてきていたはずのに。

 どうしていま、解くな、と言ったのだ。

「根拠をお話しなさい。ミス、シェリン」

 矛先はとつぜん黙りこくった私にあたり前に向いている。もう引き返すことなんてできるわけがない。だれの声かすらわからない忠告に、後ろ髪をひかれながら話す。

「私はきょう転校してきました。あたり前のようにこの席で授業を受け、なにも滞ることなく普通に過ごすことが出来ました」

「それが何か?」

 机の中に手を突っ込みぎゅっと握りしめる。それはまるで不安を、不穏を握りつぶそうとするかのように力強い物となった。

「だから、おかしいのですよ」

 口を捻る先生に訊く。

「先生は言いましたよね。『席が空いているから、私にここを使え』と。でもそれっておかしくはありませんか? 
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