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第一章

夜伽を命じられる

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 そもそも、ルカが脱走を決意したのは、聖バッケル王国の国王ライニールの夜伽を命じられたからだ。

 その日の朝、珍しくルカの寝起きをしている小屋へと王宮からの使いの者がやってきた。

 ルカの小屋は、一人がやっと寝起きできるくらいのごく狭いもので、王宮の裏手に広がる林を抜けた先に、人目を忍ぶように存在している。

 ルカは普段は林に入り、木々の剪定や枯葉や枯れ枝集めといった雑事をこなし、めったに人の立ち入ることのない離れの掃除や庭の掃除をしている。

 どれも人目につきにくい場所での労働で、王宮付き奴隷といっても、王や王妃の住まう王宮へ入ったことは一度もない。人と会うことも、他の王宮付き奴隷と会うこともほとんどないが、たまに出会う王宮の奴隷はみな見目がよく、お仕着せの淡い水色に金糸で刺繍の施された丈の長い衣装を着ている。だからぼろ同然の簡素な貫頭衣を着て、腰を麻紐でくくっただけのルカを見ると、たいていみんな驚く。

 ルカだって驚きだ。なんと食事も三食供されるらしい。ルカの食事は、林で取れるきのこや山菜、木の実が主で、林を流れる小川から時折魚を取って食べるくらいだ。あとは王宮から日に一度、パンと牛乳が与えられる。だからやせっぽちでルカを見た奴隷はたいていみんな同じ事を口にする。

 男かい? 女かい? それとも両性?

 希少種には男と女の性の他に、どちらの特徴も備えた両性がいる。幼い頃はどちらとも判断しがたい者も多く、成長に伴って性が変わることもある。
 希少種は、真っ黒な髪と瞳以外に、その性別のあいまいさが特徴で、人とは違う種別として扱われる原因だ。

 ルカは女、のはずだ。いまひとつ自信が持てないのは、胸はまっ平らに近いし、お尻もぺちゃんこで、十八にもなるのにまだ月のものがないからだ。ならば両性かと問われれば、男性器があったことは一度もないのでそれも違う。一般的に十八にもなれば、男か女か両性か。決まっているのが普通だ。

 月に一度受けさせられる診察では、裸のルカを見て医師はいつも首を捻る。

 両性や男ならば必ず陰茎がある。ないということは女なのだろう。月のものがないのは、体つきを見ても女性らしさがないので、発育が悪いせいだろうと。

 この月に一度の診察がルカは苦手だった。
 裸にされたうえ、医師だけでなく医師の助手や、なぜかオーラフ宰相までもが立ち会って全身を観察される。
 医師はルカの平らな胸をいつもぐりぐりと触ってくるし、診察だと言って足を大きく広げさせられ、奥まで器具を刺し込まれる。痛いと暴れれば助手に押さえつけられるし、嫌がるルカを冷ややかに見下ろすオーラフ宰相の、薄い水色の瞳が苦手だった。
 
 診察では女と判断が下されるルカだが、身体的な特徴もあいまいで、髪も短く刈っているので、両性に間違われる事が多い。
 でもルカは自分は女だと、聞かれれば必ずそう答える。

 希少種の女は妊娠しやすいと言われていて、子ができては面倒だということで、希少種の女は性奴隷のお役目を言い付かる事はほとんどない。王宮には貴族だけでなく、小間使いや庭師やコックやたくさんの人が出入りしている。たまに出会う彼らに目をつけられ、ルカに手を出そうとする者もいるが、ルカが女だと知ると皆手を引く。

 王宮奴隷を妊娠させては面倒だからだ。
 その点、希少種の男と両性は狙われやすいから大変だ。

 たまに人目のつかない茂みでうごめく影があるかと思えば、水色のお仕着せを着た希少種が、服を乱され男に組み敷かれている光景に出会う。
 中にはしたたかな希少種もいて、見返りをちゃっかり手にしている者もいるが。

 そんなルカに朝一番にやってきた使いの者は、表情一つ変えずにとんでもない命を告げてきた。

「今宵、ライニール国王の夜伽を命ずる」

「え?」

 言われた言葉の意味を正しく理解できるまで、ルカは数分要した。
 ぽかんと口を開けて王の勅使だという使いの者を見上げれば、「無礼であるぞ。王の命だ。頭を下げよ」と厳しい声と共に、一緒に来た年かさの王宮侍女に頭を床に押さえつけられた。

「これより王宮にて伽の準備をいたせ」

 使いの者はそれだけ告げると粗末な小屋の中を見回し、顔をしかめながら先に小屋を出て行った。

 あまりのことにまだ思考が追いつかない。

 混乱するルカをよそに、眉尻を吊り上げた年かさの侍女は「ドリカです」と名乗り、ドリカの部下と思われる女性二人へ顎で指示を出す。二人はさっとルカの両脇に回り込むと腕を取り、ルカを立ち上がらせた。

「参りましょう。王の御前へ上がるまで、そう時がありません」

「待って。どうしていきなり。離せ! 夜伽なんていやだっ!」

 ルカは両脇を固められながらも足をじたばた動かして抵抗した。

 いきなりやって来て、夜伽だなんて冗談じゃない。
 しかも相手は遠めに見たことしかないライニール国王。
 四十代半ばの、よく言えば風格のある堂々たる体躯、ルカからすればただのお腹の突き出ただらしない体型の男。

 そんなよく知りもしない男に、いつも茂みでうごめくあんな得たいの知れない目に遭わされるのは絶対に嫌だ。

「放せ放せ放せーっ!」

 ルカは暴れた。力の限り暴れた。王宮に連れて行かれたらもう終わりだ。
 この小屋から絶対に出てなるものか。

―――バシンッ

 ルカの右頬でドリカの平手が鳴った。平手は一度では収まらず、二度、三度と続けざまにルカの頬を張り、あまりの痛みに顔を俯けたところへ更に二度。

 右側ばかり五度も打たれた頬は熱を持ったようにじんじんと痛い。

「何するのっ!」

 ドリカを睨むと再び平手が飛んできた。

「まずはその口のきき方から直す必要がありそうですね。連れて行きなさい」

 ドリカの命のもと、ルカは強引に小屋から引きずり出された。
 
 




 初めて入る王宮だったが、ルカが連れて行かれたのは華やかな表の王宮ではなく、使用人達の通る裏手の廊下で、すれ違う小間使いや王宮奴隷は、喚き散らしながら連れて行かれるルカを物珍しげに眺めた。

「まずは湯浴みをなさい」

 ドリカはまずルカを浴場に連れて行った。
 使用人用であるにもかかわらず、浴場には大理石が敷かれ、一体何人入れるのかというほど大きな浴槽には満々と湯が張られ、湯気が浴場を満たしている。

「嫌だっ!」
 
 抵抗をやめないルカの衣服を、ドリカは破いて取り去った。

「やめてよっ。大事な服なんだ」

 粗末な衣服だが、ルカにとっては数少ない服だ。無造作に破られ、抗議の声を上げるとドリカは両脇を侍女に押さえつけさせながら、ルカの下着も破りとった。

 現れたルカの裸を、ドリカはじっくりと見てくる。
 小さな胸の膨らみに触れ、突起を指で摘む。

「痛いっ。放してっ」

「ほう。やっと野暮な男言葉が少し抜けましたね。湯浴みが終わったら少し調教が必要のようですね」

 ドリカは鼻で笑い、目を細めると「連れて行きなさい」と浴室を示す。

「嫌だっ! 湯なんか浴びない。小屋に帰る! 放せっ」

 裸にされてもまだ暴れるルカに、このままでは埒が明かないとみたのか。ドリカは据えつけられていた籐椅子にルカを座らせると椅子の足に両手両足を縛りつけた。

「こんなことして。絶対に許さない」

 縛り付けられてもルカは暴れたが、ただガコンガコンと籐椅子が揺れるだけだ。悔しげに見上げるルカに、ドリカは湯を次々にかけ、侍女二人とともに泡立てた石鹸で全身を洗い出す。

 ルカの目に、鼻に石鹸の泡が入るのもお構いないしに洗ってくるので、ルカは目は痛いし、苦しくて何度も咳き込んだ。

 そこへ、息継ぎもできないほどに次々に湯をかけられ苦しくてたまらない。
 湯の途切れた合間に抗議の声を上げればますます湯をかけてくる。

 縄が解かれ、浴槽に入れと言われたときには心底ほっとした。

 が、ほっとしたのも束の間、湯から上がると今度は平台の上に載せられる。ロープを持ったドリカを見て、ルカは頬を引きつらせた。また縛られて苦しいのは嫌だ。

「……大人しくするから、縛るのは嫌だ」

 殊勝に懇願した。

「いいでしょう。そこに寝なさい」

 命令され、ルカは大人しく平台に横になった。

「両手は胸の前ではなく両脇の台の上です」

 無意識に胸の前に置いた手をドリカに打たれ、ルカは台の上に両手を置いた。
 調理される魚の気分だ。

 一体今から何をされるのかと身構えたが、ドリカはバラの香りのする香油をルカの体に垂らし、全身に塗りこめただけだった。

 
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