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第四章 旦那様がグイグイ来ます

甘やかす理由

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 目の前に差し出されたフォークを見つめ、私はピタリと動きを止める。

 これは一体どういうこと?

 私はフォークを受け取ればいいの?

 てっきりケーキの乗ったお皿を渡されると思っていたから、予想外の物を差し出され、どうしたらいいのか分からなくなる。

「ええっと……リーゲル様?」
「ん?」

 困って彼の名前を呼んでも、微笑んで首を傾げられるだけ。

 これ、私の言いたいこと分かってて、わざと知らない振りしてるやつよね。

 絶対そうだ。

 こんなことして、何の意味があるのだろうか。

「あの──もがっ!」

 問い掛けようと再度口を開いた瞬間、フォークに乗っていたケーキを見事口の中へと放り込まれた。

 なんという暴挙を! これはいくらリーゲル様といえども……いえどもですね……お、お、美味しいぃぃぃぃ~。

 彼のしたことに驚きつつも、ケーキのあまりの美味しさに、その他のことなど一瞬で何処かへといってしまう。

「どうだ? 美味いか?」

 聞かれて、何度も頷いた。

 だって、本当に本当に美味しかったから。

 こんなに美味しいケーキ、生まれて初めて食べたかもしれない。そう思うぐらい、美味しくて。

「良かった。実はこれを君に食べさせたかったから、此処へ来てもらったんだ。食堂で食べるのでは、味気ないからな」

 ほら、次。と、再びフォークを差し出される。

 ケーキの美味しさに味をしめた私は、何も考えずに口を開き──再度ケーキを口にした途端、ハッとなって口を押さえた。

「……! ……っ!」

 私ったら、なんてはしたないことを!

 食べさせてきたのはリーゲル様だけれど、それを断ることなく食べたのは私で。

 なんで、どうして急に彼はこんなことを?

 私達は、決してそんな仲ではないのに。

「リーゲル様、突然どうされたのですか?」

 もしや頭を打ったとか?

 あまりの彼の豹変ぶりに、思わず心配になって尋ねる。

 けれど。

「ん? どういうことだ? 私は別にどうもしていないが」

 にっこり笑って返された。なんともいえない胡散臭い笑顔で。

 こんな、こんな、ケーキを食べさせ合う──正しくは、一方的に食べさせられているだけ──ような真似、巷のバカップルぐらいしかしないものなのに。

 何を考えているのかしら?

 表情を窺っても、私には何も読み取れない。

 それはそうよね。生まれた時から公爵家嫡男としての教育を受けてきた彼と、付け焼き刃の淑女教育しか受けていない私とでは、年期と場数が全然違う。

 私などに心の内が読まれるようでは、公爵家当主などとても務まらない。

 だけど、どうしてもリーゲル様の豹変ぶりが気になった私は、再度疑問を口にした。

「その変わりようはなんなんですか? 正直、おかしくなってしまったとしか思えません」

 そしてつい、余計なことまで言ってしまったのだ。

 慌てて口を押さえるも、もう遅い。

 言ってしまった言葉は口の中には決して戻せず、取り消そうにも方法はない。

「いやあの、えっと……」

 なんで、おかしいと思ったことまで口に出してしまったんだろう。

 そこだけは絶対口にしてはいけないと思っていたのに──寧ろ、言ってはダメと思いすぎて、言ってしまった可能性がないとは言えない。

 なんとか誤魔化そうと口を開くも、そこにまたもやケーキが放り込まれ、私はそれを咀嚼するため口を閉じることを余儀なくされた。

「私が君を甘やかすのは、そんなにおかしなことなのか?」

 下から見上げるようにして、リーゲル様が問いかけてくる。

 やめて。下から見上げるとか、上目遣いとかは、あざとい女子がやるやつですからねっ。

 リーゲル様みたいな美形がやっても、美形がやったところで、痛くも痒くも……はうぅ、いつもと違う魅力が目に突き刺さるう!

「グ、グラディス大丈夫か……?」

 目を覆い、上を向いた私を心配してくれたのだろう。

 リーゲル様が焦ったように声をかけてくる。

 大丈夫。大丈夫なんです。ちょっと見慣れないものを見たせいで目にダメージを受けただけで。

 できればもっと見たいぐらいなんですが、これ以上見ると目が潰れそうなので……でも見たいんですよ? 本当はもっと見たいんです! でも目が、目がああああああああ。

 なんて言えるわけはないので、私は当たり障りのない答えを返す。

「大丈夫です。あの、リーゲル様は、私を甘やかすおつもりで? だとしたら、理由を窺いたいのですが」

 急に優しくなった理由を聞かないことには、こっちだって納得できない。

 大好きなリーゲル様に優しくされるのは嬉しいけれど、今までが塩対応すぎただけに、突然優しくされると逆に疑ってしまうのだ。

 裏で何か企んでいるんじゃないか? と。

 何もなければ勿論それで良いのだけど、ここまで態度を変えられると、最早目的がなければおかしいとしか思えない。

 私を甘やかす目的って……?
 
 答えを待ち、リーゲル様をじっと見つめる。顔面がイケメンすぎてちょっと目が潰れそう。できれば早く答えて下さい。

 そんな私の内心の葛藤が伝わった──伝わってたらヤバい気もする──のか、彼は更に笑みを深めると、こう言った。

「理由ね……特にないかな。私が甘やかしたくなったから、甘やかすだけ」
「はっ、はあああ!? むぐっ」

 だから、口を開けるたびにケーキを突っ込むのやめて下さい!
 
 もうケーキの美味しさを味わっている場合ではなく、急いで飲み込んで口を開く。

「そんな理由では納得できません。今までは塩対応だったのに、いきなりどうして……っ!」

 またもケーキを差し出され、慌てて手で口を塞いだ。

 それを見たリーゲル様は、面白くなさ気に自分でケーキを口にすると、徐に前髪を掻き上げる。

 ヤバい、カッコよ……!

 ていうか何で今、前髪を掻き上げた? わざと? わざとなの?

「夫が妻を甘やかすのに、理由なんて必要あるのか? まあ強いて言うなら、アルテミシアのせい……かな」
「アルテミシア?」

 初めて耳にする名前に、私は首を傾げた。




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