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62 強奪
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「ミレーネちゃんにもそれらしいことを少し前に言われました。フォレスト伯爵が帝国の牽制で動けなかったのは事実だけど、スーの父様の動きは拙速すぎたと」
「そうなのかもしれないが……」
「それに引き替え、プリちゃんのお父様はペールギュントの味方をしてくださるために、可能な限りの手を打っておられました。プリちゃんにも、償えないご迷惑をお掛けしてしまったのです」
力ない笑みを俺に向けたスーの頬に一筋の光が走った。
俺の乏しい想像に過ぎないけど、領主の家がなくなってしまったら、仕えていた家臣の多くが路頭に迷っただろう。領主の娘だったスーヘも、心無い言葉や仕打ちがあったに違いない。
父親を憎んで許さない姉や、苦しむかつての家臣を、幼いスーはずっと目の当たりにして来た。
スーの父親のせいで、ひどい目に遭わされたのはプリの父親やプリも同じ。
スーは、当然のこととしてプリも家臣達と同じ思いをしていると考えるだけでなく、俺も同じ感情を抱くだろうと心配していたのか。
実際辛かったであろうプリには申し訳ないが、俺はいい意味でも悪い意味でもこの世界の人間ではない。価値観に縛られるつもりもない。
「自分を責めるな」
「プリちゃん……」
「カッシーだ」
「でも……」
「俺の知る限り、プリの一番の友人はスーだった。俺の一番の理解者も今はスーだと思っている。それではダメか?」
「――許してくれるのですか?」
「許すも許さないも、最初からないんだ。もう考えるな」
「……あ、ありがとうございます、ありがとうございます」
卑屈なまでに詫びたスーは、その場に泣き崩れてしまった。
この話題を続けるのはよくない。かと言って大した話題が出ないのは、俺のコミュ能力や基礎知識の低さが露呈している結果だが、今は割り切るしかない。
少し落ち着いた頃合いでスーに声を掛けた。
「スーの姉さんは元気なのか?」
「――暫く会っていないのでわからないのです」
「帝国は遠いからな」
「行きたくもないのです……」
「そうだよな。プリのことを教えてくれてありがとう。だけど今は俺がプリだから、余計なことはもう考えるな」
「は、はいなのです」
ニ人が楽しそうにミランの郊外を歩いていた光景を思い出す。
プリの背中に背負われた俺は、二人がお気楽にクエストをこなしていのだろうと思っていた。凄惨な過去を乗り越え、微塵もそんなことを感じさせていないなど知りもしなかった。
安易に自らの死を選択した俺が、本当にどうしようもない奴だったことを改めて感じさせられる。
「……プリは、何かしたかったことがあるのかな」
申し訳なさからふと感じた疑問を俺が口にする。スーが久し振りに笑顔を見せてくれた。
「プリちゃんの望みはもう叶ってるのです」
「それは?」
「カッシーさんと……スーとずっと旅をすることでした」
「そっか。俺もしっかり頑張らないとな。その前にもう一つだけ聞いて良いか?」
「何ですか?」
「スーがプリにつき合っていたのは、申し訳なさからじゃないよな?」
「違うのですっ! プリちゃんはスーの大切な大切なお友達なのですっ!」
ずっとしょげていたスーが両手の拳を握りしめて大声を出した。気持ちのこもった本気の声だ。
「俺も同じ気持ちだ。わかるよな?」
「は、はいなのですっ」
「頼りない相棒で悪いけど、これからもよろしくな」
俺の差し出した手をスーがオズオズと握り返す。
スーの自責の念が起きるたびに、俺は何度でも言い聞かせる。
スーが気に病むことなど何処にもない。プリとして俺がとことんまでつき合う。
プリもきっと望んでいる。
「す、少し顔を洗って来るのです」
「わかった」
「さっきは本当にごめんなさいです。スラスラもごめんなのです」
「わかったから、スラスラも気にしてないって」
俺の言葉に呼応して、成長著しい水色の物体の表面がゆっくりとうねった。
文字通り感情表現の波だろう。
スーは赤くなった鼻でニコリと笑いながら、つい先程スラスラが見つけて俺が作った湧水の方へ走って行った。
何とか落ち着いてくれたらしいと安堵の溜息を小さく履いたその時、スラスラの表面が激しくさざ波立った。
「どうした?」
「あなたたちはっ⁉」
俺のスラスラヘ尋ねる声と、スーの驚愕の誰何が重なる。
慌てて立ち上がる俺の目の前に、一人の女が立ちはだかった。
「お前は――キーニャか? 何故こんなところに⁉」
「悪く思わないでおくれよ。ペールギュントの令嬢は頂いて行くから!」
「何っ⁉」
「文句があるなら、気まぐれに参加したあのエルフにでも言っておくんだね。あいつさえいなければ、闘技会の女部門で私が一位のはずだったのだから!」
「何の関係がある⁉」
「おかげでこんな面倒なことを引き受ける羽目になったのさ!」
キーニャはいきなり抜き打ちを仕掛けてきた。俺はただ必死で後ろへ飛び退りメイスを構える。
女性にしては大きな部類の長剣を軽々と扱う。言葉どおりにベアトリスいなければ女性参加者では一番だろう。
俺が勝てるとはとても思えない。だけどスーをみすみす奪われるなど許せるはずがない。
スーの戦う姿が長剣越しに見える。
キーニャは俺を足止めすればいいと考えているのか、反撃を狙っているか、最初の一撃から何も仕掛けようとさえしない。
「どうした? 大切なお姫様がさらわれしまうよ!」
キーニャの挑発に苛立ちも焦りも覚えるが、うかつに飛び掛かっても返り討ちにあうだけだろう。
メイスを握る手の平に汗がにじむのもわかる。すっぽ抜けでもしたら笑い話ではすまない。
ポン吉さえいればこんなことにはならなかった。
考えてもしかたないが、考えることを止められない。
「キーニャ! こっちは先に行くから! さっさと片付けて追いつきなさいよ!」
「わかってるって!」
余裕の笑みを浮かべて俺と対峙するキーニャヘ、大声を掛けた女も知っている。闘技会に参加していたもう一人の女冒険者。
あいつだけならスーは負けない。試合で見せた実力ではスーのほうが遥かに上だった。
五人ほど仲間を連れて、大柄な男が気を失ったスーを肩に担いでいるのが見えた。
「そうなのかもしれないが……」
「それに引き替え、プリちゃんのお父様はペールギュントの味方をしてくださるために、可能な限りの手を打っておられました。プリちゃんにも、償えないご迷惑をお掛けしてしまったのです」
力ない笑みを俺に向けたスーの頬に一筋の光が走った。
俺の乏しい想像に過ぎないけど、領主の家がなくなってしまったら、仕えていた家臣の多くが路頭に迷っただろう。領主の娘だったスーヘも、心無い言葉や仕打ちがあったに違いない。
父親を憎んで許さない姉や、苦しむかつての家臣を、幼いスーはずっと目の当たりにして来た。
スーの父親のせいで、ひどい目に遭わされたのはプリの父親やプリも同じ。
スーは、当然のこととしてプリも家臣達と同じ思いをしていると考えるだけでなく、俺も同じ感情を抱くだろうと心配していたのか。
実際辛かったであろうプリには申し訳ないが、俺はいい意味でも悪い意味でもこの世界の人間ではない。価値観に縛られるつもりもない。
「自分を責めるな」
「プリちゃん……」
「カッシーだ」
「でも……」
「俺の知る限り、プリの一番の友人はスーだった。俺の一番の理解者も今はスーだと思っている。それではダメか?」
「――許してくれるのですか?」
「許すも許さないも、最初からないんだ。もう考えるな」
「……あ、ありがとうございます、ありがとうございます」
卑屈なまでに詫びたスーは、その場に泣き崩れてしまった。
この話題を続けるのはよくない。かと言って大した話題が出ないのは、俺のコミュ能力や基礎知識の低さが露呈している結果だが、今は割り切るしかない。
少し落ち着いた頃合いでスーに声を掛けた。
「スーの姉さんは元気なのか?」
「――暫く会っていないのでわからないのです」
「帝国は遠いからな」
「行きたくもないのです……」
「そうだよな。プリのことを教えてくれてありがとう。だけど今は俺がプリだから、余計なことはもう考えるな」
「は、はいなのです」
ニ人が楽しそうにミランの郊外を歩いていた光景を思い出す。
プリの背中に背負われた俺は、二人がお気楽にクエストをこなしていのだろうと思っていた。凄惨な過去を乗り越え、微塵もそんなことを感じさせていないなど知りもしなかった。
安易に自らの死を選択した俺が、本当にどうしようもない奴だったことを改めて感じさせられる。
「……プリは、何かしたかったことがあるのかな」
申し訳なさからふと感じた疑問を俺が口にする。スーが久し振りに笑顔を見せてくれた。
「プリちゃんの望みはもう叶ってるのです」
「それは?」
「カッシーさんと……スーとずっと旅をすることでした」
「そっか。俺もしっかり頑張らないとな。その前にもう一つだけ聞いて良いか?」
「何ですか?」
「スーがプリにつき合っていたのは、申し訳なさからじゃないよな?」
「違うのですっ! プリちゃんはスーの大切な大切なお友達なのですっ!」
ずっとしょげていたスーが両手の拳を握りしめて大声を出した。気持ちのこもった本気の声だ。
「俺も同じ気持ちだ。わかるよな?」
「は、はいなのですっ」
「頼りない相棒で悪いけど、これからもよろしくな」
俺の差し出した手をスーがオズオズと握り返す。
スーの自責の念が起きるたびに、俺は何度でも言い聞かせる。
スーが気に病むことなど何処にもない。プリとして俺がとことんまでつき合う。
プリもきっと望んでいる。
「す、少し顔を洗って来るのです」
「わかった」
「さっきは本当にごめんなさいです。スラスラもごめんなのです」
「わかったから、スラスラも気にしてないって」
俺の言葉に呼応して、成長著しい水色の物体の表面がゆっくりとうねった。
文字通り感情表現の波だろう。
スーは赤くなった鼻でニコリと笑いながら、つい先程スラスラが見つけて俺が作った湧水の方へ走って行った。
何とか落ち着いてくれたらしいと安堵の溜息を小さく履いたその時、スラスラの表面が激しくさざ波立った。
「どうした?」
「あなたたちはっ⁉」
俺のスラスラヘ尋ねる声と、スーの驚愕の誰何が重なる。
慌てて立ち上がる俺の目の前に、一人の女が立ちはだかった。
「お前は――キーニャか? 何故こんなところに⁉」
「悪く思わないでおくれよ。ペールギュントの令嬢は頂いて行くから!」
「何っ⁉」
「文句があるなら、気まぐれに参加したあのエルフにでも言っておくんだね。あいつさえいなければ、闘技会の女部門で私が一位のはずだったのだから!」
「何の関係がある⁉」
「おかげでこんな面倒なことを引き受ける羽目になったのさ!」
キーニャはいきなり抜き打ちを仕掛けてきた。俺はただ必死で後ろへ飛び退りメイスを構える。
女性にしては大きな部類の長剣を軽々と扱う。言葉どおりにベアトリスいなければ女性参加者では一番だろう。
俺が勝てるとはとても思えない。だけどスーをみすみす奪われるなど許せるはずがない。
スーの戦う姿が長剣越しに見える。
キーニャは俺を足止めすればいいと考えているのか、反撃を狙っているか、最初の一撃から何も仕掛けようとさえしない。
「どうした? 大切なお姫様がさらわれしまうよ!」
キーニャの挑発に苛立ちも焦りも覚えるが、うかつに飛び掛かっても返り討ちにあうだけだろう。
メイスを握る手の平に汗がにじむのもわかる。すっぽ抜けでもしたら笑い話ではすまない。
ポン吉さえいればこんなことにはならなかった。
考えてもしかたないが、考えることを止められない。
「キーニャ! こっちは先に行くから! さっさと片付けて追いつきなさいよ!」
「わかってるって!」
余裕の笑みを浮かべて俺と対峙するキーニャヘ、大声を掛けた女も知っている。闘技会に参加していたもう一人の女冒険者。
あいつだけならスーは負けない。試合で見せた実力ではスーのほうが遥かに上だった。
五人ほど仲間を連れて、大柄な男が気を失ったスーを肩に担いでいるのが見えた。
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