13 / 51
最上級の嫌がらせ
しおりを挟む
「同行はもちろんですが、暴行でも何でも今は構いませんので、司法警察職員としてこの人を逮捕してください」
「わかりました。二一時三二分、司法警察職員沢田が、橘――さんへの暴行容疑で常人逮捕の被疑者を引き継ぎます。倉本、パトへ乗せて戻ったらすぐに令状を取りに行け!」
「はい!」
連れの若い警察官がキビキビした動作でライターを立たせてパトカーの後部座席へ押し込む。沢田さんは緊張した面持ちで俺へ向き直った。
「ご同行をお願いします」
「その前に向こうの角にあるカラオケボックスの裏路地へ誰か向かわせてください。壁際に転がっている割れたビール瓶は絶対に押さえたい証拠物件です」
「あの男の指紋が付いているのですね」
「私の靴の蹴り跡もです。割れ瓶相手でも空手での対応が余裕でできました。だけど攻撃は正当防衛と威力を考慮して、あえてベルトを使いました」
「お考えはしっかり調書へ残します」
「それと――被害に遭いかけた女子高生は私の姪とその友人達です」
「……なるほど」
沢田さんは俺の言葉に少し表情を緩めた。何を思っているのか手に取るようにわかったけれど気にせず俺は続けた。
「最初から正当防衛だと大声を出してボイスレコーダで記録を残しています。状況証拠はいくらでも提供できます」
「それも署でお聞かせください。書記官のご期待に必ず添えるよう、本職は粉骨砕身働かせていただきます」
「徹底的にお願いします」
周囲の目が無ければ、沢田さんはきっと俺に敬礼をしていただろう視線を向けている。
彼のもっとも嫌いな少年少女被害者事件の立件に火が着いた。
「では改めてご同行を」
「あと少しだけ待ってください」
まだまだ残る野次馬達の一番前に俺は駆け足で向かい、目を真っ赤にさせた姪っ子の頭を軽く撫でた。
「ひろくん……ごめんなさいっ」
「こんなところで泣くな。無事ならそれでいいから」
「――うん」
「真っ直ぐ帰れよ。カラオケボックスの前に三枝がまだうずくまっていたら、叩き起こして送ってもらえ」
「でも……」
「俺からの先輩命令だと言えば逆らわないから。これ以上心配させるな」
「……わかった」
「じゃあ、ちょっと行ってくるから」
かわいい姪っ子に見送られてパトカーへ乗せられるって最上級の嫌がらせだよな。千紗は高校生だからよかったけど、小学生とかだったらトラウマものだぞ。
こんな仕打ちを受けるほどひどいことしたつもりはないのに、俺は誰に文句を言えばいいんだ?
赤色灯を灯したパトカーで警察署へ着くと、不満たらたらの俺の表情を察した沢田さんは早々に調書を取った。押さえてくれと頼んだ割れビール瓶の内検も済ませ、すぐに解放してくれた。
帰りは気を遺ってくれたらしくパトカーで家まで送る準備をしてくれていた。俺は近所のコンビニまでと先に断ってから乗り込んだ。
「書記官、じゃなくて橘さん、本当に辞められたのですね。書面の職業欄に塾講師とは驚きました」
「調書が残るのに嘘はつけませんよ。唐突にお呼びしてすみませんでした。異動になっておられなくて本当によかったです」
「異動をしていても、橘さんに呼ばれたら急行しますよ」
すっかり元の穏やかな顔になった沢田さんへ俺も笑顔で応える。書記官時代の仕事も意味があったと少し胸が奮えた。
「ありがとうございます。犯人がライターを名乗ったから、ひょっとして悪あがきをするかもと思って手を打たせてもらいました」
「さすが書記官です」
「だから違いますって」
「立ち入った話ですが、どうしてお辞めになったかお聞きしてもよろしいですか」
「助けて頂いたのでお話するべきと思わないでもないですが、本当に一身上のことなので勘弁してください」
「差し出がましい口を利いてすみませんでした」
運転中なので正面を向いたまま沢田さんは軽く頭を下げた。気にしなくていいと、俺も手を振って笑い返す。
母親の看護のために仕事を辞めることになったなんて、沢田さんには何も関係ないし今さら言うことでもない。
「しかし常人逮捕を二度もやることになろうとは思ってもいませんでしたよ」
「二度、ですか?」
「コンビニとか本屋の店員ならけっこうあるのでしょうけど」
「普通の人はあまりないかもしれませんね。以前はどのようなもので?」
沢田さんは目だけ少し動かして俺へ尋ねる。
警察で調べれば出てくるだろうし、俺には隠す気も特にない。
「大学時代の合宿先の出来事です。帰りの列車に乗れなかったとか、色々と大変でしたよ」
「遠方でしたか?」
「合唱部なので、騒いでも迷惑にならない地方でのことです。今回はこうして乗せてもらえて助かっています」
「それはこちらのセリフです。本件はこのまま終わらせませんのでご安心ください」
「うちの姪や友人への配慮だけはしっかりとお願いします」
「勿論です」
俺はそれまでの笑みを収めて沢田さんを見る。沢田さんはハンドルを握ったまま大きく頷いた。
その後は取るに足らない野球や政治の話をしてマンション近くのコンビニ駐車場でパトカーを下りた。店内へ入ると500mlのスポーツドリンクを買って一気に飲み干す。。
警察署の事情聴取などより家へ帰ってからのことを考えたほうが喉の渇きを覚えたからだ。
「わかりました。二一時三二分、司法警察職員沢田が、橘――さんへの暴行容疑で常人逮捕の被疑者を引き継ぎます。倉本、パトへ乗せて戻ったらすぐに令状を取りに行け!」
「はい!」
連れの若い警察官がキビキビした動作でライターを立たせてパトカーの後部座席へ押し込む。沢田さんは緊張した面持ちで俺へ向き直った。
「ご同行をお願いします」
「その前に向こうの角にあるカラオケボックスの裏路地へ誰か向かわせてください。壁際に転がっている割れたビール瓶は絶対に押さえたい証拠物件です」
「あの男の指紋が付いているのですね」
「私の靴の蹴り跡もです。割れ瓶相手でも空手での対応が余裕でできました。だけど攻撃は正当防衛と威力を考慮して、あえてベルトを使いました」
「お考えはしっかり調書へ残します」
「それと――被害に遭いかけた女子高生は私の姪とその友人達です」
「……なるほど」
沢田さんは俺の言葉に少し表情を緩めた。何を思っているのか手に取るようにわかったけれど気にせず俺は続けた。
「最初から正当防衛だと大声を出してボイスレコーダで記録を残しています。状況証拠はいくらでも提供できます」
「それも署でお聞かせください。書記官のご期待に必ず添えるよう、本職は粉骨砕身働かせていただきます」
「徹底的にお願いします」
周囲の目が無ければ、沢田さんはきっと俺に敬礼をしていただろう視線を向けている。
彼のもっとも嫌いな少年少女被害者事件の立件に火が着いた。
「では改めてご同行を」
「あと少しだけ待ってください」
まだまだ残る野次馬達の一番前に俺は駆け足で向かい、目を真っ赤にさせた姪っ子の頭を軽く撫でた。
「ひろくん……ごめんなさいっ」
「こんなところで泣くな。無事ならそれでいいから」
「――うん」
「真っ直ぐ帰れよ。カラオケボックスの前に三枝がまだうずくまっていたら、叩き起こして送ってもらえ」
「でも……」
「俺からの先輩命令だと言えば逆らわないから。これ以上心配させるな」
「……わかった」
「じゃあ、ちょっと行ってくるから」
かわいい姪っ子に見送られてパトカーへ乗せられるって最上級の嫌がらせだよな。千紗は高校生だからよかったけど、小学生とかだったらトラウマものだぞ。
こんな仕打ちを受けるほどひどいことしたつもりはないのに、俺は誰に文句を言えばいいんだ?
赤色灯を灯したパトカーで警察署へ着くと、不満たらたらの俺の表情を察した沢田さんは早々に調書を取った。押さえてくれと頼んだ割れビール瓶の内検も済ませ、すぐに解放してくれた。
帰りは気を遺ってくれたらしくパトカーで家まで送る準備をしてくれていた。俺は近所のコンビニまでと先に断ってから乗り込んだ。
「書記官、じゃなくて橘さん、本当に辞められたのですね。書面の職業欄に塾講師とは驚きました」
「調書が残るのに嘘はつけませんよ。唐突にお呼びしてすみませんでした。異動になっておられなくて本当によかったです」
「異動をしていても、橘さんに呼ばれたら急行しますよ」
すっかり元の穏やかな顔になった沢田さんへ俺も笑顔で応える。書記官時代の仕事も意味があったと少し胸が奮えた。
「ありがとうございます。犯人がライターを名乗ったから、ひょっとして悪あがきをするかもと思って手を打たせてもらいました」
「さすが書記官です」
「だから違いますって」
「立ち入った話ですが、どうしてお辞めになったかお聞きしてもよろしいですか」
「助けて頂いたのでお話するべきと思わないでもないですが、本当に一身上のことなので勘弁してください」
「差し出がましい口を利いてすみませんでした」
運転中なので正面を向いたまま沢田さんは軽く頭を下げた。気にしなくていいと、俺も手を振って笑い返す。
母親の看護のために仕事を辞めることになったなんて、沢田さんには何も関係ないし今さら言うことでもない。
「しかし常人逮捕を二度もやることになろうとは思ってもいませんでしたよ」
「二度、ですか?」
「コンビニとか本屋の店員ならけっこうあるのでしょうけど」
「普通の人はあまりないかもしれませんね。以前はどのようなもので?」
沢田さんは目だけ少し動かして俺へ尋ねる。
警察で調べれば出てくるだろうし、俺には隠す気も特にない。
「大学時代の合宿先の出来事です。帰りの列車に乗れなかったとか、色々と大変でしたよ」
「遠方でしたか?」
「合唱部なので、騒いでも迷惑にならない地方でのことです。今回はこうして乗せてもらえて助かっています」
「それはこちらのセリフです。本件はこのまま終わらせませんのでご安心ください」
「うちの姪や友人への配慮だけはしっかりとお願いします」
「勿論です」
俺はそれまでの笑みを収めて沢田さんを見る。沢田さんはハンドルを握ったまま大きく頷いた。
その後は取るに足らない野球や政治の話をしてマンション近くのコンビニ駐車場でパトカーを下りた。店内へ入ると500mlのスポーツドリンクを買って一気に飲み干す。。
警察署の事情聴取などより家へ帰ってからのことを考えたほうが喉の渇きを覚えたからだ。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる