俺はゴリラに恋をする

ゆまた

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第19話 乳とチンチン

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「わあ……間近で見るとでかいねぇ~」



 雉田が柵越しに牛を見て言った。



「ああ、確かにすげえ巨乳だ。こりゃあ揉み応えがありそうだ」



「いや、体全体の事を言ってるんだけど……」



 乾と雉田の漫才のようなやり取りに、牛と一緒にいる飼育員のお姉さんがくすくすと笑った。



「よかったら、乳搾りやってみませんか?」



「えっ、いいの? やるやる!」



 我先にと乾が柵の中に入り、俺達4人もそれに続いた。そこには7頭の乳牛がいる。大人しくて羊とは違った可愛らしさがあるが、近くに立つと凄い迫力だ。



「まず親指と人差し指で乳首の根元を挟んで下さい。そしたら、中指、薬指、小指と順番に閉じていきましょう。すると乳が飛び出してきますから」



 お姉さんの説明通りにやってみる。しかし、なかなか上手くいかない。一滴も出てこない。おかしいな、何がいけないんだ? 他の皆は上手く出来てるのに。焦れば焦るほどドツボに嵌まっていく。



「ぐぬぬ……」



「何だ、下手くそだな猿山。童貞丸出しだぞ。雉田を見てみろよ。流石に手慣れたもんだろ」



「ご、誤解を与えるような事を言わないでよ!」



 お姉さんが吹き出した。俺達3人だけならともかく、女性の前でそういう会話は止めてくれ……。特に熊井はただでさえ男嫌いだ。現に今、無関係の俺にまで冷たい視線を向けてきている。

 ……でも実際どうなのだろう。3人の中で、童貞は俺だけなのだろうか。乾は長続きしないとはいえ、過去に何人か彼女できた事があったし、雉田も一部の女子からはモテモテだし、その可能性は充分にあり得……。

 そこまで考えてから思考を停止させた。やめよう。こんなのどかな場所で、そんな馬鹿な事を考えるもんじゃない。考えても虚しくなるだけだ。

 お姉さんの手ほどきで何とか俺も乳搾りを成功させ、次の場所へと足を運ぶ。歩道の両脇には、入場ゲートから見ても圧倒的な存在感を放っていた菜の花畑。園芸とは無縁の俺でも、その美しさには目も心も奪われてしまう。



「ん?」



 道の向こうから幼稚園児ぐらいの小さな少年が、泣きながら1人で歩いてくる。一目で分かる、親とはぐれてしまった迷子だろう。



「どうしたのボク? ママとはぐれちゃったの?」



 真っ先にしゃがんで目線の高さを合わせ、優しく声をかけたのは熊井だった。俺に対してはもちろん、後藤さんにすら使ったことのないような優しい声色で。



「……うん」



「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に行こっか。ママの所へ連れてってあげる」



 熊井はニコリと笑いながらそう言って、少年と手を繋いで立ち上がった。



「梨央、先行ってて。あたしはこの子を迷子センターに連れてくから」



「あ、うん。じゃあ向こうで待ってるね」



 熊井が少年を連れて、来た道を引き返していく。普段の熊井とのギャップに、俺はもちろん乾と雉田も呆気に取られていた。あまりにもキャラが違いすぎる。あいつ、あんな一面もあったのか。



「……! わりい、ちょっとトイレ行ってくるわ。ウンコだから多分すぐには出てこれねえから、先行っててくれ!」



 乾が突然そう言って、脇道の先にあるトイレに向かって走り出した。そしてトイレの前で立ち止まったかと思いきや、雉田に何かを訴えかけるような視線を向ける。



「……あっ、じゃあ僕もトイレ。すぐ追い付くから」



 雉田も乾を追っていった。一体何だっていうんだ? しかし俺はすぐに気付いた。この状況……花畑のど真ん中で、後藤さんと2人きりなのだ。熊井が離れたのをチャンスだと見て、乾も雉田が気を利かせて俺と後藤さんを残したのだ。



「えっと……じゃあ、先行こうか」



「そ、そうですね」



 俺達は並んで歩き出した。端から見れば、まるっきり若い男女のデート風景じゃないか。心臓が高鳴る。手が汗ばむ。呼吸が荒くなる。落ち着け……落ち着くんだ。別に今ここで何かが起こるわけはないんだ。



「綺麗ですね、本当に」



 後藤さんが菜の花畑に目をやりながら呟いた。



「ああ。ここまで壮観なのは、そうそうお目にかかれないからな。もうちょっと経ってから来れば、多分黄色だけじゃないいろんな色のチューリップが咲いてたんだろうけどね」



「でも私、この黄色1色の菜の花が、お花の中で1番好きですよ」



 多分、バナナと同じ色だからなんだろうな。俺はそよ風に揺れる菜の花を見ながら、そんなどうでもいい事を予測した。



「あの男の子、お母さん見つかるといいですね」



「まあ大丈夫だろう。園内にいるのは間違いないんだし、迷子センターにアナウンスしてもらえばすぐ会える」



「月乃って、困っている子を見ると放っておけないんですよ。子供好きなんです」



 そういえば熊井は保育士志望だったな。今までは信じられなかったが、さっきの男の子への対応を見てようやく納得できた。



「元々面倒見がいいんです。弟君が4人もいるから。小学生が3人と、幼稚園児が1人。生意気だとか手が掛かるだとか、よく弟君の愚痴を言ってますけど、本当は可愛くてしょうがないのが目に見えてて、何だか笑ってしまいます」



「まあ、言われてみれば確かに、姉御肌って感じがしないでもないな」



 後藤さんは、熊井がいない所でよく熊井の話をする。熊井が目に見えて俺の事を敵視しているのを見て、後藤さんなりに焦りのようなものを感じているのかもしれないな。「月乃は本当は優しくていい子だから、どうか私の親友を嫌いにならないで下さい」という事なのか。

 気持ちは分かる。もし乾と雉田の仲が悪かったら、間にいる俺は気まずい事この上ない。頼むから仲良くしてくれと思うだろう。でも俺は、熊井に何か言われるのはもう慣れた。今更気になどしていない。だから熊井の事よりも、俺は後藤さんの事がもっと知りたい。自分自身の事を、もっと話してほしい。もちろんそんな事を言う度胸は俺にはなかった。

 菜の花畑の道が終わった所に、アイスクリームの屋台があった。牧場搾りたてミルクで作ったアイスクリーム……か。何だか凄く美味そうな響きだ。



「後藤さん、アイス食べない?」



「美味しそうですね。食べましょうか」



「奢るよ」



「えっ! いやそんな、悪いですよ。私もちゃんとお金持ってきてますから」



 後藤さんは慌てた様子で自分の黄色い財布を取り出した。



「気にしないでいいって。たかだか200円だし、たまには奢らせてくれよ。今まで散々世話になってきたんだし」



「そ、それじゃあ……せっかくなのでご馳走になります」



 シンプルにバニラアイスを注文し、俺達は近くのベンチに腰掛けた。早速アイスを一口。……うむ。コンビニとかで売ってる物とは明らかに違う。濃厚でまろやか。そして甘い。やはり搾りたての作りたては一味も二味も違う。



「美味しかったです。ありがとうございます」



「早っ! 俺まだ半分も食べてないのに」



「あっ……わ、私食べるの早いってよく言われます」



 後藤さんが恥ずかしそうに顔を伏せた。まあ、その体格と口の大きさなら当然だ。その豪快な食べっぷりも、俺にとっては魅力の1つでもあるのだが。

 道行く人々が、すれ違う度に俺達に……正確には後藤さんに目を向けてくる。その目に宿る感情は様々だが、ほとんどが驚き混じりだ。俺はもう慣れっこだが、やはり普通はこのゴリラっぷりに驚く。そしてそういう好奇の眼差しを、全く意に介さない後藤さん。内気で引っ込み思案だが、後藤さんほどメンタルの強い女性はいないんじゃないかと思う。

 ふと遠くに視線をやると、馬の放牧地が視界に入った。そこでは小さな子供が乗馬体験をしているようだ。オーソドックスな茶色の馬や、悪役が好んで乗りそうな真っ黒の馬、ペガサスのような真っ白の馬。いずれも愛嬌のある顔、引き締まった筋肉、艶のある毛並みをした立派な馬だ。引退した競走馬とかも中にはいるのかなぁ……俺はそんな事をぼんやりと考えていた。



「ほら、後藤さん見てみな。あっちに馬がいるよ。艶々ででかいよなぁ。立派なもんだ」



「あっ、本当ですね。凄く大き……」



 後藤さんの言葉が途切れた。口を開けて呆然としている。何か気になる物でもあったのか? 俺はもう一度馬の方を見た。



「……!!」



 で、でかい! 1頭の馬の股間に、とてつもなくでかいチンチンがぶら下がっていた。俺のとは比べ物にならない。馬のチンチンがでかいというのは、よくネタにされてはいるが、実際に勃起しているのを見るのは初めてだ。

 貴重な物を拝見できたと思うのと同時に、俺は大変な過ちに気付いた。艶々ででかくて立派……この状況ではどう聞いても、あのチンチンの事を言っているようにしか聞こえない。これでは完全にセクハラだ。



「ち、ちち違うんだ! 俺が言いたかったのは……」



「おーい、お待たせ-!」



 俺が言いかけたところで、ちょうど乾と雉田、それに熊井が坂を登ってきた。グッドタイミングだ。危うく気まずさで爆発するところだった。

 しかし、すぐに別の気まずさに襲われる事になった。熊井が鬼の形相で俺を睨んでいたからだ。抜け駆けして後藤さんと2人でアイスを食べてたからか。暫く目を合わさないでおこう……。

 その時、乾がゲスな笑みを浮かべなから、俺を立ち上がらせて肩を組んできた。そして耳元でヒソヒソと話し始める。



「よう、なかなかいい雰囲気だったじゃねえか。それで、どうした? キスぐらいは済ませたか? ケケケケ」



「馬鹿野郎」



 俺は乾に軽く腹パンしてから歩き出した。
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