上 下
10 / 84
第一章 旦那様と仲良くなりたい

リーゲル様の私室にて

しおりを挟む
「実は私……公園に、カップルを見に行きたかったんです」
「は……?」

 勇気を出して真実を告げた私に対するリーゲル様の反応は、なんとも微妙なものだった。

 きっと、あまりにも予想外の言葉だったんだろう。

 リーゲル様は一瞬、何を言われたのか分からないといった顔をした。

「ですから、私が今日公園に行ったのは、単純にイチャつくカップルを観察するためであり、浮気目的なんかではなかったということです」
「え……は? なんだって?」

 うう、恥ずかしい。

 恐らく私の言ってることが理解できないんだろうけど、こっちだって恥を忍んで告白してるんだから、そんなあからさまな態度をとるのはやめてもらえないだろうか。

 私自身変なこと言ってる自覚はあるし、その行為が変態じみていることも、分かってる。うん、分かってはいるのよ。でも、何度も繰り返すのは正直辛い。

 けれどリーゲル様に浮気目的ではないと納得していただかない限り、私達の契約結婚は成り立たなくなってしまうから、なんとしてでも信じていただかなければならないのだ。今後も平和な結婚生活を続けるために。

 けれど、そうはいっても馬鹿の一つ覚えみたいに同じ言葉ばかりを繰り返していても拉致があかないのも事実で。ならば、と私は言い方を少しばかり変えてみることにした。

「あの、近々王宮主催の舞踏会が開かれますよね? それで私、あなたに恥をかかせないよう精一杯仲睦まじい夫婦を演じるつもりで、実物のカップルを観察しようかと──」
「はあああああ!?」

 びっくりした。

 まさかのリーゲル様から、とんでもない大声が発せられるなんて。

 思わず壁際に立っている家令やメイド達に目をやると、やはり全員が全員、驚いたような顔をしている。

 そうよね、つい先日まで動く人形と化していたリーゲル様が、人前で大声を出すなんてありえないもの。驚いて当然だわ。

 けれど、彼のこの反応を見る限り、今度こそ私の言いたいことをキチンと理解してもらえたと捉えても良いのかしら? 見た感じ、両目を見開いて口を魚のようにパクパクさせているけれど、大丈夫よね?

 今まで散々首を傾げていたくせに、どこにそんな驚く要素があったのかは分からないが、伝わったのであれば、一先ず安心しても良いだろう。

「とにかく、そういうことですので、決して浮気なんかではありません」

 未だリーゲル様が言葉を失っている間に、しれっと強調しておく。

 こうなったら言ったもん勝ちという心境だ。

「信じていただけますわね?」

 今のうちに言質をとろうと畳み掛けたら、リーゲル様が突然動きを見せた。

 明らかにハッとしてから気まずそうな顔で座り直し、態とらしい咳払いを一つ。同時に、家令達も普段の冷静な表情を取り戻す。

 やはり公爵家ともなると、使用人からしてこうも違うのか。恐らくこれが我が伯爵家であったなら、未だに取り乱しているんだろうな。

 あと一歩のところで言質は取り損ねたけれど、まぁこれはこれで、公爵家の凄さをまた一つ知ったということで満足しておこう。

 流石リーゲル公爵様、と私が感心の目を向けると、当の本人は優雅な仕草で紅茶へと口をつけたところだった。おお、最早何事もなかったかのよう。立て直しの早さが凄い。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼はカップを静かにソーサーへ置くと、また一つ咳払いをした。今度は控え目に。

 もしやこれは、仕切り直して次の質問をするつもりなのかしら? と思ったら、やっぱりそうだった。

 私、少しずつだけどリーゲル様の行動が読めるようになってきてるかもしれない。

「それで? 仲睦まじい様子を観察して、君はどうするつもりだったんだ? そもそも、そんな目的であれば、侍女と二人だけで行っても良かったのではと思うが……」

 何故、態々男を連れてまで?

 分かる。私もそれについては同意見だ。

「私も最初はそう思ったんですけど、それだと逆に公園で女二人が男を物色しているように思われてしまうかも、とも考えてしまって。それはそれで良くないと思い、侍女のポルテに相談したところ、四人で行けば目立たなくて良いのでは? という話になった為、ポルテの恋人とそのお友達にお願いして、あのような形になったというわけなのです」

 当初は恥を忍んでポルテと二人で行こうと思っていたのだが、その話を彼女が恋人にしたところ止められて、結果四人で行くことになったのだ。

「ですから私は決して浮気をしようとしていたわけではなく、純粋に旦那様と正しくイチャつくための勉強をしようと思って公園に行っただけで、お疑いになられているようなことをする気持ちなど微塵もなかったのです」

 正しくイチャつくってなんだ?

 と、つい自分で突っ込みを入れながら弁明を続ける。
 
 言いながら、耐え難い羞恥により部分的に声が小さくなってしまったことについては許してほしい。

 だってだって、こんなのただの拷問だ。

 どうして私は大好きな人を前にして、あなたとイチャつくために勉強したかった、などと頭のおかしい発言をさせられているのだろうか。

 聞く人によっては、嘘とも取られかねないこの発言。リーゲル様とて素直に受け取って下さるとは限らないのに。

 ……そうだ、そうよ。こんな言い訳、本気に取られるわけがないじゃない!

 自分が逆の立場だったら、まず信じないだろう。どんなに無実を訴えられようと、完全に白だと思うことは難しい。良くてグレーぐらいかしら?

 なのに私は、自分ですら疑わしいと思えるようなことを仕出かしてしまったのだ。

 一体なんて言えば信じてもらえる? もう何を行っても無駄かもしれない。

 そんな絶望的な現実に、今更ながら狼狽え、わたわたと言葉を重ねる。

「あ、あの、ち、違うんです! わ、私は本当にカップルを見るためだけに公園へ行きました。ですからポルテの恋人とそのお友達の方とは、何の関係もないのです。私が好きなのは旦那様だけで、私は旦那様とイチャイチャするためだけに……」
「も、もういい!」

 焦ったかのようにリーゲル様が声をあげ、驚いた私は口を噤んだ。

 もしかして怒らせた?

 けれど、どうやら違ったらしい。

「君の言いたいことはよく分かった。だから、それ以上は言わなくて良い」

 心なしか赤い顔をしたリーゲル様は、片手で顔を覆って俯いた。

 え? なに? リーゲル様どうかしたの?

 状況が把握できず、私は彼を見つめながら首を傾げる。

「あの……本当に理解して下さいましたの?」

 やらかした本人である自分ですら簡単に信用できないと思ってしまう、眉唾物のこの話を?

 本当なら嬉しいけれど、とてもそうとは思えなくて。恐る恐る確認したが、リーゲル様はハッキリと頷いてくれた。

「大丈夫だ。疑って悪かった。もう部屋に戻っていい」
 
 だったらどうして片手で顔を覆ったままなのかしら?

 せっかく久し振りに美しいご尊顔を拝見できたのに、この状態で別れるのは正直名残惜しい。

 どうせまた暫く顔を見せて下さることはないだろうから、最後にもう一度堪能したいと思ったのだけれど。

「奥様、どうぞ」

 問答無用で家令に退室を促されてしまい、私は泣く泣くリーゲル様の私室を後にする。

 もちろん、扉が閉められるその瞬間まで、深呼吸して部屋の空気を体内に取り込むことは忘れなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

あれだけ邪魔者扱いして、呪いが解かれたら言い寄るんですね

星野真弓
恋愛
 容姿の醜悪さによって家族や婚約者のアロイスからも忌み嫌われている伯爵令嬢のアンナは、何とか他のことで自分の醜さを補おうと必死に努力を重ねていた。様々な技能や学力をつけることで、皆に認めてもらいたかったのである。  そんなある日、アンナは自身の醜い容姿は呪いによるものであることに気付き、幼馴染でもあり、賢者でもあるパウルに治して欲しいと頼み込み、協力してもらえることになる。  これでもう酷い扱いをされないかもしれないと喜んだ彼女だったが、それよりも先に浮気をした事にされて婚約を破棄されてしまい、その話を信じ込んだ両親からも勘当を言い渡されてしまう。  しかし、アンナに掛けられた呪いが解かれると、どういうわけかアロイスや今まで冷たく接して来た人達は態度を急変させて――

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

【完結】旦那さまは、へたれん坊。

百崎千鶴
恋愛
私の大好きな旦那さまは、ちょっぴりへたれで甘えん坊のお花屋さん。そんな彼との何気ない日々が、とても幸せでたまらないのです。 (🌸1話ずつ完結の短編集。約8年前に書いた作品の微修正版です) (🌷表紙はフリーイラストをお借りしています)

処理中です...