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第八章 黒い靄
悩み
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唐突に投げ付けられたのは、四枚の紙切れだった。
死灰栖は咄嗟に結界を張り、それらを防ぐ。
が、結界の外側に貼り付いた札を見て、途端に眉を寄せた。
「これは、まさか……」
見覚えのある物だった。
愚かな人間に貸し与えた自分の力を、ことごとく吸い尽くした忌々しい紙切れ。
魔性である自分にとって、天敵と言っても過言ではない物だ。
「貴様もこれを持っていたとは……」
やはり、あの場にいた人間だけではなかった。
死灰栖の予想通り、他の人間もこの厄介極まりない紙切れを所持していたのだ。
紙切れを所持していた人間と共にいた女魔性が此処にいたから、もしかしたらと思ってはいたものの、その予感が当たったことに喜びはない。
寧ろ舌打ちをしたい気分だ。
手に入れたいと願ってはいたが、自分の身体に貼り付けられるのはごめん被りたかった。
「本当に厄介な物を作り出してくれたものよ……」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
女魔性を背後に庇う金髪の青年が、にやりと口角を上げる。
迂闊であった。
死灰栖の結界では紙切れを防ぎ切ることはできないらしく、忌々しいそれは徐々に結界内へと侵入してくる。
いくら結界とて、元となっているのは死灰栖の魔力だ。
あの紙切れが魔性の魔力を吸収する性質を持つ以上、結界を張っている魔力を吸収することで無効化しているのだろう。
このままでは、何重に結界を張ったところで単なる時間稼ぎにしかならない。
しかし、このまま何もせずに逃げるようなことは絶対にできなかった。
それは、魔性のプライド故か──いいや、違う。
人間から逃げたなどという醜聞を広めないためか──それも違う。
「我が自ら動いてまで此処へ来たのだ……何もなしには帰れぬ」
呟くと、死灰栖は無造作に手を伸ばし、氷依の身体を引き寄せた。
そのまま盾の如く彼女の身体を自らの前に晒し、自分はその影へと隠れる。
「なっ……!」
氷依の身体が一瞬で移動したことに、青年は明らかな動揺を見せた。
何を今更……と思うも、慌てて背後を振り返った後、そこに氷依の姿がないことを確認すると、死灰栖の手から彼女を取り戻すべく迫ってくる。
「氷依を返せ!」
物体を転移させることなど魔性である自分には造作もないことであるのに、彼はそれを知らないようだった。
だが、そんなこと死灰栖にとっては何の関係もないことだ。
今は女魔性と妙な紙切れが手に入ればそれで良い。
青年が一定の範囲から近付けないよう結界で距離を取りつつ、死灰栖は結界を突き抜けた紙切れが氷依の身体に貼り付いた瞬間、迷うことなくその場から転移した。
「氷依!!」
姿を消す瞬間、青年の悲痛な声が聞こえたような気がしたが、無論それを気に留めることはなく。
なんにせよ、これで気になる二つの物を同時に手に入れることができたのだ。
面倒くさがりの死灰栖にとって一挙両得ともいえるその成果は、何にも代え難い喜びであった。
「あとは、これらをどうやって調べるかだが……」
それについては、急ぐこともないだろう。
なにしろ死灰栖自身では、紙切れに触ることすらできないのだ。
そんな状態で、調べるも何もない。出来ることといえば、女魔性に貼り付いた状態のままで観察することぐらいだ。
加えて、連れて来た女は意識がない──否、たとえ意識があっても自我がなければ質問に答えることはできないから、そういう意味では情報収集もあまりできなさそうな状況でもあり。
「とすると……今できることは特にないのか」
大きなため息を吐いて、死灰栖はその場に寝転がる。
最近何かと動いているし、そろそろ休憩したいと思っていたところだ。
取り敢えず現状としては目的の物を手に入れられたから、あとはゆっくり……気が向いた時にでも考えれば良いだろう。
「幸い時間はたっぷりあるしな……」
今更余計な時間をかけたところで、特にこれといって問題はない。
その間に魔性への脅威となる紙切れを多く作られるのは厄介だが、それとて上手い手を考えれば、この先どうとでもやりようはあるだろう。
「それにしても……」
あの青年からは、妙な気配を感じた。
以前感じたことがあるようなないような、魔性や人間とは明らかに違う、不可思議な気配を。
「そういえば、この女もそうだったな……」
意識を失い、倒れている女魔性へと目をやる。
何故自我を失ったのかは分からないが、女から感じる魔性の気配に、青年の纏う気配が混在しているように感じた。
「アイツが原因……そう考えて、まず間違いないと思うが……」
かといって、彼が何をしたかまでは分からない。
分かっているのは結果のみ。
何故、あの青年はあんな物を作り出すことができたのか? 何故、魔性を仲間に引き入れ、その自我を奪うことができたのか? 何故、そんなことができるのにも関わらず、魔性の能力を正しく把握していなかったのか?
「あんな物を作るぐらいなのだから、我等の能力を把握していてもおかしくはないと思うが……知らないとなると余計に不可解だな」
そんな状態で、あそこまで高性能な物を作り出すことができるのだとしたら、この先彼はもっと厄介な物を作り出すかもしれない。
「そうなると流石に……」
まずいなと言いかけて、死灰栖は「そうでもないか?」と呟いた。
なにも魔性は自分だけではない。
この世界には多くの魔性が存在する。
だったら態々自分が対処する必要などないではないか。
今まで通り、自分は離れたこの場所から見ているだけで良いのだ。
そう、基本的に自分は見ているだけで良い。
その筈だ。
なのに何故、今回は自分からこうも動いてしまったのだろうか?
ずっと動きたくないと思ってきた。身体を起こして椅子に座ることすら面倒くさいと思っていた。
それなのに……。
何かを考えることすら面倒だと思っていた筈の死灰栖は今、自らを悩ます考え事から、逃れられずにいた。
死灰栖は咄嗟に結界を張り、それらを防ぐ。
が、結界の外側に貼り付いた札を見て、途端に眉を寄せた。
「これは、まさか……」
見覚えのある物だった。
愚かな人間に貸し与えた自分の力を、ことごとく吸い尽くした忌々しい紙切れ。
魔性である自分にとって、天敵と言っても過言ではない物だ。
「貴様もこれを持っていたとは……」
やはり、あの場にいた人間だけではなかった。
死灰栖の予想通り、他の人間もこの厄介極まりない紙切れを所持していたのだ。
紙切れを所持していた人間と共にいた女魔性が此処にいたから、もしかしたらと思ってはいたものの、その予感が当たったことに喜びはない。
寧ろ舌打ちをしたい気分だ。
手に入れたいと願ってはいたが、自分の身体に貼り付けられるのはごめん被りたかった。
「本当に厄介な物を作り出してくれたものよ……」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
女魔性を背後に庇う金髪の青年が、にやりと口角を上げる。
迂闊であった。
死灰栖の結界では紙切れを防ぎ切ることはできないらしく、忌々しいそれは徐々に結界内へと侵入してくる。
いくら結界とて、元となっているのは死灰栖の魔力だ。
あの紙切れが魔性の魔力を吸収する性質を持つ以上、結界を張っている魔力を吸収することで無効化しているのだろう。
このままでは、何重に結界を張ったところで単なる時間稼ぎにしかならない。
しかし、このまま何もせずに逃げるようなことは絶対にできなかった。
それは、魔性のプライド故か──いいや、違う。
人間から逃げたなどという醜聞を広めないためか──それも違う。
「我が自ら動いてまで此処へ来たのだ……何もなしには帰れぬ」
呟くと、死灰栖は無造作に手を伸ばし、氷依の身体を引き寄せた。
そのまま盾の如く彼女の身体を自らの前に晒し、自分はその影へと隠れる。
「なっ……!」
氷依の身体が一瞬で移動したことに、青年は明らかな動揺を見せた。
何を今更……と思うも、慌てて背後を振り返った後、そこに氷依の姿がないことを確認すると、死灰栖の手から彼女を取り戻すべく迫ってくる。
「氷依を返せ!」
物体を転移させることなど魔性である自分には造作もないことであるのに、彼はそれを知らないようだった。
だが、そんなこと死灰栖にとっては何の関係もないことだ。
今は女魔性と妙な紙切れが手に入ればそれで良い。
青年が一定の範囲から近付けないよう結界で距離を取りつつ、死灰栖は結界を突き抜けた紙切れが氷依の身体に貼り付いた瞬間、迷うことなくその場から転移した。
「氷依!!」
姿を消す瞬間、青年の悲痛な声が聞こえたような気がしたが、無論それを気に留めることはなく。
なんにせよ、これで気になる二つの物を同時に手に入れることができたのだ。
面倒くさがりの死灰栖にとって一挙両得ともいえるその成果は、何にも代え難い喜びであった。
「あとは、これらをどうやって調べるかだが……」
それについては、急ぐこともないだろう。
なにしろ死灰栖自身では、紙切れに触ることすらできないのだ。
そんな状態で、調べるも何もない。出来ることといえば、女魔性に貼り付いた状態のままで観察することぐらいだ。
加えて、連れて来た女は意識がない──否、たとえ意識があっても自我がなければ質問に答えることはできないから、そういう意味では情報収集もあまりできなさそうな状況でもあり。
「とすると……今できることは特にないのか」
大きなため息を吐いて、死灰栖はその場に寝転がる。
最近何かと動いているし、そろそろ休憩したいと思っていたところだ。
取り敢えず現状としては目的の物を手に入れられたから、あとはゆっくり……気が向いた時にでも考えれば良いだろう。
「幸い時間はたっぷりあるしな……」
今更余計な時間をかけたところで、特にこれといって問題はない。
その間に魔性への脅威となる紙切れを多く作られるのは厄介だが、それとて上手い手を考えれば、この先どうとでもやりようはあるだろう。
「それにしても……」
あの青年からは、妙な気配を感じた。
以前感じたことがあるようなないような、魔性や人間とは明らかに違う、不可思議な気配を。
「そういえば、この女もそうだったな……」
意識を失い、倒れている女魔性へと目をやる。
何故自我を失ったのかは分からないが、女から感じる魔性の気配に、青年の纏う気配が混在しているように感じた。
「アイツが原因……そう考えて、まず間違いないと思うが……」
かといって、彼が何をしたかまでは分からない。
分かっているのは結果のみ。
何故、あの青年はあんな物を作り出すことができたのか? 何故、魔性を仲間に引き入れ、その自我を奪うことができたのか? 何故、そんなことができるのにも関わらず、魔性の能力を正しく把握していなかったのか?
「あんな物を作るぐらいなのだから、我等の能力を把握していてもおかしくはないと思うが……知らないとなると余計に不可解だな」
そんな状態で、あそこまで高性能な物を作り出すことができるのだとしたら、この先彼はもっと厄介な物を作り出すかもしれない。
「そうなると流石に……」
まずいなと言いかけて、死灰栖は「そうでもないか?」と呟いた。
なにも魔性は自分だけではない。
この世界には多くの魔性が存在する。
だったら態々自分が対処する必要などないではないか。
今まで通り、自分は離れたこの場所から見ているだけで良いのだ。
そう、基本的に自分は見ているだけで良い。
その筈だ。
なのに何故、今回は自分からこうも動いてしまったのだろうか?
ずっと動きたくないと思ってきた。身体を起こして椅子に座ることすら面倒くさいと思っていた。
それなのに……。
何かを考えることすら面倒だと思っていた筈の死灰栖は今、自らを悩ます考え事から、逃れられずにいた。
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