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第一章 回り出した歯車

娘の価値

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 さて、どうするか……。

 呻き苦しむ村人達を見下ろしながら、ミルドは次に打つ手を冷静に考えていた。

 娘について有益な情報を得た今、何が何でも彼女を王宮へと連れて行かなければならない。

 万が一、主君の望んだ人物ではなかったとしても、を話せば必ず食い付いてくる。否、あれを聞いて興味を示さぬ者などいないだろう。だからこそ、絶対に逃げられるわけにはいかない。

 もしあの娘に逃げられようものなら、次の宛てはもうないのだ。そうなれば、永遠に終わらぬ任務を死ぬまで熟し続ける羽目になってしまう。

「それだけは絶対にごめんだ……」
 
 これまでの苦難を思い出し、ミルドは唇を噛みしめた。

 今の任務を受けてから、すぐに島中を端から端まで巡り、条件に当て嵌まる年頃の娘を、片っ端から王宮へと送り込んだ。

 一巡目は『これだ』と思える娘だけを選んで。

 だが、それでは駄目だったから、二巡目は島の隅から隅まで見て回り、全ての娘を捕獲し、王宮へと連れて行った。

 島に存在する娘を漏れなく全員連れて行けば、必ずその中に目当ての娘がいる。例え、どれほど時間が掛かろうとも、島を何周もするよりは、その方が余程確実だろうと踏んで。

 しかし、その最後となる娘を連れ帰っても、主君は首を縦に振らなかった。

 何故だ──。

 その時のミルドの心は、最早折れる寸前であった。

 島中の町や村を訪問し、端から端まで探し回って、抜けなくすべての娘を捕らえた。なのに主君は『違う』と言って首を振る。

 これはもしや、単なる嫌がらせではないか?

 一瞬、そんな考えがミルドの脳裏を過ぎった。

 元々自分が主君に好かれていないことは知っていたから、余計にそう思ったのかもしれない。

 だが、自分への嫌がらせのためだけに、小隊の隊員達まで巻き込むのは不可解だった。

 主君であるルーチェは、とにかく無駄なことが嫌いで、必要経費とあらば湯水のように金を遣った前王とは、正反対の人物だ。

 だからどんな内容の任務であろうと、小隊の人数は一貫して変えなかった──恐らく人数編成が面倒だったのだろうが──前王と違い、ルーチェは任務の内容毎に、毎回人数と必要経費の見直しをし、最低限で当たらせていた。

 彼が何故そうするかは分からなかったし、それによって任務を熟すのがキツくなったことで、一時期王宮騎士達の不満が噴出したのだが──気付けば、みな黙って従うようになっていた。

 新しい主君に対し、不平不満を言っていたことなど、まるでなかったかのように黙々と。

 みなの態度が急に変わった理由がミルドには分からなかったが、単に首を切られたくなかったんだろうと思い、深く考える事はしなかった。元より自分はさほど経費を遣う性質ではなかった為、困ることはなかったし。

 そんなルーチェが、今回の任務に限っては、多過ぎと思える程の人員を割いてきたのだ。勿論、必要経費として渡された金も今までの比ではなく、二度見、三度見をしてしまうほどの金額であった。

 ──結果として、今やその金は全て遣い切り、人員も半分程に減ってしまったが。

 これが嫌がらせだとするなら、金も人員も無駄にし過ぎている。

 単純にミルドが気に入らないというだけなら、こんな回りくどい真似はせず、適当な理由をつけて排除することだって出来た筈だ。寧ろその方が、余程簡単だったろう。

 なのに、それをしないということは……。

 何か理由があるに違いない。

 まさか本当に、主君であるルーチェの求める娘が何処かに存在しているというのか?

 半信半疑ながらも、ミルドは三度目の正直とばかりに、今度は町や村だけでなく、森や岩山など、ありとあらゆる場所を含めて探索を開始した。深い森の中で道に迷い、岩山では滑落し、逃げ出したい気持ちを無理矢理押さえつけて。

 精も根も尽き果て、ただ使命感によってのみ、突き動かされる日々。

 そんな中でようやく見つけた、隠された村と一人の娘。

 何の変哲もないただの娘かと思いきや、不可思議な秘密を持った、特殊な娘だった。

 例え今回またハズレであったとしても、交渉材料として使う価値はあるだろう。否、場合によっては、目的の娘より価値があるかもしれない。

 だから絶対に逃がす事なく、王宮へと連れて行かなければ。

「と言っても、未だ良い案は一つも浮かんではいないわけだが……」

 そこでミルドは徐に膝をつき、一人の村人の襟首を掴むと、強い力で締め上げた。

 ここは手っ取り早く、正攻法でいくしかない。あまり時間を掛けて、娘に妙な気を起こされても厄介だ。

 首を絞められ、堪らず苦し気な声を上げた村人を、ミルドは睨み付けながら問う。

「一つ聞きたい事があるんだが……あのラズリとかいう娘に、弱点のようなものはあるか? 弱味と言っても良い。できれば自分の命を投げ出す事も厭わないようなものであれば、尚ありがたいんだが……」
「………………」

 心当たりがあるようで、村人は明らかに視線を逸らした。

 だがそれで、ミルドが諦める筈はない。

「答えたくないなら、それでも良い。お前以外にも聞ける人間は沢山いるからな。……ああ、そうだ。知ってて答えないのだと私が思った場合、お前は王宮騎士を謀った罪で死ぬ事になるが、それで良いか?」

 瞬間、大きく目を見開いた村人に、ミルドは勝利を確信した。

 自分に嘘を吐こうが吐かまいが、村人達の死は既に決定事項なのだが、そんな事を親切に教える必要はない。

 使える物は何でも使う。嘘も方便。

 当たり前の事だろう。








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