上 下
49 / 71

49 二者択一

しおりを挟む
「お断りします」
「でしたらプリさんは町からご退去を」
「は?」
「町へ入れたのはギルドが衛兵隊へ口を利いてのことです」
「き、汚ねーっ」
「幻影魔術が使えるほどの方ならば、ぜひともお願いしたいのですが」
「い、いや、毎回上手くいくわけではないので」
「でしたら闘技会の選手ではなく観客へお酒を売る役でもいいですよ。プリさんもなかなかの美人ですし、結構いい売り上げになるので」

 野球観戦でビールの売り子みたいなものか。町からの退去は困るし、戦うよりまだマシかもしれない。しぶしぶ返事をしようとしたら、ノーマンが机の上にえげつない水着を置いた。

「これは売り子のユニフォームです。お酒が一杯で金貨五十枚サービス込みの値段なものですから、楽しんでいただけるように布を少なめにしてあります。たまに触ってくるお客がいるので気をつけてください」

 少ないと言うか完全に紐だろうが!
 しかもたかが酒一杯が大体五千円なんて高過ぎる。それは触りたくもなるよな、なんて理解のあることを言ってる場合ではない。

「プリちゃんっ、こんなの着ちゃだめですっ! 闘技会に出るのです!」

 おかしな水着を見たスーが目を三角にして追って来る。
 酔っ払いに触られるなんてお断りだし退去も困る。
 となると一択か、腹立たしいが。

「――わかったよ」
「ありがとうございます。今大会は少し女性の参加が少なくて華やかさに欠けることを心配していたのですが、本当に助かりました」
「勝手に仕組まれたんだから仕方ないだろう」
「それでも勝ち続ければ賞金も出ます。帝国などへの士官や、町の評議員の地位を得た人も過去にいます。他の大きな大会に比べればレベルも低いので、軽い腕試しのつもりで大丈夫ですよ」
「さっさと一回戦で負けてやる」

 面の皮の厚そうな副局長を俺は睨むと、あっさりと受け流し更に腹立たしいことを教えられた。

「構いませんが、出場代金貨千枚大損ですね」
「千枚? さっきから高くないか?」

 俺の感覚で言えば十万円も払って出場する理由がわからない。
 ノーマンは賞金や商品のことを改めて説明をした。
 大半の出場者の目当ては賞金よりも人目について仕事のあっせんを受けることらしい。
 俺の元の世界でも公務員は普通に人気のある職業だった。こちらでも仕官は魅力的なのだろう。賞金もだいたい四回戦を突破すれば、元が取れるくらいは設定しているらしい。
 トーナメント結果には賭けも行われている。優勝から八位までを予想が、上位のものより八位の者を当てるほうが配当は高い。競馬などと同じで不人気な方が払いがいいらしい。
 そしてその八位辺りに入れそうで無名な人間を送り込めれば、ギルドとしては配当を払うことが少なく親元の儲けも出ると踏んでいるらしい。

 そんな上手く行くものかと思わないでもないが、何もやらないよりはマシ程度の考えだとノーマンは笑った。
 所々大ざっぱなのは冒険者あがりだからだろうか。
 闘技会は三日後、今さら特訓もないし出るだけになる。
 実は金貨千枚なんて今の俺達には痛くもかゆくもない。しかし見知らぬ人間に手の内を教えるのも愚かだし、内緒にしてあっさり負けて終わらせる。

 参加選手には、ギルドが用意をした宿があてがわれる。俺達は同席していたミリーに連れられて一階カウンターで手続きを終えると女性用の宿へと向かった。
 参加人数が少ないと聞いていたが、小さいながらも一棟借り上げの宿舎は二階建てだった。食堂になっている一階には二人の女性しかいない。俺達が入っても一瞥をしただけで、二人は向かい合って談笑を続けた。

「他にも居るのか?」
「女性の参加者はここの方達ですべてです」
「つまりは四人か」
「例年はもう少し腕試しの方が出てくれるのですが、延期になっていたシルビ公国のお祭りが開催されることが決まって、そちらへ流れたのでしょう。こればかりはどうしようもないですから」
「シルビで祭り?」
「ええ。まだしばらく後のことですが、フォレストで騒ぎがあってシルビのほうも一度は中止をしたのを、改めて開催することにしたようです」

 ミリーから聞かされた話は、スマホなどの情報伝達手段がない世界でのギルドの有用性を改めて認めざるを得ない。
 フォレストの祭りが中止になった騒ぎの渦中にいたので、この話には複雑な気持ちが起きる。
 『シルビ公国には当事者意識と危機意識が薄い』と、マットが苦々しく口にしていたとおりなのだろう。
 ますますあの国を離れたことは正解に思えたが、闘技会参加は不正解どころか大失態だ。
 戦いなので男性のほうが全般的に有利なのは否めないし、女性が少ないのは当然だろう。
 向こうの席で談笑している二人は明らかに歴戦の冒険者の雰囲気がうかがえる。男だった時の俺よりも立派な体をしていて、ニ人とも剣士と思われる。俺達に目もくれないのは、相手にもならないと見くびられているのだろう。

 案内を終えたミリーが建物から出ようと扉を開けた時、一人の女性があたかも彼女のために開けられたかのような仕草で食堂へと入った。
 二人の女冒険者は会話を途切れさせ、油断のない目つきへと変わる。俺もスーも思わず目を見張った。
 食堂へ入るなり、ずっと俺達のほうを向いたまま視線を逸らそうとしない女性のの耳は、とても尖っていた。

「プ、プリちゃんっ、エルフの人がいるのですっ」

 小さいけど興奮した声のスーが、俺の服の袖を強く引っ張った。
 師匠は言っていたが、エルフが住むのは異常に遠くて秘境じみたとこらしい。町中で見ること自体がとても珍しい。
 スーの反応も当然だし、俺もすっかり見惚れてしまった。
 整い過ぎた目鼻立ちの中でも印象深い切れ長なニ重と緑の瞳。白い肌に銀の流れる髪と併せて、ものすごい美形なのはファンタジーのテンプレを裏切っていない。
 そうなると性格は見た目どおりにきつく、試合では俺の対戦相手が規定路線になるのだが、そこはぜひとも勘弁してほしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~

雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――? 私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。 「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。 多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。 そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。 「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で?? ――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。 騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す? ーーーーーーーーーーーー 読者様のおかげです!いつも読みに来てくださり、本当にありがとうございます! 1/14 HOT 8位 ありがとうございました! 1/13 HOT 29位 ありがとうございました!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

処理中です...