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黄金時代

ヘンリエッタ・リッチモンドは高笑いする 2

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「私が一人ですって・・・?ふふん!セラフィーナさん、貴女の目はどうやら節穴のようね!!来なさい、私のしもべ達!!」

 こちらを馬鹿にするようなセラフの言葉に、エッタもまたその薄い胸を反らせると、勝ち誇った表情を浮かべていた。
 そしてそれはセラフのそれとは違い、はっきりとした根拠のあるものであったのだ。

「はいはーい、呼んだー?ヘンリエッタちゃん」
「突然走り出しちゃってさぁ、一体どうしたの?」

 まるで異界から魔物を召喚するかのようにポーズまで決め、仲間を呼んだエッタに、訪れた沈黙は短い。
 よく通るエッタの高い声が響き渡ったすぐ後、人混みを掻き分けては屈強そうな男達がぞろぞろと彼女の周辺へと集まってきていた。

「っ!?そ、それは言わないって約束したでしょう!!」
「はははっ、ごめんごめんって!それで、この子がいつもいってる幼馴染の子?へー、話には聞いてたけど、本当にとんでもない美人さんだー」

 まるで偶然通りがかったように再会したエッタであったが、実際の所彼女は事前にセラフの姿を見かけ、それに慌てて駆け寄ってきたようだった。
 その秘密を漏らしてしまった仲間に、エッタは顔を真っ赤にするとぷりぷりと怒っている。
 しかし彼女の仲間は、それをまともに取り合おうとせず、目の前の初めて見る美女の姿に夢中なようだった。

「えっと・・・あなた達、エッタの・・・ヘンリエッタの仲間なの?」

 ジロジロと興味津々といった様子でこちらに視線を向ける屈強な男達に囲まれても、セラフは特にそれを気にした様子はない。
 それは彼女が、幼い頃より周りから注目を浴びる事に慣れているからか。
 彼女はそれよりも、明らかに腕の立つ冒険者といった風体の彼らが、本当にエッタの仲間なのかが気になっているようだった。

「そうそう!ここにいる皆、ヘンリエッタちゃんのパーティ『ヘンリエッタと愉快な仲間達』の一員なんだぜ!な、そうだろ皆!!」
「「おう!!」」

 そんなセラフの疑問に、周りを取り囲む男達はそれぞれの得物を掲げてはノリノリで答えていた。
 その使い込まれ、丁寧に手入れされている得物の数々が彼らの確かな力量を物語っている。

「だーーー!!違うっていってるでしょ!!私のパーティは『ヘンリエッタ親衛騎士団』よ!!そんなダサい名前で呼ばないでって、いっつもいってるじゃない!!?」
「えー?こっちの方がしっくりくるのに・・・」

 エッタはそんな彼らが叫んだパーティ名が気に入らないと喚き散らしていたが、そのやり取りは彼らが確かに彼女の仲間なのだと証明している。
 自分が偶然組んだパーティとは違い、しっかりとした本格的な仲間を集めているエッタを、セラフはどこか愕然とした表情で見詰めていた。

「おほんっ、それはまた後でお話しすると致しましょう。どうかしら、セラフィーナさん?これが私の仲間達、レベル平均30越えのパーティですわ!」
「レベル30!?へ、へぇ・・・す、凄いわね」

 折角格好良く登場させるつもりだった仲間達を、その当人達の手によって台無しにされてしまったエッタは、どこか気まずそうに咳払いしてはその空気を誤魔化している。
 彼女が口にした言葉は、見た目で伝わる迫力よりも正確で、残酷だ。
 それはかつて対等に争ったライバルが、今や到底手の届かない領域にいってしまったと告げる言葉だった。

「おーっほっほっほ!!!そうでしょう、そうでしょう!!レベル30越えのパーティともなると、このダンジョンにも数得るほどしかいないのですわ!!その一つが、このヘンリエッタ・リッチモンドのもの!!どうです、恐れ入ったでしょう!!」

 かつてのライバルに違いを見せつけたエッタは、それに気分良さそうに笑い声を響かせている。
 彼女のよく通る高音は、だからこそそれに言い返すことの出来ないセラフを余計に惨めな気分にさせた。

「うん、凄いよエッタは。それに引き換え、私は・・・」
「ふふん!分かればよろしいのですわ、分かれば!」

 見せ付けられた違いに、セラフはもはや言葉もなく素直に認めることしか出来ない。
 そんな彼女の項垂れた様子に、エッタは満足気に鼻を鳴らしていた。

「・・・それで、セラフィーナさん?実は最近、パーティから一人抜けて欠員が出たところですの」
「えっ?そうだったっけ?」
「欠員が!出たところ!!なんですの!!」

 一頻り自らの力を誇示し満足した様子のエッタは、急にその態度をしおらしくすると、今度はセラフの方へと窺うような視線を向けてきていた。
 そのチラリチラリと誘うような視線は事実、彼女をパーティへと誘いたいものなのだろう。
 セラフをパーティへと誘うための口実に、エッタが適当にでっち上げた理由は、すぐに仲間達によって突っ込まれてしまうが、彼女はそれを大声で無理矢理掻き消していた。

「あ、貴女さえよろしければ、私のパーティに加えて差し上げてもよろしくってよ!新入りは普通、荷物持ちからやってもらう事になるのだけど・・・私の幼馴染である貴女は特別に、私のサポート役に任命して差し上げますわ!!感謝なさって!」

 セラフをどうしても自らのパーティに誘いたいエッタは、あからさまな特別待遇で彼女を引き込もうとしている。
 彼女が恩着せがましい口調でそれを語っているのはきっと、照れ隠しのためだろう。
 その真っ赤に染まった顔の一体どこで、照れを隠せているのかは分からないが。

「・・・ちょっと待って。エッタに出来たんなら、私にだって出来るんじゃない?」

 しかしそんなエッタの精一杯の誘い文句も、セラフには届かない。
 それどころか彼女は、何やらぶつぶつと別の事を考えているようだった。

「セ、セラフィーナさん?貴女、聞いていますの?こんなチャンス、二度やってきませんことよ?ま、まぁ!貴女がどうしてもというのならば、一週間は返事を待ってあげてもよろしくってよ!!」

 こんなにも美味しい誘いにもかかわらず、碌な反応を寄越さないセラフに、エッタは不安そうに彼女を覗き込んでは言葉を掛けている。
 それにも反応を返さないセラフに、エッタは彼女が返事を迷っているものだと解釈して、それを猶予する姿勢まで見せ始めていた。

「・・・前は失敗したけど、あれはきっとやり方が悪かっただけ。うん、そうよ!そうに決まってるわ!そうと分かったら、こうしちゃいられないわ!!またね、エッタ!!」

 しかしそんな譲歩も、セラフの耳には届かない。
 彼女は思いついた自らのアイデアにうんうんと納得を示すと、完全にそれに夢中になり、そのまま駆け出していってしまっていた。

「え!?ちょ、ちょっとお待ちになって!!セラフィーナさん、セラフィーナさーーーん!!!」

 鬱屈とした現状を打ち破る手段を発見した、セラフの足は速い。
 それはあっという間にエッタの目の前からいなくなってしまい、彼女の必死に引き止める声も届くことはない。

「お嬢様、お待たせして申し訳ありません。必要なものが中々見つからず・・・お嬢様?お嬢様ーーー!!」

 セラフが駆け出していった後の広場には、元々彼女と待ち合わせをしていた侍女、ケイシーも買出しを終えて戻ってくる。
 彼女は予想よりも時間が掛かってしまった事を主に頭を下げて詫びていたが、頭を上げたその先にその主人、セラフの姿はない。
 それに驚き、持っていた荷物を思わず落としてしまった彼女は、セラフの姿を探して大声を上げる。
 しかしその声ももはや、セラフには届くことはなく、その場には彼女の事を探すケイシーの声と、エッタの声だけが響き続けていた。
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