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第六章 旦那様の傍にいたい
布石
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「アルテミシア……」
呟くように発せられた王太子殿下の声に、それまで銅像か何かのように動かなかった周囲の者達が、ハッとして動き出す。
「貴様ら! その手を離せ!」
「その方に傷一つでも付けたら、極刑に処されるぞ!」
護衛の騎士達が慌てて剣を構え、破落戸達にジリジリと近付いて行く。
けれど、何故だか男達に焦る様子は感じられない。通常であれば、正規の騎士と相対したこの状況は、彼等にとってピンチ以外の何物でもないというのに。
そのことに目敏く気付いたシーヴァイスは、用心深く男達を観察した。
「貴様ら、何故動揺しない? そちらに人数の利があるから大丈夫だとでも思っているのか?」
些細な変化も見逃さないよう、破落戸達全員に素早く視線を走らせながら、シーヴァイスはゆっくりと前に出る。
自分のことが誰だか分かっていないのだとしても、正規の騎士を連れている時点で高貴な身分であることぐらいは理解できる筈だ。
それとも、そんな事すら分からないほど此奴らは教養がないのか?
そんなシーヴァイスの考えを笑い飛ばすかのように、アルテミシアを抱えた男はいやらしい顔で笑った。
「いんや。大丈夫だなんて思ってねぇよ? 内心では動揺しまくってるが、それがあんたらに伝わってないだけじゃねぇか?」
そうだ、そうだ! と同調する男達は、わざとらしく「おかあちゃ~ん!」などと言ってふざけている。
正規の騎士達相手にどうしてそんな真似ができるのかシーヴァイスは理解に苦しむが、余裕あり気な彼等の態度はどこか不気味に感じられて。
「もういい。貴様らがそういう態度であるなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらう事にする」
腰に帯刀した剣をスラリと抜き放つと、シーヴァイスは光る刀身を頭上に掲げた。
「くそっ」
王太子の発する気迫に、さすがの男達も少しばかり気圧されたのか、アルテミシアを肩に担いだ男が、懐から素早くナイフを取り出す。咄嗟にそれを叩き落とそうとした騎士の攻撃を躱すと、男はアルテミシアの頬にピタリとナイフを沿わせた。
「ひっ!」
「剣を捨てろ! でないと、この娘の可愛い顔に一生消えない傷がつくぞ! それでもいいのか?!」
良いわけがない。
けれど、下手に抵抗しようものなら、男は間違いなくアルテミシアに傷をつけるだろう。
多少顔に傷を負っても、王女という価値があるから婚約には困らないだろうが……。
顔の傷を悲観して、アルテミシアが今まで以上に暴れる可能性は捨てきれない。これまでは宥めて脅してなんとか言う事を聞かせてきたものの、今後もそれでコントロールできるかどうかは賭けのようなものだ。
ならば、どうするか……。
破落戸と護衛の騎士を交互に見比べ、シーヴァイスは最善の策を捻り出そうと懸命に頭を働かせる。
アルテミシアの凶暴性を抑えるために、顔には絶対かすり傷一つすら付けさせるわけにはいかない。しかし、破落戸達の言う通りに剣を捨てたら、確実に逃げられてしまうだろう。
腐ってもアルテミシアは王族だ。みすみす攫われて他国に売られでもしたら、最悪国が乗っ取られる可能性だってある。
一体どうしたら……。
「おい、早く剣を捨てろ! この女がどうなっても──ん?」
唐突に男の声が途切れたため、シーヴァイスは思考を中断させて男を見遣る。
すると、ナイフを突きつけられ、怯えている筈のアルテミシアが、僅かに微笑みながら男に何事かを囁いていた。
「アルテミシア……?」
アイツは、あんな男に何を言っている?
絶対に良い事ではないと感じ取れてしまい、嫌な気持ちになるが、同時にシーヴァイスは男の気が逸れている今こそが好機だと、周囲の護衛騎士達に目だけで合図をした。
「ぐわっ!」
シーヴァイスの指示に従い、素早く動いた騎士が近場にいた破落戸の鳩尾を剣の柄で突き、体勢を崩したところで地面に叩き伏せる。
「てめぇっ!……がっ!」
怒りに目を剥いたリーダー格らしい男は、次の瞬間、思い切り振り上げられたアルテミシアの足によって後頭部を蹴り上げられ、反動で大きくよろめいた。
「アルテミシア!」
男がよろけた拍子にアルテミシアを抱えていた腕の力が弱まり、華奢な体が男の肩の上から転がり落ちる。
地面に落ちる前に受け止めようとシーヴァイスは走ったが、彼が受け止めるまでもなく、アルテミシアは地面に叩き付けられる寸前で体勢を変え、見事に自分で着地した。
「お、おお……」
あまりの見事さに、シーヴァイスは思わず立ち止まり、拍手してしまう。
しかし、そんなシーヴァイスをキッと睨むと、アルテミシアはすぐに向きを変え、一目散に駆け出した!
「えっ、ちょ、アルテミシア!?」
無言で走り去った妹と、破落戸達を捕縛するため事を構えている真っ最中の護衛騎士達と。
どちらを優先するべきか、シーヴァイスは数瞬迷った。
だが、出来事というものは、たった一秒、一瞬の遅れでさえも、取り返しのつかない事態になることがある。この時が正にそれで。
シーヴァイスの数瞬の迷いによって、破落戸のリーダーと思われた男を逃し、アルテミシアを見失うという二つの失態が同時に起きた。
まさかそれにより、幼い頃からの親友を失う事になるだなんて、その時のシーヴァイスは夢にも思っていなかった──。
呟くように発せられた王太子殿下の声に、それまで銅像か何かのように動かなかった周囲の者達が、ハッとして動き出す。
「貴様ら! その手を離せ!」
「その方に傷一つでも付けたら、極刑に処されるぞ!」
護衛の騎士達が慌てて剣を構え、破落戸達にジリジリと近付いて行く。
けれど、何故だか男達に焦る様子は感じられない。通常であれば、正規の騎士と相対したこの状況は、彼等にとってピンチ以外の何物でもないというのに。
そのことに目敏く気付いたシーヴァイスは、用心深く男達を観察した。
「貴様ら、何故動揺しない? そちらに人数の利があるから大丈夫だとでも思っているのか?」
些細な変化も見逃さないよう、破落戸達全員に素早く視線を走らせながら、シーヴァイスはゆっくりと前に出る。
自分のことが誰だか分かっていないのだとしても、正規の騎士を連れている時点で高貴な身分であることぐらいは理解できる筈だ。
それとも、そんな事すら分からないほど此奴らは教養がないのか?
そんなシーヴァイスの考えを笑い飛ばすかのように、アルテミシアを抱えた男はいやらしい顔で笑った。
「いんや。大丈夫だなんて思ってねぇよ? 内心では動揺しまくってるが、それがあんたらに伝わってないだけじゃねぇか?」
そうだ、そうだ! と同調する男達は、わざとらしく「おかあちゃ~ん!」などと言ってふざけている。
正規の騎士達相手にどうしてそんな真似ができるのかシーヴァイスは理解に苦しむが、余裕あり気な彼等の態度はどこか不気味に感じられて。
「もういい。貴様らがそういう態度であるなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらう事にする」
腰に帯刀した剣をスラリと抜き放つと、シーヴァイスは光る刀身を頭上に掲げた。
「くそっ」
王太子の発する気迫に、さすがの男達も少しばかり気圧されたのか、アルテミシアを肩に担いだ男が、懐から素早くナイフを取り出す。咄嗟にそれを叩き落とそうとした騎士の攻撃を躱すと、男はアルテミシアの頬にピタリとナイフを沿わせた。
「ひっ!」
「剣を捨てろ! でないと、この娘の可愛い顔に一生消えない傷がつくぞ! それでもいいのか?!」
良いわけがない。
けれど、下手に抵抗しようものなら、男は間違いなくアルテミシアに傷をつけるだろう。
多少顔に傷を負っても、王女という価値があるから婚約には困らないだろうが……。
顔の傷を悲観して、アルテミシアが今まで以上に暴れる可能性は捨てきれない。これまでは宥めて脅してなんとか言う事を聞かせてきたものの、今後もそれでコントロールできるかどうかは賭けのようなものだ。
ならば、どうするか……。
破落戸と護衛の騎士を交互に見比べ、シーヴァイスは最善の策を捻り出そうと懸命に頭を働かせる。
アルテミシアの凶暴性を抑えるために、顔には絶対かすり傷一つすら付けさせるわけにはいかない。しかし、破落戸達の言う通りに剣を捨てたら、確実に逃げられてしまうだろう。
腐ってもアルテミシアは王族だ。みすみす攫われて他国に売られでもしたら、最悪国が乗っ取られる可能性だってある。
一体どうしたら……。
「おい、早く剣を捨てろ! この女がどうなっても──ん?」
唐突に男の声が途切れたため、シーヴァイスは思考を中断させて男を見遣る。
すると、ナイフを突きつけられ、怯えている筈のアルテミシアが、僅かに微笑みながら男に何事かを囁いていた。
「アルテミシア……?」
アイツは、あんな男に何を言っている?
絶対に良い事ではないと感じ取れてしまい、嫌な気持ちになるが、同時にシーヴァイスは男の気が逸れている今こそが好機だと、周囲の護衛騎士達に目だけで合図をした。
「ぐわっ!」
シーヴァイスの指示に従い、素早く動いた騎士が近場にいた破落戸の鳩尾を剣の柄で突き、体勢を崩したところで地面に叩き伏せる。
「てめぇっ!……がっ!」
怒りに目を剥いたリーダー格らしい男は、次の瞬間、思い切り振り上げられたアルテミシアの足によって後頭部を蹴り上げられ、反動で大きくよろめいた。
「アルテミシア!」
男がよろけた拍子にアルテミシアを抱えていた腕の力が弱まり、華奢な体が男の肩の上から転がり落ちる。
地面に落ちる前に受け止めようとシーヴァイスは走ったが、彼が受け止めるまでもなく、アルテミシアは地面に叩き付けられる寸前で体勢を変え、見事に自分で着地した。
「お、おお……」
あまりの見事さに、シーヴァイスは思わず立ち止まり、拍手してしまう。
しかし、そんなシーヴァイスをキッと睨むと、アルテミシアはすぐに向きを変え、一目散に駆け出した!
「えっ、ちょ、アルテミシア!?」
無言で走り去った妹と、破落戸達を捕縛するため事を構えている真っ最中の護衛騎士達と。
どちらを優先するべきか、シーヴァイスは数瞬迷った。
だが、出来事というものは、たった一秒、一瞬の遅れでさえも、取り返しのつかない事態になることがある。この時が正にそれで。
シーヴァイスの数瞬の迷いによって、破落戸のリーダーと思われた男を逃し、アルテミシアを見失うという二つの失態が同時に起きた。
まさかそれにより、幼い頃からの親友を失う事になるだなんて、その時のシーヴァイスは夢にも思っていなかった──。
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