魔の森の奥深く

咲木乃律

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第七章 心を残さないで

セストの妹チェチーリア

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―――明日は一緒にラグーザの城へ登城してほしい。

 昨夜、セストはそう言うとロザリアの前に片膝をつき、手を取ると軽く口づけてきた。

―――俺と結婚しよう、ロザリア。明日は俺の婚約者として登城してほしいんだ。

 不意打ちもいいところだ。プロポーズってもっと素敵なシチュエーションでされるものかと思っていた。こんないつもの食堂で、側にはまだラーラもいるのに―――。
 と思ったらラーラはいつの間にか姿を消していた。
 いや、そもそもシチュエーションがどうのという前に、結婚のけの字もなかったロザリアには晴天の霹靂で……。
 だからといって嬉しくなかったかと問われれば、それはまぁ大好きな相手にそう言われれば舞い上がらないはずもなく。
 突然のプロポーズにロザリアはかくかく首を動かして頷いてしまい、あっ、こちらの世界では両親の承諾が何より重要視されるのだったと思い出した。「あの……」と懸念を口にすれば、

「ロザリアのご両親にはすでに了解を得ている」

「ええっ!」

 いつの間に。あまりに手際が良すぎる。

「魔獣の行方を探りつつ、オリンド殿とジュリエッタ殿の様子も見ていたからな。会う機会も多かったのでその折にお願いしたんだ」

「―――ねぇ、それっていつの話?」

 ロザリアがここに来て早ひと月ほど。セストに言わせればやっと結ばれたのがつい四日前の話だ。

「さぁいつだったかな……」

 うそぶくあたり、なんだか怪しい。ちゃんと両親にまで手を回して裏工作をして固めたうえでロザリアに手を出してきたのかもしれない。そういえばあの日はやたらとセストの押しが強かった。結婚までの道筋をきちんと整えてから、逃がすまいと手を出してきたのかも……。
 こちらはまんまとその術中にはまったわけだれど、全部ひっくるめてもまぁいいかと思えるから不思議だ。

 そんな昨夜のセストとのやり取りを思い出していると、

「少しきつめに締めますよ」

 ラーラの声と共にコルセットの紐を絞められた。

「うっぅ…」

 思わずうめき声が漏れる。ロザリアは今、ラーラに手伝ってもらい、登城するためのドレスを着ているところだった。淡い水色の、華美ではないが上品で光沢のある生地のドレスだ。特徴的なのはデコルテ周りとドレスの裾に、蔦模様が入っているところだ。ラーラによるとラグーザ王国王家の着る衣服には必ずこの紋様をいれるらしい。

「わたしがそんなの着て大丈夫なの?」

 ロザリアは魔族でもなく魔力もなく、ただセストにプロポーズされたというだけの存在だ。そんな小娘がいきなり王家の文様が入ったドレスを着用して登城する。いい顔はされないだろう。あからさまに文句を言う者だっていてもおかしくない。

「セスト様がご用意されたドレスです。間違いはございません」

 ラーラは確信的にそう言うと、後は無駄口をたたくことなく黙々と作業を進めた。









「やっぱりそうなるのよね……」

 別室で用意をしていたセストが「では行こうか」と言って出現させたのはお馴染み転移の黒い渦だった。崖に張り付くようにして立っていたあの城に入ろうと思えば、並みの方法では無理だとわかっていた。魔力値の高い魔族にとって、城へ入るための手段などどうとでもなるのだ。

 ドレスは着る機会もあり、ヒールの高い靴も慣れていないわけではないが、この姿で転移の渦に入るのは気が引ける。まさかこの姿で大股開いてセストにしがみつくわけにもいかない……。

 渋るとセストはロザリアの膝裏に手をさしいれお姫様抱っこをしてきた。

「えっと、その…」

「首に腕を回してしがみついていろ」

 そう言うなり黒い渦にロザリアを抱いたまま身を投じる。ひぃーというあの感覚が襲ってきて、慌ててセストの首に両腕をまわししがみついた。転移の渦に入ると足元がなくていつも怖いのだが、抱いていてくれると足元の心配をしなくてすむ。それだけでも幾分か恐怖心はおさえられたけれど、あの感覚がないわけではない。必死になってしがみついていると、セストの背をつかんでいた指をトントンとつつかれた。

「はじめまして、ロザリア!」

 かわいらしい溌溂とした声に目を開けると、下からロザリアの顔を覗き込んでいる緑眼の瞳と目が合った。黄みがかったピンク色のドレスを着た、セストと同じ銀髪のかわいらしい少女だ。目がくりくりと丸く、少女は人懐っこい笑みでにかっと笑った。

「わたしセスト兄様の妹のチェチーリアよ。よろしくね」

「は、い、あの、よろしくお願いいたします」

「やぁねそんな堅苦しい感じ。わたしあなたと同じ十八よ。どうぞよろしくね」

「……同じ年…」

 そう言われて見てみれば、身長はセストの肩辺りまであるし、顔つきも大人だ。スカートをちょんと摘んでお辞儀され、ロザリアは自分も挨拶したいとセストに下ろしてくれるよう頼んだ。

 だいたい、もう着いているのなら下ろしてくれればいいものを。
 蔦紋様の意匠で揃えられた調度類の並ぶ部屋の中だった。セストは着いた途端そこにいたチェチーリアに、渋面を作った。

「俺の部屋に勝手に入るなと言ったろう」

「あら、いいじゃない別に。お兄様ったらいい人ができたのにちっとも会わせてくれないんだもの。わたし何度もお兄様の屋敷に泊まりに行ってもいい?って頼んでいたのに。前なら二つ返事で承諾してくださったくせに、ロザリアが屋敷に滞在するようになってから全然行かせてくれないんだから」

「そうだったの? ごめんなさい、わたしのせいで遊びに来られなかったんだね」

「違うわよロザリア。ロザリアのせいじゃないわ。お兄様ったらロザリアを他の者に会わせるのをとっても嫌がるんですもの。長老たちだって新しい魅了の者がどんな方か、会って見分したいと再三言っているのに、誰にも見せようとしないんだもの。妹のわたしでもよ。取ったりしないのに」

「見せたら減るんだよ」

 セストはふいとチェチーリアから顔をそむけると、ロザリアをやっと近くのソファに下ろした。
 見せたら減るというセストの言葉に、チェチーリアは「まぁ」と目も口も丸くした。

「びっくり。お兄様ってそんなことを言うタイプの方でしたっけ? よっぽど大事なのね、ロザリアのこと」

「ほら、もう見たんだ。さっさと出ていけよ」

「ひどっ。わたしまだここにいるわよ。どうせお兄様は今から長老たちの集まっている広間へ呼ばれているんでしょ? 頃合いを見てわたしがロザリアをそこへ連れて行ってあげるわよ」

 どうやらチェチーリアの言うことは本当らしい。セストは身を屈めるとロザリアの頬に軽く口づけ、

「ちょっと席を外す。ほんとはテオに案内させようと思っていたが、チェチーリアがああ言うからな。あいつ、言い出したら引かないから。あとでチェチーリアと広間に来てほしい。城の者に紹介したい」

「……はい」

 長老、というのはラグーザ王国の特に魔力の高い者たちが集まり、国のかじ取りをしている者たちなのだと昨日聞いた。長老と呼ばれる所以は、魔力の高い者でも、特に一定年齢を越えた者たちのみが参加できるため、そう呼ばれるようになったそうだ。
 その長老たちの承認があって初めて、ロザリアはセストの正式な婚約者として認められる。ロザリアに両親の承諾が必要だったように、セストにはこの国の王としてその婚約者にも長老の承認が必要なのだ。セストがロザリアを連れて登城したのは、その承認を取り付けるためだった。

 それにしても……。

 あと少しすれば長老たちの前に出ていき、ロザリアがセストの妻としてふさわしいかどうか判断されるのだ。セストは承認が下りないことは絶対にないと言っていたけれど、不安でしょうがない。この国の者でもないのに、そう安々と認められるものなのだろうか。

 セストが部屋から出ていくと、不安から無意識にスカートの上で指を組んだり外したりしていると、チェチーリアがロザリアの目を覗き込んできた。

「ほんとディーナとおんなじ目。やっぱり魔獣には好かれるの?」

「好かれると言うか、少なくとも攻撃してくることはないかな」

 そう言うとチェチーリアは「ふうん」と頷く。

「あの、でも聞きたかったんだけれど、ラグーザ王国は魔の森の奥深くにあるでしょう? それなら魔獣とは毎日のように遭遇するのよね、きっと」

「ええ、そうね」

「それならラグーザ王国の人達はみんな魔獣と仲良しなんじゃないの? この力が特に珍しいものとも限らないんじゃあ……」

「そんなわけないじゃない」

 チェチーリアはすっぱりと否定する。

「基本的にね、魔獣と通じ合えるなんてありえないわよ。魔獣は野生なの。飼い慣らしたり、仲良くできる相手じゃないわ。でもね、わたしたち魔力がとっても高いから、魔獣を退けるのは簡単なの。特に困らないってだけよ。でもディーナは違ったわ。いつもたくさんの魔獣に囲まれて、特に一角獣とは仲良くしていたわね。この国では魔獣も国を構成する一部なの。だから魔獣を従えることができる魅了の者は、誰よりも尊ばれるのよ」

「……チェチーリアは、ディーナと仲が良かったの?」

「それはね。一番上のお兄様の妻だったんだもの。顔を合わせる機会はたくさんあったわ」

「ディーナって、どんな人だったの?」

「ああ、そっか。記憶がないんだったよね。セスト兄様から聞いているわ。ディーナはそうね、いつも一歩引いたところから色んな物を見る人だった。後ろにしっかりと構えて支えてくれる、そんな人かな。一番上の兄、エドモンド兄様のこと、心の底から愛してたわ」

 そのエドモンドが殺され、のちにセストと付き合ってると聞いたときは、ほんとのほんとにびっくりしたんだからとチェチーリアは言った。






 
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