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第九章 魔力を吸う札
返品不可
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既に真っ暗になった森の中──月明かりを頼りに、ラズリは無言で短剣を振り続ける。
彼女が剣を振るうたび木々の枝葉は足元へ落ちていくのだが、ラズリは上しか見ていない為、足元で山のように積み上がっていくものに気付いている様子はない。
あまりに積み上がればそれが元で転ぶ可能性だってあるというのに、そんなことは考えてもいないようで、ただひたすらに剣を振り、邪魔な枝葉を切り落としていく。
そんな彼女を助けるかのごとく、一定の間隔で切り落とされた枝葉を纏め、端へ寄せてやっているのは奏だ。
無論堂々と姿を見せてやっているわけではなく、近場の木の上からラズリの動向を観察しながらやっているため、ラズリ本人は奏の存在に気が付いてはいない。
だが、奏はそのことに不満を言うわけでもなく、ただただ作業のように無言で枝葉を纏め続ける。
いや、実際作業なのだろう。ひたすら枝葉を切り落とすラズリと、それを纏め続ける奏。
つまらなさそうな顔をしながらも、せっせと手助けする奏を横目で見ながら、闇は僅かに首を傾げた。
この人は、こんなにもマメだっただろうか?
というより、いつからこんなに甲斐甲斐しくなったんだ?
闇の知っている奏は、いつでも自分のことだけを考え、自分のやりたいように動き、他者のことなど考えないような人だった。
たまに気紛れで人助けをしたりもするが、それすらいつでも彼自身の為であり。
『俺はお前を助けたわけじゃない。単に弱い者虐めをする奴らが気に入らなかっただけだ』だの、『被害妄想に取り憑かれたお前が目障りだったから、今後そんな妄想に囚われないよう引き摺り出してやっただけだ』とか。
一事が万事そんな調子で。
決して人助けなどではなく、自分がしたかったから、気が向いたからやっただけだの一点張りで、善行すらも全て自分の我儘なのだと言い張って譲らなかった。
そんな彼だからこそ、ラズリを連れ戻すことなく無言で手助けするなどあり得ないことだったのだ。
以前の奏であれば確実に、問答無用でラズリを宿に連れ帰っていたことだろう。
なのに今回はそれをせず、ただラズリを見守ることを選択した。見守るといっても、これまでのように遠距離からではなく、咄嗟の出来事に対処できるよう、すぐ側に移動はしたが。
「……天変地異の前触れですかね?」
あまりにも予想外な奏の行動に、つい小さな声で呟けば、鋭い瞳で睨まれた。
「……どういう意味だ?」
不機嫌も露わに此方を振り返った奏にやんわりと微笑んで見せると、「いえ、別に」と闇は涼しい顔で答える。
森の中は静寂に満ち、ラズリが枝葉を落とす音以外は基本的に何も聞こえない。
それゆえ闇は小さな声で言葉を紡いだのだが、普段からあまり周囲を気にすることのない奏に、その配慮のほどは伝わらなかったらしい。彼はあからさまに表情を歪めると、大声を出して闇に詰め寄って来た。
「大体お前はいつも──」
「え、奏!?」
が、奏が大声を出した途端、聞き覚えのある声がそれを遮った。
静かな場所で大声を出せば、気付かれるのは当然だ。しかもそれが、ずっと待っていた相手の声となれば、尚更興味を引いてしまうのは仕方のないことだろう。
結果、奏が慌てて口を閉ざすも既に手遅れ。
すぐ側にある木の上に奏の姿を見つけたラズリは、嬉しそうに駆け寄って来た。
「奏! 良かった、漸く会えたわ。今まで何処に行ってたの? 近くにいたなら声を掛けてくれれば良かったのに」
「わ、悪い。俺にも色々と事情があってさ……」
別に大した事情ではないでしょう? と内心で突っ込みを入れつつも、闇は表立って口を開くことはしない。
ラズリに木登りをさせるわけにはいかないからか、渋々地面に降り立った奏が助けを求めるように木の上の闇を見上げてくるが、当然助ける気などなかった。
散々面倒くさい状態になった奏の相手をしてきたのだ。此処らで解放されても良いだろう。
そもそもラズリに見つかったのは完全に奏の自業自得であり、闇の過ちではないのだから。
それに、闇には色々と気になることが幾つもあるのだ。
それらを調べる為に少しの時間でも惜しいというのに、面倒な奏の相手をさせられていては、その時間さえ捻出できない。
そろそろ在るべき場所へ戻ってもらわなければ……。
決してラズリを『奏にとっての在るべき場所』と認めたわけではないが、それでも現状起きている様々な問題について考えれば、二人が一緒にいてくれた方が障害は少なくて済むと思えた。
何よりもうこれ以上、奏の愚痴に付き合わされたくはない。
「ラズリ殿、私は自分の仕事がありますので、暫くこの方をお願い致します。返品されても受け取れませんので、あしからず」
言いたいことだけを早口でラズリへと伝え、返事も聞かずに闇はその場から姿を消す。
「ち、ちょっと待てよ、闇!」
呆然とするラズリとは対照的に、奏はすぐさま闇の後を追おうとしたが──いつの間にやらラズリに強く腕を掴まれていて、転移することは叶わなかった。
「くそ……闇のやつ、覚えてろよ……」
期せずしてラズリの元へ戻ることになってしまった奏は、悔し気にそう呟いた。
自分の腕を掴むラズリの手の上に、そっと自らの手を添えながら……。
彼女が剣を振るうたび木々の枝葉は足元へ落ちていくのだが、ラズリは上しか見ていない為、足元で山のように積み上がっていくものに気付いている様子はない。
あまりに積み上がればそれが元で転ぶ可能性だってあるというのに、そんなことは考えてもいないようで、ただひたすらに剣を振り、邪魔な枝葉を切り落としていく。
そんな彼女を助けるかのごとく、一定の間隔で切り落とされた枝葉を纏め、端へ寄せてやっているのは奏だ。
無論堂々と姿を見せてやっているわけではなく、近場の木の上からラズリの動向を観察しながらやっているため、ラズリ本人は奏の存在に気が付いてはいない。
だが、奏はそのことに不満を言うわけでもなく、ただただ作業のように無言で枝葉を纏め続ける。
いや、実際作業なのだろう。ひたすら枝葉を切り落とすラズリと、それを纏め続ける奏。
つまらなさそうな顔をしながらも、せっせと手助けする奏を横目で見ながら、闇は僅かに首を傾げた。
この人は、こんなにもマメだっただろうか?
というより、いつからこんなに甲斐甲斐しくなったんだ?
闇の知っている奏は、いつでも自分のことだけを考え、自分のやりたいように動き、他者のことなど考えないような人だった。
たまに気紛れで人助けをしたりもするが、それすらいつでも彼自身の為であり。
『俺はお前を助けたわけじゃない。単に弱い者虐めをする奴らが気に入らなかっただけだ』だの、『被害妄想に取り憑かれたお前が目障りだったから、今後そんな妄想に囚われないよう引き摺り出してやっただけだ』とか。
一事が万事そんな調子で。
決して人助けなどではなく、自分がしたかったから、気が向いたからやっただけだの一点張りで、善行すらも全て自分の我儘なのだと言い張って譲らなかった。
そんな彼だからこそ、ラズリを連れ戻すことなく無言で手助けするなどあり得ないことだったのだ。
以前の奏であれば確実に、問答無用でラズリを宿に連れ帰っていたことだろう。
なのに今回はそれをせず、ただラズリを見守ることを選択した。見守るといっても、これまでのように遠距離からではなく、咄嗟の出来事に対処できるよう、すぐ側に移動はしたが。
「……天変地異の前触れですかね?」
あまりにも予想外な奏の行動に、つい小さな声で呟けば、鋭い瞳で睨まれた。
「……どういう意味だ?」
不機嫌も露わに此方を振り返った奏にやんわりと微笑んで見せると、「いえ、別に」と闇は涼しい顔で答える。
森の中は静寂に満ち、ラズリが枝葉を落とす音以外は基本的に何も聞こえない。
それゆえ闇は小さな声で言葉を紡いだのだが、普段からあまり周囲を気にすることのない奏に、その配慮のほどは伝わらなかったらしい。彼はあからさまに表情を歪めると、大声を出して闇に詰め寄って来た。
「大体お前はいつも──」
「え、奏!?」
が、奏が大声を出した途端、聞き覚えのある声がそれを遮った。
静かな場所で大声を出せば、気付かれるのは当然だ。しかもそれが、ずっと待っていた相手の声となれば、尚更興味を引いてしまうのは仕方のないことだろう。
結果、奏が慌てて口を閉ざすも既に手遅れ。
すぐ側にある木の上に奏の姿を見つけたラズリは、嬉しそうに駆け寄って来た。
「奏! 良かった、漸く会えたわ。今まで何処に行ってたの? 近くにいたなら声を掛けてくれれば良かったのに」
「わ、悪い。俺にも色々と事情があってさ……」
別に大した事情ではないでしょう? と内心で突っ込みを入れつつも、闇は表立って口を開くことはしない。
ラズリに木登りをさせるわけにはいかないからか、渋々地面に降り立った奏が助けを求めるように木の上の闇を見上げてくるが、当然助ける気などなかった。
散々面倒くさい状態になった奏の相手をしてきたのだ。此処らで解放されても良いだろう。
そもそもラズリに見つかったのは完全に奏の自業自得であり、闇の過ちではないのだから。
それに、闇には色々と気になることが幾つもあるのだ。
それらを調べる為に少しの時間でも惜しいというのに、面倒な奏の相手をさせられていては、その時間さえ捻出できない。
そろそろ在るべき場所へ戻ってもらわなければ……。
決してラズリを『奏にとっての在るべき場所』と認めたわけではないが、それでも現状起きている様々な問題について考えれば、二人が一緒にいてくれた方が障害は少なくて済むと思えた。
何よりもうこれ以上、奏の愚痴に付き合わされたくはない。
「ラズリ殿、私は自分の仕事がありますので、暫くこの方をお願い致します。返品されても受け取れませんので、あしからず」
言いたいことだけを早口でラズリへと伝え、返事も聞かずに闇はその場から姿を消す。
「ち、ちょっと待てよ、闇!」
呆然とするラズリとは対照的に、奏はすぐさま闇の後を追おうとしたが──いつの間にやらラズリに強く腕を掴まれていて、転移することは叶わなかった。
「くそ……闇のやつ、覚えてろよ……」
期せずしてラズリの元へ戻ることになってしまった奏は、悔し気にそう呟いた。
自分の腕を掴むラズリの手の上に、そっと自らの手を添えながら……。
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