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だから私はレベル上げをしない

苦戦 1

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 燃え盛る炎の渦は、それを狙う者を決して逃しはしない。
 それは灼熱の空気を振り撒いて、それを吸い込む者の肺すらも焼きつかせてしまうだろう。
 しかしそんな必殺を、切り裂く刃があるとしたら。
 ほんの二振り、閃いた刃は空気を切り裂いて、そこに真空の嵐を呼びこんでいる。
 それはあっという間に、その灼熱の空気を霧散させ、そこを今突き破った身体を焼きつかせはしない。

「はぁ!?何なのですの、貴方!!そんなの、道理が通りませんわ!!」

 自分が作り出した必殺の炎を、簡単に切り捨てられてしまったエッタは、それに不満と不条理を叫んでいる。
 しかし彼女は、忘れてはいないだろうか。
 彼が何を突き破り、誰を狙って進んでいるかを。

「その火力、拙者にも危険であれば・・・御免」

 必要なコマが抜け落ちたかのような不自然さで、一気に距離を詰めてきた武人、バルトルトは真っ先に危険は魔法使いを処理しなければ刃を振るう。
 彼と戦っている者の中で、一番最後尾の位置に立っていたエッタは、まさか自分が最初に狙われるとは思っておらず、迫りくるバルトルトの姿に不思議そうな表情を見せるばかり。
 彼が構える刃は、今だその鞘に収まっているが、それが閃いた瞬間には彼女の首はもう落ちてしまっているだろう。

「エッタ!?危ない!!」

 しかしそんな危機の姿も、同じく後方に位置していた彼女にならばよく見える。
 自分には向かってこなかった脅威に、エッタよりも冷静に対応出来たアリーは、構えた弓に狙いを定めると、それをバルトルトの背後へと放つ。
 それは目の前のエッタの首に狙いを定めている彼を思えば、完璧に隙を突いた一撃であろう。

「・・・流石に、そう簡単には参らんか」

 しかし彼は、それを簡単に切り払うと、続けざまに打ち込まれた矢をもはや相手にしないように、簡単に躱して見せる。
 そのステップは自然と弧を描き、気づけばエッタの後方へと回っていた。

「くっ!このままじゃ、エッタに当たっちゃう」
「・・・なるほど、仲間を犠牲にする覚悟はござらんか。であれば・・・先ずは一つ」

 エッタを射線に巻き込む形で動いたバルトルトに、アリーは矢を放つのを躊躇ってしまう。
 その様子を目にした僅かに口元を歪めると、そこに付け入るべき弱点を見出している。
 そうして鞘へと手をやったバルトルトは居合の型を取り、エッタの首を落とそうと狙いを定めていた。

「そう簡単に、やらせはしない!」

 それを防いだブラッドの刃はしかし、バルトルトの剣先の勢いに弾き返されてしまっている。
 それは彼の、二の太刀を防げない事を意味していた。

「悪くはない連携だが・・・詰めが甘いな」
「・・・それはどうかな?」

 大きく弾かれてしまったブラッドに、もはやそれを妨げることは出来ない。
 それをはっきりと確信したバルトルトは、跳ね上げた自らの刃に両手を添える。
 それは、エッタの致命を意味しているだろう。
 しかしそんな状況にも、ブラッドはどこか不敵な笑みを漏らしていた。

「何だと?っ!?」
「・・・ちっ、これでもその程度か」

 その不敵の笑みの理由は、彼の死角から襲いかかった刃によって示されている。
 しかし完全に隙を突いた筈のその一撃も、咄嗟に振るう刃の行き先を変えたバルトルトによって、ギリギリの所で防がれてしまっている。
 その一撃で削り取ったのは、彼の皮一枚といった所か。
 そんな戦果に不満そうに舌打ちを漏らした男、マックスはバルトルトの反撃を警戒するように、再び距離を取っていた。

「ちょっと、マクシミリアン!!貴方今、私を囮にしたのではなくって!?」
「・・・ふん。偶々だ、偶々」

 一連の攻撃は、見事な連携によって形作られている。
 それが偶然によって結ばれたものとは思えないエッタは、最初から自分が囮として用いられていたのではないかと疑っていた。

「あーーー!!!貴方今、誤魔化しましたわよね!?絶対、誤魔化しましたわよね!!?」
「そんな訳があるか。もしそうだとしても、それに何の問題がある?」
「開き直りましたわー!!完全に開き直りましたわー!!もう許せません、私完全に怒りましたわよ!!」

 エッタの疑いの言葉に、返したマックスの釈明は短くぶっきらぼうだ。
 その投げやりな言葉にエッタは寧ろ怒りを加速させ、余計に声を荒げている。
 それは最後には力での直接行使も辞さないという所までやってきてしまい、エッタはその杖の先端をマックスへと向けてしまっていた。

「ま、まぁまぁ!二人とも落ち着いて、ね?マックスも悪気はなかったんでしょう?」

 危険な領域にまで達した対立に、慌てたアリーが何とかその仲裁をしようと試みている。
 彼女の柔和な笑みは、確かに彼らの怒りを静める効果があるようで、少なくともエッタはその矛先を収めていた。

「当たり前だ。しかし・・・危ない目に合わせてすまなかったな、ヘンリエッタ」
「ふ、ふん!分かればよろしいのですわ、分かれば!!」

 エッタの挑むような言葉ではなく、アリーの仲裁ならばマックスも頷きやすいのか、彼はそれにあっさりと同意を示すと、彼女にも素直に謝罪している。
 プライドの高いマックスのそんな振る舞いに虚を突かれたのか、エッタはしばらく目を瞬かせると、今度は顔を背けてはそれを受け入れる言葉を叫んでいた。
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