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第一章

王宮騎士団からの伝令

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 希少種が王宮から逃げてきたと聞き、ユリウスは念の為執事のカレルに、屋敷の者には希少種のことを外へ漏らさぬよう箝口令を敷くよう指示を出した。極力人を屋敷に置かないユリウスだ。住み込みのカレル、リサ、ノルデン、それにコックのアントン。みな信用できる者たちばかりだ。ユリウスの拾い物のことは秘しておくよう、皆に伝えてくれとカレルに頼んだ。

 部屋へ運ぶ間に眠ってしまった希少種をリサとノルデンに託し、ユリウスはモント領の役所であるモント領館へと向かうことにした。

「おはようございます。モント辺境伯。今朝はおもしろいものを拾っていましたね」

 屋敷から出てきたユリウスを、馬丁のボブが出迎えた。ユリウスの栗毛の馬をひいている。
 ボブは執事カレルとリサの息子だ。年は二十七歳。今年の秋で二十九になるユリウスと歳も近い。口調こそ丁寧だが、ユリウスとボブの間には主人と使用人の垣根はない。

「おまえのことを忘れていた。誰にも言い触らすなよ。どうも王宮から逃げてきたらしい」

「ひえっ。王宮? よくそんな距離を……。ってそれよりどうするんっすか。また厄介な拾い物をしましたね」

「さぁ、どうしようか。――おはよう、パス」

 ユリウスは栗毛の馬パスを撫で、馬上に上がった。
 頼むぞと胴を挟む足に力を入れれば、パスは心得たとばかりに走り出す。馬で駆ければユリウスの屋敷とモント領館とは、目と鼻の先だ。共も連れず単騎で駆ける。

 早春の冷たい風が、浴場で火照った体に気持ちいい。ぶり返した寒気に、春の到来を邪魔されたように感じていたのに勝手なものだ。

 拾った希少種はリサが洗ってみれば驚くほどきれいな女だった。いや、女というには胸の膨らみはほとんどないし、無毛だった。まるで幼女のような体つきだ。それでも肌は艶めかしいほど白く、輝く黒曜石のような瞳でどきりとした。

 俺は何を考えているんだ……。

 幼女趣味は持ち合わせていないつもりだ。はからずも目にした希少種の裸を頭の中から追い出す。同時にあんな未発達な希少種に、伽をさせようというその考えに胸糞が悪くなる。
 あんなに怯えさせて、怖がらせて、一体王宮は何をやっているんだ。本来なら皆の規範となる行動をとるべき王族が、率先して希少種を痛めつける。だいたい同じ人を、希少種だからといって奴隷にしているその考えにも嫌悪感を感じる。王族に倣って同じように希少種を飼っている中央の貴族共もしかりだ。
 王族を中心に、中央は腐りきっている。
 長い歴史の中で、慣習のように希少種を奴隷にして、誰もそのおかしさに気付けない。









「よお、モント辺境伯。今朝は珍しく遅いお出ましだな。っと、なんだよその顔」

 領館に入るとモント騎士団団長コーバス・フルンが、早速ユリウスの頬の傷を見つけ、声をかけてきた。
 モント騎士団は、モント領主ユリウスが抱える私設騎士団だ。国境線の守りと領内の治安維持のため結成した騎士団で、フルン男爵家の次男、コーバスに団長を任せている。

「ちょっとな。山猫にひっかかれた」

「ほお、山猫ねぇ」

 コーバスは何を勘違いしたのか。にやにやした笑いを浮かべる。

「おまえにしちゃおもしろい冗談だ。で? 本当はどうした? 女と喧嘩でもしたか? 堅物のおまえにしちゃあ上出来だ」

「勝手なことを言うな」

 ユリウスが反論しかけたところへ、モント騎士団第三師団長、クライド・サリスが駆け込んできた。クライドは頬を上気させながらうわずった声で報告する。

「ユリウス様。こちらにいらっしゃいましたか。コーバス団長もご一緒で。ただいま王宮騎士団の伝令が到着いたしました。急ぎ接見の間へお願いいたします」

「王宮騎士団? 一体何の用だ」

 コーバスは首を傾げる。

「さあな。待たせてはまた何かとうるさい。行くぞ」

 ユリウスは先に立って歩き出した。その後ろをコーバス、クライドが続く。コーバスは面倒だと言わんばかりだが、若いクライドは、王宮騎士団直々の伝令ということで、興奮した面持ちだ。こんな北の辺境にいると、王都は輝かしい都会に見えるらしい。真っ白な生地に金糸の刺繍と金ボタンの王宮騎士団の軍服は、憧れの的でもある。

 王宮騎士団といっても、要はライニール王、子飼いの騎士団だ。実態を知っているユリウスとしてはなんの感慨もないが、クライドは別らしい。
 伝令の待つ接見の間に入ると、直立不動で動かなくなった。

 ユリウスは接見の間の上座に鷹揚に座る伝令に、両足を揃え片手を斜めに構え、騎士の礼を取った。

「モント領主、ユリウス・ベイエルです。王宮騎士団より直々の伝令とか。承ります」

 伝令の騎士は懐から筒を取り出すと中から紙を取り出し両手に持つとこちらに向けた。

「過日、王宮より希少種の奴隷一名が脱走した。王宮騎士団はすでに追手の兵を派兵しているが、各々領主においても希少種の奴隷は見つけ次第保護し、速やかに王宮騎士団の手へ渡すように。以上である」

 伝令の内容にユリウスはもちろん驚いた。王宮から逃げ出した希少種というのは、間違いなく今朝ユリウスの拾った希少種だ。
 王宮から、と聞いて嫌な予感はしていた。無論、ユリウスは王宮に希少種を返すつもりはさらさらない。あれほど怯えている者を差し出すなど、どうしてできようか。

 あとあとバレれば面倒だが、言い訳はいくらでもできる。それより希少種の奴隷一人に、わざわざ王宮騎士団を動かして、あまつさえ領主にまで保護しろとの伝令を出すとは。希少種の奴隷は王宮にはたくさんいる。他への示しがつかないのはわかるが、一人くらい捨て置けばいいものを、なんだってこんな大仰なことになるのだ。

 一体あの希少種は何者なんだ。

 ユリウスの頭の中では疑問が渦を巻いていたが、「確かに承りました」と恭しく頭を下げた。

 馬を飛ばしてきたであろう伝令を労うよう、クライドに命じ、ユリウスは接見の間を出て自身の執務室へと落ち着いた。

 後ろからは当然のようにコーバスがついてくる。

「で? ほんとのところはどうなんだ?」

 何の話かと思えば、まだユリウスの頬の傷が気になるらしい。コーバスは徹底抗戦の構えでどっかとソファに腰を据えた。
 頃合いをはかった侍従が、水差しを持ってきた。それを受け取り、執務室にコーバスと二人きりになるとユリウスはコーバスの前に座り口を開いた。

「実はな、山猫を拾った」

 この先王宮騎士団も加わり探索が始まるなら、騎士団長の目を誤魔化し続けるのは難しい。むしろ協力を仰いだ方が得策だ。ユリウスは今朝の出来事を語って聞かせた。あくまで山猫の話として。
 それでもコーバスには十分伝わった。最後まで聞き終えるとコーバスはあちゃーと額に手を当て天を仰いだ。

「そんなこったろうと思った。おまえが文句一つ言わずに、殊勝に王宮騎士団の伝令を受け取るとはおかしいと思ったんだ」

「聞き捨てならんな。俺はいつでも上には逆らわん」

「けっ。よく言うよ。これだから腹黒いやつは嫌なんだ。で? 王宮騎士団に逆らって、どうするつもりだ? その山猫をそこまでして守る義務もないだろ。今ならまだ何食わぬ顔で差し出せば、丸く収まるぞ」

「おまえだって、直接あいつの傷を見たら、返そうなんて気は起こらないさ」

「かもしれんが俺は見てないからな。それに希少種の酷い扱いは、何も今に始まったことじゃない。いちいちそんなのを助けていたら、おまえの屋敷は希少種だらけになっちまう」

「そこまでは考えていなかったな」

「……真面目にとるな。冗談だ」

 コーバスは鼻にしわを寄せ、眉をしかめた。

「しかしな。匿うと覚悟を決めているなら上手いことやれよ。本当に山猫一匹に、王宮騎士団が辺境のここまで出張ってくるとも思えんが、クライドなんか、王宮騎士団の信奉者だからな。はりきって領内の捜索にまわるだろう。無論、俺もポーズとして取り組むがな。もし匿っていることがばれれば、下手すりゃ領地替えどころかベイエル家取り潰しになるぞ」

 その可能性についてはわかっているつもりだ。危険を犯してまであの希少種を守る価値があるのか。問われればその身にかかる領内の民や父母のことを思えば、簡単には答えられないが、あれほど傷ついた人間を今まで見たことのなかったユリウスとしては、放っておけない。ただその一言に尽きた。
 
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