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第一章 聖女(仮)はスローライフをお望みです
第二話 結界なんて無かったようです②
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ギギィ、と扉を開けると、中央に光り輝く巨大な水晶玉がある部屋だった。壁や天井にも特殊な仕掛けが施されているらしく青白く光っていた。
「こちらが儀式場ですね」
「ここが……」
僕はこの部屋の神秘的な雰囲気に圧倒されてしまう。この部屋にいると、なんだか自分にも不思議な力があるんじゃないか、と思ってしまうような独特の雰囲気があった。
「どうですか? やれそうですか?」
「……やってみましょう」
そして、僕は簡単に雰囲気に呑み込まれるような人間なのであった。
「まずは、手の中に結界のイメージを作り出します。全てを弾くような球体をイメージしてください」
ロベルトの指示に従って球体をイメージする。それは鏡のように表面が磨かれた弾力のあるものだ。そんなイメージをしばらく続けていると、両手の間に球体のようなものが現れた。
「いいですね。これが結界魔法の基本になります。やっぱり聖女様は普通に使えるじゃないですか。何の問題もありません」
「これが結界魔法?」
「そうです。これを色々と変形させて結界を作り出すんです。そして、その結界の力を宝珠に移すことで結界装置の修復を行うのです」
元々いた世界には魔法なんてなかったから、こうして魔法っぽいものが使えるのがわかると楽しくなってくる。
「これって、形だけでなくて効果も変えられるんですか?」
「あ、はい。イメージが必要ですが、色々と効果を変えられますよ。使い方によっては水だけ通すような結界を作ってろ過に使ったりもします」
「へぇ……」
僕はせっかくなので、彼の言っていた『全てを弾く』という形で強化してみることにした。電子や磁力、重力、赤外線や放射線など、弾くものを次々と追加していく。そうして強化されていった球体はまばゆい光を放つようになった。
「これは素晴らしい。過去に、これほどまで完璧な結界球を作れた聖女はおりませんでした。やはり、ユーリ様は聖女に相応しいですね。それでは、この球体を宝珠に送ってください」
彼の指示に従って、結界球を宝珠に送った。──しかし、結界球自体が弾かれてしまった。もの凄い勢いで跳ね返ってきた結界球は肩の上を通り過ぎ、背後の壁に穴をあけた。
突然のことに、僕だけでなくロベルトやミーナの動きも止まる。しかし、そんな僕たちに追い打ちをかけるように、今度は宝珠に宿っていた光が結界球とは逆方向に弾き出されて壁に当たり砕け散った。
光を失った宝珠は、ただの水晶玉となって台座の上にある。当然ながら、結界装置は力を失ってしまい、王都を守るものは城壁だけとなってしまった。
「えっと、これはどういうことでしょう……?」
「ふむ、どうやら……。全てを弾きすぎて、宝珠の魔力を弾き飛ばしてしまったようですね」
とんでもないことをサラッというロベルトに苛立ちを覚えながらも、次善策を尋ねた。
「この後は、どうすればよいのでしょうか?」
「それは……。とりあえず、豊穣の祝福の方に行きましょう」
「えっ、結界は?」
「そもそもですよ。結界があったかどうかなんて、誰も分かりません。そうなれば話は簡単です。最初から結界などなかったのです。聖女様は失われた結界を復活させようとしたけれど、力が及ばなかった、そういうことです。いいですね?」
ロベルトは鬼気迫る表情で、僕とミーナを見つめる。そんな彼に気圧されるようにして二人して首を縦に振ってしまった。
「よろしい。まあ、順番など大した問題ではありません。まずは祝福からしていけばいいんです」
「そ、そうですよね。できるところからやればいいんですよね」
もう、どうにでもなれ、という気持ちでロベルトの言葉に同意する。ミーナの方も無言ではあったが、先ほどからずっと首を縦に振る機械と化していた。
「そうと決まったら、さっさと脱いでください」
「えっ?」
腹黒メガネが突然、裸になれと言ってきた。有無を言わせない雰囲気に戸惑いながらも、一枚一枚脱いでいく。しかし、残り数枚という所でストップがかかった。
「もういいでしょう」
「えっ、まだ何枚か残っていますが……」
「何を言ってるんですか。別に裸になれと言っているわけではありませんよ」
「えっ?」
「えっ、じゃありませんよ。脱がないと歩けないんですよね?」
ロベルトが当然のことを聞いてきた。そもそも歩けるんだったら最初から台車なんて使う必要なかったわけで……。いまさら彼がそんなことを言う理由が理解できなかった。しかし、彼の問いかけは事実ではあるので、ゆっくりと頷いた。
「帰りは台車でスロープを登るのは無理ですので。脱いで歩いて帰ってください、と言ってるんですよ」
「……それなら、最初からここで着替えれば良いじゃないですか」
ここで着替えればいいのであれば、最初から台車を使う必要なんてなかった。そんな当然の主張をしただけなのだが、彼は物わかりの悪い人間を見るような目で見てから、ため息をつきながら大きくかぶりを振った。
「分かっていませんね。本来は、ここで着替えてはダメなんですよ」
理由になってない理由をもっともらしく言うロベルトに空いた口が塞がらなかった。しかし、それを見て納得したと思ったのか、儀式場から僕たちを置いて出て行こうとする。
「歩けるなら、さっさと行きますよ。お金は待ってくれませんからね」
「ちょ、待って。この服はどうするの?」
「ああ、それはスタッフの人が後で回収するから問題ありません」
戻ろうとするロベルトを追いかけるようにして、僕とミーナも部屋に戻った。再びラフな格好に着替えた僕たちは、ロベルトに案内されて馬車に乗り込んだ。初めての馬車に僕もミーナも少し緊張していた。しかし、予想以上に揺れが酷く、お尻の痛みに耐える時間になった。
「あいたたた。結界使って何とかならないかな?」
そう言いながら、先ほどのイメージを思い出しながら結界を作ろうとする。しかし、先ほどは簡単に作れた結界球も一向にできる気配が無かった。
「あれ、作れないんだけど……」
「当然じゃないですか。あそこは結界魔法を強化する装置があるのですから。聖女様の使う結界魔法も強化されるんです」
「ええっ、ということは今は……」
「使えませんね」
「それって聖女が修復する意味あるの?」
「……もちろんです。ネームバリューって言うのは大事なんですよ」
どうやら聖女が結界を張る、という事実が重要だということだった。誰でも聖女になれるんじゃないかと思っていると、ロベルトが釘を刺してくる。
「確かに結界は誰でも修復できます。ですが、祝福に関しては聖女様以外には無理なのです。ですから気合を入れてください」
「いや、祝福もできないって言ってますよね」
気合を入れてできないことができるんだったら苦労はしない。そんな心配をしていると、突然ロベルトが笑い出した。
「あはは。大丈夫です。やってみる前から諦めちゃいけません。意外とやってみたら何とかなります」
「でも、先ほどは思いっきり結界のパワーを弾き飛ばしましたよね?」
「あれは事故……。いや、元々、結界のパワーは切れていたんです。聖女様の調子が悪かっただけですよ」
そんな不安を抱えながら、僕たちはゴールデンファームの村へと向かうのだった。心なしか、空も黒い雲で覆われていて、まるで不吉な未来を暗示しているようにも思えた。
◇◇◇
ユーリたちがゴールデンファームに向かった頃。王国の遥か北、険しい山々が連なる大地は古より竜が住まう土地として畏れられていた。そんな山々の中でもひときわ高い山の中腹にある洞窟の中には、漆黒の竜が長い眠りについていた。
「番の、番の気配がする……」
竜は長いこと求めていた番の気配を感じて、その長い眠りから覚めた。その気配は遥か南、王国の王都のある方向にあった。頭を上げて、そちらの方を見やると、今度ははっきりと番の気配を感じ取ることができた。
「あのゴミみたいな結界の中で匿っておったか。忌々しい人間どもめ」
彼にとって、王都に張られた結界は吹けば飛ぶような脆いものであった。しかし、それは同時に番の微かな気配を隠すものでもあったようだ。そして何故か、結界が破壊されてしまったことも彼は感じ取っていた。
「こうして見つけてしまった以上、我が自ら迎えに行ってやらねばな。待っておれ」
そう言って、翼をはためかせて空へと飛びあがる。彼の向かう先には黒い雲がまるで道を作るかのように広がり、彼の周囲には雷鳴が轟いている。黒い雲の道に沿って、彼は南へと飛び去って行った。
「こちらが儀式場ですね」
「ここが……」
僕はこの部屋の神秘的な雰囲気に圧倒されてしまう。この部屋にいると、なんだか自分にも不思議な力があるんじゃないか、と思ってしまうような独特の雰囲気があった。
「どうですか? やれそうですか?」
「……やってみましょう」
そして、僕は簡単に雰囲気に呑み込まれるような人間なのであった。
「まずは、手の中に結界のイメージを作り出します。全てを弾くような球体をイメージしてください」
ロベルトの指示に従って球体をイメージする。それは鏡のように表面が磨かれた弾力のあるものだ。そんなイメージをしばらく続けていると、両手の間に球体のようなものが現れた。
「いいですね。これが結界魔法の基本になります。やっぱり聖女様は普通に使えるじゃないですか。何の問題もありません」
「これが結界魔法?」
「そうです。これを色々と変形させて結界を作り出すんです。そして、その結界の力を宝珠に移すことで結界装置の修復を行うのです」
元々いた世界には魔法なんてなかったから、こうして魔法っぽいものが使えるのがわかると楽しくなってくる。
「これって、形だけでなくて効果も変えられるんですか?」
「あ、はい。イメージが必要ですが、色々と効果を変えられますよ。使い方によっては水だけ通すような結界を作ってろ過に使ったりもします」
「へぇ……」
僕はせっかくなので、彼の言っていた『全てを弾く』という形で強化してみることにした。電子や磁力、重力、赤外線や放射線など、弾くものを次々と追加していく。そうして強化されていった球体はまばゆい光を放つようになった。
「これは素晴らしい。過去に、これほどまで完璧な結界球を作れた聖女はおりませんでした。やはり、ユーリ様は聖女に相応しいですね。それでは、この球体を宝珠に送ってください」
彼の指示に従って、結界球を宝珠に送った。──しかし、結界球自体が弾かれてしまった。もの凄い勢いで跳ね返ってきた結界球は肩の上を通り過ぎ、背後の壁に穴をあけた。
突然のことに、僕だけでなくロベルトやミーナの動きも止まる。しかし、そんな僕たちに追い打ちをかけるように、今度は宝珠に宿っていた光が結界球とは逆方向に弾き出されて壁に当たり砕け散った。
光を失った宝珠は、ただの水晶玉となって台座の上にある。当然ながら、結界装置は力を失ってしまい、王都を守るものは城壁だけとなってしまった。
「えっと、これはどういうことでしょう……?」
「ふむ、どうやら……。全てを弾きすぎて、宝珠の魔力を弾き飛ばしてしまったようですね」
とんでもないことをサラッというロベルトに苛立ちを覚えながらも、次善策を尋ねた。
「この後は、どうすればよいのでしょうか?」
「それは……。とりあえず、豊穣の祝福の方に行きましょう」
「えっ、結界は?」
「そもそもですよ。結界があったかどうかなんて、誰も分かりません。そうなれば話は簡単です。最初から結界などなかったのです。聖女様は失われた結界を復活させようとしたけれど、力が及ばなかった、そういうことです。いいですね?」
ロベルトは鬼気迫る表情で、僕とミーナを見つめる。そんな彼に気圧されるようにして二人して首を縦に振ってしまった。
「よろしい。まあ、順番など大した問題ではありません。まずは祝福からしていけばいいんです」
「そ、そうですよね。できるところからやればいいんですよね」
もう、どうにでもなれ、という気持ちでロベルトの言葉に同意する。ミーナの方も無言ではあったが、先ほどからずっと首を縦に振る機械と化していた。
「そうと決まったら、さっさと脱いでください」
「えっ?」
腹黒メガネが突然、裸になれと言ってきた。有無を言わせない雰囲気に戸惑いながらも、一枚一枚脱いでいく。しかし、残り数枚という所でストップがかかった。
「もういいでしょう」
「えっ、まだ何枚か残っていますが……」
「何を言ってるんですか。別に裸になれと言っているわけではありませんよ」
「えっ?」
「えっ、じゃありませんよ。脱がないと歩けないんですよね?」
ロベルトが当然のことを聞いてきた。そもそも歩けるんだったら最初から台車なんて使う必要なかったわけで……。いまさら彼がそんなことを言う理由が理解できなかった。しかし、彼の問いかけは事実ではあるので、ゆっくりと頷いた。
「帰りは台車でスロープを登るのは無理ですので。脱いで歩いて帰ってください、と言ってるんですよ」
「……それなら、最初からここで着替えれば良いじゃないですか」
ここで着替えればいいのであれば、最初から台車を使う必要なんてなかった。そんな当然の主張をしただけなのだが、彼は物わかりの悪い人間を見るような目で見てから、ため息をつきながら大きくかぶりを振った。
「分かっていませんね。本来は、ここで着替えてはダメなんですよ」
理由になってない理由をもっともらしく言うロベルトに空いた口が塞がらなかった。しかし、それを見て納得したと思ったのか、儀式場から僕たちを置いて出て行こうとする。
「歩けるなら、さっさと行きますよ。お金は待ってくれませんからね」
「ちょ、待って。この服はどうするの?」
「ああ、それはスタッフの人が後で回収するから問題ありません」
戻ろうとするロベルトを追いかけるようにして、僕とミーナも部屋に戻った。再びラフな格好に着替えた僕たちは、ロベルトに案内されて馬車に乗り込んだ。初めての馬車に僕もミーナも少し緊張していた。しかし、予想以上に揺れが酷く、お尻の痛みに耐える時間になった。
「あいたたた。結界使って何とかならないかな?」
そう言いながら、先ほどのイメージを思い出しながら結界を作ろうとする。しかし、先ほどは簡単に作れた結界球も一向にできる気配が無かった。
「あれ、作れないんだけど……」
「当然じゃないですか。あそこは結界魔法を強化する装置があるのですから。聖女様の使う結界魔法も強化されるんです」
「ええっ、ということは今は……」
「使えませんね」
「それって聖女が修復する意味あるの?」
「……もちろんです。ネームバリューって言うのは大事なんですよ」
どうやら聖女が結界を張る、という事実が重要だということだった。誰でも聖女になれるんじゃないかと思っていると、ロベルトが釘を刺してくる。
「確かに結界は誰でも修復できます。ですが、祝福に関しては聖女様以外には無理なのです。ですから気合を入れてください」
「いや、祝福もできないって言ってますよね」
気合を入れてできないことができるんだったら苦労はしない。そんな心配をしていると、突然ロベルトが笑い出した。
「あはは。大丈夫です。やってみる前から諦めちゃいけません。意外とやってみたら何とかなります」
「でも、先ほどは思いっきり結界のパワーを弾き飛ばしましたよね?」
「あれは事故……。いや、元々、結界のパワーは切れていたんです。聖女様の調子が悪かっただけですよ」
そんな不安を抱えながら、僕たちはゴールデンファームの村へと向かうのだった。心なしか、空も黒い雲で覆われていて、まるで不吉な未来を暗示しているようにも思えた。
◇◇◇
ユーリたちがゴールデンファームに向かった頃。王国の遥か北、険しい山々が連なる大地は古より竜が住まう土地として畏れられていた。そんな山々の中でもひときわ高い山の中腹にある洞窟の中には、漆黒の竜が長い眠りについていた。
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竜は長いこと求めていた番の気配を感じて、その長い眠りから覚めた。その気配は遥か南、王国の王都のある方向にあった。頭を上げて、そちらの方を見やると、今度ははっきりと番の気配を感じ取ることができた。
「あのゴミみたいな結界の中で匿っておったか。忌々しい人間どもめ」
彼にとって、王都に張られた結界は吹けば飛ぶような脆いものであった。しかし、それは同時に番の微かな気配を隠すものでもあったようだ。そして何故か、結界が破壊されてしまったことも彼は感じ取っていた。
「こうして見つけてしまった以上、我が自ら迎えに行ってやらねばな。待っておれ」
そう言って、翼をはためかせて空へと飛びあがる。彼の向かう先には黒い雲がまるで道を作るかのように広がり、彼の周囲には雷鳴が轟いている。黒い雲の道に沿って、彼は南へと飛び去って行った。
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