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第四章 旦那様がグイグイ来ます

街へ行った理由

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 困ったように視線を彷徨わせるリーゲル様を無言で見つめ、私は彼の言葉を待つ。

 その時の私の雰囲気から、誤魔化すのは不可能だと悟ったのだろう。リーゲル様は諦めたかのように口を開いた。

「私が街へ行ったのは、君が出掛けたことを聞いたからで……特にこれといった理由があったわけではないんだ」
「理由もないのに街へ行かれたのですか? 私が行ったという話を聞いただけで?」

 リーゲル様は無言で頷く。

 私が街へ行ったからといって、何故理由もなく彼も街へと行ったのか。

「ごめんなさい。全然意味が分からないのですけど、私が街へ行くことと、あなたが街へ行くことって何か関係があるんですか? 今までだって私は何度か街へ行っているのですが、一度も一緒に行ったことありませんよね?」

 またもや無言で頷くリーゲル様。

 一体何が言いたいんだろう?  
 
 さっぱり分からない。

「申し訳ありませんがリーゲル様、はっきりと仰っていただけませんか? これでは全く要領を掴めなくて、お話にならないかと」

 分からないことばかりで胸の内がモヤモヤし、僅かながら声に怒りが混ざってしまう。

 敏感にそれを察知したらしいリーゲル様は、私の両手を握る手に力を込めると、真っ直ぐにこちらを見つめた。
 
「すまない。その……順を追って話すと、朝食の後、私は君に庭園へ来るよう託けたが、君は来てくれなかったよな?」
「はい。お二人の仲の良さは先日の夜会の時から存じておりましたので、邪魔をしてはいけないと思いまして……」

 私の返答に、何故だか若干恨みがましい光が彼の瞳に宿る。

 そんな目をされても無理よ。だって私はあの時、二人は好き合ってると思いこんでいたんだもの。

「それで、邸内に戻ったところで君が街へ出掛けたと聞いたから、今日は妻と出掛ける約束をしていたということにして、殿下には早々にお帰り願ったんだ」
「まあ、そうでしたの」

 そんな理由でよくあの殿下が帰ったわね。

 寧ろそんなこと言われたら、絶対に長時間居座って、約束を無理矢理キャンセルさせそうなのに。

「ではもしかして、街へは私を迎えに来て下さったのですか?」

 あり得ないと思いながら、でももしかしてと期待して聞いてみる。

 絶対に違うだろうけど、万が一ってこともあるし。

 そう思っていたのだけれど。

「……そうだ。あの時私は、君を迎えに街まで行った」

 なんとリーゲル様は、はっきりキッパリそう仰ったのだ!

「嘘……」

 驚きのあまり、ついポツリとそんなことを呟いてしまう。

 すると、すぐさま否定された。

「嘘ではない! 殿下の件で君に嫌な思いをさせてしまったと思ったから、私は君を迎えに行ったんだ。買物をしているのであれば、付き合おうと思って。まさか、見つけた場所で妙なご令嬢に絡まれているとは思ってもみなかったが……」

 でしょうね。
 
 私もあんなところで絡まれるとは思っていなかったから、ビックリしたもの。

「あの時はありがとうございます。どう対処しようか考えあぐねておりましたので、とても助かりましたわ」
「そうか、それなら良かった」

 明らかにほっとした顔をされるリーゲル様。

 嫌味を言ってくる相手から庇われたことなんて初めてだったから、あれで惚れ直してしまったのよね。

 正直なところ、これまで何度もリーゲル様に惚れ直しているのだけれど。

 初めて逢った時からどうしようもなく好きで、毎日のように好きが更新されるのに、時々ああして『ドカン!』と惚れ直し要素をぶち込んで──おっと、言葉遣いが──くるから、たまったものではない。

「ちなみに、最初に街へ行った理由を言い淀んでいたのは、どうしてですの?」

 聞いた限りでは、別段躊躇う要素はなかったように思える。

 なのに言葉を濁そうとしたのは、どうしてなのかが気になって。

 純粋な興味でもってリーゲル様を見つめると、彼は暫く逡巡した後、俯いて小さな声で言った。

「その……街まで迎えに行くなど、鬱陶しいと思われないかと不安だったからで……」
「鬱陶しい? 何故そんなことを私が思うとお考えになりましたの? リーゲル様がお迎えに来てくださるなんて、嬉しさしかありませんのに」

 何を不安に思うことがあるというのか。
 
 笑顔で言うと、驚いた表情で顔を上げたリーゲル様と目が合った。

「外出して放置されるより、迎えに来ていただける方が、何倍、何万倍も嬉しいですわ」

 これは紛れもない本心だ。

 実際私は今の話を聞いて、嬉しくて堪らないから。

「そ、そうか……そうなのか。それなら良かった」

 思案気だったリーゲル様が、笑いかける私を見て、釣られたように笑顔になる。

 やっぱりリーゲル様の笑顔は素敵だわ。

 いつも私に向けてくる、作られた笑顔とは明らかに違うと分かる笑顔。

 これを夜会で王女殿下に向けていたから、誤解する原因になったのだけれど。

 ん? でも、待って。

 リーゲル様はこの笑顔を夜会で王女殿下に向けていたわけだけど、殿下のことは『好きではない』のよね?

 だったら今初めてこの笑顔を見せてもらえた私は、好きではないどころか、今までは嫌われていたっていうこと?

 気付きたくなかった現実に気付いてしまい、私は思わず頭を抱える──でも、両手を掴まれているから、気持ちのみで抱えた気になって、実際には下を向いただけだった。

 リーゲル様と本当の意味で夫婦になれる日は……遠い。



 




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