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六章

48話【旅商人】

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◆◇◆◇◆◇

 グランベルドと分かれたスレインたちは、大平原の奥地へ進む。

 見上げる程の絶壁に差し掛かり、突起した岩を足場に跳躍して頂上へ辿り着いた。
 クルルはふわふわと浮き上がり軽々と着地する。ノエルは最後こそ足を滑らしたが、やっとのことで踏み留まった。

「ふぅ~…、スレインさんの運動神経は凄いですね…」

『あ?いきなり何よ』

「いえ、単純に凄いなって…」

 冒険者になって数々の人間に出会ってきたノエルでも、彼のように人並外れた強さを持つ人物は数える程しか会った事がない。

「スレインさんとクルルさんなら、直ぐにダイヤ級…いえ、オリハルコン級に到達しますよ」

 僅かに寂寥を滲ませたノエルの笑顔に『はぁ?急にどした』と訝る。

『……まさか、また何かやらかしたのか?それとも今日の晩飯の量増しでも狙ってんのか?』

「あはは、違いますよ。負けてられないから、私も頑張らなきゃなーって話です!」

『…あっそう』

 ノエルは明るく笑い飛ばし翳りを払拭した。引っ掛かりを覚えたスレインは釈然としないまま眉を顰める。

 2人に合わせて横を空中飛行していたクルルが「ノエルも魔術、練習したら良い」と話に入った。

「うぐぐ…魔術ですか…」

 苦手意識が先行して唸る。そんなノエルの様子にクルルは瞬きした。

「練習するなら付き合う」

「ほ、本当ですか!?」

 思わぬ申し出に大声が漏れる。

 氷魔術を意のままに操る彼女ならば、魔術の才に恵まれなかったノエルに何かヒントをくれるかもしれない。

『魔術の扱いでクルルの右に出る奴は居ねーな』

「フフン」

 スレインの意見にクルルは飛んだまま得意げに腕を組んだ。

「お願いしますクルルさん!」

「くるしゅうない」

「ハハァーーーッ!」

 クルルから聞き慣れない文言。この手の言葉はエドヴァンに教えてもらったか、本で得た言葉だろうと察しがつく。
 深々と頭を下げるノエルに、白髪の少女は得意げに胸を反らしていた。
 

 ――話しているうちに森が途切れ、木製の古びた小屋と井戸が見えた。モーデカイが言っていた旅人が休憩する為の小屋の1つだとノエルが説明する。

『クルル、少し休むか?』

「私には聞かないんですかッ!?」

『へーへー。クルル休むか?』

「うぁあぁわークルルさんー!スレインさんがぁー」

「よしよし」

 良い子良い子と銀髪を撫でる。クルルは「ノエル、疲れてる?」と雨と涙と鼻水で顔面酷い有様の少女へ、首を傾けた。

「クルルさん…天使です…」

 心が温まった藤色の瞳の少女はキラキラと目を輝かせる。

『おい、くっ付き過ぎだコラ』

 クルルに抱き付くノエルを剥がす。首根っこを掴みペイッと捨て置くスレインへ、「ちょ、これが乙女の扱いですか!?」と鼻水を啜り抗議した。

『乙女だぁ?そういう扱いをご所望なら、ちったぁそれらしくしたらどうだよ』

「うぐぐ~…」

 ぐうの音も出ないと悔しそうにするノエルを他所に、スレインは小屋の扉を開ける。

 それ程広くない小屋の中に1人の男が体を休めていた。

「あ…」

 二十代半ばで稲穂色の髪を1つに束ねた垂れ目の彼は突然の訪問者に驚いている。くたびれたローブを着ており、荷物は傍に置かれた大きなリュックだ。

『何だテメー…』

「ちょ、スレインさん!」

 喧嘩腰で睨みを利かせた青年を押し留め、ノエルが前に出て挨拶をする。

「休憩中のところ騒がしくしてすみません。良ければ私たちもご一緒させて頂きたいのですが…」

「はい、勿論です。冒険者様ですね」

 垂れ目の男はにこやかに笑い、広げていた荷物を脇に寄せた。

 小屋に入ったクルルが体を獣のように振ると、雨水が飛ぶ。スレインは彼女の外套のフードを脱がせ、キャリーからタオルを出した。
 柔らかなタオルをすっぽり被ったクルルは欠伸を漏らした。

 頻繁に鳴っていた雷も遠退き、少女も普段の様子を取り戻している。スレインはホッと吐息して目を細めた。

「――僕はバルティア。旅商人をしています。これも何かの縁ですので、皆様商品を見ていかれませんか?」

 ノエルを前に営業を始めるバルティアは、膨らんだリュックから数点商品を取り出す。
 並べられた商品は旅の必需品ばかりだった。

「うーん、じゃぁコレとコレを」

 一般的に出回る携帯食を指差した少女は少し多めに料金を支払う。

「後、教えて欲しいのですけど…」

 掌に落とされた金銭を一瞥したバルティアは、過払いの理由を察して口元を吊り上げた。
 人の良い笑みを浮かべた彼は金銭を懐にしまいつつ「ええ、何なりと」と淀みなく応える。

「実は人を探してます。ここら辺で他に3人組の冒険者にお会いしませんでしたか?」

 当然ノエルが知りたいのはゼンたちの安否だ。無意識に拳に力が篭る。

「いえ、残念ながら…。正直魔物に遭遇しないよう必死だったので、他の方が居たかとなると…」

「…そう、ですか…」

 期待を寄せていたノエルは肩を落とした。

「近年、凶暴化した魔物が増えてますからね。用心に越した事はありません」

「私たちもかなり大きなオドントティラヌスに遭遇しました。本来臆病な性格なのに、かなり気が立っていたように思います」

 オドントティラヌスは水辺に棲み、性格としては非常に大人しく臆病なドラゴンだ。子育てをしている個体は神経質で人間を襲うこともあるが、今は時期が外れている。
 にも関わらず、ケルピーやモーデカイたちを襲ったところを見ると、明らかに異常だ。

「魔女教も絡んでいるとなると…近々フィン大平原は通行禁止になるかもしれませんね」

「えっ…魔女教…!?」

 神妙に呟くノエルの言葉に、大きく反応したバルティアは目を見開いた。

「そうですバルティアさん、気をつけて下さい。私たちは定期の調査に来ていたのですが、仲間の消息が途絶えてしまって…同時に魔女教の姿を確認しました」

「なるほど…。それで行方をお探しなのですね」

 説明を聞いたバルティアは黙考する。

「…確か此処に来る前もう一つ旅人用の小屋を見つけました。もしかしたらそこでお仲間の冒険者様が休息をとっているかもしれません」

「ほ、ホントですかッ!?」

 ノエルは瞳を輝かせた。もしかしたらそこで、ゼンたちが助けを待っているかもしれない。
 
「あ…その、中を確認した訳ではなく、あくまで可能性の一つとしてお考えください」

「はい!行ってみましょうスレインさん!」

 クルルの尻尾をタオルで包んでいたスレインはゆっくりこちらを向いた。

『…そうだな。手掛かりがそこしかねぇってんなら…』

 鼻が利くクルルでもこうも強い雨だと匂いが辿れない。

 魔女教に遭遇したゼンたちが難を逃れ、小屋で息を潜めて助けを待っている可能性も大いにある。

「バルティアさん、有り難う御座いました!それとこの先の道中はくれぐれもお気を付けて…」

『――ソイツに案内させりゃー良いんじゃねーの?』

「はい?」

 仁王立ちする白髪の青年に、ノエルが聞き返す。

「何言ってるんですか!バルティアさんにはバルティアさんの都合があるんですよ!?なのに、来た道を戻れだなんて…!」

 不遜な提案に少女が反論した。睨み合う2人の間でバルティアは戸惑い気味に目配せする。
 
「いえ、それ程遠くではありません。ご案内致しますよ」

『よし』

 言葉と共に再び外へ出る。雨煙に包まれるスレインの後ろ姿を踵を弾ませたクルルが追った。
 ノエルは彼の対応に僅かな違和感を覚え、眉を顰める。

◆◇◆◇◆◇

「スレインさん、バルティアさんに案内して貰うなんて…」

『良いだろ?相手も了承した話だしな』

 バルティアの先導を受けて森の中を歩いている最中、ノエルが声量を落としてスレインを咎めた。

 対する青年は悪いとは微塵も思っておらず、ただバルティアの背中に鋭い視線を向ける。

「でも相手は旅商人ですよ?後から多額の金銭を要求されたら…」

 金欠のノエルは青褪めた。

『それよか【何とかの杖】が見つかるかもしれねーんだぜ?もっと喜べ』

「…うーん。それだけじゃなくて…」

『ん?』

「いえ、…上手く言えませんが…嫌な予感、と言うか妙な胸騒ぎがして」

 言い知れない不安に見舞われているノエルは落ち着きがない。
 
『――だろうな。お前は間違ってねぇ』

「どういう意味ですか?」

『古代魔道具の弾は後どんだけあるんだ?』

 唐突な質問に面食らう。節約していたハンドガンの弾丸を思い浮かべ「えっと…」と口籠った時『いつでも撃てるように準備はしておけよ』と忠告された。

 スレインの真剣な様子に、ノエルは生唾を飲んだ。




「リッカ」
 
 神獣の魔術が炸裂する。
 バルティアの後ろを進む少女が、襲い来る魔物に氷礫を撃ち込む。手を払うと同時に発射される氷の塊に、魔物は成す術なく押し潰された。

「氷魔術…?凄いですね…。こんな人が居たなんて…」

 雪白の少女から繰り出される容赦のない攻撃に、バルティアは感嘆する。
 森へ出てからブラッドアントが引っ切りなしに襲って来ていた。

 体長150cm、赤い蟻の全胸部から女の上半身が生えている、全部で8本脚の怪物。
 女の皮膚は瘡蓋で覆われているように爛れて、唇が無く歯茎が剥き出しになっている。ワカメのような湿った髪の間に覗く目は真っ黒だ。

「キィイイーーーッ!」
「キャィィー!」

 甲高い声を発して突進するブラッドアントに、クルルは無表情で氷をお見舞いし、次々と屠っていた。

「キャイィーーィイーッ!」
 
 咆哮を上げ後方から飛び出して来た蟻にハンドガンを向ける。人型の眉間に1発撃ち込んだが、ブラッドアントは怯まず襲ってきた。

『人型は囮だ。狙うのは虫の本体にしろ』

「ひぃい!そんな事言ったって…!虫は苦手なんですよぉッ!」

 涙目で訴えたノエルは叫びながら虫の顔面へ弾丸を放つ。
 
「関節とか、所々生えてる毛とか…ッ!目とか、顔とか本当に見てられないですぅ…ッ」

『馬鹿、見てちゃんと狙いやがれ!』

「スレインさんはどうなんですか!?」

『どっかの誰かが人前で魔術は使うなっつーからなぁ』

「きぃー!」

『お、コイツらの真似か?』

 憤慨したノエルは地団駄を踏む。

『しゃーねぇ。クルルにばっか押し付けてらんねーからな』
 
 ククリナイフを抜いたスレインはゆったりと動いた。飛びかかって来たブラッドアントの顔面を蹴り飛ばし、体勢を低くする。

 ――終双の月光ブラン・サミ

 短い溜めの後、2つの刃が蟻たちの顔面を一刀両断した。

 一気に7匹以上を絶命させた三日月のように鋭い閃光。ノエルは「もう驚きませんよ…」と諦めたような溜め息を零す。

 絶命した蟻を踏んづけて、クルルがピョンピョンと跳ねて来た。

「スレイン、格好良い!」

 満面の笑みを浮かべ頬を染めるクルルは、青年の胸に顔を寄せる。

「ちょ、今戦闘中ですよ!?」

 数が減り、仲間が死んだことで勢いが衰えているとはいえ、まだ巨大な蟻は身体をくねらせて向かって来ている。
 悠長な2人組に、藤色の瞳の少女は喚いた。
 
「クルルの邪魔しないで」

 波のように打ち寄せる魔物たちへ、珍しく僅かな怒気を含んだ声。クルルは周囲に氷礫を出現させ、一瞬で狙いを定める。
 指の合図で放たれた氷塊は風を切って、刹那の間にブラッドアントを駆逐した。

『おー流石クルル』

 少女は惚けた顔でゴロゴロと喉を鳴らす。スレインの手を取って自分の頭に持っていく様子に、青年は目を細める。
 
『先に進もうぜ』

 呆気にとられているバルティアに声を掛けた。
 彼は物陰に隠れて一部始終を信じられない気持ちで見届けていた。

「み、皆様お強いのですね」

「えへへ~」

『お前は殆ど何もしてねーダロ』

 擽ったそうに照れるノエルに思わず突っ込みを入れる。今回彼女は虫型の魔物がいかに苦手か叫び散らかしていただけだった。

「……くふふ、本当にお強い…」

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