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第二章
ルカの奇妙な奴隷生活
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ルカがエメレンスの名を出した途端、ユリウスが押し黙ったので、ルカは不思議そうにユリウスを見上げてきた。
「エメレンスを知ってるの?」
そう名を呼ぶ様子は親しげだ。一度助けてもらっただけの関係ではないのだろう。
「エメレンスは、ルカの何なんだ?」
ユリウスは、エメレンスとは寄宿学校で同級であったことをルカに話した。
ルカは、エメレンスはルカの先生だったこと。読み書きや他にもいろいろなことを教えてくれたこと。銀髪に、緑の瞳で、ちょっと冷たい感じのする人だけれど、ルカはエメレンスが好きだったことをユリウスに話した。
他にも、この国のことや、隣国にはどんな国があるのか。エメレンスはいろいろなことを知っていた。北に向えば一番国境線に近いということもエメレンスに聞いたという。
ユリウスもカレルも、しばらく言葉を忘れたように押し黙った。
一緒に暮らしたここ三ヶ月。ルカが、ごく常識的なことを知らなかったり、かと思えば奴隷のほとんどができない読み書きを普通にできたり。気になることはいくつかあった。
エメレンスが手づから教えていたのなら、納得がいく。しかしあのエメレンスがただの一人の王宮奴隷のために、ものを教えるという姿も想像しがたい。
奴隷一人に王宮騎士団まで派兵してくる異常さといい、ルカには一体何があるというのだろう。
ルカは、ユリウスが何をそんなに驚くのかわからないようだ。エメレンスがライニールの義弟だということは知らないのかもしれない。
「なぁ、ルカ。おまえ王宮では一体どんな生活をしていたんだ? 王宮付きの奴隷、だったんだよな…?」
「そうだよ」
ルカは王宮での生活をユリウスに話した。
ルカは他の王宮奴隷とは違い、王宮からは離れた林の側に立つ小屋で一人で寝起きしていたこと。日に一度のパンと牛乳以外食事はなく、あとは林に自生している植物をとって食べていたこと。時折林の中を流れる小川で魚を取って、火を起こして焼いて食べたりしていたこと。奴隷としての仕事は林の掃除やあまり使われていない離宮の掃除などだったこと。
ルカの語る奴隷としての生活は、それはまた奇妙なものだった。王宮奴隷といえば、水色のお仕着せを着、満足いく衣食住が与えられ、その辺の庶民よりもよほどいい生活をしているものだ。
もちろん、王宮の雑事全般をこなし、時には王の夜伽にあがる仕事もあるが、お声がかからず過ごす者のほうが圧倒的に多い。
そんな中にあって、日に一食しか支給されず、しかも人目につかないような小屋に住まわせ、何か変だ。
水色のお仕着せを着た希少種の王宮奴隷は、華やかな色を添えるため、むしろ人目につくような場所にいる。そんなお仕着せも着ていなかったとルカは言う。
「あとは……」
ルカは先を言い淀んで俯いた。
「月に一度の診察があって……」
白衣を着たノルデンを見て、ルカが怖がっていたことをユリウスは思い出した。
「そんなに嫌な診察だったのか?」
放っておいているわりに、月一で体の状態を確認していたというのも、腑に落ちない。ルカは俯いてぎゅっとユリウスの服を握った。
「だって、すごく痛いから。変な器具を入れられて、オーラフ宰相が見に来るの……」
「オーラフ宰相が?」
ユリウスはカレルと無言で目を見合わせた。王宮奴隷の診察に、わざわざ宰相が立ち合う。ますますおかしな話だ。
ルカはそのときの診察を思い出すのか。体が震えている。毎月よほど怖い思いをしていたようだ。
ユリウスは安心させるようにルカの体を抱きしめた。
「もう一つだけ聞いていいか?」
これ以上の質問は酷かと思ったが、最後に確かめたいことがあった。ルカが「何?」と顔を上げる。
「王宮から逃げてきたとき、夜伽の話をしていたよな。誰の夜伽にあがるはずだったんだ?」
希少種の奴隷が夜伽にあがる相手は王や王族だ。けれど女の希少種は敬遠されるのが普通だ。
「ライニール王だよ。オーラフ宰相が変なことを言ってた。ライニール王の子供が欲しいって。だから女の奴隷がいいって」
「……まさか」
それこそありえない話だ。王が希少種に子を産ませてどうするつもりなのか。奇妙でわからないことが多すぎて、ユリウスの理解の範疇を超えている。
「いろいろ聞いて、悪かったな」
ユリウスはルカの細い体を、力を込めて抱きしめた。細い体からは落ち着いた確かな鼓動が伝わってくる。この腕の中の存在を、どんなことがあっても守りたい。ユリウスは改めて強くそう思った。
***
その後の旅程は大きなトラブルもなく予定通り進んだ。今日の旅程を終えれば、いよいよ明日は王都入りだ。
結局旅の間、毎夜ルカはユリウスのベッドに潜り込み、朝までユリウスの側で眠った。ユリウスは屋敷にいる時のように、自室に戻るようにとは言わなくなった。
ただ、カレルの忠告を守ることは忘れなかった。部屋に行くときはカレルかリサについて一緒に入った。ルカはそのまま部屋に留まって朝まで過ごしたが、カレルの言うとおり、交替する見張りの騎士たちの目に、ルカの存在が不審にうつることはなかった。
「……ユリウス?」
浴室からの水音にルカは目を覚ました。
ベッドにユリウスの姿がない。朝になり、ルカが気がつくとユリウスはいつも浴室にいる。それがルカは不満だった。
ユリウスの体温は高くて、一緒のベッドに入ると心地いい。体を寄せれば抱きしめてくれるのも好きだ。本当は朝起きたときも、ユリウスの温もりが欲しいのに、ユリウスはいつもいない。
昨夜も浴室で湯浴みをしていたのに、また朝に湯を浴びるなんて、ユリウスはよほどのきれい好きか、よほどの湯浴み好きだ。
敷布に残る温もりに頬を当て、ルカはユリウスが浴室から出てくるのをじっと待った。
が、なかなか出てこない。
ルカはそろりとベッドをおりると、「ユリウス?」と声をかけながらそっと浴室の扉を開いた。ユリウスは浴室の椅子に腰掛けていた。下を向いて、苦しそうにしている。
「ユリウス! 大丈夫?」
ルカは心配になって、筋肉のきれいについた大きな背中に声をかけた。
「エメレンスを知ってるの?」
そう名を呼ぶ様子は親しげだ。一度助けてもらっただけの関係ではないのだろう。
「エメレンスは、ルカの何なんだ?」
ユリウスは、エメレンスとは寄宿学校で同級であったことをルカに話した。
ルカは、エメレンスはルカの先生だったこと。読み書きや他にもいろいろなことを教えてくれたこと。銀髪に、緑の瞳で、ちょっと冷たい感じのする人だけれど、ルカはエメレンスが好きだったことをユリウスに話した。
他にも、この国のことや、隣国にはどんな国があるのか。エメレンスはいろいろなことを知っていた。北に向えば一番国境線に近いということもエメレンスに聞いたという。
ユリウスもカレルも、しばらく言葉を忘れたように押し黙った。
一緒に暮らしたここ三ヶ月。ルカが、ごく常識的なことを知らなかったり、かと思えば奴隷のほとんどができない読み書きを普通にできたり。気になることはいくつかあった。
エメレンスが手づから教えていたのなら、納得がいく。しかしあのエメレンスがただの一人の王宮奴隷のために、ものを教えるという姿も想像しがたい。
奴隷一人に王宮騎士団まで派兵してくる異常さといい、ルカには一体何があるというのだろう。
ルカは、ユリウスが何をそんなに驚くのかわからないようだ。エメレンスがライニールの義弟だということは知らないのかもしれない。
「なぁ、ルカ。おまえ王宮では一体どんな生活をしていたんだ? 王宮付きの奴隷、だったんだよな…?」
「そうだよ」
ルカは王宮での生活をユリウスに話した。
ルカは他の王宮奴隷とは違い、王宮からは離れた林の側に立つ小屋で一人で寝起きしていたこと。日に一度のパンと牛乳以外食事はなく、あとは林に自生している植物をとって食べていたこと。時折林の中を流れる小川で魚を取って、火を起こして焼いて食べたりしていたこと。奴隷としての仕事は林の掃除やあまり使われていない離宮の掃除などだったこと。
ルカの語る奴隷としての生活は、それはまた奇妙なものだった。王宮奴隷といえば、水色のお仕着せを着、満足いく衣食住が与えられ、その辺の庶民よりもよほどいい生活をしているものだ。
もちろん、王宮の雑事全般をこなし、時には王の夜伽にあがる仕事もあるが、お声がかからず過ごす者のほうが圧倒的に多い。
そんな中にあって、日に一食しか支給されず、しかも人目につかないような小屋に住まわせ、何か変だ。
水色のお仕着せを着た希少種の王宮奴隷は、華やかな色を添えるため、むしろ人目につくような場所にいる。そんなお仕着せも着ていなかったとルカは言う。
「あとは……」
ルカは先を言い淀んで俯いた。
「月に一度の診察があって……」
白衣を着たノルデンを見て、ルカが怖がっていたことをユリウスは思い出した。
「そんなに嫌な診察だったのか?」
放っておいているわりに、月一で体の状態を確認していたというのも、腑に落ちない。ルカは俯いてぎゅっとユリウスの服を握った。
「だって、すごく痛いから。変な器具を入れられて、オーラフ宰相が見に来るの……」
「オーラフ宰相が?」
ユリウスはカレルと無言で目を見合わせた。王宮奴隷の診察に、わざわざ宰相が立ち合う。ますますおかしな話だ。
ルカはそのときの診察を思い出すのか。体が震えている。毎月よほど怖い思いをしていたようだ。
ユリウスは安心させるようにルカの体を抱きしめた。
「もう一つだけ聞いていいか?」
これ以上の質問は酷かと思ったが、最後に確かめたいことがあった。ルカが「何?」と顔を上げる。
「王宮から逃げてきたとき、夜伽の話をしていたよな。誰の夜伽にあがるはずだったんだ?」
希少種の奴隷が夜伽にあがる相手は王や王族だ。けれど女の希少種は敬遠されるのが普通だ。
「ライニール王だよ。オーラフ宰相が変なことを言ってた。ライニール王の子供が欲しいって。だから女の奴隷がいいって」
「……まさか」
それこそありえない話だ。王が希少種に子を産ませてどうするつもりなのか。奇妙でわからないことが多すぎて、ユリウスの理解の範疇を超えている。
「いろいろ聞いて、悪かったな」
ユリウスはルカの細い体を、力を込めて抱きしめた。細い体からは落ち着いた確かな鼓動が伝わってくる。この腕の中の存在を、どんなことがあっても守りたい。ユリウスは改めて強くそう思った。
***
その後の旅程は大きなトラブルもなく予定通り進んだ。今日の旅程を終えれば、いよいよ明日は王都入りだ。
結局旅の間、毎夜ルカはユリウスのベッドに潜り込み、朝までユリウスの側で眠った。ユリウスは屋敷にいる時のように、自室に戻るようにとは言わなくなった。
ただ、カレルの忠告を守ることは忘れなかった。部屋に行くときはカレルかリサについて一緒に入った。ルカはそのまま部屋に留まって朝まで過ごしたが、カレルの言うとおり、交替する見張りの騎士たちの目に、ルカの存在が不審にうつることはなかった。
「……ユリウス?」
浴室からの水音にルカは目を覚ました。
ベッドにユリウスの姿がない。朝になり、ルカが気がつくとユリウスはいつも浴室にいる。それがルカは不満だった。
ユリウスの体温は高くて、一緒のベッドに入ると心地いい。体を寄せれば抱きしめてくれるのも好きだ。本当は朝起きたときも、ユリウスの温もりが欲しいのに、ユリウスはいつもいない。
昨夜も浴室で湯浴みをしていたのに、また朝に湯を浴びるなんて、ユリウスはよほどのきれい好きか、よほどの湯浴み好きだ。
敷布に残る温もりに頬を当て、ルカはユリウスが浴室から出てくるのをじっと待った。
が、なかなか出てこない。
ルカはそろりとベッドをおりると、「ユリウス?」と声をかけながらそっと浴室の扉を開いた。ユリウスは浴室の椅子に腰掛けていた。下を向いて、苦しそうにしている。
「ユリウス! 大丈夫?」
ルカは心配になって、筋肉のきれいについた大きな背中に声をかけた。
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