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だから私はレベル上げをしない

忘れていた脅威

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「なるほど、そういう事だったのか。それならそうと、先にいってくれれば・・・」

 低く落ち着いた声は、洞窟の反響の中でもその重低音を失わずに、人を聞き惚れさせる響きを保っている。
 ダンジョンに潜り、先を進む道中でマックス達から事情の説明を受けたブラッドは、そのあごに手を当てては納得の姿勢を見せていた。

「ふん!だからいっただろう?今はそれどころじゃないと。聞く耳を持たなかったのはそちらだ、コールドウェル卿」

 彼らが魔人討伐に向かうのだという話を聞き、急いでいた理由を理解したと語るブラッドに、マックスはだからいったじゃないかと、鼻を鳴らしては不満そうにしている。

「・・・花嫁を目の前で攫われれば、そうもなる。しかし、魔人討伐のために彼女が持っていたアイテムが必要なのは分かったが・・・何故、彼女も連れて行く必要が?こういっては悪いが・・・彼女は余り腕が立つようには思えない」

 聞く耳を持たなかったブラッドに、不満を示したマックス。
 しかしブラッドもまた、彼に不満を示していた。
 ブラッドは目の前で花嫁を、しかも自らの母親にそれを披露する結婚式の最中に攫われたのだ。
 怒りで我を忘れてしまうのも、無理はない。
 しかし魔人復活という危急の事態に、彼はそんな怒りを飲み込むと、一つ疑問を呈していた。
 それは彼の花嫁、セラフが持っていたアイテムが必要なのは分かったが、何故どうしても彼女自身までをも連れて行く必要があったのかというものであった。

「それは・・・いや、それは言葉で説明するより、実際に目で見てもらった方が分かりやすいだろうな」

 ブラッドの疑問に答えるのは易く、説明するのは難しい。
 何よりそうなってしまった経緯を彼に説明するのは、マックスのプライドが許さないだろう。
 そうしてマックスが僅かに答えを迷っていると、その視界の端に格好の事態の姿が映っていた。

「・・・?どういう意味だ?」
「いっただろう?見れば分かると・・・ほら、始まるぞ。見逃すな」
「何?一体何が・・・おおっ!?」

 その言葉に疑問を浮かべ、首を捻っているブラッドにマックスは敢て説明しない。
 彼はその視線をある箇所に向け、そこに注目しろとブラッドに顎をしゃくっているだけであった。
 マックスの不遜な態度にも、ブラッドが気を害した様子を見せないのは、彼に負い目があるからだろうか。
 ブラッドが怪訝な表情を浮かべながら視線を向けた先には、閉ざされた扉へと向かうセラフ達の姿があった。

「あれー?また閉まってるじゃん、この扉ー?一回開けたよね、ここ?」
「うん、間違いないよ。しばらく時間が経つと、勝手に閉まる仕組みなのかな?それとも、ここを開けられるアイテムを持ったセラフがここを通って引き返したから、それで閉まったのかな・・・?」

 一度開けた筈の扉が再び閉まっている事に対し、セラフは唇を尖らせては面倒臭そうに不満を口にしている。
 そんなセラフの愚痴を聞いてあげているアリーは、彼女とは違い何故この扉が閉まってしまっているのかが気になっているようだった。

「しかし、こんおかげであの魔物共から逃げられたんじゃないかぜよ?なら、寧ろ助かったぜよ!」
「それもそうね。ま、閉まったんなら、また開ければいいだけだし!・・・っと、これぐらい近づけばよかったかしら?」

 勝手に閉まってしまった扉に不満を示すセラフにも、ウィリアムは逆にそれによって助かったと語っている。
 確かに彼の言う通り、彼女達はここを魔物達に追われながら通り過ぎたのだ。
 その時、この扉が閉まってくれていたのなら、そのおかげで逃げ延びれたといえるかもしれない。
 そう語るウィリアムの言葉に納得を示したセラフは、気軽な様子で扉へと近づいていく。
 扉へと近づいた距離に、彼女のお腹は薄く光を放ち始めていた。

「お、きたきた!これって、いちいちやらないといけないのかしら?面倒臭いわね・・・」

 薄く、光を放ち始めたセラフのお腹は、すぐに眩いばかりの光を放ち始める。
 その様子は、それに見慣れたマックス達はともかく、初めて目にする者には美しくも思え、彼女の美貌も相まり神秘的な光景となっていた。

「・・・ねぇ、アレクシアさん。貴女先ほど、ここまで追われていたと話しておりましたわよね?」
「うん、そうだよ。それがどうかしたの、エッタ?」

 セラフが放つ神秘的な光景に目を奪われなかったのは、その光景を見慣れているマックス達と、その美しさを十分過ぎるほど知っている、彼女の幼馴染エッタだけであった。
 彼女は開きつつある扉に視線を向けては、アリーに何事かを尋ねている。
 しかしその内容は、先ほどウィリアムが口にしたばかりのものであり、アリーは何故彼女がそんな事を聞いてきたのか分からないようだった。

「その魔物達はまだ、向こうにいるではなくて?貴女達がここを逃げ帰ったのなんて、ついさっきの話なのでしょう?」
「・・・あっ!?」

 そうしてエッタは口にする、その扉の向こうに魔物大群が待っているのではないかと。
 その言葉を耳にしたアリーがしまったと驚きの声を上げたのは、すでに扉が開ききってしまった後の事であった。

「ガァァァァァッッッ!!!」

 あまりに大量の魔物達の唸り声は、一つ一つの音の輪郭を失って、たった一つの叫びとなって轟いてくる。
 その凄まじいボリュームに、竦んでしまったセラフは無防備な姿勢なまま、その場を動けずにいる。
 彼女のその無防備な身体に魔物の牙が届くまで、もう暇など存在しない。

「ひぃ!?」

 物理的に身体を揺り動かすような凄まじい魔物達の雄たけびに、竦んでしまったセラフは消え入るような短い悲鳴を上げるだけ。
 その身体には、それを一撃で粉々にしてしまいそうな、魔物の巨大なあぎとが迫っていた。

「そんな所におったら危ないぜよ、セラフ殿」

 そんな巨大なあぎとも今は、もう存在しない。
 それは軽い調子で彼女の前へと割り込んできた大男、ウィリアムの仕業であった。
 彼女へと襲い掛かろうとしていたそれが存在した証拠は今や、周囲の壁に飛び散った、僅かな血痕しか存在しなかった。

「う、うん。ありがとう、ウィリアム」
「何のこれしき、ぜよ!」

 セラフを優しく後ろへと運び、魔物達が押し寄せる扉の前へと立ち塞がったウィリアムは、そこから一匹も通さぬと腕を振るう。
 何が何やら分からぬ内に救い出されたセラフも、その姿を見れば何が起こったのかを悟るだろう。
 彼女が口にした素直な感謝の言葉に、ウィリアムは軽く腕を掲げて答えて見せていた。

「・・・何、あれ?化け物?」

 明らかな余裕を滲ませて、軽く腕を振るっているウィリアムの周囲に飛び散る血の量は絶える事はない。
 その異常な光景に口をあんぐりと開いては、目を見開いて驚いているエッタは、たった一言で彼の事を評していた。
 化け物、だと。

「え、えーっと・・・」

 そんな事はないと即座に否定しなければならない立場のアリーはしかし、それをうまく言葉に出来ずに迷ってしまっている。
 それも、仕方のない事であろう。
 彼の振るう力はまさしく化け物のそれであり、何も間違ってはいないのだから。

「ちっ・・・魔物共め。行くぞ、ブライアン」
「・・・彼に、助けが必要なのか?」

 魔人復活という余りの事態のために、自身もそれを忘れていたのか、現れた魔物達の姿に面倒臭そうに舌打ちを漏らしたマックスは、ブラッドを引き連れてそこへと向かおうとしている。
 しかし圧倒的なウィリアムの力に、果たして自分達は必要なのかとブラッドは疑問に感じてしまっているようだった。

「・・・時間がないんでな。それに見てみろ、あれを」
「・・・?」

 如何に圧倒的な力を秘める魔人といえど、復活したばかりではその力も十全に振るえないだろう。
 神ならざる人の身では、そのタイミングにしかチャンスはないと、マックスは先を急いでいた。
 しかし彼が今足を急がせているのは、それだけが理由ではないようだった。

「うぉぉぉ!一気に吹っ飛ばすぜよ!!」

 興奮した様子で大きく腕を振りかぶった、ウィリアムが解き放った力は凄まじい。
 しかし彼はその衝撃で多数の魔物を吹っ飛ばすと共に、自らもまた大きく前へと進んでしまっていた。
 そして守る者のいなくなった扉の前へと、生き残った魔物達が殺到してくる。

「何をボーっとしている!!ここを破られれば、魔物達が街へと殺到するぞ!!何としても、押さえるんだ!!」
「「お、おう!!」」

 ウィリアムの凄まじい力に圧倒されていたのは、何もエッタやブラッドばかりではない。
 彼ら以外の冒険者達も皆一様にそれに圧倒され、目の前の魔物の大群相手に武器すら構えていない体たらくであった。
 そのだらしない姿を一喝したマックスは、自らが率先するように魔物達へと突っ込んでいく。
 その姿と言葉に我に帰った冒険者達は、慌ててそれぞれの得物を手にすると、マックスの後へと続いていく。
 それはすぐさま、激しい戦いとなっていた。
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