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終幕

王国はじまって以来の大恩赦*

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我が友ベイエル伯へ
 王都に水が戻り、今年の夏は王都中がお祭り騒ぎだ。水路を満々と水が流れ、噴水から勢いよく水が噴き出すのを見て、皆涙して喜びあっている。
 それもこれも国王、ライニール王の功徳のなせる技だとライニール王への国民の忠誠はますます高まり、ライニール王は、精霊に愛されし王だと周辺国にまでその名声は広まりつつある。真実を知る一人としては、まさに鼻で笑いたくなるような話だ。
 ところでシミオンのことだが、ミヒルに助けられ、水路から無事に生還したことは貴殿も知っていよう。あのあとどういう訳か、ミヒルが神秘局に入り浸るようになった。ミヒルは、精霊王ラウの従者らしいな。そのラウとフロールは、ティルブ山に帰ったのだろう? それなのにラウのいない王都にいつまでも滞在して可笑しなことだ。私が思うにな、あいつらはできてるぞ。溢れる水路で手に手を取り合っている間に、芽生えるものがあったのかもな。
 とまぁそんな話はどうだっていい。今回文を書いたのは、この秋に大恩赦が出されることが決まったことを伝えてやろうと思ったのだ。まだ正式な発布は先だが、一足先に教えてやろうと思ってな。希少種の奴隷解放が決まったぞ。奴隷という罪深き存在を、王都に水が戻った僥倖をたたえて解放してやろうという趣旨らしい。おまえ、オーラフ宰相に何か焚き付けたろう。あの宰相殿が、一文の得にもならない今回の大恩赦に踏み切ったのには驚いた。
 もちろん、議会は真っ二つに割れたさ。スメーツ侯爵なんぞ、青筋たてて反対を主張していた。あの男は希少種コレクターだからな。しかしオーラフ宰相のいつもの手だ。どうやったのかライニール王をうまく丸め込み、最後は反対派を力でねじ伏せて大恩赦の発布が決まった。異例の速さで可決され、こちらはその準備に向けて目も回る忙しさだ。
 但しな。これは条件付きだ。希少種が現在の持ち主から独立するには、持ち主へ多額の金を支払う必要がある。反対派に譲歩した結果だな。奴隷登録証は破棄されるが、代わりに雇用証明書が発行される。大多数の希少種は、独立のための資金を用意できないのが現状なので、結局は奴隷という名称だけがなくなるだけで、何も変わらないかもしれないな。
 だがな、おまえにとっては光明だろう。ルカはこの秋には、奴隷ではなくなるぞ。この意味、おまえならわかるだろう。






 ユリウスは屋敷の執務机でエメレンスからの文に目を通していた。向かいにはスツールに腰掛けたルカが、小首を傾げながら本を読んでいる。開け放した窓の外からは、虫の鳴き声が聞こえている。王都はまだ夏の盛りだろうが、北のモント領には、はや秋の虫たちが鳴きだしている。湿った暑い空気の中にも、時折乾いた涼しい風が吹き抜けるようになった。

 ユリウスはエメレンスからの文を持ったまま、ルカを見つめた。ルカが奴隷ではなくなる意味。無論、その意味をユリウスはよくわかっていた。わかっていたからこそ、オーラフ宰相に遠回しにこちらのさらなる要求をあの時告げたのだ。
 実際、それでオーラフ宰相が動くかどうかは賭けだった。レガリアという大きな王家の秘密を盾に、どんな恩赦かはあえて告げずにオーラフ宰相に迫ったのだ。宰相ならば、ユリウスの意図を正確に読み取るだろうと見越してのことだ。エメレンスの文を読む限り、賭けは上手く行ったようだ。

 ルカが奴隷でなくなれば。
 ブラウ離宮でコルネリアと踊ったユリウスにルカが不安をぶつけた時、ユリウスはルカ以外の者と添い遂げるつもりはないと告げ、本当ならその先に言いたかった言葉。奴隷との婚姻は認められていないが、秋に大恩赦が出れば―――。
  あの時はのみこんだ言葉をルカに言うことができる。
 形にこだわるつもりはないが、やはり一つの証としてユリウスはルカを自分の妻という立場に置きたかった。
 
 エメレンスの言う通り、大恩赦が出されても希少種の立場はすぐには変わることはないだろう。金銭的な面でも難しいだろうし、何より人々の間に植え付けられた意識を変えることは容易ではなく、これから長い長い年月がかかるに違いない。
 でもこの大恩赦を大きな一歩として、必ずや頭角をあらわす希少種が出てくるだろう。そして虐げられてきた希少種達が自由になる道が大きくひらければいい。

 ユリウスはエメレンスからの文を机にしまい、熱心に文字を追うルカに視線を注いだ。
 今年の夏は、国境線となる川の水量が多いまま夏を終えそうだ。ラウには聞きそびれたが、ルカが来てから川の水量が増えたことは、何か関係があるのだろうか。
 ルカは、精霊の血を濃く引いているとラウは言っていた。川の水量まで精霊は面倒を見ないと言っていたが、ルカが無意識のうちに国境線を守ろうと水を呼び寄せているのではないか。そんな気がしてならない。しかし、ラウとフロールはあの険しいティルブ山に帰ったので、そのことを確かめる術はもうない。

 ルカの髪は背中にまで伸びたが、つむじの位置は出逢った頃のまま、同じ位置に同じ向きに巻いていて、そんな当たり前の発見になぜか愛おしさがこみ上げる。思わず手を伸ばし黒髪に触れると、ルカがちらりと顔を上げた。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 ユリウスはそう言ったが、ルカはパタンと本を閉じると立ち上がり、ユリウスの側へと回ってきてその腕を取った。

「お仕事はもう終わった?」

「ああ。一緒に湯浴みでもするか?」

「うん」

 ルカが頷いたのを機にユリウスは立ち上がり、ルカを片腕に抱き上げた。ルカはすぐにユリウスの首に腕を回すと首筋に頬を寄せた。

「今日もユリウスとしたいな。だめ?」

「俺はいくらでも構わないが、今朝も起き上がれなくて嫌がっていたのはルカの方だろう? いいのか?」

「朝の散歩に行けるくらいにしてくれたらいいのに」

「そうしてやりたいのは山々なんだが、ついな」

「そんなこと言うなら、じゃあ今日の主導権はわたしだからね。ユリウスは何にもしないで」

「それこそ無理な相談だ」

 ユリウスは自室に入るとすぐさまルカをベッドに沈め、おとがいを持って口を開かせると舌をいれた。とたんにルカがその顔を引き剥がそうとユリウスの両頬を挟んで押してきた。

「なんだ?」

 ルカの意思を尊重して一度は唇を離したユリウスだが、すぐに我慢が効かなくなり、ワンピースの下から手を入れると胸の突起を摘んだ。

「もう! ユリウス…。わたしの話聞いてたよね」

「聞いたかもしれんが忘れた」

「信じられない。ユリウスのバカ」

「愛してるよ、ルカ」

 ショーツの中はすでに濡れていた。胸を弄りながら、ひだを割ってぬかるみを混ぜると、ルカの体はすぐに熱くなった。このまま愛撫を続けようかと思ったが、やはりここはルカの要望を叶えようとユリウスはベッドに仰向けになるとその上にルカを乗せた。

「これならいつもと立場は逆転だ」

 上下入れ替えただけだったが、ルカはどこか満足そうだ。唇を寄せるとキスをし、ユリウスの腹や大腿を触りだした。いつもされていることをしようとしているのはわかるが、薄い手の平で触られるとくすぐったい。
 それでもユリウスはしばらくルカのするがままに身を任せてみた。
 何かと守られているだけの自分に、ルカは近頃不満があるようだ。口に出してそうとは言わないが、ルカが守られるだけではなく、ユリウスのために何かしたいと思ってくれていることはわかる。料理もその一つなのだろう。
 ユリウスはルカの拙いながらも一生懸命な愛撫を受けながら、ルカが初めて手料理を振る舞ってくれた時のことを思い出した。

 フロールの体に無事魂を戻し王都から戻ってすぐ、ユリウスが帰宅すると珍しくルカの出迎えがなかった。カレルにルカの所在を問えば、食堂ですと含みを持たせて言う。その食堂ではルカが待ち構えていて、アントンに習っていた料理の中でも、ユリウスの好きなメニューを用意してくれていた。
 料理はどれも申し分なく美味だった。

 自分のために何かしてくれようとするのは嬉しいが、ユリウスとしては、ルカはただ側にいてくれるだけで満点だ―――。

 ユリウスはそろそろ受け身だけの状態に焦れ、ルカの肩を掴むとベッドに仰向けに転がした。とたんにルカの不満そうな顔がのぞいたが、それさえもユリウスにとっては可愛いものだ。

「文句ならまたあとで聞いてやる」

 それだけ言うと、ユリウスはルカの足を持ち上げた。



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