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21 ヒヨコじゃない(挿絵あり)

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「プリちゃんばかりズルいのですぅ」

 モフモフ越しなので少しこもったスーの声が聞こえた。
 俺が望んでやっているわけではないので、恨みがましいのは勘弁して欲しい。このモフモフが何時まで経っても離れようとしないのも困りものだ。
 俺が抵抗しないのをいいことに、エスカレートをして嘴でそこら中を甘噛み始めている。
 俺が飼っていた犬のほうが遥かに痛かったので、そう不快でもないが状況の整理は必要だろう。

「ちょっと、離れてくれるか?」
「クエぇー」

 そんな悲しげな声を出すなよ。俺が悪者みたいな気分になるだろう。
 しかし心を鬼した俺は、どうにかモフモフ海からの生還を果たした。
 とりあえずスーの拗ねたような顔もマットの何か言いたそうな目も、見えるようにはなった。
 でかいヒヨコは、ピッタリとマークするように俺の背後から離れようとはしない。
 試しに歩いてみたら当然のごとくついて来た。少し走ったら嬉しそうにクエクエと鳴き声をさせて、まだ羽根の生えそろわない翼をバタバタさせて追いかけてくる。

 この状態は知っている。生まれたての動物が最初に見たものを親だと思い込む『摺り込み』だ。
 マットヘ確認すると知っていた。スーは知らなかったらしく、『ティムのスキルを何時の間に習得したのですか』と目を丸くして言い続けている。

 ティムのことは知らないので尋ねると、いわゆるモンスターを飼い馴らすスキルらしい。
 盾だった俺が使える訳がないのだが、スーはまったく納得してくれなかった。スーの中のプリは一体何者なのだろうか。一度じっくり聞いてみる必要があるのかもしれない。
 だけど否が応でも決めなければならないことができてしまった。

「しばらく遠出は止めにしないか?」
「それはこの子ですか?」
「どう見てもついてくる。放っておいて魔物に襲われでもしたら後味が悪いだろう」
「ですね、この子かわいいのです」
「かと言って俺は、この辺りに限らず全然地理がわからないしどうしたものか」
「スーは一応わかるですが、この子に向いた場所となると」
「だったら俺の師匠のところへ来るか?」

 俺とスーがでかいヒヨコを見ながら首を捻っていると、ただ一人様子見だった男が口を開いた。

「マットの師匠って?」
「さらに南へ下ってしまうから東方小王国や帝国からは離れるが、距離的にはまだ近い。何よりお前達やこの鳥をしばらく食わせるくらいはできる」
「本当にいいのか? わけのわからないヒヨコだぞ?」
「……その正体不明のもののために、行き先を変えようとしてるのは誰だ?」

 呆れたようなマットの視線に俺とスーは顔を見合わせる。言われてみれば連れて歩くこと自体も、わけのわからない行動に違いない。マットの中では俺達もヒヨコも、おかしなものとして同類扱いになっている。
 それでも見捨てない男もたいがいおかしい。やはりマットの考えていることはわからない。

「そっちもだろう?」
「――俺のは成り行きだ。師匠のところへは最終報告のためにいずれ行くつもりだ。少し早まっただけだ」
「本当にいいんだよな?」
「少し気難しい人だが、お前達なら大丈夫だろう」
「だったらよろしく頼む」
「クエっ」
「こいつもよろこでいるみたいだ」
「それは頼もしい。師匠の家の周りは結構ハードだぞ」

 話は決まったとばかりに俺達は荷物をまとめて立ち上がり、先程来たばかりの道を引き返している最中のことだった。
 背後から三十人ほどの男達が、土煙を上げて追いかけて来たのだ。

「そこの三人待て‼」
「ヒナ鳥をどこへ連れて行くのだ⁉」
「クエッ?」


 首を傾げて俺に尋ねるな。間違いなくお前のことだよ。
 山賊と言うよりは、農民がにわかに武装をした感じだったが、剣やら鍬を振り回しながらの物々しさに、はいそうですかと待つ気にもならない。
 もちろんさっさと逃げ出そうとしたのだが先回りもされていて、そのまま囲まれてしまった。

「それは、わが村の守護獣になられるフレアバード様だ!」
「一体どういうつもりだ⁉ さっさと返してもらおうか‼」
「こいつが勝手について来ただけだし‼ マットも何か言ってくれよ‼」

 一方的に責められるのが気に入らなかった俺は頼りになるはずの味方を見る、眉間にしわを寄せて低い声で教えてくれた。

「フレアバードは、火の精霊の化身たるフェニックスの亜種に当たる魔物だ。俺の知っているのはもっと大きくて凛々しいから、まさかとは思っていたのだが……」
「このヒヨコがか?」
「クエっ」
「何でこんなところにいるんだ?」
「フェニックスは浄化の炎で全てを燃やし尽くし、一からの再生を司る聖なる鳥と呼ばれる。フレアバードも亜聖鳥と呼ばれて、信仰対象にして保護する地域もあると聞いている。棲みやすくて居ついているのだろう」
「さすが先生、物知りだな」
「そんなこと褒められたところで状況は何も変わらないぞ」

 まったくもってそのとおり。
 スーは知っていたか、と聞くまでもない。隣で何も考えてなさそうに、ニコニコとしている。
 元凶のフレアバードもスー同様に、ニコニコしていると思う――多分。

「我々が神降ろしの儀式をする前に、バード様のお目に掛かるとは無礼者が‼」
「んなこと知らねーよ。祠で少し休んでたら、こいつと目が合っちまったんだから。大切なものなら、あんな人気のないところに置いておくなってんだ」
「人気がない? バカな、我々は昼も夜も抜かりなく見張りを置いていたぞ!」
「だって実際いなかったし、なあ?」
「クエ」

 スーとマットへ確認ををすると、真っ先にフレアバードが答えた。
 俺を責めていた男は一瞬喉を詰めてから仲間を見回し、急に口調が変わった。

「あ、あなた達がフレアバード様にお会いしたのは何時ですか?」
「祠へ入ったのは昼前のはずだけど」
「……スーダン! 朝はお前が番の時だぞ‼」
「い、いや、俺はずっと立っていましたから!」
「お前、最近、女ができたとかで頻繁に村から出て掛けていたよな⁉」
「そうだ、昨日何か手紙をもらってなかったか⁉」
「ち、違うっ!」
「ちょっと町で働いて文字が読めるようになったからって、いい気になってるんじゃないか⁉」

 追いかけて来た男達の中でも、年若く負けん気が強そうな青年が一斉に責められている。
 全然知り合いでもないけど、間違いなくキーパーソンだろうし、俺も声を掛けてみた。

「そんなにうろたえるなよ、スーダン。落ち着いて想い出そうぜ」
「そ、そうだ、我慢できなくなって用を足しには森へ入った! きっとその時です!」
「俺達は街道向こうから来たし、祠でもそこそこ時間を費やしたぞ? 大か小か知らないけど、仮に大としてそんなに尻を出してたら風邪をひくぞ?」

 場当たり的な言い訳は良くない。もっともな俺の言葉に男達から嘲笑が起きた。
 スーダン自身がやっかみの対象っぽいのは差し引いても、どちらが正しいかわかっているらしい。
 だからと言って包囲を解いてはくれず、村長の前で申し開きをしろと強引に連れて行かれることになった。
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