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出港前夜
7-4「関わったらどんな目に合うか分からないわ!」
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シドと共に射撃訓練を実施したクロウは、その訓練を楽しかったと振り返っていた。やはり、火薬とか、銃とか、兵器というのは何処か男の子の中でロマンの産物なのである。
そういった意味で『人型』の『ロボット』であるDX-001はクロウにとってロマンの塊だった。何だったらDX-001のコックビットで生活したいとクロウは半ば本気で思っていた。シドに怒られそうなので言わないし実行しないが、一泊位ならシドも許してくれるかもしれない。いずれお願いしようと思った。
DX-001を連想することで思考がそれたが、夕食までの間、シドはクロウの射撃訓練に付き合ってくれていた。無論いつもの60倍VR訓練で、である。銃器の基本はライフルという事で、先日組み立て分解を教えてもらった99式自動小銃の射撃訓練から行った。
99式自動小銃は口径5.56x45mm、BOX型マガジンを搭載しその装弾数は40発。この時代において標準的なアサルトライフルの性能を持つ。
クロウは知らぬ事だったが、なんとこの口径は4000年の長い歴史の開きがあるにも関わらずクロウが生きた時代のライフル弾と同一のものである。それはこの99式自動小銃がこの元となった銃を知るロスト・カルチャーの手によって開発されたからであった。99式自動小銃をVR上で撃ったクロウの感想はとにかく扱いやすいの一言だった。
99式自動小銃は本体3.5kg、マガジンを装着してもその重さは4.5kgほどで、とにかく重心がいい位置にあるのか取り回しがしやすい。その上反動は軽く、300mの射程距離で初めて撃ったクロウでもバシバシ的に当たるのだ。最終的に適性射程距離である500mと800mまでシドに撃たせてもらったが、癖もなくいい銃だとクロウは感じた。
次に撃たせてもらった拳銃は、その正式名称を87式拳銃改と言った。つくば艦内においてこの装備は個人に1丁ずつ与えられる個人装備であり、通常単に『拳銃』と呼ばれているそうだ。その口径は9x19mmでこれもクロウの時代と同じである。ただ、その装弾数は18発とやや多めに設定されていた。そのため、銃身はやや長め、グリップも装弾数が多い分やや長く設計されている。これは口径が9x19mmであっても炸薬の燃焼効率からマンストッピングパワーを上げ、この艦の個人携行火器として最低限その場を切り抜けられるようにとカスタムが施されたのが所以だという。
意外なことに、クロウにはライフルである小銃よりもこの拳銃の方が反動は大きく感じた。だが、拳銃の射撃感というのは癖になるとクロウは思う。拳銃の有効射程距離はカタログスペックで50mがこの時代でも一般的であったが、シドによればその実際の有効射程はもっと短くなるという。「せいぜいが10mから30mって所だ。それ以上になれば拳銃である必要もない」要すれば使い分けであるという。そのため、10mから30mの距離で的の中に必ず弾痕が刻まれるようになるまで繰り返し、繰り返し射撃した。
右利きのクロウは右手の平で拳銃のグリップを押すように、左手を右手のグリップを握った指に添えるようにあて、左手に引っ張るようにテンションをかける。シドに教わった通りこの状態で肩幅に足を楽に開いて撃つと不思議なくらいに的によく当たった。
シドに言われ、漫画のように片手でも撃ってみたが、的には当てようと思えば当てられるものの、狙った箇所にピンポイントを狙うとなるとかなり難しい。片手だとどうしても標準が上下左右とずれるのだ。「だから、慣れない内は片手で撃とうとは絶対思うな。その内意識しなくても片手だろうが利き手じゃ無かろうが撃てば当たるようになる」とはそれを見たシドの言であった。
こうして夕飯の時間までシドに射撃訓練に付き合ってもらったクロウは、用があると言うシドと別れ、一人で夕食時に賑わう食堂へと来ていた。一人で食事を食べ、食後のコーヒーを飲んでくつろいでいたクロウは、ここに来て初めて一人で食事を取っていることに気が付いた。
タイラーによれば第四世代人類は何も1日3食食べる必要は無いのだという。曰く、1週間に1度の食事でも問題ないそうで、実際この『つくば』艦内のクルーの中にもそうしたサイクルで食事を取るものも少なからずいるという。だが、第三世代人類から第四世代人類へとバージョンアップを果たした人類の多くは食事を習慣として取るため、食べなくてもいいと知りつつもついつい、空腹感を感じてしまうのだ。艦長であるタイラーはそこで24時間自由に各員に食事を取らせる事に決めたらしい。
そんなことを思っていたクロウの席をいつの間にかぐるりと、黒いフードを被った者たちが取り囲んでいた。明らかに怪しい集団だったが、もしかすると、クロウが知らないだけで、彼らはどこかの部署の何らかの作業着を着ているだけかも知れない。
そう思ってクロウは気にしないことにしたが、クロウの左右の席を同じ衣装の者が座りクロウのいるテーブルを彼らが取り囲んで、ようやく自分が明らかに彼らに狙われていると悟った。
「あー、『ゼンブン会』の連中が例の新人を取り囲んでるぜ!」
「しっ、よしましょう! 関わったらどんな目に合うか分からないわ!」
そんな黒装束の集団の外から、普通の常備服を着た男女がクロウを気にしながらも通り過ぎていった。どうやらこの黒い連中は『ゼンブン会』と呼ばれる集団で、この艦のものであればその存在は知っている者たちのようであった。
『クロウ・ヒガシ少尉。我々とご同行願おうか』
その内一人の者が進み出て明らかにボイスチェンジャー越しの声でそう言った。彼らの格好は。そう、黒魔術をやっているサバトのような格好である。その頭はとんがっており、目と口の部分だけが白いメッシュ状に加工されているが、背格好だけでは流石にクロウにも話しかけて来たのが誰なのかまでは分からない。
「えっと」
クロウが躊躇していると、彼らの間に明らかに小さい人物が紛れているのに気が付いた。それはクロウが自分を見ていると確認すると、『のじゃあああああああ!』と威嚇してきた。ああ、この小さいのはルピナスである。クロウが悟ったその瞬間である。
『今だ、確保!!』
と、一人が声をかけると周りの黒装束たちによってクロウはあっと言う間にす巻きにされ神輿のように彼らに運ばれてしまった。
「まあ、ルピナスもいるし。多分害はないだろう」
そんなことを呟きながら、まだ食堂の食器を返していないことにクロウは気が付いたが、黒装束の一人がきちんとそれらを片付けて食器返却口に返していたので気にしないことにした。
クロウが連れて来られたのはなんとVR訓練室である。彼らはそのリクライニングシートの一席にクロウを下すとそのリクライニングに隠されたスイッチを操作した。瞬間、リクライニングシートの左右の手すりと両足のフットレストの辺りからアームが出現しクロウを拘束してしまった。
「ちょ、ちょっと!」
流石にいたずらにしてもこれは度が過ぎている。クロウは流石に声を上げるが、目の前に来た黒装束の一人のセリフによってその非難の声は遮られてしまった。
『抵抗は無駄だ、クロウ・ヒガシ少尉。貴様には我々の同士たる資質があるとすでに判明している。神妙に我らの同士に加わるがいい』
と、言うと彼はその大きい体躯で丁寧にクロウにシートベルトを装着し、『コネクターを繋ぐとき危ないから動くんじゃねーぞ』と言いながらクロウの首筋にコネクターを接続した。
「何やってるんですかシド先輩?」
その姿はこの艦でクロウが見慣れたその人の所作である。流石にここまで近く、見覚えのある背格好であればクロウも気づく。
『ぎっくぅ! ききききき貴様! ここここここでは本名は言ってはならぬのが鋼の掟! 吾輩の事は『同士S』と呼べ!!』
ごまかし下手かよ、と思いながらクロウはとりあえず頷いておく。見れば全部で30席あるリクライニングシートが黒い衣装の彼らによってほぼ埋め尽くされている。リクライニングシートに座る事によって見えた彼らの足元は女性男性両方含んでいた。
そうこうしている間に彼らの準備も整ったようだ。
『同士諸君、準備はいいか』
『応!』
『では『前時代文化研究同好会』の定例会を始める』
瞬間半ば強制的にクロウはVR空間に投入されたのだった。思えばクロウが自主的にVR空間に侵入したことはほぼ無かった。その内自由にVRを利用したいとクロウは心から願った。
クロウが目覚めると、そこはファンタジーに出てきそうな玉座の間だった。作品によっては謁見の間とかいろいろな呼び方があるが、クロウがいるそこは薄暗くろうそくの火によって灯された禍々しい空気が辺りを支配した、いわば『魔王の間』と呼べそうな空間であった。その中央を横切るように、クロウが正座で座らせられた赤いじゅうたんが大げさに高い10段以上はあるのではないかと思われる階段の上まで続いていた。
「ふっ、来たか、同士クロウ・ヒガシ少尉」
玉座の片方の手すりに肘を付き、その腕で顔を支えて足を組みながら、タイラーがふんぞり返っていた。彼だけはこの場においてその怪しいローブを着ていない。いつものタイラーの姿であった。
「はぁ、なにやってるんすか。自称保護者。こういう悪ふざけをするタイプだとは知らなかったです」
呆れてクロウは口に出すが、左右に控えた黒ずくめの、もう面倒だから『ゼンブン会』でいいや語呂いいしとクロウは思った。ともかくゼンブン会の会員たちがクロウに遠巻きにヤジを飛ばす。
『ええい、黙れ新参者が!』
『我らが会長は神にも等しい英知を与えて下さるお方なのだぞ!』
ふふふと、タイラーは不敵に笑うと彼らに対して「なあに、彼はまだ礼儀を知らんのだ。許してやりたまえ」という。
「ええっと、前時代文化研究同好会でしたっけ?」
言いながらクロウは後ろ手に自分の両手が拘束されているのに気が付いた。
『のじゃ!』
そして、玉座の隣にいるそんな声を上げた小さいゼンブン会員と、その反対側にいつものように控えるゼンブン会員を確認する。あれがルピナスだとすると、反対側はルウだろう。タイラーのやる事とはいえ、ルウも付き合いが良すぎるだろうとクロウは心の中で突っ込んだ。
「僕ちょっと思い当たった事があるんです。ルピナスについさっき『一式』貸したんですよ」
『然り! 然り! 然り!』
と、周りのクロウの言葉に周りのゼンブン会員たちが一斉に声を上げた。
「もしかして、ここって、僕の時代で言うところの『漫画研究同好会』とか『映画研究同好会』とか、とにかくそれが好きな人たちが集まるあれですか?」
思えば、思い当たる節はあったのだ。シドなどは言葉の端々にクロウの時代の『ネットスラング』と呼ばれるような言葉を含んでいた。そして何人か、そんな言葉を使用した人物にクロウは心当たりがある。つまり彼らは『ココ』のメンバーであったのだろう。
「ふふはっはっはっは!! 素晴らしい! 君こそ、君こそが我々の待ち望んだ、選ばれし者である。ものども! 彼にローブを被せたまえ!」
大仰に言うなり、仮面に手を当ててタイラーは天を仰ぎ見ると、会員たちへと命じた。ゼンブン会員の数人が赤じゅうたんの上に座るクロウを取り囲むと。あっと言う間にクロウを取り囲み彼らと同じ黒い衣装を着せられてしまった。
『これで貴様も同士Kだ!』
『おお、同士Kの誕生だ!』
『う、無理やり引きずり込まれるとかちょっと性癖に刺さる!』
気が付けば、クロウの両手の拘束も外されていた。
『まあ、抵抗する気もありませんけどね。普通に誘ってくれれば来ましたし多分』
同士Kと呼ばれた。クロウはとりあえずこの空間のノリに身を任せることにした。
「では我々が誇る四天王を紹介しよう」
大仰にタイラーが宣言する。
『前時代SF大好き、同士S!』
どう見てもシドだった。そういえばDX-001の開発はシドも関わっていると言っていた。
『前時代BLを愛し続けて幾星霜、同士M!』
ああ、あれはミーチャ中尉ですね本当にありがとうございました。
貴女が親切で優しい頼れる姉御肌の上官だと思っている時期が僕にもありました。アナタの脳内では既に僕は誰かと無茶ぶりカップリングされ存分に『オカズ』にされている事でしょう。想像して気持ち悪くなったクロウはとりあえず思考停止する。本人は隠しきれている様子だが、背格好というか、雰囲気で彼女がミーチャであるのはクロウには少なくともバレバレだった。
『ダークファンタジーが3度の飯よりメシの種! 同士A!』
タイラーの隣で控えていたルウが高々に宣言する。
ルウ・アクウのアクウの方の文字を取ったようだ。それにしても、なかなか濃い趣味である。ルウの時々伺い見える闇はどうもその辺の趣向にありそうだとクロウは思った。恐らく、この城のデザインも彼女によるものだろう。
『なんでも大好きオールジャンル! 同士L! なのじゃ!!』
最後にルピナスが、どう見てもルピナスがそう宣言して万歳した。
「みなさんの事は、なんとなくわかりました。こうして時々集まってはオタ活動に従事していた同士さん達なわけですね」
『然り! 然り! 然り!』
もうやだこの空間、とクロウは思ったが。もうクロウもこの一員に加えられてしまった。
「同士L。あのお宝をここに」
タイラーがその白い手袋に包まれた手で器用に指を鳴らす。
『のじゃ!』
ルピナス、いや同士Lはクロウから借りたそのロボットアニメのDVDボックス全巻を台車に乗せて玉座の脇の舞台袖から引っ張り出してきた。ここはVR空間であるので、つまりあれは忠実に再現されたVRデータなのだろう。だが、ゼンブン会員全員からどよめきが起こる。
『おお、なんたる事だ。これが神の御業か』
『あえて言おう。神であると』
『キタアアアアーーーーーーーーーー!!』
『くぁwせdrftgyふじこlp!!』
ちょっと最後のセリフはどうやって発音しているのか分からなかったが、とにかくクロウにはそのように聞こえた。と、それを見た大柄の同士Sことシドがどかりと音を立て、膝から崩れ落ちた。
『長かった、じいさまの遺品に含まれていた作品データは断片的で、場合によっては取り逃がしや、結末がわからないものさえある始末だった。買おうにも、最早マスターデータなど天文学的な値段で、個人で買える訳もなく、いつかこれを見てから死のうと決意して幾星霜。まさか本当に死ぬ前に実物を拝める日がくるとは……、感謝するぞ! 同士K!! 我が一生に一片の悔いなし!!』
シドの事情はよくわからないが、こいついろいろ混じっているぞとクロウは思った。
『あれ? でもミー…… じゃなかった同士M。あんた『人型機』なんか見たことないって言っていませんでしたっけ?』
ここに来て、クロウは先ほどの格納庫でのやり取りを思い出していた。じゃああの騒ぎは何だったのさ、という当然の疑問である。
『ああん? てめぇ、よく踏みとどまったな。もしそっちの名で呼んでたら、今頃VRから目覚めなくなるほどここでぶっ殺してる所だったぜ。ともかく、説明してやる。私はこの会合が始まる瞬間までこの手の作品が存在する事すら知らなかった。いいか、前時代の作品ってのは資産なんだよ。知っての通り私の手元にあるのはBLだけだ、どういう訳だか先祖が大量に持っていたらしい。それを引き継いだ私はそれを好んで読んだが、それ以外のものなんてどうでもいい。つまりここはそれぞれジャンルが異なる連中が情報交換をしている場なんだ。他人のジャンルなんか本当なら興味なんかねえ』
面倒くさそうに同士Mはそう言った。うっかり本名を口走るものなら本当に殺されかねないので、クロウはこの空間の中で彼女だけは同士Mだと思う事にした。
「ああ、なるほど。あれ、でもそうなると僕の持ってるコレクションって同士Mの範囲外なんじゃ……」
『んなわけあるか! お前のコレクションは素晴らしい!! 我々BLオタ禁断の断片Wと00を含んでいるじゃねぇか。私も存在自体は噂で聞いていたがまさか拝める日が来るとは思わなかったぜ!』
しまった、とクロウは思った。クロウのコレクションはとあるロボットアニメ、そのシリーズの全てである。その多くは宇宙戦争を描く物語だが、そのあるシリーズの一部には特に女性たちに好まれたシリーズがあるのだ。そう、イケメンキャラの主人公たちが多数登場するシリーズである。
「さあ、諸君! 夜は始まったばかりだ。このVR空間の中で我々のサバト(鑑賞会)を始めようではないか!」
タイラーが高らかに宣言する。
「ま、まさか全部見る気じゃ……」
思わずクロウは口に出す。それを所有するクロウですらそれらを全てぶっ続けで見た事など無い。そのDVDボックスの多くは1話30分程度の長さのテレビで放映された映像を収録した記憶媒体だったが、中にはそれらのシリーズの映画版や、そのエピソードを別の角度から切り取った外伝などが多数。本当に多数存在する。それらの映像の時間はとても数えられる時間数ではない。1週間飲まず食わずで、寝ずに見続けてようやく見終わるかどうかだと思われた。
「ん? 何を言っているのだ同士K」
心底不思議そうにタイラーは言う。一瞬タイラーの理性に期待したクロウは続く言葉に心の底から絶望した。
「現在時刻1935。明日の稼業開始は0600。まあ3時間の仮眠があれば十分として約7時間半もあるのだ。つまりその60倍。我々には17日以上もあるのだ!!」
「や、ほんとばっかじゃねえの!!」
クロウの叫びはむなしく消えた。
そういった意味で『人型』の『ロボット』であるDX-001はクロウにとってロマンの塊だった。何だったらDX-001のコックビットで生活したいとクロウは半ば本気で思っていた。シドに怒られそうなので言わないし実行しないが、一泊位ならシドも許してくれるかもしれない。いずれお願いしようと思った。
DX-001を連想することで思考がそれたが、夕食までの間、シドはクロウの射撃訓練に付き合ってくれていた。無論いつもの60倍VR訓練で、である。銃器の基本はライフルという事で、先日組み立て分解を教えてもらった99式自動小銃の射撃訓練から行った。
99式自動小銃は口径5.56x45mm、BOX型マガジンを搭載しその装弾数は40発。この時代において標準的なアサルトライフルの性能を持つ。
クロウは知らぬ事だったが、なんとこの口径は4000年の長い歴史の開きがあるにも関わらずクロウが生きた時代のライフル弾と同一のものである。それはこの99式自動小銃がこの元となった銃を知るロスト・カルチャーの手によって開発されたからであった。99式自動小銃をVR上で撃ったクロウの感想はとにかく扱いやすいの一言だった。
99式自動小銃は本体3.5kg、マガジンを装着してもその重さは4.5kgほどで、とにかく重心がいい位置にあるのか取り回しがしやすい。その上反動は軽く、300mの射程距離で初めて撃ったクロウでもバシバシ的に当たるのだ。最終的に適性射程距離である500mと800mまでシドに撃たせてもらったが、癖もなくいい銃だとクロウは感じた。
次に撃たせてもらった拳銃は、その正式名称を87式拳銃改と言った。つくば艦内においてこの装備は個人に1丁ずつ与えられる個人装備であり、通常単に『拳銃』と呼ばれているそうだ。その口径は9x19mmでこれもクロウの時代と同じである。ただ、その装弾数は18発とやや多めに設定されていた。そのため、銃身はやや長め、グリップも装弾数が多い分やや長く設計されている。これは口径が9x19mmであっても炸薬の燃焼効率からマンストッピングパワーを上げ、この艦の個人携行火器として最低限その場を切り抜けられるようにとカスタムが施されたのが所以だという。
意外なことに、クロウにはライフルである小銃よりもこの拳銃の方が反動は大きく感じた。だが、拳銃の射撃感というのは癖になるとクロウは思う。拳銃の有効射程距離はカタログスペックで50mがこの時代でも一般的であったが、シドによればその実際の有効射程はもっと短くなるという。「せいぜいが10mから30mって所だ。それ以上になれば拳銃である必要もない」要すれば使い分けであるという。そのため、10mから30mの距離で的の中に必ず弾痕が刻まれるようになるまで繰り返し、繰り返し射撃した。
右利きのクロウは右手の平で拳銃のグリップを押すように、左手を右手のグリップを握った指に添えるようにあて、左手に引っ張るようにテンションをかける。シドに教わった通りこの状態で肩幅に足を楽に開いて撃つと不思議なくらいに的によく当たった。
シドに言われ、漫画のように片手でも撃ってみたが、的には当てようと思えば当てられるものの、狙った箇所にピンポイントを狙うとなるとかなり難しい。片手だとどうしても標準が上下左右とずれるのだ。「だから、慣れない内は片手で撃とうとは絶対思うな。その内意識しなくても片手だろうが利き手じゃ無かろうが撃てば当たるようになる」とはそれを見たシドの言であった。
こうして夕飯の時間までシドに射撃訓練に付き合ってもらったクロウは、用があると言うシドと別れ、一人で夕食時に賑わう食堂へと来ていた。一人で食事を食べ、食後のコーヒーを飲んでくつろいでいたクロウは、ここに来て初めて一人で食事を取っていることに気が付いた。
タイラーによれば第四世代人類は何も1日3食食べる必要は無いのだという。曰く、1週間に1度の食事でも問題ないそうで、実際この『つくば』艦内のクルーの中にもそうしたサイクルで食事を取るものも少なからずいるという。だが、第三世代人類から第四世代人類へとバージョンアップを果たした人類の多くは食事を習慣として取るため、食べなくてもいいと知りつつもついつい、空腹感を感じてしまうのだ。艦長であるタイラーはそこで24時間自由に各員に食事を取らせる事に決めたらしい。
そんなことを思っていたクロウの席をいつの間にかぐるりと、黒いフードを被った者たちが取り囲んでいた。明らかに怪しい集団だったが、もしかすると、クロウが知らないだけで、彼らはどこかの部署の何らかの作業着を着ているだけかも知れない。
そう思ってクロウは気にしないことにしたが、クロウの左右の席を同じ衣装の者が座りクロウのいるテーブルを彼らが取り囲んで、ようやく自分が明らかに彼らに狙われていると悟った。
「あー、『ゼンブン会』の連中が例の新人を取り囲んでるぜ!」
「しっ、よしましょう! 関わったらどんな目に合うか分からないわ!」
そんな黒装束の集団の外から、普通の常備服を着た男女がクロウを気にしながらも通り過ぎていった。どうやらこの黒い連中は『ゼンブン会』と呼ばれる集団で、この艦のものであればその存在は知っている者たちのようであった。
『クロウ・ヒガシ少尉。我々とご同行願おうか』
その内一人の者が進み出て明らかにボイスチェンジャー越しの声でそう言った。彼らの格好は。そう、黒魔術をやっているサバトのような格好である。その頭はとんがっており、目と口の部分だけが白いメッシュ状に加工されているが、背格好だけでは流石にクロウにも話しかけて来たのが誰なのかまでは分からない。
「えっと」
クロウが躊躇していると、彼らの間に明らかに小さい人物が紛れているのに気が付いた。それはクロウが自分を見ていると確認すると、『のじゃあああああああ!』と威嚇してきた。ああ、この小さいのはルピナスである。クロウが悟ったその瞬間である。
『今だ、確保!!』
と、一人が声をかけると周りの黒装束たちによってクロウはあっと言う間にす巻きにされ神輿のように彼らに運ばれてしまった。
「まあ、ルピナスもいるし。多分害はないだろう」
そんなことを呟きながら、まだ食堂の食器を返していないことにクロウは気が付いたが、黒装束の一人がきちんとそれらを片付けて食器返却口に返していたので気にしないことにした。
クロウが連れて来られたのはなんとVR訓練室である。彼らはそのリクライニングシートの一席にクロウを下すとそのリクライニングに隠されたスイッチを操作した。瞬間、リクライニングシートの左右の手すりと両足のフットレストの辺りからアームが出現しクロウを拘束してしまった。
「ちょ、ちょっと!」
流石にいたずらにしてもこれは度が過ぎている。クロウは流石に声を上げるが、目の前に来た黒装束の一人のセリフによってその非難の声は遮られてしまった。
『抵抗は無駄だ、クロウ・ヒガシ少尉。貴様には我々の同士たる資質があるとすでに判明している。神妙に我らの同士に加わるがいい』
と、言うと彼はその大きい体躯で丁寧にクロウにシートベルトを装着し、『コネクターを繋ぐとき危ないから動くんじゃねーぞ』と言いながらクロウの首筋にコネクターを接続した。
「何やってるんですかシド先輩?」
その姿はこの艦でクロウが見慣れたその人の所作である。流石にここまで近く、見覚えのある背格好であればクロウも気づく。
『ぎっくぅ! ききききき貴様! ここここここでは本名は言ってはならぬのが鋼の掟! 吾輩の事は『同士S』と呼べ!!』
ごまかし下手かよ、と思いながらクロウはとりあえず頷いておく。見れば全部で30席あるリクライニングシートが黒い衣装の彼らによってほぼ埋め尽くされている。リクライニングシートに座る事によって見えた彼らの足元は女性男性両方含んでいた。
そうこうしている間に彼らの準備も整ったようだ。
『同士諸君、準備はいいか』
『応!』
『では『前時代文化研究同好会』の定例会を始める』
瞬間半ば強制的にクロウはVR空間に投入されたのだった。思えばクロウが自主的にVR空間に侵入したことはほぼ無かった。その内自由にVRを利用したいとクロウは心から願った。
クロウが目覚めると、そこはファンタジーに出てきそうな玉座の間だった。作品によっては謁見の間とかいろいろな呼び方があるが、クロウがいるそこは薄暗くろうそくの火によって灯された禍々しい空気が辺りを支配した、いわば『魔王の間』と呼べそうな空間であった。その中央を横切るように、クロウが正座で座らせられた赤いじゅうたんが大げさに高い10段以上はあるのではないかと思われる階段の上まで続いていた。
「ふっ、来たか、同士クロウ・ヒガシ少尉」
玉座の片方の手すりに肘を付き、その腕で顔を支えて足を組みながら、タイラーがふんぞり返っていた。彼だけはこの場においてその怪しいローブを着ていない。いつものタイラーの姿であった。
「はぁ、なにやってるんすか。自称保護者。こういう悪ふざけをするタイプだとは知らなかったです」
呆れてクロウは口に出すが、左右に控えた黒ずくめの、もう面倒だから『ゼンブン会』でいいや語呂いいしとクロウは思った。ともかくゼンブン会の会員たちがクロウに遠巻きにヤジを飛ばす。
『ええい、黙れ新参者が!』
『我らが会長は神にも等しい英知を与えて下さるお方なのだぞ!』
ふふふと、タイラーは不敵に笑うと彼らに対して「なあに、彼はまだ礼儀を知らんのだ。許してやりたまえ」という。
「ええっと、前時代文化研究同好会でしたっけ?」
言いながらクロウは後ろ手に自分の両手が拘束されているのに気が付いた。
『のじゃ!』
そして、玉座の隣にいるそんな声を上げた小さいゼンブン会員と、その反対側にいつものように控えるゼンブン会員を確認する。あれがルピナスだとすると、反対側はルウだろう。タイラーのやる事とはいえ、ルウも付き合いが良すぎるだろうとクロウは心の中で突っ込んだ。
「僕ちょっと思い当たった事があるんです。ルピナスについさっき『一式』貸したんですよ」
『然り! 然り! 然り!』
と、周りのクロウの言葉に周りのゼンブン会員たちが一斉に声を上げた。
「もしかして、ここって、僕の時代で言うところの『漫画研究同好会』とか『映画研究同好会』とか、とにかくそれが好きな人たちが集まるあれですか?」
思えば、思い当たる節はあったのだ。シドなどは言葉の端々にクロウの時代の『ネットスラング』と呼ばれるような言葉を含んでいた。そして何人か、そんな言葉を使用した人物にクロウは心当たりがある。つまり彼らは『ココ』のメンバーであったのだろう。
「ふふはっはっはっは!! 素晴らしい! 君こそ、君こそが我々の待ち望んだ、選ばれし者である。ものども! 彼にローブを被せたまえ!」
大仰に言うなり、仮面に手を当ててタイラーは天を仰ぎ見ると、会員たちへと命じた。ゼンブン会員の数人が赤じゅうたんの上に座るクロウを取り囲むと。あっと言う間にクロウを取り囲み彼らと同じ黒い衣装を着せられてしまった。
『これで貴様も同士Kだ!』
『おお、同士Kの誕生だ!』
『う、無理やり引きずり込まれるとかちょっと性癖に刺さる!』
気が付けば、クロウの両手の拘束も外されていた。
『まあ、抵抗する気もありませんけどね。普通に誘ってくれれば来ましたし多分』
同士Kと呼ばれた。クロウはとりあえずこの空間のノリに身を任せることにした。
「では我々が誇る四天王を紹介しよう」
大仰にタイラーが宣言する。
『前時代SF大好き、同士S!』
どう見てもシドだった。そういえばDX-001の開発はシドも関わっていると言っていた。
『前時代BLを愛し続けて幾星霜、同士M!』
ああ、あれはミーチャ中尉ですね本当にありがとうございました。
貴女が親切で優しい頼れる姉御肌の上官だと思っている時期が僕にもありました。アナタの脳内では既に僕は誰かと無茶ぶりカップリングされ存分に『オカズ』にされている事でしょう。想像して気持ち悪くなったクロウはとりあえず思考停止する。本人は隠しきれている様子だが、背格好というか、雰囲気で彼女がミーチャであるのはクロウには少なくともバレバレだった。
『ダークファンタジーが3度の飯よりメシの種! 同士A!』
タイラーの隣で控えていたルウが高々に宣言する。
ルウ・アクウのアクウの方の文字を取ったようだ。それにしても、なかなか濃い趣味である。ルウの時々伺い見える闇はどうもその辺の趣向にありそうだとクロウは思った。恐らく、この城のデザインも彼女によるものだろう。
『なんでも大好きオールジャンル! 同士L! なのじゃ!!』
最後にルピナスが、どう見てもルピナスがそう宣言して万歳した。
「みなさんの事は、なんとなくわかりました。こうして時々集まってはオタ活動に従事していた同士さん達なわけですね」
『然り! 然り! 然り!』
もうやだこの空間、とクロウは思ったが。もうクロウもこの一員に加えられてしまった。
「同士L。あのお宝をここに」
タイラーがその白い手袋に包まれた手で器用に指を鳴らす。
『のじゃ!』
ルピナス、いや同士Lはクロウから借りたそのロボットアニメのDVDボックス全巻を台車に乗せて玉座の脇の舞台袖から引っ張り出してきた。ここはVR空間であるので、つまりあれは忠実に再現されたVRデータなのだろう。だが、ゼンブン会員全員からどよめきが起こる。
『おお、なんたる事だ。これが神の御業か』
『あえて言おう。神であると』
『キタアアアアーーーーーーーーーー!!』
『くぁwせdrftgyふじこlp!!』
ちょっと最後のセリフはどうやって発音しているのか分からなかったが、とにかくクロウにはそのように聞こえた。と、それを見た大柄の同士Sことシドがどかりと音を立て、膝から崩れ落ちた。
『長かった、じいさまの遺品に含まれていた作品データは断片的で、場合によっては取り逃がしや、結末がわからないものさえある始末だった。買おうにも、最早マスターデータなど天文学的な値段で、個人で買える訳もなく、いつかこれを見てから死のうと決意して幾星霜。まさか本当に死ぬ前に実物を拝める日がくるとは……、感謝するぞ! 同士K!! 我が一生に一片の悔いなし!!』
シドの事情はよくわからないが、こいついろいろ混じっているぞとクロウは思った。
『あれ? でもミー…… じゃなかった同士M。あんた『人型機』なんか見たことないって言っていませんでしたっけ?』
ここに来て、クロウは先ほどの格納庫でのやり取りを思い出していた。じゃああの騒ぎは何だったのさ、という当然の疑問である。
『ああん? てめぇ、よく踏みとどまったな。もしそっちの名で呼んでたら、今頃VRから目覚めなくなるほどここでぶっ殺してる所だったぜ。ともかく、説明してやる。私はこの会合が始まる瞬間までこの手の作品が存在する事すら知らなかった。いいか、前時代の作品ってのは資産なんだよ。知っての通り私の手元にあるのはBLだけだ、どういう訳だか先祖が大量に持っていたらしい。それを引き継いだ私はそれを好んで読んだが、それ以外のものなんてどうでもいい。つまりここはそれぞれジャンルが異なる連中が情報交換をしている場なんだ。他人のジャンルなんか本当なら興味なんかねえ』
面倒くさそうに同士Mはそう言った。うっかり本名を口走るものなら本当に殺されかねないので、クロウはこの空間の中で彼女だけは同士Mだと思う事にした。
「ああ、なるほど。あれ、でもそうなると僕の持ってるコレクションって同士Mの範囲外なんじゃ……」
『んなわけあるか! お前のコレクションは素晴らしい!! 我々BLオタ禁断の断片Wと00を含んでいるじゃねぇか。私も存在自体は噂で聞いていたがまさか拝める日が来るとは思わなかったぜ!』
しまった、とクロウは思った。クロウのコレクションはとあるロボットアニメ、そのシリーズの全てである。その多くは宇宙戦争を描く物語だが、そのあるシリーズの一部には特に女性たちに好まれたシリーズがあるのだ。そう、イケメンキャラの主人公たちが多数登場するシリーズである。
「さあ、諸君! 夜は始まったばかりだ。このVR空間の中で我々のサバト(鑑賞会)を始めようではないか!」
タイラーが高らかに宣言する。
「ま、まさか全部見る気じゃ……」
思わずクロウは口に出す。それを所有するクロウですらそれらを全てぶっ続けで見た事など無い。そのDVDボックスの多くは1話30分程度の長さのテレビで放映された映像を収録した記憶媒体だったが、中にはそれらのシリーズの映画版や、そのエピソードを別の角度から切り取った外伝などが多数。本当に多数存在する。それらの映像の時間はとても数えられる時間数ではない。1週間飲まず食わずで、寝ずに見続けてようやく見終わるかどうかだと思われた。
「ん? 何を言っているのだ同士K」
心底不思議そうにタイラーは言う。一瞬タイラーの理性に期待したクロウは続く言葉に心の底から絶望した。
「現在時刻1935。明日の稼業開始は0600。まあ3時間の仮眠があれば十分として約7時間半もあるのだ。つまりその60倍。我々には17日以上もあるのだ!!」
「や、ほんとばっかじゃねえの!!」
クロウの叫びはむなしく消えた。
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