俺はゴリラに恋をする

ゆまた

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第5話 ゴリラダンク

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 時が流れるのは早いもので、あっという間に球技大会当日となった。3年生の種目はバスケ。ここは江手高の体育館。コート外や、上の通路にはたくさんのギャラリーが声援を送っている。そして我らが3組の一回戦の相手は……。



「はあ……何でまたこうなるのかね」



 乾がうなだれながら溜め息をついた。そう……一回戦の相手はよりによって12組だった。まさかいきなり当たるとは思わなかった。こちらのチームは俺と乾と他男子3人。向こうのチームは雉田と他男子3人、そして当然のようにその中に混ざっている紅一点、後藤さん。男だらけのこの状況に怖じ気づいているのか、どこか落ち着かない様子だ。安心してくれ。多分君が1番強い。



「猿山君、乾君、宜しくね。手加減しないよ」



 雉田が差し出してきた手を、俺は握り返した。



「いや、お前は手加減しなくてもいいけどさ……」



 後藤さんには正直思いっきり手加減してほしい。皆まで言わずとも雉田には分かっているようだ。

 まあとにかく、やるからには是が非でも勝ちたい。これは遊びではない。真剣勝負だ。ずっと野球少年だった俺は、当然バスケは素人だが、相手チームにもバスケ部はいないから条件は同じだ。持ち前の体力と運動神経で勝利を掴んでやるぞ。

 ジャンプボールのため前に出たのは、俺と後藤さんだ。その後藤さんと目が合った。彼女は俺を見て照れ臭そうに軽く頭を下げた。改めて正面に立たれると、とんでもない体格差だ。ジャンプボールでは勝てる気がしない。

 ……まあ、先手は譲ってやる。試合開始の合図と共に審判が高々とボールを真上に投げる。俺と後藤さんは同時にジャンプして手を伸ばすが、やはり背丈も腕の長さもジャンプ力も差があり過ぎる。そして後藤さんが弾いたボールを、雉田が掴んだ。



「後藤さん、走って!」



「は、はい!」



 その合図と共に、後藤さんが物凄い足音を立てながらリングに向かって走りだした。一体何をするつもりだ? まさか……。



「とりゃ!」



 雉田がリングに向かってボールを思い切りぶん投げた。こんなデタラメなシュートが入るわけがない。恐らくリバウンドを拾ってからゴール下でシュートを打つ気だ。だがゴール下には、うちの山田がいる。あの位置なら、先にボールを手に取るのは山田だ。

 しかし後藤さんは、フリースローラインに差し掛かったと同時に大きくジャンプした。ボールはリングやバックボードに当たる前に、空中で後藤さんの手の中に収まり、そして……。



「ウッホオオー!」



 そのまま落雷のような轟音と共に、ダイレクトにリングの中に叩き込まれた。ギシギシと揺れるリングにぶら下がる後藤さんの後ろ姿は、正にゴリラそのものだ。



「う、嘘だろ……」



 呆然とする3組のメンバー達。俺も開いた口が塞がらずに立ち尽くしていた。高校生の……人間の限界超えてるだろあんなの。しかも絶対今「ウッホオオー!」って言ったよな……。あれが噂に聞くゴリラダンクってやつか。



「いいよ梨央-! ナイッシュー!」



 12組の友達の声援に、後藤さんが恥ずかしそうに手を振って応えた。さっきのダンクの豪快さとギャップがありすぎだろ。くそう……ならばこっちも反撃だ。

 3組のオフェンス。俺達は軽快なドリブルとパス捌きで確実にボールをリングに近付けていく。幸い雉田以外のメンバーのスピードは大したことなく、ボールに触れられる事もなく射程距離に入った。

 しかし問題は……ゴール下にそびえ立つ、後藤さんという名の鉄壁だ。手を上げて突っ立ってるだけだというのに何て威圧感なんだ。これ以上切り込むのは不可能。ここから打つしかない。



「いけっ!」



 俺の放ったシュートは、美しい弧を描きながら真っ直ぐリングに向かっていく。よし、入るぞ。そう思ったその時、後藤さんが腕を大きく伸ばしながら大ジャンプをした。そして、バレーボールのスパイクさながらに、平手でボールを叩き落とした。

 おいおい……あれじゃあどんなに上手くシュートを打っても入りっこないぞ。野球で例えるなら、ストライクゾーンと同じ幅のバットを振られているようなものだ。

 あまりの高さと迫力に、ギャラリーからも歓声が巻き起こる。しかし、それと同時に審判の笛が鳴った。



「ゴールテンディング!」



 ん? 何だ? シュートが叩き落とされたのに3組に点が入ったぞ? 首をかしげる後藤さんに、雉田が駆け寄って声をかけた。



「後藤さん。シュートしたボールが落ちてきた時に、リングより上でボールに触っちゃいけないんだよ」



「えっ、嘘!? ご、ごめんなさい! 私そんなルール全然知らなくて……」



「はは、いいよいいよ。ドンマイ」



 あたふたする後藤さんの背中を、雉田がポンと叩いた。あの2人が並んでいると、まるで巨人と小人だ。

 一応得点は入ったが、正直全然嬉しくない。後藤さんのスーパープレイの連続に、俺達3組は完全に気圧されてしまっていた。

 俺達の幸運もここまで。この後俺達は、オフェンスでもディフェンスでも後藤さん1人にいいようにやられてしまい、みるみるうちに点差が開いていってしまう。乾が顔を真っ赤にしながら地団駄を踏んだ。



「ちっくしょう~! おい猿山、あいつを何とかしろよ!」



 無茶言うなよ……。とはいえ、この中で最も体格がいいのは俺だし、俺が彼女を止めるしか勝つ方法はないんだろうな。仕方ない……自信はないが、俺が後藤さんをマンツーマンでマークするか。



「ちょっと~。女子相手にだらしないわよあんた達~。しっかりしなさいよ~!」



 3組の女子からブーイングが飛んできた。この後藤さんを普通の女子として数える気かよ……。鬼かあいつらは。



「ん? 乾?」



 ふと見ると、乾の瞳が焼却炉のように燃え盛っていた。ボールを受け取ると、ドリブルをしながらゆっくりと歩き出し、人差し指を立てて高々と上げた。



「よーし! 1本取るぞー!」



 なるほど分かった。あいつ女子の前でいいとこ見せたいだけだ。しかしその隙だらけのドリブルは、雉田にあっさりとカットされてしまった。



「あっ!」



「へへ、もらい」



 雉田がすかさず乾を抜いてリングに向かって走りだした。



「キャー! 雉田くーん!」



 それと同時に、ギャラリーの女子から黄色い声援が雉田に送られる。



「……っ! こっの野郎~! 返せコラーッ!!」



 乾が、ボールを取られたのとは明らかに別の怒りを雉田に向け、鬼の形相で追いかけていく。ああ……男の嫉妬ってのは何て見苦しいんだ。

 俺もそんな事を気にしている場合ではない。後藤さんにボールを持たせないようにしっかり付かないと。しかし速い。速すぎる。ベッタリと付こうにもすぐに振り切られる。ゴリラが二本足でこんなに速く走れるものなのか。いや、人間か……。

 雉田のレイアップシュート。これはリングに嫌われてボールが弾かれた。リバウンド……と思った時には既に遅かった。ボールは既に後藤さんの手によって、リングの中に押し込まれていたからだ。またしても湧き上がる大歓声。まるで俺達はしょぼい三流悪役。噛ませ犬だ。

 残り時間は5分。スコアは6-24。もはや勝利は絶望的だ。流石にこのまま終わってしまうのはあまりにも悔しい。高校最後の球技大会、せめて悔いなく終わりたい。

 ボールが雉田に渡り、後藤さんが前に走り出す。さっきからやられているパターンだ。しかし、流石の後藤さんもずっと酷使されていたせいか、疲れが見える。その足は遅く、俺は一足先にゴール下に戻ってきた。



「猿山止めろォ! 死んでも止めろ!」



 乾の怒声。死ぬ気はないが、絶対に止めてみせる。雉田がボールを投げた。上からボール。正面から後藤さん。2つの線が交差するポイント目掛けて、俺は両手を伸ばして雄叫びを上げながら飛びついた。



「うおおおおおお!!」







 ────そして、軽トラックに撥ねられた時以上の衝撃が、俺の全身を襲った。





 *





「……う~ん」



 瞼を開けると、真っ白な天井が視界を埋め尽くした。ここは保健室か? どうやら俺は保健室のベッドで寝ていたらしい。

 それにしても変な夢だった。ゴリラの大群に次々とボディプレスを食らうという、意味不明な悪夢だった。まあそれはいいとして、何で俺はこんな所にいるんだ?



「あっ、良かった。気が付いたんですね」



「えっ……? うおあっ!?」



 俺は驚いて飛び退いた。そのせいで後頭部を壁に思い切り打ち付けてしまった。夢で見たようなゴリラが、ベッド脇からいきなり俺の顔を覗き込んできたのだから無理もない。



「いててて……」



「あっ、ごめんなさい。驚かせてしまって」



 ゴリラではなかった。後藤さんだ。そうだ、思い出した。俺は後藤さんをブロックしようとして、逆に思いっきり吹っ飛ばされたんだった。



「あれ? そういえば球技大会は?」



「もう終わりましたよ。優勝は5組だそうです」



「そ、そうか。後藤さんでも勝てなかったの?」



「いえ、私は二回戦以降は出てないです」



 出てない? 後藤さんもあの時に怪我でもしたのか? いや、そんな風には見えないな。まさか……。



「ずっとここにいたの? もしかして」



「ええ、まあ……。私のせいでこんな事になってしまったので」



 後藤さんが気まずそうに目を逸らした。別に責任を感じる必要はないと思うが。俺は後藤さんには一度命を助けられているのだから、極端に言えば殺されても文句は言えないのだ。

 棚の整理をしていた保健室の先生が、こちらに振り返って笑った。



「ビックリしたわよ~。いきなりこの子があんたを担いで駆け込んでくるもんだから。後はあたしに任せて体育館に戻りなって言ったんだけどねぇ。自分のせいだからって聞かなかったのよ」



 そうだったのか……。優しい子なんだな後藤さんは。



「さあ後藤さん、午後からまた授業なんだから、いい加減戻りなさい。猿山君はもう大丈夫だから」



「あっ、はい。分かりました。それじゃあ猿山君、どうぞお大事に……」



「ああ。ありがとう」



 後藤さんは頭を下げて、床をミシミシと軋ませながら保健室から出ていった。もう少し話したかった……俺は何故かそんな事を考えていた。

 腰が痛んできた。5時限目は英語だし、せっかくだからもう一眠りしておこう。俺は再び横になり、布団を被って目を閉じた。
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