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第七章
厄介な協力者
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一日でも日が惜しい。
ハルムに協力を仰ぐと決めると、ユリウスはエメレンス、シミオン、ラウ、ミヒルと共に早速ハルムの家を訪れた。
ルカも行くと言ったのだが、夜とはいえ希少種が王都を出歩いていては目立つ(ラウとミヒルは髪と瞳を鮮やかな赤に変えていた。逆に目立っているのだがそのことは置いておこう)。
ハルムにも極力会わせたくないし、ユリウスは「先に休んでいるように」とルカをベッドに押し込めた。
ルカは不満そうだったが、体力的にはきつかったのだろう。髪を撫でてしばらくついていると、すぐに寝入った。
この旅の間、夜中にフロールが起き出してきてルカの代わりに食事を摂るようになった。旅の初日に、ルカがあまり食事をしないことをフロールに伝えた日からだ。フロールはよく食べた。そこからルカの体力は少しずつ改善している。とはいえまる四日ほど馬車に揺られ続けたのだ。疲れもでる。
ユリウスはあとをカレルとリサに任せ、ハルムの家へ向かった。
ハルムの家の、粗末な扉を叩くと、隙間から黒い瞳が覗いた。ユリウスの顔を見ると、驚いたように口をぽかんと開いた。
「邪魔するぞ」
ユリウスは隙間に指をかけ、扉を全開にすると中へ入った。それへエメレンス、シミオン、ラウ、ミヒルも続く。突然押しかけてきた男五人に、ハルムは目を白黒させた。
「い、一体何事だ?」
ハルムは部屋の隅まで後ずさりし、大きな体躯を縮めた。ずらりと取り囲むように並んだ男達を、泣きそうな顔で順に見る。
「ル、ルカを襲ったことなら、あの時強烈なパンチを食らったろう? あれでお咎めなしだったんじゃないのか? 今更やって来て、一体何の用だってんだ」
「何か勘違いしているようだが、あれしきのことでおまえを許したわけじゃないからな」
「きょ、今日はルカは?」
この状況でルカのことを口にするとはいい度胸だ。
「おまえになど二度と会わせるか」
「おいおいユリウス。それこそその話をしに来たわけではないだろう?」
エメレンスにぽんぽんと肩を叩かれ、再燃しかけた怒りをおさめた。そうだった。早く本題に入るべきだった。
「あの時のことは未だに腹に据えかねてはいるが、今日はそのことで来たのではない。シミオン」
ユリウスはシミオンに地下水脈の地図を広げるよう頼んだ。
シミオンはぐるりと部屋の中を見渡し、片手を顔の前で振った。
「埃っぽいが、悪くない家だ。ちょっと失礼」
シミオンはテーブルの上にあったナフキンやタオル類を全て床に落とすと、そこに地下水路の例の地図を広げた。
「あー。せっかくさっき洗ったとこだったのによ。どけるなら、せめてどこかの上に置いてくれよな」
ハルムはブツブツ文句を言いながら、床に散らばった物を拾い、ベッドの上に載せた。一体何が始まるのかとハルムはその足でテーブルまで近づくと、広げられた地図を見た。
「これって」
ハルムは地図をひと目見て言い当てた。
「地下水路の地図だな。ひえー。よくできてるな。俺が知ってる水路と一緒だ」
「それはそうだろう。王宮内の書庫から失敬してきたのだからな」
シミオンが自慢にもならないことを自慢気に言う。ハルムはフードを目深に被ったシミオンを気味悪げに見た。
「王宮からって。おたくたち、何者?」
「知らなくていいことを無理に知ろうとするするな。あとあと厄介なだけだ」
「確かにフードの旦那の言う通りだ」
シミオンはふんと鼻をならした。
「利口で結構。おまえに聞きたいのは、この地図上のこの地点」
シミオンは紋様の描かれた箇所を指さした。水脈の噴き出し口と思われる箇所だ。
「ここに至るまでの道順を教えてほしいのだ。この地図だけでは実際に通れるかどうかわからないからな」
「何だってこんなとこに、ってそれは聞かない方がいいんだったな」
ハルムはうーんと首を捻った。
「これって教えたら、何か俺に得はあるのか?」
それを聞いてエメレンスが、とんとんとハルムの胸を小突いた。
「ほう。大層な口をきくな。自分の立場をわかって言っているのか? おまえが本来は王宮奴隷で、水路を使って逃げ出してきたのだと今すぐ人事官に通報してもいいんだぞ?」
「まっ、待ってくれよ。誰も教えないとは言ってないぞ」
「なら早く教えろ」
ハルムはエメレンス、次いでシミオンを見てちぇっと舌打ちしつつも、
「ここと、ここと、あとここ」
ハルムは指で数カ所の位置を順に指した。
「崩れていて通れない。それにここはこんなに広い通路じゃないぞ? 猫が一匹通れるくらいの幅しかない」
「ふむふむ。なるほど」
シミオンは地図上に取り出したペンで印をつけていく。王宮書庫持ち出しの地図に、書き込みをして許されるものなのか。この際、見なかったことにしよう。
ハルムはその後も次々に地図上の違いを正していった。やはり相当水路には詳しいようだ。
「それで? 道順としてはどこを通るのが確実だ?」
シミオンが最後にそう聞くと、ハルムは困ったように頭をかいた。
「さあ。そこまで行ったことないからわかんねぇよ。今は知らないけどその周り、俺が王宮にいた頃は、まだちょっと水が残っていてあんまり近づきたくなかったんだ。溺れるのは怖かったからな。それに抜け道がわかったから行く必要もなかったし」
「じゃあこれ以上そいつに聞いても無駄だな」
それまで黙っていたラウがそう言って、さっさとミヒルを連れて外に出ていく。口を開いたかと思えば、不遜な言葉だけ残して去っていった派手な真っ赤な髪の二人を、ハルムはぽかんとして見送った。
「なんだあいつら。派手派手しい上に口も悪いときてる」
それも人外の存在なのだから仕方あるまいとユリウスはハルムの呆れ顔を見た。
「じゃあ私達も行くとするか」
エメレンスも話はこれで終わりだとスツールから立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「なんだ?」
ユリウスが振り返ると、ハルムは、
「何があるのか知らないけど、水路に入るんだろう? 明日は俺、仕事が休みなんだ。よかったら案内する」
「いや、おまえの案内はいらない。今聞いた話で十分だ」
フロールの体の捜索にはルカを連れて行く。フロールの魂がなければ、もし体が見つかったとしても噴き出し口に嵌った体を取り出すのは無理だ。できたとしても、取り出した途端、地下水脈の水が噴き出し、ユリウス達は無事には戻れまい。
どうしてもルカの中にいるフロールを連れて行く必要がある。となると必然的にルカも捜索に加わることになる。ルカをハルムに会わせたくない。
「けどよ。俺なら水路のことは詳しい。何かの役に立つはずだ。それによ、それってルカも来るんじゃないのか? い、いや、何も手を出そうってわけじゃない。勘違いしないでくれよ。俺も久しぶりに仲間に会いたいだけなんだ」
なぜルカも来ると思ったのか。妙な感だけ働く奴だ。水路のことを教えるのにも見返りを求めたくせに、ついていくと親切を申し出たのは、ルカに会えるかもしれないと算段したためだったか。懲りない奴だ。
「そうかもしれんが、いらんものはいらん」
会いたいだけなどという言葉を信じるほど、ユリウスはお人好しではない。
「まぁまぁユリウス。ついてきてもらおうではないか。案内役がいたほうが時間は短縮できる。その代わり。妙な真似したら、一発で王宮奴隷に返り咲きだ」
エメレンスがにやりとしてハルムを見返した。
エメレンス、シミオンと別れ、モント領主邸に戻るとルカが起き出していた。といっても中身はフロールだ。アントンの用意した食事を頬張っている。戻ってきたユリウスを見ると、「さっきラウから聞いたわ」と口をもごもごさせながら言う。
「大体の見当がついたみたいね。よかったわ」
「そのことなんだが」
ユリウスはフロールの前の椅子を引き寄せた。
「フロールは王妃に刺されたと言っていたが、傷のあるその体にまた戻れるのか?」
何千年と経とうと体が腐敗しないことは聞いたが、傷ついた体に再び戻ることができるのか。エメレンス達と別れてから考えていた。
フロールは「そのことね」とステーキをきれいに切り分け、
「大丈夫よ。傷はもう癒えているわ。本当だったらそんなことくらいで魂が分かれたりはしないのだけれど、産後で弱ってたのよね。ほら、精霊って本来こんなふうに子を産むことはないでしょう?」
「そうなのか? 寡聞にして知らないが」
「真面目に返さなくても結構よ。知らないのが普通だから」
フロールはくすりと笑った。
***
一方その頃、ヘルハルト・オーラフは弟コーバスからの文を受け取っていた。ヘルハルトが出した文への返事だ。
妹エミーに良き縁談相手を紹介してくれることへの礼からはじまり、亡くなったドリカのことが綴られていた。
ドリカの亡くなった経緯を説明するためには、王宮奴隷ルカがモント領内に辿り着いたところから話さなればならない。
コーバスはそう記し、これまでのことが全て綴られていた。
読み終えて、ヘルハルトは深くソファに背を埋めた。コーバスの手紙の内容は、予想を越える出来事の連続で、よほどのことにも動じないヘルハルトでも驚きを禁じ得なかった。まず、ルカがあの状態で逃げ出し、北の辺境にまで到達していたことも驚きだったが、レガリアの正体については全くの想像外。いや、まさかレガリアが水の精霊の魂だったなどと予想し得る者がいるだろうか。
そして、そのレガリアは既に目覚め、もうレガリアたる役割を果たすこともないということもわかった。王家の正統性を証明するものは、この世から永遠に失われたのだ。レガリアを持たないルカに、王家が執着する必要性はなくなった。だからこそ、コーバスはヘルハルトに事の次第を全て打ち明けたのだろう。
手紙の最後には、水の精霊を本来の体に戻すべく、ユリウス達が王都へ発ったこと、またユリウス・ベイエル本人について、コーバスの思うところが記されていた。
ヘルハルトはもう一度はじめから最後まで手紙を読み返し、卓上に手紙を置くと深い思索の中に身を置いた。
ハルムに協力を仰ぐと決めると、ユリウスはエメレンス、シミオン、ラウ、ミヒルと共に早速ハルムの家を訪れた。
ルカも行くと言ったのだが、夜とはいえ希少種が王都を出歩いていては目立つ(ラウとミヒルは髪と瞳を鮮やかな赤に変えていた。逆に目立っているのだがそのことは置いておこう)。
ハルムにも極力会わせたくないし、ユリウスは「先に休んでいるように」とルカをベッドに押し込めた。
ルカは不満そうだったが、体力的にはきつかったのだろう。髪を撫でてしばらくついていると、すぐに寝入った。
この旅の間、夜中にフロールが起き出してきてルカの代わりに食事を摂るようになった。旅の初日に、ルカがあまり食事をしないことをフロールに伝えた日からだ。フロールはよく食べた。そこからルカの体力は少しずつ改善している。とはいえまる四日ほど馬車に揺られ続けたのだ。疲れもでる。
ユリウスはあとをカレルとリサに任せ、ハルムの家へ向かった。
ハルムの家の、粗末な扉を叩くと、隙間から黒い瞳が覗いた。ユリウスの顔を見ると、驚いたように口をぽかんと開いた。
「邪魔するぞ」
ユリウスは隙間に指をかけ、扉を全開にすると中へ入った。それへエメレンス、シミオン、ラウ、ミヒルも続く。突然押しかけてきた男五人に、ハルムは目を白黒させた。
「い、一体何事だ?」
ハルムは部屋の隅まで後ずさりし、大きな体躯を縮めた。ずらりと取り囲むように並んだ男達を、泣きそうな顔で順に見る。
「ル、ルカを襲ったことなら、あの時強烈なパンチを食らったろう? あれでお咎めなしだったんじゃないのか? 今更やって来て、一体何の用だってんだ」
「何か勘違いしているようだが、あれしきのことでおまえを許したわけじゃないからな」
「きょ、今日はルカは?」
この状況でルカのことを口にするとはいい度胸だ。
「おまえになど二度と会わせるか」
「おいおいユリウス。それこそその話をしに来たわけではないだろう?」
エメレンスにぽんぽんと肩を叩かれ、再燃しかけた怒りをおさめた。そうだった。早く本題に入るべきだった。
「あの時のことは未だに腹に据えかねてはいるが、今日はそのことで来たのではない。シミオン」
ユリウスはシミオンに地下水脈の地図を広げるよう頼んだ。
シミオンはぐるりと部屋の中を見渡し、片手を顔の前で振った。
「埃っぽいが、悪くない家だ。ちょっと失礼」
シミオンはテーブルの上にあったナフキンやタオル類を全て床に落とすと、そこに地下水路の例の地図を広げた。
「あー。せっかくさっき洗ったとこだったのによ。どけるなら、せめてどこかの上に置いてくれよな」
ハルムはブツブツ文句を言いながら、床に散らばった物を拾い、ベッドの上に載せた。一体何が始まるのかとハルムはその足でテーブルまで近づくと、広げられた地図を見た。
「これって」
ハルムは地図をひと目見て言い当てた。
「地下水路の地図だな。ひえー。よくできてるな。俺が知ってる水路と一緒だ」
「それはそうだろう。王宮内の書庫から失敬してきたのだからな」
シミオンが自慢にもならないことを自慢気に言う。ハルムはフードを目深に被ったシミオンを気味悪げに見た。
「王宮からって。おたくたち、何者?」
「知らなくていいことを無理に知ろうとするするな。あとあと厄介なだけだ」
「確かにフードの旦那の言う通りだ」
シミオンはふんと鼻をならした。
「利口で結構。おまえに聞きたいのは、この地図上のこの地点」
シミオンは紋様の描かれた箇所を指さした。水脈の噴き出し口と思われる箇所だ。
「ここに至るまでの道順を教えてほしいのだ。この地図だけでは実際に通れるかどうかわからないからな」
「何だってこんなとこに、ってそれは聞かない方がいいんだったな」
ハルムはうーんと首を捻った。
「これって教えたら、何か俺に得はあるのか?」
それを聞いてエメレンスが、とんとんとハルムの胸を小突いた。
「ほう。大層な口をきくな。自分の立場をわかって言っているのか? おまえが本来は王宮奴隷で、水路を使って逃げ出してきたのだと今すぐ人事官に通報してもいいんだぞ?」
「まっ、待ってくれよ。誰も教えないとは言ってないぞ」
「なら早く教えろ」
ハルムはエメレンス、次いでシミオンを見てちぇっと舌打ちしつつも、
「ここと、ここと、あとここ」
ハルムは指で数カ所の位置を順に指した。
「崩れていて通れない。それにここはこんなに広い通路じゃないぞ? 猫が一匹通れるくらいの幅しかない」
「ふむふむ。なるほど」
シミオンは地図上に取り出したペンで印をつけていく。王宮書庫持ち出しの地図に、書き込みをして許されるものなのか。この際、見なかったことにしよう。
ハルムはその後も次々に地図上の違いを正していった。やはり相当水路には詳しいようだ。
「それで? 道順としてはどこを通るのが確実だ?」
シミオンが最後にそう聞くと、ハルムは困ったように頭をかいた。
「さあ。そこまで行ったことないからわかんねぇよ。今は知らないけどその周り、俺が王宮にいた頃は、まだちょっと水が残っていてあんまり近づきたくなかったんだ。溺れるのは怖かったからな。それに抜け道がわかったから行く必要もなかったし」
「じゃあこれ以上そいつに聞いても無駄だな」
それまで黙っていたラウがそう言って、さっさとミヒルを連れて外に出ていく。口を開いたかと思えば、不遜な言葉だけ残して去っていった派手な真っ赤な髪の二人を、ハルムはぽかんとして見送った。
「なんだあいつら。派手派手しい上に口も悪いときてる」
それも人外の存在なのだから仕方あるまいとユリウスはハルムの呆れ顔を見た。
「じゃあ私達も行くとするか」
エメレンスも話はこれで終わりだとスツールから立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「なんだ?」
ユリウスが振り返ると、ハルムは、
「何があるのか知らないけど、水路に入るんだろう? 明日は俺、仕事が休みなんだ。よかったら案内する」
「いや、おまえの案内はいらない。今聞いた話で十分だ」
フロールの体の捜索にはルカを連れて行く。フロールの魂がなければ、もし体が見つかったとしても噴き出し口に嵌った体を取り出すのは無理だ。できたとしても、取り出した途端、地下水脈の水が噴き出し、ユリウス達は無事には戻れまい。
どうしてもルカの中にいるフロールを連れて行く必要がある。となると必然的にルカも捜索に加わることになる。ルカをハルムに会わせたくない。
「けどよ。俺なら水路のことは詳しい。何かの役に立つはずだ。それによ、それってルカも来るんじゃないのか? い、いや、何も手を出そうってわけじゃない。勘違いしないでくれよ。俺も久しぶりに仲間に会いたいだけなんだ」
なぜルカも来ると思ったのか。妙な感だけ働く奴だ。水路のことを教えるのにも見返りを求めたくせに、ついていくと親切を申し出たのは、ルカに会えるかもしれないと算段したためだったか。懲りない奴だ。
「そうかもしれんが、いらんものはいらん」
会いたいだけなどという言葉を信じるほど、ユリウスはお人好しではない。
「まぁまぁユリウス。ついてきてもらおうではないか。案内役がいたほうが時間は短縮できる。その代わり。妙な真似したら、一発で王宮奴隷に返り咲きだ」
エメレンスがにやりとしてハルムを見返した。
エメレンス、シミオンと別れ、モント領主邸に戻るとルカが起き出していた。といっても中身はフロールだ。アントンの用意した食事を頬張っている。戻ってきたユリウスを見ると、「さっきラウから聞いたわ」と口をもごもごさせながら言う。
「大体の見当がついたみたいね。よかったわ」
「そのことなんだが」
ユリウスはフロールの前の椅子を引き寄せた。
「フロールは王妃に刺されたと言っていたが、傷のあるその体にまた戻れるのか?」
何千年と経とうと体が腐敗しないことは聞いたが、傷ついた体に再び戻ることができるのか。エメレンス達と別れてから考えていた。
フロールは「そのことね」とステーキをきれいに切り分け、
「大丈夫よ。傷はもう癒えているわ。本当だったらそんなことくらいで魂が分かれたりはしないのだけれど、産後で弱ってたのよね。ほら、精霊って本来こんなふうに子を産むことはないでしょう?」
「そうなのか? 寡聞にして知らないが」
「真面目に返さなくても結構よ。知らないのが普通だから」
フロールはくすりと笑った。
***
一方その頃、ヘルハルト・オーラフは弟コーバスからの文を受け取っていた。ヘルハルトが出した文への返事だ。
妹エミーに良き縁談相手を紹介してくれることへの礼からはじまり、亡くなったドリカのことが綴られていた。
ドリカの亡くなった経緯を説明するためには、王宮奴隷ルカがモント領内に辿り着いたところから話さなればならない。
コーバスはそう記し、これまでのことが全て綴られていた。
読み終えて、ヘルハルトは深くソファに背を埋めた。コーバスの手紙の内容は、予想を越える出来事の連続で、よほどのことにも動じないヘルハルトでも驚きを禁じ得なかった。まず、ルカがあの状態で逃げ出し、北の辺境にまで到達していたことも驚きだったが、レガリアの正体については全くの想像外。いや、まさかレガリアが水の精霊の魂だったなどと予想し得る者がいるだろうか。
そして、そのレガリアは既に目覚め、もうレガリアたる役割を果たすこともないということもわかった。王家の正統性を証明するものは、この世から永遠に失われたのだ。レガリアを持たないルカに、王家が執着する必要性はなくなった。だからこそ、コーバスはヘルハルトに事の次第を全て打ち明けたのだろう。
手紙の最後には、水の精霊を本来の体に戻すべく、ユリウス達が王都へ発ったこと、またユリウス・ベイエル本人について、コーバスの思うところが記されていた。
ヘルハルトはもう一度はじめから最後まで手紙を読み返し、卓上に手紙を置くと深い思索の中に身を置いた。
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