加護なし少年の魔王譚

ジャック

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1章

英雄と無加護④

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Sideゼノン=スカーレット

「がァァ!!」

バギャァァン!!

目の前の壁を全力で殴る。そこには大きな凹みができた。

今、いるのは王都のはずれにあるダンジョン。俺はそこに1人で装備もなしに潜っていた。

巻き付けられた包帯はそのままで、その破壊衝動のままにただ暴れ回る。もう何時間そうしているのか分からなくなった。

「クソっ!!クソ!!!」

「グルガァ!!」

「ガあぁ!!!」

目の前に現れた魔物を力任せに倒す。

包帯が赤く染まっていくのがわかった。だけど今は痛みも感じなかった。

誰でも良かった。何でも良かった。ただこの感情を、この気持ちを沈めてくれるなら何でも良かった。

「俺は……!!!俺は……!!」

負ける訳にはいかなかった!!絶対に負けちゃいけなかった!なのに!!

「やっぱりここにいたのね。思春期の男子にありがちな行動っぽいわね。1人になりたくてかつ、何かに怒りをぶつけたい。そう考えるならダンジョンここ以外に最適な場所はないでしょうね」

「ファナ……先生……」

いつの間にかは知らないが、目の前には完膚なきまでに倒されたファナ先生がいた。

「どう…し……て……ここに?敗者を笑いにでも来ましたか?」

「やさぐれてるわね。私はそこまで暇じゃないの。ニム先生から報告を貰ったわ。知ってるとは思うけどあなた、その傷がもう一度開いたら死ぬらしいわよ?」

「…どうでも…いいでしょ……。そんなことぐらい…」

顔を伏せ、下を向く。歯を食いしばる。手を強く握りすぎて血が出てるな。だが、そんなこと全てどうでもいい。

「そんなこと…ね…。もう少し体を大事にしなさい」

それをあんたが言うのかよ。マジでそう思った。こんな体にしてくれたのあんたなんですけど??

これを口に出さなかったのを褒めて欲しいわ。

「まあ、私がやったんだけどね」

「全くもってその通りです」

「ん?何か言ったかしら?」

「いえ、何も」

つい声に出してしまった。いや、仕方ないだろ。不可抗力だ。っていうか文句言う権利ぐらいあるだろ。理不尽だ。

「…よくやった方だと思うわ。私は人間の英雄よ。加護の力だってある。だと言うのにあなたは無加護でまだ若いというのに私に一撃を与えることが出来た。それもかなりの…ね…。実際右腕もようやく動けるようになって……」

「そういうことじゃないんですよ!!!!」

俺は薄暗い中でファナ先生の言葉を否定する。否定しなければならなかった。それだけは………

「無加護がどうとか…英雄がどうとか…年齢がどうとか…そういうことじゃないんですよ…。俺は……は負ける訳にはいかなかった………。絶対に……。そのための………」

「……?どうしてあなたはそこまで英雄わたしに固執するの?実際に私に負けたのは仕方ないでしょう?」

そのための8年だったのに……。それは全て無駄だったってことだ。結局俺は…………

「…入学式の時にあなたは言いましたよね………。『結果が全て』だと」

「!えぇ、そうね…」

「僕もその通りだと思います。結果が全てだ。過程なんて関係ない。だから…俺が無加護だとか関係なんだよ。

だから……『誰も守れなかった』。……その結果が全てなんだ。これが本物の戦場ならファナ先生によってミオもラルクも全員死んでた。

「ふふ。いいわね…」

ファナ先生は俺の答えにかただ美しく微笑む。今の俺はそんなことで「美しい」だとか考えてなかった。ただ俺は…!

「弱いままでいるのは嫌なんだ!!」

自分に怒りを燃やしていた。弱い自分に腹が立つ。このまま誰も守れない。誰も………!!

「あんな地獄を見るのは…嫌なんだ!!それを知ってるのは…俺だけでいいんだよ!!!」

「……?なんのことを言っているのかしら?」

俺は弱い…。だから俺が今、何をすべきは1番俺が分かってる!!

「お願いします!!俺に…戦い方を教えてください!!」

「はぁ……?」
 
俺はファナ先生の前で地に額をつけ土下座をして懇願する。今の俺に出来ることはこれしかない。

「…呆れたわ……。少し期待した私が愚かだったわね…。はぁ。少しは面白いと思ったのに…。やっぱり…ダメね」

その瞬間にファナ先生から魔力が溢れ出る。常人ならばその魔力に当てられただけで発狂してしまうだろう。

「…お願い…します…!!」

だが、俺はずっと土下座をしたまま懇願し続ける。

「……本当につまらないわ。私はつまらない人間が嫌いなの。敵である私に頭を下げるなんて無様ね。まるで虫の命乞いだわ…。その上に教えて欲しいだなんて傲慢にも程がある。身の程を知りなさい」

無様と罵られようとも俺はただ土下座をし続けた。そこに魔王としての姿はなくてもよかった。

「はぁ…。もう帰りなさい。ニム先生も心配していらっしゃったわ」

コツコツとファナ先生は俺に背を向けてこのダンジョンの出口へと向かった。

いつまでそうしていたか分からないが、いつの間にか先生の足音は聞こえなくなっていた。

「…………………帰るか……………」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Sideファナ=ディアナ

「ん、んぅ~。……もう…朝…なのね……」

私はベッドから体を起こして目を覚ます。

「ふぁー。……眠い……」

…私は朝に弱いのよね……。それに昨日は遅かったし……。

一瞬、今日の学校休もうかしら?と考えてしまうが今の私の立場からそういう訳にもいかず朝支度を済ませる。

今のSクラスを任せられる教師ひとがいないのよね……。さすがに勇者の加護から始まり、とてつもなく貴重な加護を持つ彼らに教えることが出来る人材って少ないのよね…。こんなことなら他の"英雄"さんに任せれば良かったわ…。けどほかの英雄は偏屈でどこにいるか分からないから無理ね…。

そもそも私があの学校で教師をやっているのだってただ研究がしたいからなのに。

「う…う~ん…。行きましょうか……」
 
用意を済ませたら私は自分の家を出て、レイシェレム学院を目指す。

最近になってようやく右手が完全に動くようになったわ。

それにしても本当に昨日はつまらなかった。

私は頭の中で無様に頭を垂れる少年を思い浮かべる。

…まさかあの程度だなんて…。はぁ。もうちょっと面白い人間だと期待したというのに…。私に教えを乞うように頭を下げる人間もあんなふうに命乞いをする人間も何回も見てきた。

だからつまらないわ。

……結局魔法について聞くのも、私の右腕に仕掛けた攻撃について聞くのも忘れたまま。はぁ……。本当に運がないわね。

…それにしても彼はよく分からない。

「あ!ファナ先生!おはようございます!」

「えぇ、おはよう。ミオさん」

たまたま出会ったミオ=ハートフィリアさんと挨拶をして一緒に学校に登校する。彼女とはよく登校中に出会うわね…。学校でもよく話しかけてくれて真面目…。私を敬愛しているのでしょうね…。

「あの…ファナ先生……」

「はい、なんでしょう?」


「えっと……4日前にファナ先生と戦ったゼノン=スカーレットの事なんですけど……」

「……えぇ。それがどうかしたのですか?」

「アイツがファナ先生に何かをしたのなら私が謝ります。だから…許して貰えませんか?アイツは確かにここじゃ無加護で無価値とかって思うかもしれませんが…、そんなことないと思うんです。少なくとも私にとっては。えっと…私とゼノン、そしてアルスは同郷で…だから……昔から見てきてるんですけど彼は優しくて…。なので…殺すのは許して貰えませんか?お願いします」

ミオさんは私の前で腰をおりお願いをする。
「…えぇわかりました」
「ほ、本当ですか!?」

「えぇ。もちろんです」

なぜなら…、既に私は彼に興味などないのだから。そんな相手を殺すだけとはいえ、構うのも面倒だわ。

「それに私もあの時はやりすぎたと反省しています。彼が予想以上に強かったのでつい…。こちらこそ申し訳ございませんでした」

「い、いえ!わ、私が謝られても困ります!」

確かにそうね…。謝る相手が違うわ……。

それにしても彼が分からないわ。

既に彼への興味は消え失せているけれど少し考えてみる。

あの時の戦いに関してもそうだけど彼は最後まで剣を抜くことも無く、身体能力以外の魔法も使わなかった。理由は知らないけども。それに……彼は無加護だった。それは間違いない。加えて裕福な生まれではなく辺境の村。

だと言うのにどうして彼はあんなにも強かったのかしら?あの強さは間違いなくSクラス級だった。そこにどんな理由があるの?

……………まぁ…、どうでもいいわ。

どうせつまらないありきたりな理由でしょう。

「ぎゃはは!こいつとうとう自分の立場がわかったようだな!」
「それでこそ無加護だ!」
「一生這いつくばってろよ!!」

とうとうレイシェレム学院が見えてきた…んだけど、どうやら今日はいつもより過激な朝ね。何をやってるのかしら?

全く…朝から魔法を使うなんて意欲が出てるじゃないの。素晴らしい…。

ということでスルーしましょう。

「せ、先生!!アレ!」

…しまった……。ここにはミオさんがいるんだったわ。ここでスルーする訳にはいかないわね。でも、アレに教師わたしが手を出したとしても結果は変わらないどころかより、酷くなるだけなのよね。

今は辞めるかもしれないけど、教師わたしたちから離れたところで今より過激ないじめを受けることになると思うのだけれど。

まあ、仕方ないわね。

どういう状態かは知らないけれどどうやらその人の上を誰かが歩いていたりその人に向かって魔法を放つなどと言うもはや訳の分からないじめが起きてるわね。…人が橋のように扱われてるの?

「あなた達、その辺にしなさい」

「「「「ふぁ、ファナ先生!!?」」」」

虐めている本人たちも私の登場で急によそよそしくなる。

…そこで私は気づいた。

そこには昨日見た芋虫のようなポーズの無加護がいた。

「ぜ、ゼノン!?」

ミオさんも彼に気づき、彼の傍による。

服装…、そして赤く染まった包帯、これを見たら大体わかるわ。いつからこうしていたのかは知らないけれど彼はずっと土下座したまま一夜を過ごしたのだと。

「……あなた達はもう行きなさい。もうすぐ始業の鐘がなるわ」

「「「「は、はい!」」」」

私が作った笑顔でそう言うと、彼らは走りだして校舎へと向かう。

「ゼノン!何してるの!?っていうかいつ起きたの!?」

ミオさんが慌てふためくなんて珍しいわね…。看病していたはずの少年がいつの間にか起きて土下座してる。…うん。意味わからないわよね。

私も分からないわ。

だからこそ…面白い。

失ったはずの彼への興味がもう一度私に戻ってくる。

「ミオさん。あなたも行きなさい。遅刻するわよ。それに…どうやら彼は私に用があるようだわ」

「え?え?でも……」

ミオさんは私と彼を見比べながら悩む。余程彼のことが大事なのね…。

「大丈夫よ。約束を破ることはしないから」

「わ、分かりました…」

ミオさんはそのまま校舎へと走る。

そして始業の鐘が鳴り、周りには誰もいなくなった。そして、昨日と同じく魔力を出して威圧する。

「…さて、何をしているのかしら?」

「……お願いをしに来ました。俺に戦い方を教えてください」

「どうしてここにいるの?」

「ここにいれば必ず会えると思ったからです」

その発想は間違ってはいないけどもね……。

「……あなたは無加護よ。そのハンデの中で上手くやってる。もう十分に強いと思うわ。それでも力を求めるのはどうして?」

…ただの気まぐれだった。けど、この質問次第では…とも考えていた。

どうせ、復讐とか約束とかそんなものだろうと思っていた。



「『魔王』になるため!!!」 



けど、彼は私の想像を超えてきた。しかもノータイム。

「『魔王』?ぷっあははは!人間のくせに魔王になりたいの?それなら私には負ける訳にはいかないわね!!だって私は人間の英雄なんだもの!あははは!!」

彼はずっと土下座したままだったけど、その目は真っ直ぐなものだった。私は笑い続けた。あぁ、やはり面白い。

「あなた…名前は?」

「ゼノン=スカーレット」


「そう。ゼノン=スカーレット…。先に言っておくわ。私はあなたを今より遥かに強くすることが出来る。でも、その道は地獄よ。その過程で死ぬかもしれない。というか死ぬわ。それでいて私はつまらない人間が嫌いなの。だからあなたが私の弟子でいたいというなら常に私の想像を超えなさい。それが私の弟子でいる条件よ」

「お願いします!!!」

「そう…。ならこれであなたは私の弟子よ。よろしく、ゼノン=スカーレット」

こうしていた私は魔王を育てるべく初めて弟子を採ることになった。
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