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11 それは食べ物ではない

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「こっちの五個は今日来たばかりのやつ、残りは売れ残って焼却されそうになっていたやつだ」
「まだ食べられそうなのに勿体なくないか?」
「傷むのが早いから直ぐに処分することが卸しの条件で売られている。少し前までは飛ぶように売れるので滅多に廃棄は出なかったが、さすがに食べる人間がこれだけ減ると、そうも言っていられないみたいだな」

 マットは話しながら側にあった椅子へ腰かけて、新しい方をすべてをナイフで切って見せた。相変わらずきれいなピンク色をしている。
 焼却される寸前の物もすべて切ったが全然腐ってもいないし、食べることも可能ではないかと思える完熟の美味しそうな香りが漂ったが、決定的な違いに俺は気づいた。
 まじまじと見なければわからなかっただろうが、古いイチヨの中の二個に、動くはずのない小さな黒い種がわずかに動いていたのだ。

「――小さな虫か?」
「そうだ」
「つまり腹でこれが孵化して、体調を崩していたってのか?」
「そう考えるのが妥当だろうな。どうしても高熱や腹痛に目が行って熱冷ましやら腹下しを処方しているようだが、今のところそれで治ったとは聞いていない」
 マットは、持って来た袋へ切ったものすべてを入れて堅く口紐を結ぶと、真っ直ぐに俺を見た。

「原因がわかっていないから、やみくもな対処で間違っている。しかし本当の問題はそこではないかもしれない」
「意味がわからないのだけど」
 本当にマットの言いたいことがわからなかった俺と、寝たきりのスーを交互に見遣りながら、組んだ手を口の前にしたマットは妙に低い声を出した。

「――そうか。では聞き流してくれてかまわないが、もし今この時期に、敵対している隣国のダグレス帝国や山賊が攻めてきたらどうなると思う?」
「まさか――」
「仮の話だ」
「物騒なことを口にするよな」
「気にするな。ふと思っただけだ」
 険しくしていた表情を緩めたマットは、スーを一度だけ見てから袋を少し持ち上げて肩をすくめた。

「今持って来たイチヨは、フォレスト伯爵家ご令嬢ミレーネ様の十五才のお誕生日を祝って、数日前から領内で一斉に配られていたものの一部だ」
「ご令嬢の?」
「やはりわかっていないのだな。お前達の連れて来たミレーがそのご令嬢だ。スーは早々に気づいていたようだぞ」
「まさか?」
「フォートレスへ向かう途中の俺とお前が喋っている時に、ミレーネが聞いたらしい。探すのを手伝ってもらった指輪の紋章に気づいていたかと、な」
「それでスーは知っていたと?」
「スカウトとしての腕や知識は優れているようだな」

 俺が知っているわけがないと開き直るのは簡単だが、そもそもミレーネを年上と思っていたことが大間違いだ。十五才ならプリともスーとも同年齢のはず。伯爵令嬢と言う立場がそうさせているのかわからないが、ミレーネは大人びて見えるらしい。
 俺の目が節穴なのはともかく、スーのスカウトの目が伊達ではないということを、改めて知らされた気分だ。

「そうだとしたら、腹痛を起こしてるのはかなり想定外じゃないのか? 危険察知もスカウトの能力だろう?」
「ああ。だからお前から聞いた時には驚いた。どちらかと言えば、倒れたのはお前の方だと俺は思っていたからな」
 マットが悪びれることもなく言い放つが特に異論はない。
 単に夕飯が多くて俺は食わなかっただけだ。あの料理の種類も量も祝い事用だったのかもしれない。
 だとしたら少し疑問も出て来る。

「慶事なのに最悪としか言いようがないけど、古い物をわざわざ配るか?」
「慶事だからこそ無理に量を求めた結果だろう」
「逆に仇になったのか」
「それだけではない。伯爵や令嬢に悪気はないことはわかっていても、原因が知れたら少なからず悪感情が伴うだろうな」

 俺の前世でもよくあったが、上に立つ者は、必要以上に体面やら気前の良さを印象づけるために、無計画なことを平気でやらせることがある。もしこのイベントの担当者だったら、火消しを必死にやらされて愚痴だらけだったろう。
 俺が完全な部外者だとすれば、ざまあみろくらいにしか思わない。だけど腹立たしいことに、スーが被害者なので部外者とは言い切れない。
 マットが教えてくれた裏事情は、俺にはまったく入手することができなかった、かなり貴重な情報だろう。そしてスーの治療へも直接関係のない話のほうが多かった。
 どうしてわざわざ聞かせるのかなど考えるまでもない。俺もスーもマットも今は冒険者だ。

「スーを治してくれるということは、当然取引だよな。どうやってスーを治してくれるんだ?」
「そうだな。依頼のために芝居を打った人間が言うのもなんだが、そっちのスカウトは少しお人よしすぎるかもな」

 探し物はクエスト依頼でもあるくらいだから、報酬が伴ってもおかしくない。見知らぬ他人であったミレーネの探し物を進んで買って出たのはスーで、謝礼も最初から期待していない性格なのだから、間違いなくお人よしだろう。
 俺自身は性格が悪いとは思わないが、そこまで赤の他人に奉仕してやる必要性は感じない。これが普通の感覚なのはこちらの世界でも同じのようだ。
 これまでの話の流れから、俺は少しだけ体に力を入れてマットを睨むと、マットは俺とスーを交互に見比べて静かに切り出した。
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