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40 形見のナイフ

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「もしこの町に冒険者のギルドが無ければ、クエストがないので冒険者は来ないのです。更に山賊の襲撃も多いとしたら隊商はよほどでないと避けるのです。なのにこの町は普通に物も豊富で誰も困って無さそうなのです」
「つまり、安全に物資を運ぶ手段が何かあると?」
「はいなのです。これまでの街道の様子からも領主のいる感じがないのです。でも町は落ち着いています。どこかチグハグでおかしいのですっ」

 スーは直感で何かを感じているのだろうが、俺にはよくわからない。まだまだこちらの物流や経済を理解していないからだろう。だとしたら従うのが正解か。

「さっさとやり過ごして次の町を目指すべきか?」
「それが一番と思うのです。でも鑑定だけはしておきたいのです」
「鑑定ってあのナイフの?」
「この形からすると投擲にも使えると思うので、命中補正でも入っていればとても助かるのです」

 スーのナイフ投げには既に助けられている。武器が良くなるのは大歓迎なので、鑑定できそうな場所を探すことにした。
 冒険者ギルドがあれば兼ねていることもよくあるが、この町は違う。
 大きな通りをしばらく歩き、それらしき家をスーが見つけて入った。
 俺が外で待っていたのは、鑑定と聞いて少し警戒をしたからだ。この体はスキルでも何でもないと思うのだけど、秘密が知られることは避けたい。

 窓から建物の中をのぞくと、ナイフを前にしたスーが身振り手振りで男と何か話をしている。
 たまに他のお客が入ったりしたが、スーが店内に陣取っているので直ぐに出て行った。
 まだまだ時間が掛かりそうなので、建物の壁にもたれて座った。居眠りまではしていなかったと思うが、ふと気づけばどこからともなく現れた男達にすっかり囲まれている。町中なのと、待ちくたびれて気が抜けていたらしい。
 山賊のような荒んだ雰囲気ではない。一応の規律正しさは感じられるが、衛兵のように揃った装備ではない。
 男達は俺に立つように促し、鑑定屋の中から同じ様に囲まれたスーが出て来た。

 スーくらいの腕を持っていてどうして言いたかったが、相手の方が単に上手だっただけのことだろう。
 若い女の子がニ人揃って男達に囲まれる様子を、町の人間は見て見ぬ振りをしている。見慣れているか見てはいけない光景なのか、どちらかはわからない。。
 やはり盗品に足がついたと考えるべきか。
 だとしたら、消されていた家紋が予想通り何か問題だったということになる。取りあえずは返り討ちにした盗賊達は放置をして来たし、指輪も置いて来た。盗んだのではなく拾ったと言えば通用するかもしれない。

 こちらの世界だけでなく、俺の育ったあちら世界でも、物の所有権はその時点で手にしている者にあるとされている。だが例外もある。あちらでは、物の所有者が明示される制度がある土地や建物などは、名前の明示された者の所有である。こちらでは、家紋や名前が刻印されたものは誰が持っていようと、原則その名の彫られた者の所有とされる。だからこそナイフや指輪に削られた痕があった。

 俺達は武装した男達に囲まれたまま、町の中心の大きな屋敷が立ち並ぶ一角へ連れて来られた。
 ひどい扱いではないが、ほとんどしゃべらない集団なので逆に不気味さを感じる。
 目的の場所まで来ると、男達の大半は外門のところから中には入らなかった。俺達は前後左右を四人だけに囲まれて、大きな庭を横切って建物の一室へ通された。
 先頭に立つ男が敬礼をしてから状況報告をした相手は、部屋の左奥にある大きな木の机の上にたくさんの書類を拡げたまま仕事の手を休めて熱心に聞いていた。

「つまり私が必死になって探していたナイフを、この少女達が取り返してくれたのだな」
「そのようです」

 座っていた男が立ち上がって急ぎ足で俺達の前へ来ると、いきなり俺の手を取って深々と頭を下げた。
 取り返したのスーなので何とも言えない気分だが、相手の真意がまだ読めないのでそのままにしておいた。

「ありがとう、本当にありがとう……これは半年前に嫁へ行った娘に持たせていたものなのだ。詳しい話を聞かせてくれないか」
「そう言っても、野営をしていた山の中で偶然拾ったものだから」
「そ、その近くに似たような指輪はなかったか⁉」
「――いいや、これだけだった」
「そうか……」

 目の前の男の衣服は、白を基調としているが袖や襟元には金糸がかなり施されていた。
 貴族や領主というよりは、裕福な商人のように感じられる。
 中肉中背で目元は鋭いものの、今は苦渋の色を隠そうとしていない。
 明らかに肩を落とした様子の男に、俺はあえて真実を告げなかった。
 娘が持っていた物が帰って来ても、娘自身を取り返すことはほぼ不可能だろう。もっと言えば生きていないかもしれない、あの下衆山賊の言葉どおりだとすれば。
 更に指輪が戻って来ないほうが、まだ少しは希望が持てるかもしれないとさえ思った。
 男は顔を上げて一度小さく頷き、俺とスーを見比べる。

「私の名前はシギネフ。あなたたちのお名前は何と言うのか?」
「俺がプリ、こっちはスー」
「手の感じから相当鍛えておられるようだが、剣士なのか?」
「一応プリーストになる。それより用が済んだのなら解放してもらえないか? ずっと旅をして疲れている」

 俺達は結構ボロボロの格好なので説得力はある。
 シギネフは気まずそうな笑顔で俺から離れ、表情を改めてようやく本題を切り出した。

「そのナイフを売ってくれないか?」

 だろうとは思っていたが持ち主は俺ではない。スーに顔を向けると黙って頷いていた。
 手に入れた時の喜びようから手放すのは惜しいだろう。しかし形見のナイフと知っていて、スーの性格で嫌とは言えない。
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