姪っコンプレックス

ナギノセン

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最上級の嫌がらせ

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「同行はもちろんですが、暴行でも何でも今は構いませんので、司法警察職員としてこの人を逮捕してください」
「わかりました。二一時三二分、司法警察職員沢田が、橘――さんへの暴行容疑で常人逮捕の被疑者を引き継ぎます。倉本、パトへ乗せて戻ったらすぐに令状を取りに行け!」
「はい!」

 連れの若い警察官がキビキビした動作でライターを立たせてパトカーの後部座席へ押し込む。沢田さんは緊張した面持ちで俺へ向き直った。

「ご同行をお願いします」
「その前に向こうの角にあるカラオケボックスの裏路地へ誰か向かわせてください。壁際に転がっている割れたビール瓶は絶対に押さえたい証拠物件です」
「あの男の指紋が付いているのですね」
「私の靴の蹴り跡もです。割れ瓶相手でも空手での対応が余裕でできました。だけど攻撃は正当防衛と威力を考慮して、あえてベルトを使いました」
「お考えはしっかり調書へ残します」
「それと――被害に遭いかけた女子高生は私の姪とその友人達です」
「……なるほど」

 沢田さんは俺の言葉に少し表情を緩めた。何を思っているのか手に取るようにわかったけれど気にせず俺は続けた。

「最初から正当防衛だと大声を出してボイスレコーダで記録を残しています。状況証拠はいくらでも提供できます」
「それも署でお聞かせください。書記官のご期待に必ず添えるよう、本職は粉骨砕身働かせていただきます」
「徹底的にお願いします」
 周囲の目が無ければ、沢田さんはきっと俺に敬礼をしていただろう視線を向けている。
 彼のもっとも嫌いな少年少女被害者事件の立件に火が着いた。

「では改めてご同行を」
「あと少しだけ待ってください」
 まだまだ残る野次馬達の一番前に俺は駆け足で向かい、目を真っ赤にさせた姪っ子の頭を軽く撫でた。

「ひろくん……ごめんなさいっ」
「こんなところで泣くな。無事ならそれでいいから」
「――うん」
「真っ直ぐ帰れよ。カラオケボックスの前に三枝がまだうずくまっていたら、叩き起こして送ってもらえ」
「でも……」
「俺からの先輩命令だと言えば逆らわないから。これ以上心配させるな」
「……わかった」
「じゃあ、ちょっと行ってくるから」

 かわいい姪っ子に見送られてパトカーへ乗せられるって最上級の嫌がらせだよな。千紗は高校生だからよかったけど、小学生とかだったらトラウマものだぞ。

 こんな仕打ちを受けるほどひどいことしたつもりはないのに、俺は誰に文句を言えばいいんだ?

 赤色灯を灯したパトカーで警察署へ着くと、不満たらたらの俺の表情を察した沢田さんは早々に調書を取った。押さえてくれと頼んだ割れビール瓶の内検も済ませ、すぐに解放してくれた。
 帰りは気を遺ってくれたらしくパトカーで家まで送る準備をしてくれていた。俺は近所のコンビニまでと先に断ってから乗り込んだ。

「書記官、じゃなくて橘さん、本当に辞められたのですね。書面の職業欄に塾講師とは驚きました」
「調書が残るのに嘘はつけませんよ。唐突にお呼びしてすみませんでした。異動になっておられなくて本当によかったです」
「異動をしていても、橘さんに呼ばれたら急行しますよ」

 すっかり元の穏やかな顔になった沢田さんへ俺も笑顔で応える。書記官時代の仕事も意味があったと少し胸が奮えた。

「ありがとうございます。犯人がライターを名乗ったから、ひょっとして悪あがきをするかもと思って手を打たせてもらいました」
「さすが書記官です」
「だから違いますって」
「立ち入った話ですが、どうしてお辞めになったかお聞きしてもよろしいですか」
「助けて頂いたのでお話するべきと思わないでもないですが、本当に一身上のことなので勘弁してください」
「差し出がましい口を利いてすみませんでした」

 運転中なので正面を向いたまま沢田さんは軽く頭を下げた。気にしなくていいと、俺も手を振って笑い返す。
 母親の看護のために仕事を辞めることになったなんて、沢田さんには何も関係ないし今さら言うことでもない。

「しかし常人逮捕を二度もやることになろうとは思ってもいませんでしたよ」
「二度、ですか?」
「コンビニとか本屋の店員ならけっこうあるのでしょうけど」
「普通の人はあまりないかもしれませんね。以前はどのようなもので?」
 沢田さんは目だけ少し動かして俺へ尋ねる。
 警察で調べれば出てくるだろうし、俺には隠す気も特にない。
「大学時代の合宿先の出来事です。帰りの列車に乗れなかったとか、色々と大変でしたよ」
「遠方でしたか?」
「合唱部なので、騒いでも迷惑にならない地方でのことです。今回はこうして乗せてもらえて助かっています」
「それはこちらのセリフです。本件はこのまま終わらせませんのでご安心ください」
「うちの姪や友人への配慮だけはしっかりとお願いします」
「勿論です」

 俺はそれまでの笑みを収めて沢田さんを見る。沢田さんはハンドルを握ったまま大きく頷いた。
 その後は取るに足らない野球や政治の話をしてマンション近くのコンビニ駐車場でパトカーを下りた。店内へ入ると500mlのスポーツドリンクを買って一気に飲み干す。。
 警察署の事情聴取などより家へ帰ってからのことを考えたほうが喉の渇きを覚えたからだ。
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