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学校祭本番
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毎度のことながら、自分の目論見が非常に甘かったことを俺は思い知らされていた。
文芸部の先輩たちが、神崎先輩のダメ出しをもらって修正した原稿の推敲作業を怒涛のように終えたのが昨日の夜八時過ぎ。
学校祭実行委員会から展示室に指定された3―Bの教室へ作品を運び込み、読めるように並べ終えた頃には十時も過ぎていた。
完全に中学の時のような閑散とした文芸部のイメージのまま臨んでいたから、どうせ本番の明日は暇だろうとタカをくくっていた。
何より疲れ切った先輩たちを前にして、俺だけ作品を展示していない後ろめたさもあって、最初の教室当番を買って出たのだが――。
そうだよな、神崎先輩って地元密着のご当地小説家で知れ渡っているのに、何で考えつかなかったんだ!
開場前から3―Bの前はえらいことになっていて、開場後はもっと激しかった。
「『三室戸美崎』さんの作品はどれですかっ!?」
「どうして作者の名前を載せていないのよ!?」
「見つけた!! きっとこの小説よ!!」
「ちょっと! 私にも貸しなさいよ!!」
「そこの文芸部の人! どれが三室戸先生のものなの!?」
「窓際の三冊目の最初に載せてある随筆ですが……」
「嘘つきなさいよ!!」
「もうっ、どれなの!?」
……なるほど、先輩の読みどおりだ。
さすがと言うか、俺なんか及びもつかないけど、本当にこれでいいのかと心配になって後で確認をしたら、先輩はまったく気にしなかった。
「サッカー選手が野球まで上手くないとダメなの?」
「それは種目が違うので、例えとしてはどうかと」
「だったら野球でピッチャーがキャッチャーをできないとダメなの?」
「そんなことはないと思いますが」
「でしょう? 下手な随筆でも私の作品に違いないのだから問題ないわ」
以上で終了だ。とても男らしい、先輩は女の子だけど。
そして当番の済んだ俺は、女らしい男の子が3―Bに顔を出したので、そのまま屋上階段へ連れ出して例の件を頼むことにした。
「あのさ、絵のモデルになってくれないか?」
「嫌よ!」
「早っ」
「だって菜緒ちゃんの言っていたエッチな絵でしょう!!」
「違うわっ!」
一体、俺の評価は瑞樹の中でどうなっているんだ?
「だったら何よ」
「あー、本の表紙みたいな?」
「ハッキリ言いなさいよ」
「神崎先輩の小説の表紙だよ」
「神崎さんって、ひょっとしてチョコくれてる?」
「チョコ? ああ、バレンタインな。お前、そんなことよくわかったな」
「やっぱり……だから引き受けたんだ」
わけがわからないが、瑞樹が急にふくれっ面になって横を向いてしまった。
「あのさ、チョコをもらおうがもらうまいが関係ないぞ。俺は先輩を尊敬しているし、小説にとても励まされて助けてもらった。だからできるかわからないけど恩返しくらいしたいんだ」
「それだけ?」
「そ、そうだ」
「ふーん」
「何だよ、その疑わしそうな目は」
神崎先輩は美人だから少しは良く思われたいとかあるけど、健全な男子としてはごく普通のことだ。こいつも男ならそのくらい言わなくても気づけよな。
「別にいいけどー」
「ほ、本当か!?」
「やっぱやーめた」
「はあ?」
「だって神崎さんのことで、雅久がそんなにも喜んでいるのが何だか釈然としないしー」
「そこを何とか、頼むよ」
「うーん、どうしようかなー」
何だ、この思わせぶりな態度は。
似せるだけなら目の前になくても、適当に思い出して何とかなる。現に実践ずみのものは、ネットでそこそこの評価をもらっている。
モデルであって複写じゃないから、そっくりそのままの必要性はよく考えればない。
学校祭の準備でしばらくドタバタとしていて疲れが溜まっていた俺は、自分がだんだんイライラしてきたのがわかった。
「無理言って悪かったな」
「えっ?」
そこヘポケットから『ぴろーん』と音がしたので、驚いた顔の瑞樹を無視してスマホを確認しながら話を続けた。
「先輩には事情を話して何とかするから気にするな。それよりお前もクラスに戻る時間だろう?」
「うそっ、もうそんな時間なの!?」
「ん」
瑞樹の目の前に差し出したスマホの画面には、スケジュールアプリが立ち上がって今日の予定が表示されている。
俺が忘れずに3―B教室から体育館へ移動するために、一時間前、三十分前、十五分前にアラームを鳴らすよう設定していた。ちょうど最初の一時間前アラームが鳴ったところだ。
「わっ、ホントだ。行かなくちゃ! この話はまた今度ね! ゴメンっ」
「演奏聴きに行くから頑張れよ」
慌てた瑞樹が階段を一段飛ばしに駆け下りて行くのを俺は見送る。まだ時間があるので気分を落ち着かせるために屋上へ出た。
俺はあいつが断わらないと考えていたのに、神崎先輩のことを聞いて急に機嫌が悪くなったことを思い出す。
ここでも先輩には敵わなかった。
ぜひとも理由を教えてもらいに行こうと思うのだが、それは半分ほどミッション失敗の報告にもなるのであまり気が乗らない。
どうしたものかと考えていると、スマホがまた『ぴろーん』と鳴った。
そこまで物思いに耽ってはいないはずだが、時間がもうそんなに経ったのか?
スマホを取り出すと瑞樹からメッセージが入っていた。
『モデルやってもいいけどヌードはナシよ。テヘペロ』
アホか。
BLでもない小説の表紙を男の裸なんかにしたら、俺が先輩から殺されるわ。
でも普通に描いていいってことだよな。
瑞樹にどんな心境の変化があったのかは知らないが、俺もさっきまでのイライラはどこかへ吹き飛んで心が晴れ晴れとした気がした。
気持ちよく背伸びをしていたら、恐ろしいほどの脱力感が突如襲いかかった。
んんー、あれ?
あいつをそんなに描きたかったのか?
まさか……な。
少しだけめまいと寒気を覚える。
ふらつく足取りに注意しながら階段を下りて東校舎の隣にある体育館を目指した。
出入口の扉で演奏を終えたクラスの生徒を押し退けて、ようやく入った体育館に設置されたパイプ椅子に空きはほとんどなかった。
どうにか一つに座って眺めたステージの上には、瑞樹と楽譜めくりの女子生徒が真っ黒なグランドピアノの前に姿勢正しく座っている。
危なかった、本当に時間ギリギリだった。
肩口にレースをあしらった長めのシンプルな白いドレスの足元が素早く揺れる。始まった曲の出だしで俺は気づいた。
これって『月光』じゃないか……。
だけど昔聴いたやつより遥かに曲が複雑で、音がとめどなく繋がっているような気がする。
真夜中の濃紺と黒の狭間にある天空へ浮かんだ青白い月が、黒いピアノの前の瑞樹と重なって冴え冴えと浮かぶ姿を思わせる。
黒鍵と白鍵に彩られた道が、最初はゆるやかに、次第に力強く伸びて月を運ぶ。
静かだけど決して単調ではない、情熱的だが整然としている。俺はすっかり曲想に没頭してしまい、会場の鳴り止まぬ拍手で我に返った。
観客に応えるように、満面の笑みでお辞儀をした瑞樹の肩から金色の髪が流れ落ちてライトをきれいに反射する。今日は頭に一つだけ小さなティアラを載せて、まとめずにストレートで流していたようだ。
やっぱ瑞樹はスゲーよ。
……俺にも少し前にこんなシチュエーションがあったな。
ふと絵の展覧会の表彰式を想い出した俺は、振り切るように慌てて力いっぱい拍手をした。周囲から聞こえる『ブラボー』のコールの真似をすると、遠目に瑞樹が笑ったような気がして少し気恥ずかしくなった。
すべての演奏が終了しても、まだざわついている体育館を後にしたところで、学校祭の無事終了と後夜祭の準備が校内放送で流れ始める。俺は急いで文芸部の展示の後片づけに向かった。
3―B教室で文芸部の先輩たちと机を並べ直したり、黒板の落書きを消しながら窓の外に落ちる夕日に照らされたグラウンドをふと眺める。卒業式の後にも通じるもの悲しさは、何とも言えない虚無感を感じさせた。
たいして参加をしていない俺でもこんな風なのだから、おもいきり盛り上がった連中は相当だろうと思う……というか、やっぱりそうだった。
文芸部の先輩たちが、神崎先輩のダメ出しをもらって修正した原稿の推敲作業を怒涛のように終えたのが昨日の夜八時過ぎ。
学校祭実行委員会から展示室に指定された3―Bの教室へ作品を運び込み、読めるように並べ終えた頃には十時も過ぎていた。
完全に中学の時のような閑散とした文芸部のイメージのまま臨んでいたから、どうせ本番の明日は暇だろうとタカをくくっていた。
何より疲れ切った先輩たちを前にして、俺だけ作品を展示していない後ろめたさもあって、最初の教室当番を買って出たのだが――。
そうだよな、神崎先輩って地元密着のご当地小説家で知れ渡っているのに、何で考えつかなかったんだ!
開場前から3―Bの前はえらいことになっていて、開場後はもっと激しかった。
「『三室戸美崎』さんの作品はどれですかっ!?」
「どうして作者の名前を載せていないのよ!?」
「見つけた!! きっとこの小説よ!!」
「ちょっと! 私にも貸しなさいよ!!」
「そこの文芸部の人! どれが三室戸先生のものなの!?」
「窓際の三冊目の最初に載せてある随筆ですが……」
「嘘つきなさいよ!!」
「もうっ、どれなの!?」
……なるほど、先輩の読みどおりだ。
さすがと言うか、俺なんか及びもつかないけど、本当にこれでいいのかと心配になって後で確認をしたら、先輩はまったく気にしなかった。
「サッカー選手が野球まで上手くないとダメなの?」
「それは種目が違うので、例えとしてはどうかと」
「だったら野球でピッチャーがキャッチャーをできないとダメなの?」
「そんなことはないと思いますが」
「でしょう? 下手な随筆でも私の作品に違いないのだから問題ないわ」
以上で終了だ。とても男らしい、先輩は女の子だけど。
そして当番の済んだ俺は、女らしい男の子が3―Bに顔を出したので、そのまま屋上階段へ連れ出して例の件を頼むことにした。
「あのさ、絵のモデルになってくれないか?」
「嫌よ!」
「早っ」
「だって菜緒ちゃんの言っていたエッチな絵でしょう!!」
「違うわっ!」
一体、俺の評価は瑞樹の中でどうなっているんだ?
「だったら何よ」
「あー、本の表紙みたいな?」
「ハッキリ言いなさいよ」
「神崎先輩の小説の表紙だよ」
「神崎さんって、ひょっとしてチョコくれてる?」
「チョコ? ああ、バレンタインな。お前、そんなことよくわかったな」
「やっぱり……だから引き受けたんだ」
わけがわからないが、瑞樹が急にふくれっ面になって横を向いてしまった。
「あのさ、チョコをもらおうがもらうまいが関係ないぞ。俺は先輩を尊敬しているし、小説にとても励まされて助けてもらった。だからできるかわからないけど恩返しくらいしたいんだ」
「それだけ?」
「そ、そうだ」
「ふーん」
「何だよ、その疑わしそうな目は」
神崎先輩は美人だから少しは良く思われたいとかあるけど、健全な男子としてはごく普通のことだ。こいつも男ならそのくらい言わなくても気づけよな。
「別にいいけどー」
「ほ、本当か!?」
「やっぱやーめた」
「はあ?」
「だって神崎さんのことで、雅久がそんなにも喜んでいるのが何だか釈然としないしー」
「そこを何とか、頼むよ」
「うーん、どうしようかなー」
何だ、この思わせぶりな態度は。
似せるだけなら目の前になくても、適当に思い出して何とかなる。現に実践ずみのものは、ネットでそこそこの評価をもらっている。
モデルであって複写じゃないから、そっくりそのままの必要性はよく考えればない。
学校祭の準備でしばらくドタバタとしていて疲れが溜まっていた俺は、自分がだんだんイライラしてきたのがわかった。
「無理言って悪かったな」
「えっ?」
そこヘポケットから『ぴろーん』と音がしたので、驚いた顔の瑞樹を無視してスマホを確認しながら話を続けた。
「先輩には事情を話して何とかするから気にするな。それよりお前もクラスに戻る時間だろう?」
「うそっ、もうそんな時間なの!?」
「ん」
瑞樹の目の前に差し出したスマホの画面には、スケジュールアプリが立ち上がって今日の予定が表示されている。
俺が忘れずに3―B教室から体育館へ移動するために、一時間前、三十分前、十五分前にアラームを鳴らすよう設定していた。ちょうど最初の一時間前アラームが鳴ったところだ。
「わっ、ホントだ。行かなくちゃ! この話はまた今度ね! ゴメンっ」
「演奏聴きに行くから頑張れよ」
慌てた瑞樹が階段を一段飛ばしに駆け下りて行くのを俺は見送る。まだ時間があるので気分を落ち着かせるために屋上へ出た。
俺はあいつが断わらないと考えていたのに、神崎先輩のことを聞いて急に機嫌が悪くなったことを思い出す。
ここでも先輩には敵わなかった。
ぜひとも理由を教えてもらいに行こうと思うのだが、それは半分ほどミッション失敗の報告にもなるのであまり気が乗らない。
どうしたものかと考えていると、スマホがまた『ぴろーん』と鳴った。
そこまで物思いに耽ってはいないはずだが、時間がもうそんなに経ったのか?
スマホを取り出すと瑞樹からメッセージが入っていた。
『モデルやってもいいけどヌードはナシよ。テヘペロ』
アホか。
BLでもない小説の表紙を男の裸なんかにしたら、俺が先輩から殺されるわ。
でも普通に描いていいってことだよな。
瑞樹にどんな心境の変化があったのかは知らないが、俺もさっきまでのイライラはどこかへ吹き飛んで心が晴れ晴れとした気がした。
気持ちよく背伸びをしていたら、恐ろしいほどの脱力感が突如襲いかかった。
んんー、あれ?
あいつをそんなに描きたかったのか?
まさか……な。
少しだけめまいと寒気を覚える。
ふらつく足取りに注意しながら階段を下りて東校舎の隣にある体育館を目指した。
出入口の扉で演奏を終えたクラスの生徒を押し退けて、ようやく入った体育館に設置されたパイプ椅子に空きはほとんどなかった。
どうにか一つに座って眺めたステージの上には、瑞樹と楽譜めくりの女子生徒が真っ黒なグランドピアノの前に姿勢正しく座っている。
危なかった、本当に時間ギリギリだった。
肩口にレースをあしらった長めのシンプルな白いドレスの足元が素早く揺れる。始まった曲の出だしで俺は気づいた。
これって『月光』じゃないか……。
だけど昔聴いたやつより遥かに曲が複雑で、音がとめどなく繋がっているような気がする。
真夜中の濃紺と黒の狭間にある天空へ浮かんだ青白い月が、黒いピアノの前の瑞樹と重なって冴え冴えと浮かぶ姿を思わせる。
黒鍵と白鍵に彩られた道が、最初はゆるやかに、次第に力強く伸びて月を運ぶ。
静かだけど決して単調ではない、情熱的だが整然としている。俺はすっかり曲想に没頭してしまい、会場の鳴り止まぬ拍手で我に返った。
観客に応えるように、満面の笑みでお辞儀をした瑞樹の肩から金色の髪が流れ落ちてライトをきれいに反射する。今日は頭に一つだけ小さなティアラを載せて、まとめずにストレートで流していたようだ。
やっぱ瑞樹はスゲーよ。
……俺にも少し前にこんなシチュエーションがあったな。
ふと絵の展覧会の表彰式を想い出した俺は、振り切るように慌てて力いっぱい拍手をした。周囲から聞こえる『ブラボー』のコールの真似をすると、遠目に瑞樹が笑ったような気がして少し気恥ずかしくなった。
すべての演奏が終了しても、まだざわついている体育館を後にしたところで、学校祭の無事終了と後夜祭の準備が校内放送で流れ始める。俺は急いで文芸部の展示の後片づけに向かった。
3―B教室で文芸部の先輩たちと机を並べ直したり、黒板の落書きを消しながら窓の外に落ちる夕日に照らされたグラウンドをふと眺める。卒業式の後にも通じるもの悲しさは、何とも言えない虚無感を感じさせた。
たいして参加をしていない俺でもこんな風なのだから、おもいきり盛り上がった連中は相当だろうと思う……というか、やっぱりそうだった。
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