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2章
過去 ②
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「そうね……。今から200年ぐらい前ね。その頃に魔族が収めるひとつの大きな国があったの。それを収めていたのが初代魔王。つまり私の父よ。そして……私はそこの魔王…の娘の長女として生まれたわ」
「長女ってことは他にも家族がいたんですか?」
「えぇ。先に話してしまうと私は魔王の父と母そして兄がひと妹が一人、いたわね」
ゼノンは何も言わないが感じ取ってしまった。先程からファナの話し方は全て過去形なのだ。それはつまり現在では………
「基本はあなたも知っているあの絵本の通りよ」
絵本……つまり昔ゼノンたちの3人で読んだ『勇者の英雄譚』。
「そこでは人間と魔族が日々争っていたわ。だけど国は明るかったわ。常に笑顔が溢れていて…。確かに人間族との戦いはあったけれど貧しくなかったし、活気に溢れていた…。本当に……懐かしいわね………」
その目は哀愁に満ちていた。その目で見据えていたのは今はもう無き過去の栄光だった。
「戦いは終わらなかったけれど、常に魔族側の有利な状況にあったわ。魔族の個々の能力が人間より優れていたことも大きかったけれど1番は魔王の存在ね」
「初代…魔王……」
それはゼノンがずっと憧れてきた姿だった。子供の頃から勇者にやられながらも自分の仲間を守っている姿が眩しかった。少なくともゼノンには。
「えぇ。たとえ人間が群れてかかろうと魔王には絶対に勝てなかった。……お父様は常に民のことを考え、護り続けていたわ。戦場でも戦に勝つことと同じぐらいに民を守ることに趣をおいていたわ。家でも私たちのことを考えてくれるお父さんだった」
「……そうですか……」
かつてゼノンが夢見た姿はゼノンの想像した通りだった。憧れのことを知ったゼノンの表情を見てファナはニコリと笑った。
そしてゼノンを指指す。
「……その血液魔法を使ってね……」
「…!やっぱり……」
「えぇ。初代魔王の魔法は『血液魔法』よ」
ゼノンはこのことを何となく予測していた。絵本のことから…、アウクゼシアーに願った時の反応から……、そして繋がった。
あの時、ファナが決闘を仕掛けた理由には血液魔法が絡んでいると。
「…………」
ファナの発言に先程までの表情が消え、ただ沈黙を貫くことしかできない。
「さて、そんなある日、状況が変わる出来事が起きた…」
「それって……」
もし絵本の通りだと言うなら、この次に起こる出来事は……
「えぇ。勇者の登場よ」
「!!」
人間の英雄と呼ばれたその原点。人間でありながら魔族を圧倒することができた存在。魔王と対をなし、そして…人々を『救ける』存在。
「勇者はお父様と張り合うぐらいに強かった。何度勇者と戦っても決してその決着が着くことは無かったわ。最後まで…ね…」
当事者からの言葉はセノンの胸の奥底にひびき続けていた。まさに神話と呼べるものだった。
(叶うなら俺も見たかった……)
「だけど、個人的には勇者と魔王は仲は悪くなかったの」
「え?そうなんですか?」
「えぇ。幾度となく剣を混じえてはいたけれど共に笑い合うこともあったそうよ。父がこっそりと勇者を城に連れて来たこともあったから面識はあるのよ」
その事実に少し…いや、かなりの衝撃を受けるゼノン。今の時代や、絵本からでは考えられない真実である。
「その証拠として魔族と人間での決闘も行われることになった。それは今でも続いているわ」
「え?それって大決闘ですか?」
「えぇ。そうよ」
大決闘…。それは古くから続くこの世界の文化である。4年に1度ではあるが、魔族と人間との戦争が一時的に休戦する。そして、両学生同士が伝統あるスタジアムで決闘する。決闘する種目は戦いだけではない。お互いのプライドを学生に託すのだ。
では、本当に軍事的行動はないのか?と思うかもしれないがこれが本当にない。魔族と人間は相容れない存在として争っているが、互いに勇者、魔王は崇めている。そしてその中でも特に崇められているのが"初代勇者"と"初代魔王"である。
ゼノンは知らなかったが、大決闘が初代勇者と初代魔王により始まったというのは有名な話なのだ。故に軍事行動はその2人を裏切ることになるために誰も出来ないのだ。
「じゃあ、意外と昔もアットホームな感じだったんですね」
ゼノンのその言葉に返答は無くファナは下を向きながらもゆっくりと重い口を開く。
「……お母様も優しく、私たちを愛してくれたわ…。話を戻しましょう。この時、魔族ではある2つの問題が生じていたの…」
「2つ……?」
「えぇ。ひとつは魔族に魔王のやり方に反対するものが現れたの」
「どうしてですか?魔族では初代魔王なんて英雄でしょう?」
「えぇ。だけど…どこの時代でも反対するものは現れるものよ。初代魔王の場合は明確な理由があったのよ」
「明確な理由?犯罪でもしたんですか?」
冗談半分な気持ちで発言する。しかし、今のゼノンでは全くこの話の続きが読めなかった。
「…罪…といわれれば罪なのでしょうね…。魔王は人間との"融和"を図ろうとしたの」
「え……?」
その言葉はゼノンにもう何度目か分からない衝撃を与えた。ゼノンの目的の一つである戦争の終幕。それを成し遂げようとしたものが過去にいたというのは貴重な情報に他ならない。
「すみません。そこの話もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
「えぇ。いいわよ。お父様…そして勇者はこの戦争に辟易としていたの。流れゆく民の血を見るのはもうお互いに辛かったの。だから戦争を終わらせる計画をこっそりと立てることにした」
「そんなものバレなかったんですか?」
「いえ、すぐにバレたわ。魔族側の貴族は混乱して魔王派と反魔王派に別れることになった。…ここまでは父も予測していたわ。それでもお父様と勇者には上手くいく計画があったの。……でも、2人には大きな誤算があったわ」
「…誤算?」
「えぇ。そもそもお父様は魔族の王で英雄。民は皆、お父様を慕ってたの。それに対して反魔王派にはお父様に対抗する旗印とも言える人物が誰もいなかった。そうなれば魔王派が有利…。だけど……ここで2つ目の問題が重なってしまったの」
「2つ目の問題……」
「…跡取りよ……」
「跡取り?ってことは師匠も関わってくるのか?」
「えぇ。私たち家族は跡取りなんてこと考えては無かったわ。だけど…周りはそれを許さなかった。前々から論争は起こっていたのだけれどそれに意味はなかったのよ」
「意味はなかった?そんなことないでしょう?」
ゼノンは世間に疎いが、跡取り問題や相続問題は聞いたことがある。その人が死ねばその人の残したものを託さなければならない。それが王と言うのであれば尚更だ。
「はぁ。これはあなたに言いたくないのよね……。私たち吸血鬼は普通に過ごしていれば死ぬことも老いることもないの」
「え!!?じゃあ、不老不死ってことですか!!!??」
ファナの発言に今日1番の大声と驚きをあげるゼノン。さすがのファナもここまで驚くとは思っておらずたじろいでしまう。
「え、えぇ…。でも不老不死では無いわ…不老ではあるけれど…」
「…ならどうやれば死ぬんですか?」
「なんでそんな弱点を教えなければならないのよ?」
「お願いします…。後でなんでも質問に答えるんで……」
ファナにはゼノンが焦っているように見えた。所々汗をかいているように見えるし、顔もどこか血の気が引いたように青かった。
「はぁ。心臓よ。たとえ吸血鬼であろうと心臓を取られれば死ぬわ」
「……そ、その…心臓は…どこにあるんですか?」
ファナはゆっくりと自分の指を己の心臓の位置へと持っていった。そしてそこは─
「…………胸の辺りよ………」
「……そ、そう………ですか…………。あ、ありがとう…ございます………」
ゼノンにとって……あることを思い出させる位置であった。
「……少し休憩にしましょうか。私も喋りすぎて疲れたわ」
「……ありがとう…ございます……」
「…私のための休憩よ。あなたにお礼を言われる筋合いはないわ。この借りは大きいわよ?」
そう言ってファナは部屋から出ていった。そしてただ一人ゼノンだけが取り残された。
拳を固く握り、歯を食いしばるその姿は何かに耐えているようでもあった。
「…大丈夫だ。……そのために俺がいるんだから」
「長女ってことは他にも家族がいたんですか?」
「えぇ。先に話してしまうと私は魔王の父と母そして兄がひと妹が一人、いたわね」
ゼノンは何も言わないが感じ取ってしまった。先程からファナの話し方は全て過去形なのだ。それはつまり現在では………
「基本はあなたも知っているあの絵本の通りよ」
絵本……つまり昔ゼノンたちの3人で読んだ『勇者の英雄譚』。
「そこでは人間と魔族が日々争っていたわ。だけど国は明るかったわ。常に笑顔が溢れていて…。確かに人間族との戦いはあったけれど貧しくなかったし、活気に溢れていた…。本当に……懐かしいわね………」
その目は哀愁に満ちていた。その目で見据えていたのは今はもう無き過去の栄光だった。
「戦いは終わらなかったけれど、常に魔族側の有利な状況にあったわ。魔族の個々の能力が人間より優れていたことも大きかったけれど1番は魔王の存在ね」
「初代…魔王……」
それはゼノンがずっと憧れてきた姿だった。子供の頃から勇者にやられながらも自分の仲間を守っている姿が眩しかった。少なくともゼノンには。
「えぇ。たとえ人間が群れてかかろうと魔王には絶対に勝てなかった。……お父様は常に民のことを考え、護り続けていたわ。戦場でも戦に勝つことと同じぐらいに民を守ることに趣をおいていたわ。家でも私たちのことを考えてくれるお父さんだった」
「……そうですか……」
かつてゼノンが夢見た姿はゼノンの想像した通りだった。憧れのことを知ったゼノンの表情を見てファナはニコリと笑った。
そしてゼノンを指指す。
「……その血液魔法を使ってね……」
「…!やっぱり……」
「えぇ。初代魔王の魔法は『血液魔法』よ」
ゼノンはこのことを何となく予測していた。絵本のことから…、アウクゼシアーに願った時の反応から……、そして繋がった。
あの時、ファナが決闘を仕掛けた理由には血液魔法が絡んでいると。
「…………」
ファナの発言に先程までの表情が消え、ただ沈黙を貫くことしかできない。
「さて、そんなある日、状況が変わる出来事が起きた…」
「それって……」
もし絵本の通りだと言うなら、この次に起こる出来事は……
「えぇ。勇者の登場よ」
「!!」
人間の英雄と呼ばれたその原点。人間でありながら魔族を圧倒することができた存在。魔王と対をなし、そして…人々を『救ける』存在。
「勇者はお父様と張り合うぐらいに強かった。何度勇者と戦っても決してその決着が着くことは無かったわ。最後まで…ね…」
当事者からの言葉はセノンの胸の奥底にひびき続けていた。まさに神話と呼べるものだった。
(叶うなら俺も見たかった……)
「だけど、個人的には勇者と魔王は仲は悪くなかったの」
「え?そうなんですか?」
「えぇ。幾度となく剣を混じえてはいたけれど共に笑い合うこともあったそうよ。父がこっそりと勇者を城に連れて来たこともあったから面識はあるのよ」
その事実に少し…いや、かなりの衝撃を受けるゼノン。今の時代や、絵本からでは考えられない真実である。
「その証拠として魔族と人間での決闘も行われることになった。それは今でも続いているわ」
「え?それって大決闘ですか?」
「えぇ。そうよ」
大決闘…。それは古くから続くこの世界の文化である。4年に1度ではあるが、魔族と人間との戦争が一時的に休戦する。そして、両学生同士が伝統あるスタジアムで決闘する。決闘する種目は戦いだけではない。お互いのプライドを学生に託すのだ。
では、本当に軍事的行動はないのか?と思うかもしれないがこれが本当にない。魔族と人間は相容れない存在として争っているが、互いに勇者、魔王は崇めている。そしてその中でも特に崇められているのが"初代勇者"と"初代魔王"である。
ゼノンは知らなかったが、大決闘が初代勇者と初代魔王により始まったというのは有名な話なのだ。故に軍事行動はその2人を裏切ることになるために誰も出来ないのだ。
「じゃあ、意外と昔もアットホームな感じだったんですね」
ゼノンのその言葉に返答は無くファナは下を向きながらもゆっくりと重い口を開く。
「……お母様も優しく、私たちを愛してくれたわ…。話を戻しましょう。この時、魔族ではある2つの問題が生じていたの…」
「2つ……?」
「えぇ。ひとつは魔族に魔王のやり方に反対するものが現れたの」
「どうしてですか?魔族では初代魔王なんて英雄でしょう?」
「えぇ。だけど…どこの時代でも反対するものは現れるものよ。初代魔王の場合は明確な理由があったのよ」
「明確な理由?犯罪でもしたんですか?」
冗談半分な気持ちで発言する。しかし、今のゼノンでは全くこの話の続きが読めなかった。
「…罪…といわれれば罪なのでしょうね…。魔王は人間との"融和"を図ろうとしたの」
「え……?」
その言葉はゼノンにもう何度目か分からない衝撃を与えた。ゼノンの目的の一つである戦争の終幕。それを成し遂げようとしたものが過去にいたというのは貴重な情報に他ならない。
「すみません。そこの話もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
「えぇ。いいわよ。お父様…そして勇者はこの戦争に辟易としていたの。流れゆく民の血を見るのはもうお互いに辛かったの。だから戦争を終わらせる計画をこっそりと立てることにした」
「そんなものバレなかったんですか?」
「いえ、すぐにバレたわ。魔族側の貴族は混乱して魔王派と反魔王派に別れることになった。…ここまでは父も予測していたわ。それでもお父様と勇者には上手くいく計画があったの。……でも、2人には大きな誤算があったわ」
「…誤算?」
「えぇ。そもそもお父様は魔族の王で英雄。民は皆、お父様を慕ってたの。それに対して反魔王派にはお父様に対抗する旗印とも言える人物が誰もいなかった。そうなれば魔王派が有利…。だけど……ここで2つ目の問題が重なってしまったの」
「2つ目の問題……」
「…跡取りよ……」
「跡取り?ってことは師匠も関わってくるのか?」
「えぇ。私たち家族は跡取りなんてこと考えては無かったわ。だけど…周りはそれを許さなかった。前々から論争は起こっていたのだけれどそれに意味はなかったのよ」
「意味はなかった?そんなことないでしょう?」
ゼノンは世間に疎いが、跡取り問題や相続問題は聞いたことがある。その人が死ねばその人の残したものを託さなければならない。それが王と言うのであれば尚更だ。
「はぁ。これはあなたに言いたくないのよね……。私たち吸血鬼は普通に過ごしていれば死ぬことも老いることもないの」
「え!!?じゃあ、不老不死ってことですか!!!??」
ファナの発言に今日1番の大声と驚きをあげるゼノン。さすがのファナもここまで驚くとは思っておらずたじろいでしまう。
「え、えぇ…。でも不老不死では無いわ…不老ではあるけれど…」
「…ならどうやれば死ぬんですか?」
「なんでそんな弱点を教えなければならないのよ?」
「お願いします…。後でなんでも質問に答えるんで……」
ファナにはゼノンが焦っているように見えた。所々汗をかいているように見えるし、顔もどこか血の気が引いたように青かった。
「はぁ。心臓よ。たとえ吸血鬼であろうと心臓を取られれば死ぬわ」
「……そ、その…心臓は…どこにあるんですか?」
ファナはゆっくりと自分の指を己の心臓の位置へと持っていった。そしてそこは─
「…………胸の辺りよ………」
「……そ、そう………ですか…………。あ、ありがとう…ございます………」
ゼノンにとって……あることを思い出させる位置であった。
「……少し休憩にしましょうか。私も喋りすぎて疲れたわ」
「……ありがとう…ございます……」
「…私のための休憩よ。あなたにお礼を言われる筋合いはないわ。この借りは大きいわよ?」
そう言ってファナは部屋から出ていった。そしてただ一人ゼノンだけが取り残された。
拳を固く握り、歯を食いしばるその姿は何かに耐えているようでもあった。
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