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だから私はレベル上げをしない

交渉 4

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「ま、待て!!話し合おう!!なっ?まだ話し合える余地がある筈だろ!?」
「問答無用!!」

 迫るマックスに手を伸ばし、必死に話し合おうと訴えかけているジークベルトの姿を見れば、マックスの考えが正しかった事が如実に示されている。
 つまり、ジークベルトが往時の力を全く取り戻していないという、その推測が。

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 話し合いを求めるジークベルトの言葉を完全に無視をして、マックスはその剣を振り下ろす。
 それに全く対応の出来ないジークベルトは、それを諸に食らってしまい、情けない悲鳴を上げていた。

「・・・・あれ?痛くない?痛くないぞ!」
「なん、だと?」

 マックスが振り下ろす剣先を恐れて、身体を丸めては縮こまっていたジークベルトは、一向にやってこない痛みに、隠していた顔を僅かに覗かせては不思議そうな表情を浮かべている。
 ジークベルトとは違い険しい表情を浮かべたマックスはしかし、同じ疑問に戸惑っていた。
 それは完全に入った筈の剣先が、ジークベルトの身体の直前でそこからビクともしない様を見れば、自ずと分かるだろう。

「・・・そうだ。そうだった!そうだそうだ!!」

 お互いに同じ疑問を抱きながらも、その行動は異なっている。
 マックスは目の前に起きた不可思議な現象に首を傾げながらも、それに囚われることなくすぐに次の攻撃を繰り出していた。
 しかしそれも同じようにジークベルトの身体の直前で止まってしまえば、やがて剣先も鈍ってくるというもの。
 ジークベルトはそんなマックスの一方的な攻撃を受けながら、頭を悩ましていた。
 そして彼は思い出す、その事実を。

「ふふふ、ははははは、はーっはっはっは!!!無駄無駄無駄ぁ!!そんな攻撃、このジークベルト様には通用しなーーい!!!」
「・・・何だと?それは、どういう意味だ?」

 不可解な現象に守られていてもそれは不安だが、理由が分かったのならば安堵も出来る。
 思い出したその理由に、もはやジークベルトはその身を守る事も放棄して、腕を腰に当てては堂々と仁王立ちをしている。
 そんな彼が自信満々に告げた言葉に、いい加減剣を振るうことに疲れてきていたマックスはそれを収めると、それはどういう意味かと尋ねていた。

「ふふん、聞きたいか?いいだろう教えてやる!」

 マックスの尋ねる言葉に、ジークベルトは僅かにもったいぶる様子を見せたが、どうやら話したくて仕方がないらしく、すぐに勝手に始めている。

「お前達は何故、このダンジョンがレベル上げに適しているか考えた事はあるか?知っているぞ、お前達人間がこのダンジョンを『レベル上げに丁度いいダンジョン』と呼んでいる事を!」

 自らの成果を披露するように嬉しげに両手を広げたジークベルトは、この場所を示すために部屋の中をグルグルと回り始めている。
 彼はそれによって何かを示唆するように、このダンジョンの通称について話していた。
 それはまさにこのダンジョンの性質を現した名前であったが、果たしてそれが彼の不可思議な能力とどう関連してくるのだろう。

「知らないな。だが、それがどうした?」
「ふふふ、そうだろうな。馬鹿め、お前達はそれが罠とも知らずにレベル上げに勤しんでいたのだ!!このジークベルト様の身体には、『レベル一桁の攻撃しか入らない』という概念結界が張られているのだからな!!」

 ジークベルトの確信をはぐらかす言葉に、苛立った様子のマックスはぞんざいに返している。
 そんなマックスの返答に、さらに彼を見下すような表情を浮かべたジークベルトは、自らの不可解な能力の正体を明かしていた。

「・・・それは、本当か?」
「本当だとも!!どうだ、驚いただろう!!ふふん、このダンジョンを訪れてレベル上げをしない人間などいる筈がない!そうなるように時間を掛けて調整したのだからな!!ましてやここに辿りつくまでの道中には、強力な魔物を多数配置していたはず!たとえそのレベルの者がいても、ここまで辿りつける筈がない!!よって俺様は完全に無敵!!我ながら惚れ惚れする、智謀よ!!ふふふ、ははははっ、はーっはっはっは!!!」

 それを耳にしたマックスの反応は、驚きよりも戸惑いが多い。
 それは本来、ジークベルトの期待した反応とは違っていたが、そんな些細な違いなど気にしている気分でもなかった。
 自らの能力を思い出し、それを完璧に機能させる自らの智謀へと思いを巡らせるジークベルトは、その見事なまでの用意周到さを自画自賛している。
 その気持ちいいまでの高笑いは、まるで全てを諦めてしまったかのように脱力しているマックスの姿に、最高潮へと高まっていた。

「・・・いるぞ、そこに」
「は?何をいってる?頭がおかしくなったか?」

 まさに絶好調といった様子で高笑いを漏らしているジークベルトに、マックスは静かにある方向を指差している。
 彼がぼそりと呟いたその言葉の意味を、ジークベルトは理解しない。
 それも無理はないだろう。
 彼の言葉通り、本来そんな奴がこの場にいる筈などないのだから。

「だから、レベル一桁の奴だ。そこにいるぞ」
「そんな訳が・・・えっ、マジで?」
「マジだ」

 信じられないという表情で、その事実を受け入れようとしないジークベルトに、マックスはそれははっきりと口にする事で間違いないと告げていた。
 それには流石に彼も否定しきれなくなったのか、呆けたように口を開けてはマックスに事の真偽を尋ね返している。
 それに答える、マックスの言葉は短い。
 それはそれが間違いない事実だと、知っているからか。

「えっ、私?」

 マックスが指し示した先には、きょとんとした表情で佇む黒髪の美女、セラフがいた。
 彼女こそが、このダンジョンに長い間滞在しながらも、今だにレベル二桁に届かない冒険者であった。
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