上 下
8 / 46

8 そっちは逃げる方向じゃない

しおりを挟む
 ずっとAクラスをうろついているガイルに、今の力を見せつけるために近づいてきたような口ぶりが本意であれば何も問題ない。
 何か良からぬことを考えているのであれば、注意するに越したことはない。
 ガイルは戦闘が始まればなるべく近づかないことを密かに心に決めた。

 走りながら耳にした噂話では、町の二重の防壁はまだ破られてはいないが、このままでは時間の問題と思われるらしい。
 大半はオークやゴブリンで、たまにオーガやジャイアントような強い魔物も交じっている。 
 ダンジョンには、スケルトンやレイスといったアンデッドモンスターもいるのに、今のところ目撃はされていない、などである。

「ここ最近は静かだったのに、いきなりスタンピードとはな。何の因果だ?」
「言っても仕方あるまい。今は北門へ早くたどり着かないと」
「足手まといにだけはなるなよ」

 ビンセントの嫌味を聞き流すようにガイルが視線を流したところ、彼らと同じく北へ向かおうとしている少女が目に入った。
 白い長衣に三日月のネックレス。アーレイ教団なのは一目でわかったが、ナーガ山には巡礼地もないし、教会が建っているような場所でもない。
 この混乱状況の中、女の子が一人で歩いて北を目指していることは、あきらかに普通ではなかった。

「ビンセント、先に行っててくれ!」
「お前、やっぱり怖気づいたんだな!」

 ガイルは、ビンセントの中の自分の評価をいまさら変えようとも思っていない。
 ギルドを巻き込んで、デニスの遺品を独り占めした卑怯者と思われているのは重々知っている。それにこのクエストが終われば、これまでどおりビンセントと接触する気もさらさらない。
 どう思われても関係のない彼は、気になった少女のもとへ走り寄った。

「おい、そっちは逆だ! 逃げるなら反対へ向かえ!」
「逃げる? どうして?」

 ガイルは、自分の半分ほどの身長の女の子の肩をつかんで振り返らせる。
 真っ直ぐに彼を見る深い藍色の大きな瞳に吸い込まれたかのような目眩を感じた。周りは避難民が大勢いて騒がしいはずなのに、突然静寂に陥ったかのような錯覚も覚える。

 少女はガイルの様子を気にすることもなく、おさげの黒髪の首をかしげる。肩に掛かるくらいで切りそろえられていて、人形のような整った目鼻立ちはとても愛らしく、本当に疑問を感じているように思えた。

「そんなことより人を探しているの。北へ向かうって言っていたから、私も行かなくちゃ――あれ?」

 ガイルの制止を振り切って歩き出そうとした少女は、彼の胸元を見て立ち止まった。視線に気づいた彼も目を下へ向けると、首に掛けたネックレスがのぞいていた。 

 いつもならば装備の下にあって、着替えの時以外は見えない。今日は先ほどギルドで鑑定を受けて外していたところにこの騒ぎが起きた。あわてて身に着けて身なりを整える暇もなかったのである。

 少女はおぼつかない足取りでそっと手を伸ばし、彼の胸元にある半月メダルへ触れる。

「あなた、デニスっていうの?」
「え、いや、それは俺の師匠の名前だけど」
「デニスはいないの?」
「そ、そんなことより、早く逃げるんだ!」

 唐突な少女の振舞いガイルも思わず状況を忘れそうになる。逃げて来た者がぶつかったことで我を取り戻すことになった。
 ガイルとメダルを見比べた少女は小さくうなずき、逃げる人並みに逆らうことなく立ち去った。

 できればギルドに連れて行って保護をしたかったけれど、ギルドを安全な場所にできるかはガイル達のこれからの働き次第でもある。
 彼は一度頭を振ってからビンセントを追いかけて北門へたどり着いた。

 門の前では先に到着していたビンセント達も今や遅しと開門を待っている。しかし直ぐに外へ出ることはできない。
 門を開けるということは外からも入れることを意味する。そのためタイミングを見極める必要があった。
 五人が一列横並びになって三十人ほどになったとき、防壁の上から大きな掛け声のすぐ後に爆発音が響き渡る。ほぼ同時に両開きの重々しい木の門が少し開かれた。

 ガイルが目にしたのは、燃え盛る炎と煙の向こうに、町の衛兵や冒険者らがモンスターと乱戦を繰り広げている光景だった。
 魔法による広範囲攻撃を行い、援軍のガイル達を戦場へ投入する間を作ったのはすぐに分かった。一斉に駆け出す仲間に遅れまいと、ガイルも腰の長剣を抜いて走った。敵の数は圧倒的に多い。己を鼓舞するように自然と雄叫びが咽喉から出ていた。

 厳しい師に鍛えられた剣士としてのガイルの力量は、ロキが不満を爆発させたようにAクラス程度に収まるものではない。一際大きく目立つオーガはBクラス、ジャイアントならAクラスの腕力くらいはある。集団になったオークもBクラス以上の力を発揮する。押し寄せているモンスターに一対一であれば後れを取るとはガイルも考えていない。

 油断なく戦場を見回す彼の視界で特に目を見張ったのは、モンスターではなくボロボロの長衣を被った五人の集団だった。ダンジョンのある方向から突如現れ、次々とまぶしく輝く魔法を使ってモンスターを蹴散らしている。
 彼らが何故そのような場所から来たのかは不明だが、おかげでモンスターの中には混乱と恐慌がみるみる広がるように見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

画仙紙に揺れる影ー幕末因幡に青梅の残香

冬樹 まさ
歴史・時代
米村誠三郎は鳥取藩お抱え絵師、小畑稲升の弟子である。 文久三年(一八六三年)八月に京で起きて鳥取の地に激震が走った本圀寺事件の後、御用絵師を目指す誠三郎は画技が伸び悩んだままで心を乱していた。大事件を起こした尊攘派の一人で、藩屈指の剣士である詫間樊六は竹馬の友であった。 幕末の鳥取藩政下、水戸出身の藩主の下で若手尊皇派が庇護される形となっていた。また鳥取では、家筋を限定せず実力のある優れた画工が御用絵師として藩に召しだされる伝統があった。 ーーその因幡の地で激動する時勢のうねりに翻弄されながら、歩むべき新たな道を模索して生きる侍たちの魂の交流を描いた幕末時代小説! 作中に出てくる因幡二十士事件周辺の出来事、鳥取藩御用絵師については史実に基づいています。 1人でも多くの読者に、幕末の鳥取藩有志たちの躍動を体感していただきたいです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...