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恋人ごっこ
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「ち……違う、ラケシス違う! 違うんだ!」
ドノヴァンが、地面を這いつくばるようにして移動し、私の足へと縋り付いてくる。
こんなにも焦った様子の彼を見るのは初めてだ。
いつも自信満々で「俺について来い」的な空気を全身から醸し出しているのに。
幼馴染を失うことが、そんなに嫌なの?
便利で使い勝手の良い幼馴染が、恋人とは別に堂々と侍らしておける幼馴染が、そんなに必要? それはどうして?
「俺は本当にアリーシャとは何でもない! 公認だろうがなんだろうが、俺が好きなのはラケシスだ。その気持ちに嘘はない!」
「うん……そっか。ありがとう」
嬉しい筈なのに、どうしても返事が素っ気なくなってしまう。
ドノヴァンが幼馴染である私を繋ぎ止めたいがためだけに告白までしてくるとは思えないけれど、最近の出来事を色々と振り返ってみる限り、どうしてもその不安が拭えなくて。
あんなにもアリーシャさんと仲良くしていたくせに。
私との通学や、お弁当まで断ってアリーシャさんと一緒にいたくせに。
今更なんなの?
「ドノヴァン……」
「ん?」
名前を呼ぶと、ドノヴァンは未だ私の足に縋り付いた状態のまま、情けない表情で私のことを見上げてきた。
こんな状態の彼ですら幻滅できず、いつもと違う角度から見る彼の顔も格好良いなんて、つい思ってしまう私は終わってるのだろう。
だけど今はそんな事より、とても知りたいことがある。
あなたの本心は何処にあるの? あなたは本当は何を思っているの?
それを知りたい。
だって私には分からないから。
学園に入学する前までは、ドノヴァンの考えていることは何でも分かるような気がしていたけど、今はサッパリ分からない。
だから尋ねる。
正面切って尋ねるのは勇気がいるし、とても怖いけれど、それでも。ドノヴァンの本心を確かめなければ、どうすることもできないから。
「ドノヴァンは……以前私に言ったよね? アリーシャさんとは付き合っているようなものだって。付き合っているようなものって何? あれはどういう意味だったの?」
「あれは……」
言葉に詰まり、ドノヴァンの瞳が困ったように彼方此方へと向けられる。
やっぱりすぐには答えられないのね。
その返答如何によって、自分の狡さが露呈してしまうから。
アリーシャさんを恋人未満でキープしたまま、私と幼馴染としての関係を続けようとした。その事実を知られてしまうから。
でも、ごめんねドノヴァン。
あなたの真実の気持ちを知りたいから、ここで質問に手は抜かないわ。きちんと本当のことを話してもらう。
「付き合っているようなものなら、実際に付き合っても問題はなかったんじゃないの? なのにどうしてドノヴァンは、アリーシャさんの告白を受け入れなかったの?」
「それ……は……」
ドノヴァンは明らかに逡巡した。
これでは、何を聞いても答えてくれそうにない。
仕方なく、私はわざと大きな声を出した。
「ハッキリ言って!」
ビクッ、とドノヴァンの肩が跳ねる。
いや、そこまでビクつくほど大声ではなかったよね?
あまりの彼の怯え方に若干傷つくも、そこで漸く私から離れたドノヴァンは、その場にぺたんと座り込んだ。
「ごめん……。俺、アリーシャに告白された時、そんなの初めての経験だったから、どうしたら良いか分からなくて、咄嗟に返事を保留したんだ。それまでアリーシャのことをそういう目で見たことがなかったし、ラケシス以外はみんな同じだと思ってたから……」
「はあ!? 幼馴染以外はみんな同じってなんだよ! 意味が分からねぇ!」
怒ったようにお友達がドノヴァンに詰め寄る。
だけど私はなんとなく、その時ドノヴァンの言いたいことが分かったような気がしてしまった。
学園に入学するまで、私の世界はドノヴァンだけがいて、ドノヴァン一色に染められていた。
学園に入ったら一気に世界は広がったけれど、急にはその中へ溶け込めなくて。
沢山の美しいご令嬢達、格好良いご子息の方々。でも何処か他人事で。誰と話しても、何人の人と仲良くなっても、何かが違う。ドノヴァン以外の人に感じる、違和感。
もしかして、ドノヴァンもそれを感じていたの? それとも、彼が言っているのは、そういうことではなかったりする?
じっとドノヴァンを見つめ、彼の次の言葉を待つ。
するとドノヴァンは、友達へ向けていた視線を一瞬此方へ向けた後、渋々といった様子を隠す風もなく、ボソボソと次の言葉を紡いだ。
「だから……ラケシス以外の女子はみんな同じように感じてたっていうか。告白されてから、アリーシャが学園に送り迎えしてくれたり、弁当作ってきたりしてくれて、これが彼女か……こういうのが恋人同士なのかって思ったのは事実だよ。でも、そうか……恋人ってこういうものなのか……って思っただけで、それ以上は何も思うことがなくて。それでつまり、実際には付き合ってないんだけど、恋人っぽいことしてた自覚はあったから、付き合ってるようなものって言ったっていうか……」
「はああ!? なんだよ、それ! じゃあなにか? アリーシャはお前の恋人ごっこに付き合わされただけだって言うのか!?」
至近距離で詰め寄ってくるお友達から距離を取りつつ、ドノヴァンは項垂れる。
申し訳なさそうな顔をしているのは、恐らくお友達の言ったことが的を射ていたからだろう。
まさか、恋人気分を味わうためにアリーシャさんと一緒にいただなんて。
「でも言っておくが、俺からは何一つアリーシャに頼んだことはないからな。学園への送迎も、弁当も、俺は今まで通りで良かったんだ。けどアリーシャが、ぜひ自分にやらせて欲しいって言うから、告白の返事をするまでってことで好きにさせてただけで、俺が言ったわけじゃない。そこは誤解しないでくれよな」
「なっ! そんな……」
ふらふらとお友達が後退り、その拍子に出っ張っていた木の根に躓き、尻餅をつく。
けれど、そんなことは意に介してもいないようで、茫然とその場に座り込んだままだ。ドノヴァンの言葉が相当ショックだったんだろう。思わず心配になってしまう程に顔色は青く、蒼白といっても過言ではない。
アリーシャさんとドノヴァンの関係に、彼はどうしてあんなにも衝撃を受けているんだろう?
もし彼がアリーシャさんを好きだったとしたら、ドノヴァンと付き合っていない方が嬉しい筈なのに。
さっきもやたら「アリーシャと付き合え」としきりに言っていたけれど、一体どういうつもりで言っていたのかしら。
ドノヴァンが、地面を這いつくばるようにして移動し、私の足へと縋り付いてくる。
こんなにも焦った様子の彼を見るのは初めてだ。
いつも自信満々で「俺について来い」的な空気を全身から醸し出しているのに。
幼馴染を失うことが、そんなに嫌なの?
便利で使い勝手の良い幼馴染が、恋人とは別に堂々と侍らしておける幼馴染が、そんなに必要? それはどうして?
「俺は本当にアリーシャとは何でもない! 公認だろうがなんだろうが、俺が好きなのはラケシスだ。その気持ちに嘘はない!」
「うん……そっか。ありがとう」
嬉しい筈なのに、どうしても返事が素っ気なくなってしまう。
ドノヴァンが幼馴染である私を繋ぎ止めたいがためだけに告白までしてくるとは思えないけれど、最近の出来事を色々と振り返ってみる限り、どうしてもその不安が拭えなくて。
あんなにもアリーシャさんと仲良くしていたくせに。
私との通学や、お弁当まで断ってアリーシャさんと一緒にいたくせに。
今更なんなの?
「ドノヴァン……」
「ん?」
名前を呼ぶと、ドノヴァンは未だ私の足に縋り付いた状態のまま、情けない表情で私のことを見上げてきた。
こんな状態の彼ですら幻滅できず、いつもと違う角度から見る彼の顔も格好良いなんて、つい思ってしまう私は終わってるのだろう。
だけど今はそんな事より、とても知りたいことがある。
あなたの本心は何処にあるの? あなたは本当は何を思っているの?
それを知りたい。
だって私には分からないから。
学園に入学する前までは、ドノヴァンの考えていることは何でも分かるような気がしていたけど、今はサッパリ分からない。
だから尋ねる。
正面切って尋ねるのは勇気がいるし、とても怖いけれど、それでも。ドノヴァンの本心を確かめなければ、どうすることもできないから。
「ドノヴァンは……以前私に言ったよね? アリーシャさんとは付き合っているようなものだって。付き合っているようなものって何? あれはどういう意味だったの?」
「あれは……」
言葉に詰まり、ドノヴァンの瞳が困ったように彼方此方へと向けられる。
やっぱりすぐには答えられないのね。
その返答如何によって、自分の狡さが露呈してしまうから。
アリーシャさんを恋人未満でキープしたまま、私と幼馴染としての関係を続けようとした。その事実を知られてしまうから。
でも、ごめんねドノヴァン。
あなたの真実の気持ちを知りたいから、ここで質問に手は抜かないわ。きちんと本当のことを話してもらう。
「付き合っているようなものなら、実際に付き合っても問題はなかったんじゃないの? なのにどうしてドノヴァンは、アリーシャさんの告白を受け入れなかったの?」
「それ……は……」
ドノヴァンは明らかに逡巡した。
これでは、何を聞いても答えてくれそうにない。
仕方なく、私はわざと大きな声を出した。
「ハッキリ言って!」
ビクッ、とドノヴァンの肩が跳ねる。
いや、そこまでビクつくほど大声ではなかったよね?
あまりの彼の怯え方に若干傷つくも、そこで漸く私から離れたドノヴァンは、その場にぺたんと座り込んだ。
「ごめん……。俺、アリーシャに告白された時、そんなの初めての経験だったから、どうしたら良いか分からなくて、咄嗟に返事を保留したんだ。それまでアリーシャのことをそういう目で見たことがなかったし、ラケシス以外はみんな同じだと思ってたから……」
「はあ!? 幼馴染以外はみんな同じってなんだよ! 意味が分からねぇ!」
怒ったようにお友達がドノヴァンに詰め寄る。
だけど私はなんとなく、その時ドノヴァンの言いたいことが分かったような気がしてしまった。
学園に入学するまで、私の世界はドノヴァンだけがいて、ドノヴァン一色に染められていた。
学園に入ったら一気に世界は広がったけれど、急にはその中へ溶け込めなくて。
沢山の美しいご令嬢達、格好良いご子息の方々。でも何処か他人事で。誰と話しても、何人の人と仲良くなっても、何かが違う。ドノヴァン以外の人に感じる、違和感。
もしかして、ドノヴァンもそれを感じていたの? それとも、彼が言っているのは、そういうことではなかったりする?
じっとドノヴァンを見つめ、彼の次の言葉を待つ。
するとドノヴァンは、友達へ向けていた視線を一瞬此方へ向けた後、渋々といった様子を隠す風もなく、ボソボソと次の言葉を紡いだ。
「だから……ラケシス以外の女子はみんな同じように感じてたっていうか。告白されてから、アリーシャが学園に送り迎えしてくれたり、弁当作ってきたりしてくれて、これが彼女か……こういうのが恋人同士なのかって思ったのは事実だよ。でも、そうか……恋人ってこういうものなのか……って思っただけで、それ以上は何も思うことがなくて。それでつまり、実際には付き合ってないんだけど、恋人っぽいことしてた自覚はあったから、付き合ってるようなものって言ったっていうか……」
「はああ!? なんだよ、それ! じゃあなにか? アリーシャはお前の恋人ごっこに付き合わされただけだって言うのか!?」
至近距離で詰め寄ってくるお友達から距離を取りつつ、ドノヴァンは項垂れる。
申し訳なさそうな顔をしているのは、恐らくお友達の言ったことが的を射ていたからだろう。
まさか、恋人気分を味わうためにアリーシャさんと一緒にいただなんて。
「でも言っておくが、俺からは何一つアリーシャに頼んだことはないからな。学園への送迎も、弁当も、俺は今まで通りで良かったんだ。けどアリーシャが、ぜひ自分にやらせて欲しいって言うから、告白の返事をするまでってことで好きにさせてただけで、俺が言ったわけじゃない。そこは誤解しないでくれよな」
「なっ! そんな……」
ふらふらとお友達が後退り、その拍子に出っ張っていた木の根に躓き、尻餅をつく。
けれど、そんなことは意に介してもいないようで、茫然とその場に座り込んだままだ。ドノヴァンの言葉が相当ショックだったんだろう。思わず心配になってしまう程に顔色は青く、蒼白といっても過言ではない。
アリーシャさんとドノヴァンの関係に、彼はどうしてあんなにも衝撃を受けているんだろう?
もし彼がアリーシャさんを好きだったとしたら、ドノヴァンと付き合っていない方が嬉しい筈なのに。
さっきもやたら「アリーシャと付き合え」としきりに言っていたけれど、一体どういうつもりで言っていたのかしら。
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