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37 ハンモック

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 マットに教えられた森の境を間違ったと思われるが、来た道を戻るのはやめておいた。山賊が俺達を連れて行こうとした方向だったからだ。
 少し迷ってしまっているが、太陽の方向はわかるし大丈夫だろう。
 森の途切れるところに村があるともマットから聞いていたが、人の住んでいそうな気配は全く見当たらない。
 最悪の場合、山賊達に滅ぼされたのではと考えないでもないが、いらぬ心配はせずに先を急ぐことにした。

 夜になる前に森を抜けることはできず、結局野営をせざるを得なかった。苦い経験を生かした俺達が軽く食事を済ませると、スーの勧めで太く大きな木に登って一夜を過ごすことにした。
 例の靴刃を使ってスカウトらしく身軽に三メートルくらい登ったスーが、昔の俺の胴回りくらいありそうな枝に腰をかけて手招きする、木登りなどしたことはなかったが必死になって幹を這い上がり、なんとかたどり着いた。
 人間いざとなれば意外に何でもできるものだ、などと甘い考えは抱かない。単にプリがしっかりと体を鍛えていただけのこと。
 考えてみれば好き好んでくそ重い鉄の盾の俺を背負い、更に重い銀のメイスを持って旅をしていたのだから、かなりの筋力が備わっていておかしくない。山賊の反った剣を振り回した時の威力も鍛えられていた賜物だろう。

 俺とスーは、木の幹に縄で体をくくりつけてもたれ、太い枝に足を伸ばす姿勢でくつろいでいた。しかし戦いの疲れから完全に寝入ってしまった俺が、知らない間に枝から足を外して危うく落ちかけた。
 スーなら受け身を取れるだろう。俺の場合、背中から落ちたら大丈夫だけど、それ以外は大ケガになる。
 このままでは全然疲れがとれそうにない。かと言って地上でも安眠はできそうにない。話に聞いたエルフ族のような木の上の小屋なんて作れるわけもないので、どうしたものかと考えながら荷物を見ていたら閃いた。

 俺が足を乗せている技とスーが足を挟んでいる枝の角度は大体百二十度ほど。そこへ手前から師匠のくれた黒マントを拡げて置けるくらいまで、山賊から奪った縄を四十センチ間隔くらいでスーに張ってもらう。俺ができないのは情けないが適材適所ということにしておこう。
 張り終えた一番枝先の縄にマントの首元の紐をしっかりとくくりつけ、手前は裾を縄に絞り込む。即席ハンモックの完成だ。

 都合のいいことに色が真っ黒なので、夜なら見上げても全然わからない。逆に昼間だと一発で不審物になってしまうだろう。
 これを使う一番の難点は、寝るときに被る毛布的な物がなくなって寒いことだろう。
 師匠の住んでいたところはそれなりに標高があったと思われる。裾野とも言える森の中では吹き降ろす風が時々強く感じられる。
 木の上でスーが俺に体寄せて来た。まあ、これからはお互いの体で暖を取ってしのごう。女の子同士だし問題はどこにもない――はずだ。

 これは考えていたよりも遥かに快適だった。
 一、二度、リスのようなものが迷い込んで頭の上を駆け抜けたのにはビックリさせられたが、それ以外は明け方まで爆睡だった。ゴリラのような木の上を自由に動けるモンスターがいればヤバかったかもしれなかったが、体の疲れには勝てなかった。
 俺が明け方のひんやりとした空気に肌寒さを感じ、少し震えながら目を覚ます。腕の中のスーが俺を見ていた。スーのほうが小柄なので抱き枕のようにして寝ていたらしい。

「お、おはよう」
「おはようなのです」

 前世の俺には、こんなドキドキシチュエーションはまったくなかった。昨日は激しく疲れていたので考える余裕もなく寝落ちしたが、今さらながらかなり興奮を覚えている。女の子の体はこんなにやわらかかったのか。

「ね、寝られたか?」
「はいなのです。プリちゃん、あついですか? 顔、真っ赤です」
「そ、そうでもないけど、そろそろ起きるか」
「はいです」

 寝ている間は大丈夫で、目が覚めたら急に意識をしてしまった。
 照れ臭さを隠すように起き上がろうとしたが、よく考えればハンモックもどきのマントは不安定極まりない。
 俺の手で押さえたところがくぼみになってスーが倒れ込んでしまった。

「うおっ」
「キャっ」
「ご、ごめん」
「だ、大丈夫なのです。重くなかったですか?」
「ぜ、全然」

 まあ、何というか、男だったら夢のような状況が再びだ。スーが思いっきり俺に抱き着いている。
 嬉しいと言えば嬉しいが、毎回これでは困りもの。起きる時には注意が必要だ。へたをしたらケガをしてしまうかもしれないのだから。
 こんな感じでどたばたしながら寝床に使ったマントや縄を片づけて地上へ下りる。簡単に朝食を終わらせ、早々に歩き出した。森は昨日の夜の方法でやり過ごせそうなのはわかったが、早く抜けられるに越したことはない。
 休養も十分だったことが効いて、その日はかなりの距離を稼ぐことができた。夕方には森の外れを過ぎて何とか小さな村を見つけたのだが、なんともおかしなことが続くものだと思わざるをえなかった。

 俺達が村の入口へ姿を現すなり熱烈歓迎を受けた。なんでも村には若い娘がおらず嫁の成り手もいないのに、独身男はあり余っている。おかげで山賊の襲撃も受けることがなく、いたって平和とのことらしい。
 そのような平和な村に、熾烈な嫁争奪戦を巻き起こすのは申しわけないのでさっさと退散したいが、すっかり取り囲まれてしまい、今さら無理っぽい。
 野宿で野盗とモンスターの襲撃か、しっかりとした建物の下で嫁が欲しくてたまらない野獣と化した村人どもの夜這いか、どっちが安全だろう。
 野盗のほうは必ず来るとは限らないが、来たら生命の保証はない。村人はほぼ確実に夜這いをしそうだが、命の危険はまだ少ないと思う――多分。だけど絶対に野郎の相手など嫌だ。
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