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第七章 勇者するより旅行だろ・・・?
第百三十二話 虚『無』王
しおりを挟む足止めをくらっていた。
「ははは、なるほど。これはこれは・・・厄介なことになったね」
「・・・・・・・・・」
翔太の前にいるのは頭にフードを被せ、顔全体が影に覆われている化物。特大の鎌を持ち、そこからは止まることなく邪気が垂れ流しにされている。
恐ろしく強い。それこそ、翔太と同等の力を持った化物。そして、そいつは滅多に人の前に出ることがないレアな化物だ。
「久しぶりだね、死神。まさか、こんな世界で会うことになるとは思わなかったよ」
「・・・・・・・・・ごめん」
短く謝った死神。
見た目通りの異名だ。厨二病とかでは断じて無い。そもそも、死神さんは超がつくほどの恥ずかしがり屋なのだ!
しかし、今回はあの『黒田 颯馬』からのお願い。
無下には出来なかった。
「君が僕を選んで戦いに来ることはないだろうから・・・やっぱりあの人が後ろにいるんだね」
「・・・・・・ん」
そしてこの死神、翔太が戦いたくない人間の中でもかなり上位に入る。
死神は最強の一角に数えられることがある。
強欲王、虚無王、覇王、理不尽王、疾風、最凶そして、死神。
そしてこの死神と戦いたくない一番の理由はその力のほぼ全てが『技術』によるものだからである。死神は滅多なことがない限り能力を使わない。死神の戦闘はとても美しい。故に、翔太の異能は殆ど意味をなさない。
翔太も負ける気はさらさらないが、好んで戦う相手ではないということだ。
(本気で僕を封じてくるとはねぇ・・・今回のは悪ふざけだけが目的じゃないって事なのかな・・・・・・)
纏まらない思考を続けていく。
颯馬も死神も翔太も、ここで二人して死ぬとか、片方が敗れて死ぬとか・・・そんなことは微塵も考えていない。最強角が衝突すれば、終わらない戦いが延々と続けられるだけ。
なので、死神の役割は足止めのみだ。足止めさえしておけば、あとは最凶が何とかする。
「・・・・・・できれば、平和に」
戦いたくないのは死神も同じ。終わらない戦いが続くのならば、戦わない方がマシではないか?
そう提案してみるが、翔太はあまり乗り気ではない。
戦闘狂ではないのだが、そろそろ嫁成分が足りなくなってきたのだ。サボるのも戦うのもかかる時間が同じなのならば、強行突破はいかがだろうか・・・。
足りなくなってきた嫁成分。それに、
「この世界の行き先に興味はないが、僕の妻も戦わざる負えない状況にあるとするのならば・・・・・・僕は僕でここを抜ける理由ができるんだが」
怒気を孕んだその声。普通ではない。
「・・・・・・残念」
そして、死神のそれによって怒気が爆発した。
いつも無造作に振るわれていた虚無の力が、明確な敵を見据えてその力を発揮する。虚無が世界を喰い殺す。死神のいた場所を含んだかなり広い範囲が喰われ、何も無い純粋な黒のみがそこに残る。
そこに連なる重なった全世界を喰いちぎった。今の一撃でどれだけの被害が出たかなどと考えるのは無意味だ。そんな思いやりの心はとうの昔に消してきた。
しかし、黒の中心地点には大鎌を持った死神。たとえ全世界を喰い散らかすような虚無の力であったとしても、その力が生きているのならば、死神は通用しない。
「・・・・・・全て生き物」
全ての生と死の境界線を弄る化物。世界の縛りを超えている者でなければ否応なしに死の淵まで運ばれてしまう。
死神が『生き物だと思っている物』それ全てが彼女の殺戮対象。その異能が生きていると彼女が信じていれば、その異能は彼女の一振りのもとに掻き消されてしまう。
そしてその力が『能力』の一つではないというところが、翔太が嫌うところ。
彼女は普通ではない。
どうやったのかなど知らないが、その技術を手にするために何をしたのか。あの最凶と共に得た力なのか。それとも、あの世界一のバカから与えられた力なのか。
気に食わないな。
「くたばれ、メスザル」
「・・・・・・黙れ、ゴミムシ」
触れたもの全てを消し飛ばす虚無の一撃と触れるもの全てを切り裂く邪悪な大鎌が衝突し、世界を押し潰す。
虚無と邪悪が正面から凶悪な力をぶつけ合い、お互いを否定する。
普通の高校生VS引きこもり
罵倒合戦だけならばどれだけ良かったことか。
嫁のために世界を更地にするような普通の高校生とイタズラに、腹いせに世界を斬殺した引きこもり。
青いオーラをその身から出す翔太。モード、虚無王。何もかも消し去る。本気で殺ると決めた時しか使わない反則技。翔太の持つたった一つの形態変化。力の調整のために封じ込めていた、溜め込んでいた虚無の力の放出。ナタリアの最強の盾をもぐようにして破壊した王の力。
世界でたった一人、翔太にしか目を向けなかった『虚無』という力の真骨頂。区分に入れられる魔術などとは一線を画す力。
本人は『魔術』の一つだと語るが、マーリンもキアラも再現できないその力が『魔』の一つなわけが無い。
解明不可、原因不明、唯一無二のその力。特殊を手にすることを望まなかった、ただひたすら普通を目指し突き進んだ悲しき『無の王』。何もかも『無』として捉えてきた王の力が厄災を求めて動き出す。蠢きだす。
フツフツと湧き出てくる王の怒りに応えるように全世界の『無』が彼を求め始める。
なにも要らないと思っていた王が力を求めた。猛烈に、貪欲に。
「・・・・・・化物が」
正しくその通り。
普段の状態ですら化物の最上位にいるというのに、まだ跳ね上がるか。そんなのありか。死神は久々に『格の違い』というものを感じた。
黒田楓、黒田颯馬と相対した時以来だ。彼らと戦った時の気付きがこの目の前にいる王にも感じた。感じてしまった。
これは勝てない、そう思った。
だが、でも、しかしっ!!
勝てないとしても、負けないことならばできる。最凶と天才から学んだこと。彼らに与えられたものはこの程度の違いに敗北を感じるようなヤワなものでは無い。まだだ。まだ戦える。その技術は、その大鎌は、その能力は、今、この時のためにあり、この時に必要なものなのだから。
「・・・・・・負けない、私は負けない」
二人のいたずら好きな青年から授かった『死神』に賭けて、彼女はもう一度その手に力を込めた。
「これだからあの人は苦手なんだ。彼女の覚醒までの道のりを僕に丸投げしやがったな・・・・・・」
厄介な男が背後にいるものだ。
彼が『虚無王』としての力を解放するのさえもお見通しだったようだ。ひとつ舌打ちをして、群がる『無』の力を死神に向けて撃ち出す。
無には生も死もない。それは死神の決めることではなく、『無』の全てを司る王の決めること。境界を操ることの出来ない敵と戦うのは初めてだ。
そこにあるのは恐怖と羨望。
系統が同じなだけに分かるそいつの恐ろしさとその絶対的強さへの憧れ。
放たれた『無』を邪気を纏わせた大鎌で受け止める。ギリギリと音を吐き出しながら邪気を貪り喰う『無』を邪気を補充することでなんとか抑え込む。
「・・・・・・」
背中を嫌な汗が伝う。
その力には熱もない、死すらも感じない。絶対の無。負けない・・・そう意気込んだが、少しでも気を抜けばそれに喰われてしまう。恐ろしさが死神を襲った。
その時、若干自分の力が増したような気がした。
だが、それに気付けるだけの余裕はない。さらに邪気を高まらせる。どうすればうまく邪気を操れるか。最適化を施しながらもがむしゃらに食らいつく。
しかし、そこで翔太の攻撃が止んだ。
先程見た怒気が感じられない。気のせいか、『無』の力も弱まっているように見えた。
「ここで見放したら何されるか分かんないし、少し手ほどきをしてあげるよ。・・・ま、その前に・・・『無人』」
翔太と同じ形をした黒い影が横に立つ。
分身・・・のようなもの。
人手が足りないので、助けてください。そんな力・・・らしい。
「君は妻を迎えに行ってくれ。この世界に手を出さないこと、楓に手をかさないことを契約すれば問題なく連れてこれるはずだよ」
そう言われた影はコクリと無言で頷いてその場から消えた。
まさか二人に増えるとは・・・ちょっと驚いた死神さんだが、実際のところ、今の影はどれだけでも呼び出せる。この世界を影だけで埋め尽くすことも出来る。
彼は『無』の概念を統べる王だ。
ならば、
「さ、レッスンを始めようか。僕の『無』は『無限』でもある」
急にレッスン。
何故か・・・というと、もう負ける気がしていないから。本来ならば『使うはずのない無』を解放している虚無王は余程のことがなければ負けはしない。本気の『虚無王』ならば、楓相手であっても引けを取らないから。
元の力で同等であったとしても、その上の力を持つ『虚無王』と『死神』では分が悪い。
・・・・・・翔太が隠していただけ、というのもあるが。
マーリンやマリアたちと戦えば、死神は圧勝できるだろう。最強の矛盾を持つナタリアが相手でもその概念ごと切り裂いてしまうに違いない。
だが、貪欲に強くなり続ける最上位の連中に『引きこもり』が勝てるはずはないのだ。
そう思うと、翔太的には死神が娘のように見えた。
まだまだ未熟で、伸び代のある子供。少なくとも破壊者たちよりは可愛げがある。きっと彼の妻も気に入るだろう。ならば、妻の為にも気に入られてみよう・・・などと、お怒りモードを完全に沈静化させ、嫁溺愛モードへと移っていったのだ。
怒りの波動が消え去り、世界の震えは収まった。
彼の怒り、求める力に群がっていた『無』たちの殆どが持ち場に戻り、『虚無王』の概念だけが残った。
つまり、死神は生き延び、負けなかった。
作戦は成功だ。武力による勝利は遠かったが、結果的に彼をここに抑えることが出来た。颯馬と白金との約束を守ることが出来たのだ。死力を尽くして最強の一角を抑えきった。
逃げることは簡単だった。
でも、逃げなかった。
細々とした小さな約束のために命を張った。
それが翔太の心に響いたのかもしれない。王として君臨する前の極々普通の高校生だった彼の心に。
ここからは殺し合いではなく、愛のムチだ。
死神にとっては地獄の時間かもしれないが、あの二人の傍にいたいならば必要なこと。化物の頂点に喰らいつく普通ではない普通の化物からの指南など滅多に受けれやしない。これをバネにするか、挫折の理由にするかは彼女の気持ち次第だが・・・・・・
「悪いね楓。僕はどこまで行っても自由人みたいだ」
―――――――
はたつばです。
極々普通の高校生による普通じゃない見せ場でした!
足止めされているはずなのに、脱線する。これが自由組!!恐ろしきことよよよ。
次の更新がいつになるか・・・・・・・・・わかっんね☆
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