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芸は身を助く
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「い、一応確認だけど、お友達と遊ぶ延長程度のつもりなら迷惑になるしやめておけよ」
「違うわよ! 碧ちゃんとお母さんから頼まれたんだし!」
「頼まれた?」
「そうよ! 近くにチェーンの喫茶店ができたから、何かお店として特徴が出せればって。碧ちゃんも商業科の課題でマーケティングがあって、イベントの集客効果を研究できないか考えて、客層から書道カフェでもどうってなったのよ!」
先程とは違う意味で頬を真っ赤にして上目遣いに抗議をする千紗。やる気がみなぎっていた分の怒りをぶつけているのだろう。
もともと内気なので珍しささえ感じる光景に何とも言えないかわいさも感じてしまう。バレたらもっと怒られるから口にはできないが、バイトを反対する理由はなさそうだった。
「暇を持て余したじいちゃんばあちゃんの手慰み狙いか。で、腕前を買われて、手伝いに借り出されたと?」
「そ、そう」
「だったらいいんじゃないか」
「本当!?」
「ああ。碧ちゃんとこなら俺も安心だし、コーヒー飲みに行くよ」
「ありがとう! 連絡してくるね!」
千紗が嬉しそうに勢いよく立ち上がる。急に左側の支えを失った俺は、まだへこんでいるソファーのクッションへ顔から突っ込んだ。
そこはかとない温かさを頬に感じる。変態じみた感想は白い目で見られそうだから黙っておこう。
バイトをいつから始めるのか聴くのを忘れたけれど学校帰りでも休みの日でも大した問題はない。あの店なら遅くても夜の八時には閉まるし、場所柄も客層も普通だろう。
千紗の書道はすでに段越えをしていて俺にはよくわからないレベルに達している。以前に姉貴から無理矢理誘われて入賞した展覧会へ見に行った時も、全然読めない字を書いていた。空手の五段練士、六段教士みたいなのと同等と考えればそちらも大丈夫だろう。
気になることは他にも少しあった。どちらかと言えばありがたい部類になると予想したので千紗には教えなかった。
その後、とんとん拍子に話は進み、千紗がバイトを始めるのは十一月初めの週の土日で朝の九時から夕方くらいと決まった。
保護者としては具体的に何をするのか気になるので確認をすると、最初は作品だけを飾って、ウェイトレスをやりながらお客の反応を見る作戦らしい。
俺的には店の中でいきなりパフォーマンスの書道をおっぱじめても構わないと思う。内気な千紗には無理らしくあっさり却下された。
しかし集客は気になるのか改めて意見を求められた。
「お店に飾るって何がいいのかなぁ」
「場所柄からすると百人一首の有名どころの和歌か、シブい漢詩が妥当なところだろうな」
「それならいくつか書いたことがあるけど、そんなのでいいの?」
「書いたことがあるなら醸し出される哀愁とか寂寥とかが、じいちゃんばあちゃんへ響くのがわかるだろう?」
「先生に課題だって言われて書いただけだし」
「……なるほど」
演劇のように台本を理解しなければ上手く演じられないといったことはなく、字の上手い下手とその意味を理解していることは関係ないらしい。
俺は古典とか漢文が好きだったので高校時代によく読んだ。三国志とかは有名なゲームの題材だったのでそちらも必然的に読むようになった。女の子には興味が薄いところかもしれない。
本来この手の話題はマーケティング分野になる。役割としては碧が考えるべきだろうけど彼女も同様なのだろう。せっかくやる気を出している姪っ子のために一肌脱ぐべきかもしれない。
「じいちゃんばあちゃんは、人生の酸い甘いを経験してこの手のものが好きだから大丈夫。最初のとっかかりを考えるなら、会話のネタに困らないような有名どころは選ぶべきだろうけどな」
「ひろくんのお薦めは?」
いきなり困った質問を投げ掛けられた。答えないわけにはいかない。
個人的には孟浩然の『春曉』を挙げたい。でもくつろぐための喫茶店に小難しい漢字が並んでいるのはいまいちな気もする。
そこそこ親しんだもので柔らかい雰囲気のものが読みやすい。その後の話の展開も期待できるようにするべきだろう。
「小倉百人一首の崇徳上皇かな。『瀬を早み 岩にせかるる滝川の われても末に あはむとぞ思ふ』。いわゆる悲恋の歌だけど、お客さんとの話題にするつもりだったら歌意は自分で調べるんだな」
「わかった。他はある?」
「毛色を変えるなら『柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺』とかもいいと思うけど。大切なのは来ているお客さんが目に止めて、店員に話し掛けたくなるようなものであることだから」
「そうだよね、自分でも考えてみるよ」
それから色々と調べた千紗が選んだのは小野小町。『花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』となった。
なかなかシブい選択だと感心をしたら理由はもっと実質的なものだった。
『り』や『つ』など次の字につながりやすい『はらい』が多く、縦書きの筆運びがきれいに書きやすいらしい。
ちなみに俺のお薦めだった崇徳さんも試してみたものの小町さんに軍配があがったとのこと。
作者も女性なので歌意的に受け入れやすいのもあったかもしれない。
「違うわよ! 碧ちゃんとお母さんから頼まれたんだし!」
「頼まれた?」
「そうよ! 近くにチェーンの喫茶店ができたから、何かお店として特徴が出せればって。碧ちゃんも商業科の課題でマーケティングがあって、イベントの集客効果を研究できないか考えて、客層から書道カフェでもどうってなったのよ!」
先程とは違う意味で頬を真っ赤にして上目遣いに抗議をする千紗。やる気がみなぎっていた分の怒りをぶつけているのだろう。
もともと内気なので珍しささえ感じる光景に何とも言えないかわいさも感じてしまう。バレたらもっと怒られるから口にはできないが、バイトを反対する理由はなさそうだった。
「暇を持て余したじいちゃんばあちゃんの手慰み狙いか。で、腕前を買われて、手伝いに借り出されたと?」
「そ、そう」
「だったらいいんじゃないか」
「本当!?」
「ああ。碧ちゃんとこなら俺も安心だし、コーヒー飲みに行くよ」
「ありがとう! 連絡してくるね!」
千紗が嬉しそうに勢いよく立ち上がる。急に左側の支えを失った俺は、まだへこんでいるソファーのクッションへ顔から突っ込んだ。
そこはかとない温かさを頬に感じる。変態じみた感想は白い目で見られそうだから黙っておこう。
バイトをいつから始めるのか聴くのを忘れたけれど学校帰りでも休みの日でも大した問題はない。あの店なら遅くても夜の八時には閉まるし、場所柄も客層も普通だろう。
千紗の書道はすでに段越えをしていて俺にはよくわからないレベルに達している。以前に姉貴から無理矢理誘われて入賞した展覧会へ見に行った時も、全然読めない字を書いていた。空手の五段練士、六段教士みたいなのと同等と考えればそちらも大丈夫だろう。
気になることは他にも少しあった。どちらかと言えばありがたい部類になると予想したので千紗には教えなかった。
その後、とんとん拍子に話は進み、千紗がバイトを始めるのは十一月初めの週の土日で朝の九時から夕方くらいと決まった。
保護者としては具体的に何をするのか気になるので確認をすると、最初は作品だけを飾って、ウェイトレスをやりながらお客の反応を見る作戦らしい。
俺的には店の中でいきなりパフォーマンスの書道をおっぱじめても構わないと思う。内気な千紗には無理らしくあっさり却下された。
しかし集客は気になるのか改めて意見を求められた。
「お店に飾るって何がいいのかなぁ」
「場所柄からすると百人一首の有名どころの和歌か、シブい漢詩が妥当なところだろうな」
「それならいくつか書いたことがあるけど、そんなのでいいの?」
「書いたことがあるなら醸し出される哀愁とか寂寥とかが、じいちゃんばあちゃんへ響くのがわかるだろう?」
「先生に課題だって言われて書いただけだし」
「……なるほど」
演劇のように台本を理解しなければ上手く演じられないといったことはなく、字の上手い下手とその意味を理解していることは関係ないらしい。
俺は古典とか漢文が好きだったので高校時代によく読んだ。三国志とかは有名なゲームの題材だったのでそちらも必然的に読むようになった。女の子には興味が薄いところかもしれない。
本来この手の話題はマーケティング分野になる。役割としては碧が考えるべきだろうけど彼女も同様なのだろう。せっかくやる気を出している姪っ子のために一肌脱ぐべきかもしれない。
「じいちゃんばあちゃんは、人生の酸い甘いを経験してこの手のものが好きだから大丈夫。最初のとっかかりを考えるなら、会話のネタに困らないような有名どころは選ぶべきだろうけどな」
「ひろくんのお薦めは?」
いきなり困った質問を投げ掛けられた。答えないわけにはいかない。
個人的には孟浩然の『春曉』を挙げたい。でもくつろぐための喫茶店に小難しい漢字が並んでいるのはいまいちな気もする。
そこそこ親しんだもので柔らかい雰囲気のものが読みやすい。その後の話の展開も期待できるようにするべきだろう。
「小倉百人一首の崇徳上皇かな。『瀬を早み 岩にせかるる滝川の われても末に あはむとぞ思ふ』。いわゆる悲恋の歌だけど、お客さんとの話題にするつもりだったら歌意は自分で調べるんだな」
「わかった。他はある?」
「毛色を変えるなら『柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺』とかもいいと思うけど。大切なのは来ているお客さんが目に止めて、店員に話し掛けたくなるようなものであることだから」
「そうだよね、自分でも考えてみるよ」
それから色々と調べた千紗が選んだのは小野小町。『花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』となった。
なかなかシブい選択だと感心をしたら理由はもっと実質的なものだった。
『り』や『つ』など次の字につながりやすい『はらい』が多く、縦書きの筆運びがきれいに書きやすいらしい。
ちなみに俺のお薦めだった崇徳さんも試してみたものの小町さんに軍配があがったとのこと。
作者も女性なので歌意的に受け入れやすいのもあったかもしれない。
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