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エピローグ

彼女達 2

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「よーし、そうと分かれば後は簡単ですわ!!燃え尽きなさい、フレイム・レイン!!!」

 空高く舞い上がりそこから見渡した戦場に、マックスが示した場所を見つけるのは難しくないだろう。
 そうしてそちらへと杖を向けたエッタが高めた魔力は、空間を歪めるほどの密度を誇っている。
 その素人目にすら分かる迫力に高まる期待は、彼女がその甲高い声と共にそれを解き放ったタイミングで、最高潮へと達していた。

「おおっ、凄ぇ!!・・・って、あれ?何にも、起きてない?」

 魔法の発動共に上がった歓声はしかし、期待した結果へと繋がらない現実に失望へと変わる。
 あれ程の魔力を消費してエッタが魔法を放ったにもかかわらず、彼らの目の前にはそれまでと変わらない現実が広がっていた。

「おい、どういう事だ?まさか、失敗したん―――」
「ご心配ありませんわ!あれを御覧なさい!!」

 失望にざわざわと騒いでいた兵士達は、やがてその矛先をエッタへと求めていく。
 しかしそれが顕になる前に、彼女は彼方を指差すとそちらへと目を向けるように促していた。

「あれっていったって・・・おおっ!!?」 

 そこには先ほどよりも暗くなった空と、そこから降り注ぐ火の雨の姿があった。
 それは瞬く間に豪雨と呼べるほどの雨量となり、魔物達の大群を焼き払い始めていた。

「こりゃ、凄ぇ!!疑って悪かったな、お嬢ちゃん」
「分かればよろしいのですわ、分かれば!!それにお嬢ちゃんではなく、私にはヘンリエッタ・リッチモンドという立派な名前がありますの。今度からはちゃんと、名前で呼んでくださる?」
「おぉ、そりゃ悪かったな!ヘンリエッタ嬢ちゃん!」

 エッタが放った魔法の威力を目にして、あっさりと手の平を返した兵士達は、彼女を賞賛する言葉を投げかけている。
 それに気分良くしたエッタは、その薄い胸を反り返らせていたが、彼女はそれよりも自らの名前が憶えられていない事が気に食わないようだった。

「ちょ、ちょっと待ってくださいリッチモンド様!!あ、あれでは我が方の兵士も焼き払ってしまうのでは!?」

 単純な兵士達はエッタの魔法の威力に感心するばかりだが、彼らと違い側近達はそれほど単純にはいられない。
 彼らはエッタの放った魔法が、壊滅し敗走している右翼の兵達をも焼き払ってしまわないかと心配なようだった。

「ふふーん!その点はご心配には及びませんわ!!凡庸な魔法使いならばいざ知らず、私のような大魔法使いであれば、敵だけを狙って魔法を放つことも可能!!味方の兵士には、傷一つつけないと約束いたしますわ!!!」
「そ、そんな事が!?」
「出来るのですわ!!どう、驚きまして!?ふふーん、凄いでしょう?好きなだけこの私、大魔法使いヘンリエッタを讃えても構いませんことよ!!」

 側近達が口にした不安に、逆に得意げな表情を見せては心配ないと断言した、エッタの自信は揺るぐ事はない。
 それを自ら口にした事実こそが、彼女にはそれが間違いなく可能であるという証左であろう。
 確かにここからでも良く見れば、逃げる兵士に落ちる火が存在しない事が見て取れた。

「こ、これならば・・・勝てる、勝てますぞ!!マクシミリアン様!!」
「そうでしょう、そうでしょう!!こんな戦いなど、私の手に掛かれば―――」

 エッタの圧倒的な力を目にすれば、こんな絶望的な状況にも希望を見出せる。
 好転した戦況に顔を上げた側近達は、口々に勝利を口にし始めている。
 そんな彼らの様子に、エッタはさらに調子に乗ると、その背中を限界まで反り返らせようとしていた。

「で、あれはどうするのエッタ?」
「へ?な、何の話ですの、セラ―――」

 最高潮に調子に乗っているエッタへと、冷や水を浴びせ掛ける声はどこか暢気な響きをしている。
 それは決して特別に大きな声ではなかったが、何故かその声をエッタは聞き逃さなかったようで、その人物が示した方角へと目を向ける。

「グガァァァァ!!!」

 そこには、周りの魔物達とは比べ物にならないほど巨体誇る存在が一団を為していた。
 それは恐らく巨人達の部隊だろう。
 見れば壊滅した右翼だけではなく、各方面にも同じような部隊が現れている。
 それは相手がここで、一気に勝負を決めようと考えている事が示されている。
 そして何より、ゴブリンのような小型の魔物と違い、彼らはエッタが作り出した炎の雨をものともせず、そのまま突き進んでしまっていたのだった。

「きょ、巨人ですって!?あ、あわわ・・・あ、あれに対処するためには別の魔法が必要で・・・あぁ、でもそうするとフレイム・レインが・・・ど、どうすればいいのですの!?」

 自らが作り出した炎の雨を、まるで気にしないように突っ込んでくる巨人の部隊に、エッタはどう対処したらいいのか分からずに、あわあわと混乱してしまっている。
 そんな彼女の姿に、一人の女性が前へと進み出てきていた。
 その女性はすらっと伸びたシルエットに、長い黒髪をはためかせる美しい女であった。

「全くしょうがないわねぇ・・・あれは私が何とかしてあげるわ。それでいいでしょ、マックス?」
「・・・あぁ、頼む」

 小高い丘の突端へと立った美しい女性、セラフは後ろへと振り返るとマックスに呼びかけている。
 彼女に、エッタのような力があるとは思えない。
 しかしマックスは、その言葉に力強く頷くと、彼女に全てを託していた。

「ふふん、任せなさい!!後は全て、私が―――」
「ちょっと、セラフィーナさん!!私の手柄を奪わないでくださいます!?」
「何よ、あんたの尻拭いをしてあげようってんでしょ!!大体、何?張り切っちゃってさぁ・・・あんたもしかして、私達の前で活躍してポイント稼ごうって魂胆じゃないでしょうね?」
「ギクゥ!?」

 マックスの言葉に嬉しそうに微笑んだセラフは、そのまま戦場へと顔を向けると、何かを始めようとしている。
 しかしそれに気に食わないのは、彼女よりも先に注目を集めていたエッタだ。
 彼女はセラフが自分の手柄を奪うつもりなのではないかと、噛み付いてきていた。

「なに、図星なの?ちょっと止めてよね、人様の息子に手を出そうとするのは。大体いい年して、他人の息子にちょっかい掛けて恥ずかしくないわけ?年を考えなさいよ、年を!」
「恥ずかしくなんてありませんわ!!私の姿を良くご覧なってくださいな!!セラフィーナさんのご子息の隣に立っても、恥ずかしくない若々しさだとは思いませんこと!?」
「あんたのそれは、魔法で誤魔化してるだけでしょ!!ずるよ、ずる!!」

 自らの指摘に動揺するエッタの姿に、心底引いた表情を見せるセラフは、彼女に自分の息子には近づかないように通告する。
 しかしエッタはその言葉を受けても、自分は彼に間違いなくお似合いだと断言し、決して引く様子を見せなかった。
 確かに彼女の言う通り、エッタの容姿は彼らが魔人を討伐したあの時から欠片も変わっていない。
 しかしそれも、有り余る魔力で補った偽りの姿だと、セラフは糾弾する。
 またもや図星を突かれたように苦しそうな表情を見せるエッタに、恐らくそれは事実なのだろう。
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