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若き令嬢の悩み
しおりを挟む兄ヴィリーに相談。
◆
「フランツ君が1ヶ月黙っていたことが面白くない?」
「ええ」
「考える時に、周囲に言わないタイプの人間もいるだろう」
「…ですが」
トルーデの父と兄は、フランツを親戚の貴族の養子にしてからトルーデと結婚させようと考えていた。
平民のまま結婚することも可能。だがその場合、舐められる&馬鹿にされる&蔑ろにされるのはまず間違いない。
軍人の社会も貴族同士の権力争いの場。トルーデとフランツの体面、加えて貴族社会の今後を考えての、貴族として至極真っ当な考えであった。
◆
「キツいことを言うようだが、このままじゃフランツ君は『滅法強い軍人伯爵令嬢のお気に入りの男』つまり『ツバメ』(=貴族女性の愛人の男)のような目で見られることになるぞ。
平民風情が、お前という伯爵令嬢の玉の輿に乗っていい目を見たと」
トルーデ「そんな…」
ヴィリー「お前だって社会の悪意と妬み嫉みのえげつなさはよく知ってるだろう?…我々ケストナー家の人間は彼を好ましく思ってる。だがおそらく他の家は冷淡だぞ。どんな技で籠絡されたのかといった下衆な憶測や、あることないことないことないこと……ひどい噂を流すやつもいるかもしれない」
「…」
「専門技術を身に付けて建設分野の技術士になりたいっていうフランツ君の考えは至極真っ当に思えるけどね ────なんだったら、お前が彼に付いていけばいい。ザゴルノ・ズラバフに」
「…いや、それは ──今は無理というか」
「ほら~ トルーデだって王都での軍務…仕事を辞めたくないだろ?彼にばかり、そばにいることを求めるのかい?」
兄のヴィリーは、妹にばかり肩入れせずに諭す。
「…」
新基地が出来てからならまだしも、建設中には軍人の出番はそう多くない。よって、新基地勤務に転属希望を出してもあまり意味はない。
「私だって可愛い妹の結婚は出来ることならスムーズにいってほしい。……まあ、どんなことであっても、何かがわだかまっているのは二人にとって良くないね そうだ、お前に話した時、彼はもう『決定事項』として話したのか?」
「ええ、そうです ────…もう決めた、といった感じで」
「ふむ」
ヴィリーはしばし考える。
「遠くに行くかどうか…そんな大事なことを、恋人であるお前に聞かずに決めてしまったのはちょっとどうなんだろうか……その点はお前の憤りも分からんではない」
「そうなんです────…行くにしてもそこは最初に相談してくれてもいいではないかと」
「そう考えるとまた延々と続くぞ…「どのタイミングで言って欲しかったか」問題も泥沼だ……俺には分かる…ミラと言い争いになる時もそうなのだ…」
トルーデにとっては義姉であるミラとはいつも何やら議論をしている。
「そもそもお前たちは将来について何か具体的に話し合っているのか?」
「…いえ まだ」
「────事ここに至った以上、早々に彼の将来、お前の将来、二人の将来について未来図のようなものをすり合わせる必要も出てきたな」
「未来図」
「ああそうだ。お前の職業軍人としての人生、フランツ君の職業人としての人生、2人でどんな家庭を作るか……結婚というのは、個人と個人が、「個」をふまえた上で、その形を変えるものだ。「個」があり「二人」がある。愛の無い貴族間の政略結婚の場合だって結局は人間と人間の結婚だ。そこには、程度の差はあれ どうしたって何らかの「情」も湧いてくるだろうしな」
「 なるほど…昔の婚約解消の時は私は子供すぎて、今思えば「結婚」について深く考えてなかったですね」
「あのクソバカ息子のことなんぞもう記憶の彼方だろ?」
「ええ、顔も忘れました… ────そういえばプロポーズ、まだなんですよね…新基地の話が先に来ちゃって」
さらっと言うトルーデ。
「 ────なんだって…?おま…お前は何をやってるんだ? いやいや待て…フランツ君の方でも何か考えている可能性も…」
↑
[ そうは言うものの、父オットーと兄ヴィリーもまた「交際始まったばかりだし、とりあえず養子先の選定だけしといて後はおいおい考えよう」という考えでのんびり構えていたことも事実である。]
みな、ちょっと混乱していた。 もう、婚約だか結婚だか訳が分からない…
「私たちは、…こうなってからまだ3ヶ月です!」
トルーデはポリポリと頭を掻きながら
「それにその…まだまだ熱い期間と言いますか…毎日楽しくて楽しくて……あっ それに、お互い、仕事もなんだかんだと忙しくてですね」
「そういう問題じゃない!全くもう…遠方に行く話が出たのにプロポーズがまだだとは!いいかトルーデ、今夜にでもお前から正式にプロポーズしなさい!」
「ですから私はまだ納得してないんですってば!それにそんな急に…
ザゴルノ・ズラバフ新基地の件で言い争いになって気まずいのにこんな時にプロポーズしても」
「婚約もせずにあんな遠い所に送り出して、あっちで他の奴に取られたらどうする!早くプロポーズして、婚約者というデッカい看板をくくり付けてやらないと」
「フランツは浮気者ではありません!」
「いいかトルーデ……休暇にもなかなか帰って来れない遠距離だぞ?本人が真面目でも、お前が彼に惚れたように 彼に好意を抱く者がいても不思議じゃないだろう?」
「ハッ……それは確かに…フランツがあまりにカッコいいからモテてしまうかも…」
「彼は優しいし、流されやすいしなあ~ 誰かに酔いつぶされてお持ち帰りされちゃったりして~?ん~?」
「兄上、私はあの時は手を出しておりませんよ」
「ハハッ すまんすまん」
ヴィリーが悪戯っぽく笑う。意地悪く少しからかってみたようだ。
「で、フランツ君の将来は、資格を得たいという気持ちは、応援してやるんだろう?
お前との婚約は、貴族の養子にならなくとも可能だ。婚約後に親族の養子にして貰って、一年後彼が帰ってきてから結婚するのはどうだ?」
「むーん……それなら」
フランツとトルーデのような自由恋愛のカップルの場合、プロポーズしたら双方の家で婚約の文書を交わすことになるのだが、フランツが平民ということで養子縁組してから結婚をさせようという目論見も当初あったものから大変にややこしい…。
◆
王国では、フランツの前世の現代日本のような【大抵、男の側がプロポーズするものである】という不文律は存在しない。
王国では女の側から結婚を申し込むケースも多い。「言ってくれるまで待つ」だの、「男の側に言わせるように誘導する」などというまどろっこしいことはせずにストレートに申し込むのだ。
婚姻前に異性との交際があったからといって、女の側だけが貞節に関して糾弾されるようなこともない。独身者の交際に関しては性差に関わりなく自由度が高い。社会もそれを容認。
当然、同性婚も教会から認められている。
王国は、古代から女王が統べる時代も多かったためか男性だけに偏らず、バランスの良い社会が築かれてきた。
理由は単純、トップである女王の意思だからだ。それが社会に反映された。
ちなみに、貴族、平民ともに家の後継も性別に関係なく第一子が優先される。
男当主が妻を娶るケースと、女当主が夫を娶るケース、他に
同性同士の結婚で夫夫ふうふ、妻妻ふうふ、になり親戚筋などから養子を取るケースもある。
教会の公式見解曰く【古代より同性間の結婚も異性間の結婚も存在してきた。古文書にも多数の記録が残っている】。
古代のヨリナーという権力者が残した、男性の恋人への熱烈な恋文も
シーゲンという武人が書き残した男性従者への言い訳の手紙も、歴史上の史料として王国の民には有名なものであった。
古代のある時代には、女王が女性の伴侶と共に国を治めた記録も、王が男性配偶者と添い遂げた記録も公式に残っている。
王位継承には、世襲でなく能力で選ばれた者が成った。
残された史料の記録を分析、検証した結果
その時代が実在したことは歴史的事実であるとされた。
◆
しばらく前に行われたフランツと、トルーデ父オットーと兄ヴィリーとの顔合わせは、「結婚を前提とした交際の報告」のようなものであった。
『雷雨の夜』に結ばれてから3ヶ月…まだまだ交際の蜜月期間であるトルーデとフランツには、甘い時間であったはずが(実際、プライベートのほとんどを甘く過ごしてはいたが)、
「ザゴルノ・ズラバフ新基地で働きたい」という将来のビジョンがフランツに天啓のごとく降りてきたことによって 関係者全員が嵐の中に放り出されたようなものだった ────…。
そしてプロポーズについて思いを巡らすトルーデ
(ええと、リーゼは青い薔薇を100本用意して彼にプロポーズしたんだっけ…エミリアは家宝の宝石の指輪を贈ったとか言ってたな……レオンは戦争前だけど彼女と旅行に行った先で…どうしよ?フランツへのプロポーズ)
(もう少し先のことだと思ってたのに)
ザゴルノ・ズラバフ新基地建設現場で働くとなったら、二人は離れ離れになる。
(期間限定とはいえ…)
離れて暮らすことを思うと、胸の奥がきゅうっと痛くなる心持ちがした。
今夜も眠れそうにない。
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お読みいただきありがとうございます。
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