上 下
3 / 84
第一章 旦那様と仲良くなりたい

私が彼の婚約者!?

しおりを挟む
「私がヘマタイト公爵令息様の婚約者に?」

 アンジェラお姉様の駆け落ち騒動があってから、三ヶ月ほど経った頃──なんの前触れもなく、いきなりそんな話が私の元に舞い込んできた。

「ど、どうして私なんかが? お姉様とは見た目から何から全然違うのに!」

 嬉しい気持ち半分、信じられない、不安といった気持ちで頭の中がいっぱいになる。

 だってだって、彼はとてもお姉様のことが好きだった筈。いくら私が血の繋がった妹とはいえ、姉妹であることが疑わしいとつい自分でも思ってしまうほど、お姉様とは似ても似つかないのに。

 動揺する私に、父は落ち着けとばかりにマカロンを差し出してくる。

「……いただきます」

 食べ物の誘惑に勝てず、取り敢えず受け取って、父の向かい側のソファに腰を下ろす。

 こんな物があるなら、最初から出してくれればいいのに、というのは黙っておいた。

「それで、お前が新たな婚約者に選ばれた理由なんだが、元々アンジェラとヘマタイト公爵令息との婚約は政略的なもの──」
「ええっ!?」

 あまりに予想外過ぎて、つい素っ頓狂な声が出てしまう。

 ついでにお父様の話を遮る形になってしまい、怖い目で睨まれた。

 実の娘にそんな目を向けなくてもいいのに……。

 お父様は心が狭いなと思いつつ、私は自分の口を黙らせるためにマカロンを一口頬張る。

 口の中にものを入れてたら、流石に喋ることはないだろう。って、自分で自分の口が信用できないってどういうことだ。私の口は私の意思とは別に動くのか、怖い怖い。

「……聞いているのか?」
「は、はい! ごめんなさい!」

 余計なことを考えていたら、見事にバレて怒られた。

 ちゃんと話に集中しよう。

「つまり、あの二人は政略結婚として縁組みされていたわけだから、アンジェラがいなくなったら別の家──という訳にはいかなくてな。なんせあちらは国内屈指の公爵家だ。だからこそ、その結婚相手は長い時間をかけて様々な要素を検討、吟味したうえで決められている。今からまたそれをやっていたのでは、公爵令息様の成人の儀にとても間に合わない。ならば、我が家門には歳の近い娘がもう一人いることだし、そちらで手を打ってはどうか、ということになったのだ」
「手を打つってそんな……大体ヘマタイト様は納得されたのですか? 婚姻半年前に駆け落ちされた婚約者の家の人間など、普通に考えて嫌なのでは?」

 正論だ、私の口から正論が出た。

 だってそんなの私だったら絶対嫌だ。

 逃げられた婚約者の妹と結婚するだなんて、結婚している限り永遠に自分の黒歴史から逃れられないことになる。

 そんな悪魔のような所業を、傷付いたヘマタイト公爵令息様にするなんて信じられない。それを決めた人達には人の心がないんだろうか……って、お父様もその中の一人なんだった。

 ということは……え~! 私にもその鬼の血が流れているということ? なんだか軽くショックなんですけど……。

 思わず頭を抱えると、やたら神妙な顔で、鬼から二つ目のマカロンを渡された。

 何これ。

 お菓子をやるから話を聞けとか、そういう感じ? どんだけ子供扱いされてるんだ、私は。

 しかも、私がマカロンを受け取るやいなやお父様が口を開くものだから、その疑いが確証に変わってしまう。

 ……まじか。

「グラディス、政略結婚というのはな、本人同士の気持ちなど関係ないんだ。国の為、家の為、心を殺して結婚し、後継ぎを作る。これは貴族である者の義務なんだよ。それが嫌なら裕福な暮らしを捨て、平民になるしかない。平民であれば、ある程度自由に結婚できるからね」
「そんな……」

 若干子供の言い聞かせるかのような語り口調に不満を覚えつつ、貴族の結婚の自由のなさに絶望する。

 いや、私は次女でお姉様ほど貴族の柵に縛られていなかったから、恐らく今まではある程度自由にさせてもらえていたのだろう。

 長女であるお姉様さえきちんとした家に嫁いでお役目を果たせば、我が家門は爵位継承のため縁戚から後継者となる男子を招き入れることができる筈だったのだから。

 家のために大きな役割を果たすのはお姉様の役目であり、私はといえば、適当な爵位持ちの家の方に嫁げれば、それで良かった。

 嫁ぐお相手が貴族でさえあれば、爵位の高さや家柄などは然程関係なく、だからこそ気に入った方の元へ嫁いでくれればそれで良いと言われていたから。

 こんなにも貴族の長子としてのお役目が重いものだとは、思ってもみなかった。

 思ってもみなかったけど、お姉様がいなくなってしまった今、その代わりをする人間が必要なわけで。それに一番適した人間が私だということはつまり、それってどういうこと?

 混乱する頭の中をマカロンの甘さによって落ち着け、お父様の言われたことをじっくりと思い出す。

 政略結婚、国の為、お姉様の代わり、後継ぎ……。

「え、ええええええええええっ!?」

 お父様に言われたことの全てを理解した瞬間、私は大声をあげていた。

「な、なんだグラディス。うるさいぞ」

 人が心底驚いてるのに、「うるさい」は酷くないですか? お父様。

 思わず耳を塞いだお父様 (もう鬼と呼んでもいいかもしれない) に詰め寄ると、私は腕を掴んで揺さぶった。

「だってだって! よく考えたら私、公爵家に相応しい淑女教育なんて受けてませんもの! 確かお姉様は、家庭教師を別に雇って受けていらっしゃいましたよね? ですが私はその間、ただ遊んでいただけですし……だからそんな教育も受けてない私が、いきなり公爵家の嫁になるだなんてそんな……そんなの無理です!」
「あ……あ~……そう言われれば、そんな気も……」

 遠い目をするお父様。

 もうっ! 全然頼りにならないんだからっ。

「とにかく今すぐにでも淑女教育の教師を雇って下さい! それが出来ないならこのお話はお断りして下さい。結婚したはいいけれど、礼儀がなっておらずに即離縁なんてことには、なってほしくないでしょう?」

 そこまで言うと、お父様はハッとして立ち上がった。

「そ、そうだな。いくら離縁されるとしても、貴族として恥ずかしい理由での離縁だけは避けなければならんな、うむ」

 なにやら一人で納得して、足早に部屋を出て行ってしまう。

 今の言い方、なんとなく離縁前提に聞こえたんですけど……と思いつつ、納得できてしまう自分が悲しい。

 ヘマタイト公爵家が欲しかったのはお姉様。

 あの完璧すぎる公爵家御令息であるリーゲル様とも、お姉様だったら釣り合いがとれただろう。実際、学院で一緒にいるお二人を見た時は、そのまま絵にして部屋に飾りたいと思ってしまったし。

 それぐらい、傍目に見てもお似合いの二人だった。

 でも私とじゃ……ただでさえ不幸そうな顔って言われてるのに、最愛の人に駆け落ちされたリーゲル様の不幸を、倍増しにして見せてしまう気さえする。

 せめてせめて私が幸せそうな顔だったなら、そんなこともなかったかもしれないけれど。

 あ、でも私だけ幸せそうでも、それはそれでリーゲル様の不幸が際立ってしまうのか。

 そう考えると難しい……。

 今日寝て起きたら、突然変異でお姉様の顔になってる、なんて奇跡起きないかな。

 起きないよなぁ、絶対無理だよなぁ。

 どんなにマッサージを頑張っても、化粧で顔を変えようとしても、化け物にしかならなかったし……。

 あれは私の黒歴史だ。

 屋敷の使用人達にまで、一律引かれたことは記憶に新しい。

 顔を変えるのが無理なら、とにかくそれ以外を完璧にするしかないよね!

 そうして、リーゲル様が絶対婚約破棄できない、離縁できないような人間になる!

 一度は諦めた恋だったけど、結婚するなら封印を解き放っても許される筈。

 リーゲル様に対する恋心を全開にして、それを原動力に頑張るんだ、私。

 せっかく回ってきたこの機会、絶対に無駄にしない。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、やさしいのか

れもんぴーる
恋愛
エミリアの婚約者ヨハンは、最近幼馴染の令嬢との逢瀬が忙しい。 婚約者との顔合わせよりも幼馴染とのデートを優先するヨハン。それなら婚約を解消してほしいのだけれど、応じてくれない。 両親に相談しても分かってもらえず、家を出てエミリアは自分の夢に向かって進み始める。 バカなのか、優しいのかわからない婚約者を見放して新たな生活を始める令嬢のお話です。 *今回感想欄を閉じます(*´▽`*)。感想への返信でぺろって言いたくて仕方が無くなるので・・・。初めて魔法も竜も転生も出てこないお話を書きました。寛大な心でお読みください!m(__)m

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう
ファンタジー
書籍1~8巻好評発売中!  コミカライズ連載中! コミックス1~3巻発売決定! ビッグバロッグ王国・大貴族エストレイヤ家次男の少年アシュト。 魔法適正『植物』という微妙でハズレな魔法属性で将軍一家に相応しくないとされ、両親から見放されてしまう。 そして、優秀な将軍の兄、将来を期待された魔法師の妹と比較され、将来を誓い合った幼馴染は兄の婚約者になってしまい……アシュトはもう家にいることができず、十八歳で未開の大地オーベルシュタインの領主になる。 一人、森で暮らそうとするアシュトの元に、希少な種族たちが次々と集まり、やがて大きな村となり……ハズレ属性と思われた『植物』魔法は、未開の地での生活には欠かせない魔法だった! これは、植物魔法師アシュトが、未開の地オーベルシュタインで仲間たちと共に過ごすスローライフ物語。

【完結】五度の人生を不幸な出来事で幕を閉じた転生少女は、六度目の転生で幸せを掴みたい!

アノマロカリス
ファンタジー
「ノワール・エルティナス! 貴様とは婚約破棄だ!」 ノワール・エルティナス伯爵令嬢は、アクード・ベリヤル第三王子に婚約破棄を言い渡される。 理由を聞いたら、真実の相手は私では無く妹のメルティだという。 すると、アクードの背後からメルティが現れて、アクードに肩を抱かれてメルティが不敵な笑みを浮かべた。 「お姉様ったら可哀想! まぁ、お姉様より私の方が王子に相応しいという事よ!」 ノワールは、アクードの婚約者に相応しくする為に、様々な事を犠牲にして尽くしたというのに、こんな形で裏切られるとは思っていなくて、ショックで立ち崩れていた。 その時、頭の中にビジョンが浮かんできた。 最初の人生では、日本という国で淵東 黒樹(えんどう くろき)という女子高生で、ゲームやアニメ、ファンタジー小説好きなオタクだったが、学校の帰り道にトラックに刎ねられて死んだ人生。 2度目の人生は、異世界に転生して日本の知識を駆使して…魔女となって魔法や薬学を発展させたが、最後は魔女狩りによって命を落とした。 3度目の人生は、王国に使える女騎士だった。 幾度も国を救い、活躍をして行ったが…最後は王族によって魔物侵攻の盾に使われて死亡した。 4度目の人生は、聖女として国を守る為に活動したが… 魔王の供物として生贄にされて命を落とした。 5度目の人生は、城で王族に使えるメイドだった。 炊事・洗濯などを完璧にこなして様々な能力を駆使して、更には貴族の妻に抜擢されそうになったのだが…同期のメイドの嫉妬により捏造の罪をなすりつけられて処刑された。 そして6度目の現在、全ての前世での記憶が甦り… 「そうですか、では婚約破棄を快く受け入れます!」 そう言って、ノワールは城から出て行った。 5度による浮いた話もなく死んでしまった人生… 6度目には絶対に幸せになってみせる! そう誓って、家に帰ったのだが…? 一応恋愛として話を完結する予定ですが… 作品の内容が、思いっ切りファンタジー路線に行ってしまったので、ジャンルを恋愛からファンタジーに変更します。 今回はHOTランキングは最高9位でした。 皆様、有り難う御座います!

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

あなたが私を愛さないとおっしゃるのなら、いっそこのまま殺してくださいませ

石河 翠
恋愛
小国の王女であるカレンは妹に婚約者を奪われ、婚約を破棄されてしまう。それはカレンにとって二度目の裏切りだった。実は婚約者は前世の恋人で、その時も妹に寝取られていたのだ。 愛を伝えれば愛が重いと言われ、控えめに過ごせば自分に興味がないのだろうとなじられる。うんざりした彼女は、新たな嫁ぎ先である魔王相手に先制パンチを食らわせることにした。 お飾りの妻なんてまっぴらごめんだ。愛されないならいっそ死んでやる! メンヘラ全開で啖呵を切ったはすなのに、なぜか相手の反応はカレンの想像とは異なっていて……。 愛が重い一途なヒロインと、彼女の幸せを見届けたい拗らせヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:208733)をお借りしています。

処理中です...