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男子トイレは一つしかなく、使用中だったため外で待っていると中から話し声が聞こえた。田中によく似た声だった。
(トイレで用を足しながら電話するなんて汚い奴や)
下品だと顰めた眉は、次の言葉でさらに深くなった。
「そうそう、電車の中で私服警官おるの気づいて俺が止めに入ったやつな、今日の飲み会に来とるねん」
友彦の事だろうかと辰也は耳を澄ました。
「あれマジでぎりぎりやったな、ヤバかった。ハハハっ、今思い出しても笑けるくらいビビったもん。ちょっと同じ路線でやり過ぎたもんな。女の私服警官がごっつう鋭い目してお仲間と目で合図送ってたん気づいてよかったわ。分かってるって。でも俺の洞察力なかったら捕まってたな。もうあの類はヤバイからできひんし、早よ別のん考えろや」
これは所謂あれじゃないのか、触られていないのに痴漢されたと言い、刑事事件にならないよう示談金を払うなら穏便に済ます、と言って金を奪い取る悪質な強請り。嵌めようとしていたのが友彦の事なら許すわけにはいかない。辰也はトイレから出てきた男をギロリとにらんだ。
「うわっ、辰也か。びっくりするやん」
「田中、お前今の話なんや」
「何?」
田中は座敷で笑顔を振りまいていた人間と同一人物とは思えない冷たい目をして辰也を睨み返した。
「さっきの話、お前が友彦を電車の中で助けた話やろ」
「はぁ?何のこと?」
「しらばっくれんな。トレイの話丸聞こえやったぞ!お前が痴漢冤罪で嵌めようとしとったんは羽田やろ」
「お前、何様なん。勝手に話作るなよ」
「あいつに謝れ」
「なんで何もしてないのに謝らなあかんねん。あんな影薄い奴、お前が今日連れて来るまで知らんかったし。難癖つけんなや!」
田中は辰也を押し返して皆がいる席へ戻ったが、辰也が足早に追いかけて田中の肩を掴み、振り返らせたところ頬を殴った。
「謝れ!友彦に謝れ!」
鈍い音がして田中が倒れた。
「辰也!どうしたん!」
何が起きたのだとサークル仲間が静まり返って聞き耳を立てる。もう一度掴みかかろうとする辰也を慌てて友彦が抑えた。
「え、喧嘩?」
「やれやれ!」
「あほ、サークル活動禁止になるやろ、止めろや」
そう言いながらも間に割って入るサークルの人間は友彦以外いなかった。辰也は鼻息荒く田中を見下ろしている。田中は殴られた頬を押さえながら後ずさった。
「田中くん、辰也がごめん!」
友彦が頭を下げて田中に謝る。辰也はそれを押し退けた。
「こいつ、やっぱりろくでもない。友彦、帰るぞ!」
「えっ、た、辰也……」
辰也は店を出た。友彦はカバンやジャケットをかき集めて急いで後を追いながら訊いた。
「辰也、何があったん?」
「なんもない!」
「何もないて、田中君殴ったんやで。腹たっても殴ったらあかんやん。後でちゃんと謝ろ?僕も一緒に謝るから」
「何でお前が謝るねん」
「僕に謝れって言うて殴ったやん。僕田中くんに謝ってもらうような事されてないし、一緒の方が謝りやすいかと思って」
「お前のそういう優しいところに人は付け入るんや!」
辰也は振り返り、友彦は辰也の胸にぶつかった。辰也はそのまま友彦を抱きしめたが直ぐに離した。
「お前は誰にでも優しすぎるねん。だから目つけられるねん。お前は俺が守るって決めたのに」
「辰也?酔うてる?」
「酔うてないわ!くそっ!」
辰也ほどいい奴は他にいない。そのことは自分が一番よく知っている。理由は教えてくれないけれどちゃんとしたわけがあるのだと思った。荷物を持ったまま友彦は大股で歩く辰也の背中を追いながら、田中と話した居酒屋を何度か振り返った。足の付け根の刺青はジクジクと痛んでいた。
(トイレで用を足しながら電話するなんて汚い奴や)
下品だと顰めた眉は、次の言葉でさらに深くなった。
「そうそう、電車の中で私服警官おるの気づいて俺が止めに入ったやつな、今日の飲み会に来とるねん」
友彦の事だろうかと辰也は耳を澄ました。
「あれマジでぎりぎりやったな、ヤバかった。ハハハっ、今思い出しても笑けるくらいビビったもん。ちょっと同じ路線でやり過ぎたもんな。女の私服警官がごっつう鋭い目してお仲間と目で合図送ってたん気づいてよかったわ。分かってるって。でも俺の洞察力なかったら捕まってたな。もうあの類はヤバイからできひんし、早よ別のん考えろや」
これは所謂あれじゃないのか、触られていないのに痴漢されたと言い、刑事事件にならないよう示談金を払うなら穏便に済ます、と言って金を奪い取る悪質な強請り。嵌めようとしていたのが友彦の事なら許すわけにはいかない。辰也はトイレから出てきた男をギロリとにらんだ。
「うわっ、辰也か。びっくりするやん」
「田中、お前今の話なんや」
「何?」
田中は座敷で笑顔を振りまいていた人間と同一人物とは思えない冷たい目をして辰也を睨み返した。
「さっきの話、お前が友彦を電車の中で助けた話やろ」
「はぁ?何のこと?」
「しらばっくれんな。トレイの話丸聞こえやったぞ!お前が痴漢冤罪で嵌めようとしとったんは羽田やろ」
「お前、何様なん。勝手に話作るなよ」
「あいつに謝れ」
「なんで何もしてないのに謝らなあかんねん。あんな影薄い奴、お前が今日連れて来るまで知らんかったし。難癖つけんなや!」
田中は辰也を押し返して皆がいる席へ戻ったが、辰也が足早に追いかけて田中の肩を掴み、振り返らせたところ頬を殴った。
「謝れ!友彦に謝れ!」
鈍い音がして田中が倒れた。
「辰也!どうしたん!」
何が起きたのだとサークル仲間が静まり返って聞き耳を立てる。もう一度掴みかかろうとする辰也を慌てて友彦が抑えた。
「え、喧嘩?」
「やれやれ!」
「あほ、サークル活動禁止になるやろ、止めろや」
そう言いながらも間に割って入るサークルの人間は友彦以外いなかった。辰也は鼻息荒く田中を見下ろしている。田中は殴られた頬を押さえながら後ずさった。
「田中くん、辰也がごめん!」
友彦が頭を下げて田中に謝る。辰也はそれを押し退けた。
「こいつ、やっぱりろくでもない。友彦、帰るぞ!」
「えっ、た、辰也……」
辰也は店を出た。友彦はカバンやジャケットをかき集めて急いで後を追いながら訊いた。
「辰也、何があったん?」
「なんもない!」
「何もないて、田中君殴ったんやで。腹たっても殴ったらあかんやん。後でちゃんと謝ろ?僕も一緒に謝るから」
「何でお前が謝るねん」
「僕に謝れって言うて殴ったやん。僕田中くんに謝ってもらうような事されてないし、一緒の方が謝りやすいかと思って」
「お前のそういう優しいところに人は付け入るんや!」
辰也は振り返り、友彦は辰也の胸にぶつかった。辰也はそのまま友彦を抱きしめたが直ぐに離した。
「お前は誰にでも優しすぎるねん。だから目つけられるねん。お前は俺が守るって決めたのに」
「辰也?酔うてる?」
「酔うてないわ!くそっ!」
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