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第四章

言葉遣いを直すこと

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 リサは、正式にルカがユリウスの奴隷として登録され、堂々とモント領へ帰ることが決まってから、ルカの言葉遣いにうるさくなった。語尾にはですますをつけなさい。呼び捨てではなく名前の下には様をつけなさい。してもいい?ではなく、よろしいでしょうかと言いなさい。

 王都のモント領館にいる時から帰りの馬車の中でもみっちりと仕込まれ、段々身についてきた。でも舌がもつれそうで疲れる。見かねたユリウスが、「俺や屋敷の者たちの前では不要だぞ」と言ってくれたから助かった。

 モント領のユリウスの屋敷に帰ってきたら、たくさんの人が集まっていて驚いた。ユリウスが、堂々と馬車からルカを連れ出したので更にびっくりした。
 大丈夫だとユリウスが言ったから衆目を気にせず馬車を出たけれど、あちこちから聞こえる声はしっかりルカの耳にも入った。
 希少種の奴隷。あの堅物辺境伯がまさか。奥方ならまだしも性奴隷を堂々と連れ帰るとは。好意的な声はなく、あまり歓迎されていないということはわかった。

 約三週間ぶりの屋敷に入るとほっとした。
 ほっとしたのも束の間、ユリウスはルカの手を引いてすぐに応接室へ入り、そこでまたモント騎士団長だという男とその妹を紹介された。うまく自己紹介できたと思う。リサに教えられた通り、ワンピースをつまんでお辞儀して、最大限丁寧な言葉遣いで話した。
 ルカは名乗っただけでどっと疲れた。長い間馬車に揺られていた疲れもある。コーバスとエミーには聞こえないよう、小声でポポに会いたいと言ったらユリウスが許してくれたのでよかった。
 やっとほっと気を抜き、ポポを肩に乗せたときだ。ポポが鋭く鳴いた。ポポが警戒している。振り返ったらエミーが立っていた。巻毛のふわふわした女の子だ。すとんと裾の落ちた、深い赤のワンピース姿のエミーをルカはじっと見た。どうしてこんなところにいるのだろう。答えを探してしばらくエミーを見つめ、ルカは一つの結論に達した。

「迷われましたか?」

 トイレにでも行って、応接室に戻ろうとして迷ったのかと思った。が、エミーは「いえ、違います」とルカの言葉に畳み掛けるようにすぐさま返答した。
 なんとなく、エミーが怒っているような気がして、ルカははてと首を傾げた。何も悪いことはしていない。会ってまだ数分くらいだ。言葉だって二三言交わしただけ。そのどこに、この巻毛のふわふわとした優しそうな少女の機嫌を損ねる要素があったのだろう。わからない。

「あ、ポポ」

 ルカがじっとエミーを見ていると、ポポが突然、開いたままだったゲージから駆け出し、エミーの脇をすり抜けた。

「きゃっ!」

 エミーは驚いて尻もちをつき、ポポは屋敷の廊下をだっと走り出した。

「待って。ポポ」

 ポポを追いかけたいが、目の前のエミーも気になる。こういうとき助け起こせばいいのかどうなのか。リサは教えてくれなかった。早くポポを追いかけたいけれど、呆然としているエミーも気になる。どうしようと迷っていると、廊下の向こうから走ってくる足音がした。

「エミー! どうした?」

 コーバスだ。エミーの小さな悲鳴を聞きつけて、コーバスが走ってきた。その後ろにはユリウスもいる。
 コーバスは尻餅をついているエミーを助け起こした。

「大丈夫か? こけたのか?」

「……大丈夫です。ちょっと、驚いてしまって」

 エミーはちらりとルカを見た。それを見てコーバスは鋭い声を出した。

「希少種に何かされたのか?」

「いえ、その……。何でもないんです」

 どうしてはっきり言わないのだろう。ポポが飛び出してきて驚いたのだと。それともシマリスに驚いたなんて、知られたくないのだろうか。

「あ、そうだ。ポポは」

 ルカが思い出してコーバスとエミーの横をすり抜けようとすると、腕をコーバスにつかまれた。普段剣を握るからだろうか。強い力で痛い。

「エミーに何をした?」

「何もしていません」

「ならどうして妹はこんなところでこけているんだ?」

「それは……」

 言っていいのだろうか。エミーがもし秘密にしたいと思っているなら、言うべきではない。

「それは、その……」

 どう答えていいのかわからない。腕をつかむコーバスの力が強くなった。

「やめろコーバス」

 痛みに眉根を寄せたルカに気がつき、ユリウスがコーバスの手をルカから引き剥がした。ルカはユリウスの後ろに回り込み、腰にしがみついてうかがうようにエミーを見た。目が合うと、エミーはふいっとそらした。やはり何も言うなということなのか。ポポに驚いたのなら驚いたと、隠す必要がないのならとっくにそう言っているだろう。この少女にとっては、シマリスに驚くことは人に隠すべき恥ずかしいことなのかもしれない。

「おい、ユリウス。そいつを庇うのは結構だが、もっとちゃんとしつけろよ。エミーが何もないところで、何もしていないのに転ぶはずはないんだ。そいつが何かしたに決まっている。そうだろ? ルカ」

 コーバスは、ルカが何かしたと決めつけている。それも悪いことを。コーバスはエミーのスカートの裾を直してやりながら、ルカを睨んだ。ルカは、ユリウスの後ろにこそこそと隠れた。敵意や強い視線を向けられるのは怖い。ユリウスのシャツをぎゅっと握りしめた。

「やめろコーバス。ルカのことは俺の責任だ。あまりルカの前で声を荒げるな。ルカが怖がる」

「はいはい。じゃあ俺はそろそろ帰るよ。あまり長居して、ルカとの時間を奪っては悪いからな」

「そんな心配は無用だ」

「……今のは嫌味だ。ったく、冗談だけでなく、嫌味も通じないのかよ。じゃあな」

 コーバスはひらひらと手を振る。

「待て。エミーにまだ土産を渡していない」

 ユリウスが止めると、コーバスは「土産って気分でもないだろ」とエミーを見た。

「……欲しいです」

 エミーがか細く呟いた。

「そうか? ならもらっていくか」

「こっちだ」

 ユリウスはコーバスとエミーを再び応接室の方へ導く。ルカはユリウスから手を離すと、くるりと踵を返した。ポポをさがさないと。ルカが走り出すと、後ろからコーバスの声が聞こえた。

「見かけはかわいいが、やっぱり奴隷だな。礼儀がなってない」

 言われたのはルカなのに、なぜかユリウスのことを悪く言われたようで、ちくりと胸が痛んだ。
 そうか。とルカはそこで納得した。ユリウスの奴隷だから、ルカのことは全部持ち主のユリウスのせいになるのか。リサが必死でルカの言葉遣いを直そうとしたのは、だからなんだ。
 あとでリサに、さっきみたいなときはどうしたらいいのか、聞いてみなければならない。次は失敗しないように。ユリウスが嫌味を言われないように。

 



 
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