加護なし少年の魔王譚

ジャック

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1章

第2話 試験①

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「うっぉぉぉぉおー!!ここが学校!!?でっか!!ここだけでソツ芋畑何個できるんだ!?」 

彼女に教えて道の通りに歩くとレイシェレム学院がゼノンの目にも見えてきた。元々少しは見えていたが全体は見えなかったのだ。

「受験希望の方はこちらでーす!」

大きな門の前にはテントがあり、そこは長蛇の列を作っていた。興奮する気持ちを抑えながらゼノンもそこに並ぶ。並んでいる人は豪華な服装をしている者も多い。家族揃って並んでいる組だって何個もある。

「絶対に合格するのよ!」「う、うん!ママ!」
「失敗は許されんぞ」「わ、わかってるよ!」
「頑張ってください坊ちゃん!」「お、おう!」

(家族…か…)

ソツ村のことをしんみりと思い返す。

『ここはもうお前の家じゃ。帰りたかったらいつでも帰ってこい。わしらはいつでも暖かく迎えてやる』

(わかってるよ。アズレ先生でも、ここで帰る訳には行かないんだ!)

「受験希望の方ですね?」

「はい!そうです!」

どうやらゼノンが最後らしくゼノンより後ろに人はいなかった。

「こちらを記入してください。終わりましたらこちらまでお持ちください」

言われたら通りに名前、出生地、加護などを記入する。

「え?無加護……ですか?」

「はい」

ゼノンは手袋を外して受付の人に手を見せる。そこにアザがなければ無加護の証明となる。

それを見て受付の人達が少しざわつき始めた。

(やっぱ無加護じゃ受験できないとかあるのかな?聞いた話ではなかったんだけど。まぁ、こういう対応は慣れてるけど。)

「し、失礼しました…。い、今までに例がないものなので驚いてしまって…」

「いえ、慣れているのでお気になさらず」

(無加護って分かっても敬語使うんだな…)

少し感心してしまった。王都で無加護ならほとんど奴隷である。そして平民からしてみれば無加護はいない存在として扱われる。これはリルから聞いていた。だからゼノンは手袋をして常に無加護であるということを隠していた。

村のみんなから貰っていた受験料を提出する。ゼノンが受験すると知って村のみんなから少しずつ分けてもらった金だ。

「こ、これが受験資格です…」

ゼノンに渡されたのはただのバッジ。だが、そこには番号が書かれている。ゼノンの場合は362番だった。

ちらっと見たがゼノンの前の人は361。普通に考えると順番なんだろう。そして現在ゼノンより後ろはいない。つまり今回の受験人数は362人となる。その中で合格できるのはひと握り。1割程度だろう。

受験頑張ってくださいね」

明らかに記念の部分が強調されている。

「はい!ありがとうございます!」

しかしゼノンは全く気にもとめなかった。

「ラッキー。受験資格貰えてよかった。貰えなかったらちょっとめんどいことになってたからな」

貰えなかった場合は堂々と不法侵入する気でいたゼノンである。

巨大な学園へと足を踏み入れる。そしてゼノンの受験が始まった。





「筆記試験を始める。この部屋には魔法が発動したらすぐに感知できるようになっているからな!加えて部屋には一教師が常にお前たちを見ている。くれぐれもカンニングをしようなんて言う考えは起こさないでくれ。それでは筆記試験!……はじめ!!」

教官の合図とともに筆記試験が始まり、カリカリとペンを走らす音が鳴り響く。

(やっべ…。全然わかんねぇ)

ゼノンはトレーニングを積んできたので戦うなら負ける気はしないが、勉強となると話は違う。あんな辺境では満足した学習環境は整っていない。それでもリル、アズレから基本的なことは教えて貰ってはいたがそれで貴族ほどに勉強ができる訳では無い。

このまま行けば不合格待ったなし…。ゼノン的にはそれは大変困る。ではどうするか?簡単である。

(カンニング…いくぜ!)

カンニングだ。ゼノンは筆記試験があるとわかってから勉強を諦め、カンニングの方に力を高めていた。魔法が使用できないなんて予測済み。次にどう動くかは何千回もの脳内シミュレーションで再現している。

まずはペンを走らせる振りをしながら軽く隣の人の回答を見る。この時に身体能力強化などという魔法は発動しない。隣の人との間隔は1mと少し離れているがゼノンの視力の前には関係なし!

ゼノンはカンニングするために視力をまず鍛えた!

同じ動きを繰り返すと試験管に怪しまれる。というわけで次は前を見る。

試験会場の部屋は段差があり、上に行くほど高くなる。そしてゼノンの受験番号は1番最後。なので1番上である。つまり下のものを見下ろせるのだ!

しかしそれは簡単なことではない。真下の人の回答は写せない。ということで角度をつけたゼノンの2つ、3つしたの回答をカンニングする。たとえ、4つ、5つ下だろうとゼノンの視力には関係ないのだ!

(合格すればよかろう!)

というわけで午前の筆記試験は終了した。

午後…。午後は体力試験となる。

受験者が2組に別れてそれぞれのグラウンドに移動することになる。

「体力試験について説明する!体力試験はふたつのテストを行う。ひとつはコレだ!」

大柄の試験官の指さす先には大きな木のようなものでできた的がある。距離はおよそ20メートルだ。

「あそこに向かって自分の全力の魔法を使って貰う。それを我々試験監督が実際に見て評価をつけさせてもらおう!ここまでで質問があるやつはいるか?」

試験官は合計で4人。そして的は4つ。同時に4人できるということか。かなり時間がかかりそうだなと思うゼノンだった。同時に4人できるということか。

そこで受験生の中ですっと手を上げるものが現れる。

「質問いいですか?」

「むっ?いいぞ。受験番号268番!」

「あの的は壊れることは無いんですか?」

「あぁ!それはない!あれは魔法の耐性に優れた物質でできていてな。木に見えるかもしれないが炎魔法でも燃やせないぞ!だから安心して全力で打ってくれ!」

「ありがとうございました!」

丁寧なお辞儀をして座る少年。よく見るとゼノンが並んでいる時にいた親からのプレッシャーを受けている子だった。

そこでゼノンはあることに気づき、挙手する。

「む!記念受験番号362番か…。どうした?」

記念…。そう思ったがゼノンは声に出さない。この人も無加護だと知っているんだろう。顔もさっき質問した貴族と違い、歪んでいる。

「魔法はどんな魔法でもいいんですか?」

「あぁ!もちろんだ!自分の1番自信のある魔法を放つといい!」

ゼノンの質問に対して試験官は1度もゼノンと目を合わせない。他の受験生に言い聞かせるように話す。

(予測できたことだが、想像以上にアウェイだな。まぁ俺の頑丈な精神力からしてみればこんなの痛くもないけど)

「他に質問はないようだな!では試験を始める!」

受験番号の早いものから順に魔法を放っていく。

そして受験番号268番がやってきた。先程質問していた受験者だ。

「あれって……」「貴族だな」「ユリアム=アリスト=ストラーだ!」「え?ユリアム!?」「レイシェレム学院に落第になったって本当なのか!?」「この受験自体ユリアムがふさわしいかどうかを見るためだって言われてる。」

「敵を破壊する獰猛なる炎よ。その姿を変え、破滅へと導く灼熱の球となりて我の敵を燃やし尽くせ!"炎火球"!」

ボォ!と大きな炎が表れ、真っ直ぐに的へと向かっていく。威力が強いわけではないが、遠くの的へと命中した。

「おぉ。すごい…」「レベル高いな…」「さすが貴族…!負けんぞ!」

周りの受験生もその魔法を見て奮起する。ユリアムも「よっしゃ!」と興奮している。

「うむ!素晴らしい魔法だ!」

試験官もペンを走らせて評価している。

そして次々と受験が進んでいく。

「あばばば…。やべぇ…。やべぇよ…」

ゼノンの隣…受験番号360番がとてつもない速さでバイブレーション震えている。これは一世一代の大勝負…。そうなっている受験生も少なくない。…360番ほどでは無いが。

しかし一方のゼノンはと言うと全く緊張していない。今も他の受験生なんて見ずにその場で砂いじりしているほどである。

「お、おいお前!何してんだ!?」

「ん?見て分からないのか?暇つぶしだ」

「いやいや何してんだよ!?」

受験番号360番が周りに聞こえ無い程度の小声でゼノンに話しかけきた。

「はぁ…。お前、緊張とかしてないのか?」

「いいや、全く」

「はは…。まぁ、無加護だから緊張とかしないのか…。落ちるって分かりきってるからな。っていうか笑われるだけなのにお前はなんでレイシェレム学院ここを受験したんだよ!?」

「360番…。よく喋るな。緊張してないのか?実はさっきまでの震えは演技だったとか?」

「んなわけないだろ!?今だってこんなに震えてんだろうが!」

360番は右手をゼノンに見せる。その手は手汗がぎっしりで今も震えている。残像が見えるほどだ!

「じゃあ、なんで360番は俺に話しかけてくるんだ?」

「は?そんなもん決まってんだろ。緊張してるからお前みたいな雑魚を見下してたら緊張だって紛れるかもしれねぇだろうが!それと俺の名前はラルク=ジュードだ!」

「そうか。俺はゼノン=スカーレット。よろしくな」

ゼノンは右手を差し出すが、ラルクはそれを震えた手で弾く。

「俺は貴族じゃないけど、お前と違って加護持ちなんだ!友達のように接するな!いいか?俺はな、騎士の父と魔道士の母から育てられてな…。ここは剣も魔法も習えるから行ってこいって言われてよ…。それでここを卒業するまで帰ってくるなって言われてな…。はは…。これ落ちたら俺の試験終わりだよ…。」

「そうか」

ゼノンは一切として話を聞かず、砂いじりを始める。ゼノンの真下には大きなソツ芋が描かれていた。

「聞いてたのか?」

「ん?あぁ。聞いてたぞ。確かお前の家はソツ芋農家でジィちゃんがあれだろ?糖尿病になっちゃったから大変だって話だよな?」

「全く聞いてねぇじゃねぇか!!!俺がいつその話をしたよ!?俺の話より重いじゃねぇか!!それでソツ芋ってなんだよ!?」

息継ぎ一切なしでのツッコミの連続。その御業にゼノンもつい拍手をこぼす。

「なんの拍手だ!?」
「ちなみにソツ芋ってのはこの絵だ」
「なんだこれ?不味そうだなぁ…。っていうかお前本当に緊張してないのかよ?」

「あぁ。全く。俺には何としても絶対に叶えたい目標があるんだ。ここはただの通過点だからな」

「ちっ!無加護のくせに!」

「無加護でも意外と努力したら加護持ちエリートにも勝てるかもな?」

「試験番号360番!」

とうとうラルクの名前が呼ばれる。ラルクは立ちあがり、カチコチな動きで前へと歩く。

「お前良い奴だな。」

「は?何言ってんだよ?」

「普通なら無加護に話しかけるなんてしない。無視するんだよ。それがお前から話しかけただろ?お前、良い奴だよ。頑張れ。ミスっても死ぬわけじゃないからな」

ラルクはゼノンの方を振り返ることはなく、ただ前を歩く。ゼノンは知っていた。無加護とはいらない存在。奴隷と見るのがここでは大半である。つまり存在しないものとして扱われる。しかし、ラルクはゼノンに話しかけてきた。

(無加護…いや、ゼノンの方が良い奴だろ。それにミスったら俺は死ぬかもしれないんだよ。だが、少し緊張が、マシになった。やっぱあいつに話しかけて正解だったな。さすが俺!それに俺がミスってもあいつが最後に笑われんだしな。)

ラルクはゆっくりとしかし確かな足取りで歩く。その手の震えは少し小さくなっていた。

「フゥ~。我が魔力を糧に、敵を凍てつかせる大いなる氷よ…今、我が意思に答えて敵を貫く氷になれ!"アイスショット"!!」

ラルクのはなった魔法は真っ直ぐに的へと向かっていき、ガキィンと的のど真ん中に当たって消滅する。

「よっしゃ!」「おぉ!」「すげぇな。」「あんなに緊張してたのに!」

「うむ!素晴らしい魔法だったぞ!」「ありがとうございます!」

ラルクが満悦の表情で戻ってくる。実力は12分に発揮されたようだ。この受験生の組でもなかなかに上位に入る魔法だった。

「次は…受験番号362番!」

「はーい」

ゼノンはゆっくりと立ちあがり、堂々とした表情で的へと向かう。ただ、それとは反対にその他の表情は暗い。同じ受験生は舌打ちや睨みつけの嵐である。

「ちっ!」「なんで無加護がいるんだよ!?」「ふざけてんじゃねぇぞ!!」「帰れよ!この奴隷!!」

ゼノンが通る度に怒声が浴びせられるが全く気にとめない。鍛えた精神力さえあれば罵声だって怖くない!ただ、石投げれるのは痛い。

試験官も舌打ちをしている。そしてペンをしまい、先程までメモっていた用紙をしまってしまった。つまり…

(俺を評価する気は無いってことか…。それは困るな…)

それでは合格できない。正当に評価されて落ちるならともかくこれでは納得できない。

(とはいえ、俺が無加護なのは事実だしなぁ。しかも貴族じゃなくて平民…まぁ、わかってたけどな)

「おい、早くしろ!無加護のために使ってる時間がもったいない!無加護のために特別に記念受験させてやってるんだ!さっさとやれ!」

一部の試験官は既に帰ろうとしている。受験生からもいらだちがよく見える。

「でも、このまま評価されないのはおかしいだろ?」

当然だ!むしろ受験を特別に許可してるだけありがたいと思って欲しいねぇ!お前ら奴隷みたいなやつにはだよ!!!」

「何も出来ない……か……。じゃあ、俺があの的、ぶっ壊したらこのテスト満点ください」

「「「ぶわっははははは」」」

その場には大きな笑いが響き渡る。戻ろうとした試験官も笑いながらこっちに戻ってくる。

「出来るわけねぇだろ!無加護が!」「自分はなんでも出来るって思ってるんだよ。」「可哀想に!現実が見えないんだね~!」

ゼノンは目の前の試験官を見つめたまま動かない。

「ギャッハハハ!おもしれぇ!じゃあ、お前があれを壊したらそうしてやるよ!出来なかったら即刻失格だ!ついでにお前を奴隷市場に連れていく!」

「あぁ、それでいいです」

ゼノンは再び的の前に立つ。そしてその場でしゃがみこむ。

(馬鹿が!あの的は勇者や賢者、それに英雄級の魔法じゃねぇと壊せねぇんだよ!くくっ!これであのガキ売れば臨時給料が入るぜ!最高だ!)

「んじゃあ、行きます」

「あぁ、いつでもいいぞ!」

大柄の試験官は笑みを絶やさない。受験生もゼノンを馬鹿にするように笑うか憎しみの目で見ている。

そのゼノンの手には石が握られていた。

「俺の魔力を糧に…"身体能力強化"」

(身体能力強化!?馬鹿か!?自滅しやがった!これで臨時給料ゲットだ!)

身体能力強化を発揮したゼノンは大きく右手を振りかぶる。

「まだだ…まだ……今!!」

その瞬間爆発的な力でゼノンは石を的に向かって投げた!ゼノンは体に負担がかからないように一瞬だけ身体能力強化を全力まであげた!その衝撃で若干砂埃がたつ。

その力は込めた石は地面に水平に、そして的の中心に向かって一直線に飛んでいく!

「なっ!?」

そして……

バッカーン!!

いい音を立てて的は真っ二つに割れた。

ゼノンが選んだのは。成長魔法に遠距離攻撃のようなものはなく、血液魔法は使えない。となると残りは身体能力強化魔法だが、これにも遠距離攻撃はない。そこでゼノンが考えたのは

(逆転の発想!魔法が無理なら物理で殴っちゃえばいいじゃん!大作戦だ!)

魔法攻撃に強いとわかってるなら馬鹿正直にそれに付き合ってやる必要は無い。ゼノンの目的は強い魔法を打つでは無い。ことなのだから。

「フゥ。思ったより飛んだな。お!真っ二つに割れてる。試験官!俺の勝ちです。満点くださいね!」

「なっ!?ま、待て!!今のは反則だ!!魔法じゃなく物理攻撃じゃないか!!」

「はい。そうですけど?」

「今回は魔法を見るための試験だ!それでは意味が無い!」

「魔法なら使ってます。"身体能力強化魔法"」

「な!?」

「それに試験官は言いましたよね?『どんな魔法でもいい』と。なら身体能力強化魔法もありですよ。というわけで約束通り満点評価してくださいねー」

ゼノンは先程と同じく堂々として自分の場所へと戻っていく。受験生は皆、驚いたような顔をして止まっていた。

「~~ッ!!無加護がぁ!!」  
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