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 傾国の美女。
 という言葉には、どこか後世の人々の情趣を誘う、幻想的な響きがある。古来より、この種の人物像というのは歴史上に多くの類例があった。
 隣国の権勢家や覇王に次々と取り入ってはその愛人となり、女王としての位を保った者。
 皇帝の寵姫ちょうきとなって権をもてあそび、酒池肉林に溺れた者。
 王とその側近の双方にびて両者を仲違なかたがいさせ、ついには共倒れにさせた者。
 容貌の秀麗なること群を抜く一方で、国を滅ぼす悪女という文脈で使用されることの多い言葉だが、その意味ではミネルヴァ暦14世紀末にオユトルゴイ王国を支配したスミンこそ、代表的かつ歴史上の最大なるべき存在であろう。
 皇帝の寵愛ちょうあいを受け、皇妃や皇太后を殺させ、自ら皇妃に取って代わり、用済みになった皇帝を葬り、今度は太子の妃となって王国の全権力を掌握した。幼い皇帝やその弟たちに床入とこいりを強要し、一方で神医と称される清貧の医師アブドを手ずから刺し殺した。また内は民に重税と重罰を課し、悪政を敷いて治安も乱れ、文化はすたれた。外は野心のおもむくままに大軍を送り、侵略や略奪を飽くことなく繰り返した。これらの所業から、スミンの名は悠久たる青史にさえかつてないほどの巨悪であるとみなされている。
 が、彼女も言わずもがな、生まれたその瞬間から傾国の美女だったわけではない。そもそもついに一国を手中にするにいたったのも、彼女が大いなる闇の力を操ったためであるが、術者としての目覚めとて、彼女が少女からいよいよ女性へと鮮やかに変化しようとするその時期に至ってからなのである。
 しかも、スミンの生まれ故郷である村の人々の話によると、彼女は幼少期、天衣無縫の人柄で多くの人に愛されたという。幼いながらも両親に孝養を尽くし、誰に対しても素直で親切であり、およそ悪女という印象からはほど遠かった。意外なことではあるが、彼女が幼い頃から周囲のすべての人間を欺きだましていたのではなかったとすれば、何かしらのきっかけで、彼女の人格が闇に染まっていったということになる。
 彼女の身に、何が起こったのか。
 どのような体験が、彼女の人格を変えたのか。
 そのあたりを、彼女の歩みとともに紐解き、究明し、未来へのかてとしていくのが、歴史の使命であり存在意義であると言えよう。
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