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レベルアップは突然に

冒険者ギルドにて

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「は~・・・・・・行きたくない、行きたくなーい」

 様々な人種でごった返す冒険者ギルドの一角に、何故かぽっかりと一箇所、穴の開いたような場所があった。
 それはそこに、こことは場違いな存在がいたからだろう。
 そこには冒険者風の格好ながら、何故か異常なほどに細部に拘った服装を着こなしているとんでもない黒髪の美女と、それに付き従うメイド服姿の女性がいた。
 その中の一人、セラフィーナ・エインズワースは冒険者ギルドのベンチに腰掛けながら、そこから決して動きたくないと、それにしがみついてはぐだぐだと管を巻いていた。

「お、お嬢様!ほら、向こうで資料を貰ってきました!何でも、これから向かうダンジョンは『レベル上げに丁度いいダンジョン』と呼ばれているそうですよ!」

 明らかにやる気のない様子で、ベンチにふんぞり返ってはだらけているセラフに、ケイシーは何とかやる気を出してもらおうと頑張っている。
 ケイシーがギルドの受付からもらってきた小冊子は、どうやら彼女達がこれから向かおうとしているダンジョンについて記されているようで、彼女はそれを読んでは大袈裟に驚いて見せていた。

「レベル上げに丁度いいダンジョンって、何よ?ふざけてんじゃないの、その名前。ていうか、行かないし」
「な、何でも昔は別の名前があったそうですが、皆がそう呼ぶからそうなったみたいですよ。何々・・・へー、階層ごとに出てくる魔物強さが違って、丁度いい相手が見つけ易いと。なるほどなるほど・・・」

 冊子の内容を声に出して読み上げては、チラリチラリと主の様子を窺っているケイシーの姿に、セラフはうんざりとした様子で振り払うように腕を動かしていた。
 セラフのそんな姿にもめげずに、ケイシーは何とか彼女の興味を引こうと頑張っている。

「ケイシー。そんな事言われても、行きたくなったりしないから。大体何よ、本人の了解もなしに一ヶ月も娘をこんな辺境に押し込むなだんて・・・ベンジャミンもベンジャミンだけど、それをやらせるお母様もお母様だわ!!」

 しかしセラフは、頑なにそれを拒む。
 彼女はこんな状況へと追い込んだエインズワース家執事、ベンジャミンと自らの母親に対して不満をぶち上げると、一歩もここから動かないとベンチにしがみついていた。

「で、でもですよお嬢様。このままレベルを上げないと、お嫁の貰い手が・・・そうなりますと、エインズワース家が大変な事に」
「そんな事はないわ!!絶対に他の方法がある筈なのよ!何も、レベル上げなんて地味な作業すること―――」

 あくまでもここから動かないという態度のセラフに対して、ケイシーはこのままだと訪れてしまう最悪の未来ついて思い浮かべていた。
 それはセラフという一人娘しかいないエインズワース家が、彼女が結婚しないことで断絶してしまうというものであった。
 彼女が思い浮かべる最悪の事態にも、セラフきっと別の解決法があると強気の態度を崩さない。
 そこに、彼女達の会話を掻き消すような大声が響く。

「えーーー!こちら前衛二名に後衛一名!!魔法使いを一人募集していまーす!!!潜るのは三階層、柊飾りの扉からでーす!!」

 それは、パーティのメンバーを募集する声だろう。
 見れば確かに、戦士風のごつい装備をした二人の男性と、恐らく後衛だろう弓を手にした細身の女性の姿がある。
 彼らの周りには冒険者達が集まり、何やら条件面での交渉をしているようだった。

「そうだっ!何も一人で行くことないじゃない!!腕の立つ冒険者を雇って、私はその後ろについて行けばいいんだわ!!何でこんな簡単な事に今まで気付かなかっただろう!」

 しかしそんな彼らの姿は、セラフにある閃きを与えていた。
 それは腕の立つ冒険者を雇い、自分は姫プでレベルを上げればいいというものだった。

「そんな、お嬢様!?人を雇うほどのお金なんて私達には、んんっ!?」

 セラフの発案に、ケイシーはベンジャミンから渡された資金がそれほど余裕のあるものではないと話す。
 しかしそんな彼女の反対意見を、セラフは物理的に塞いでしまっていた。

「ふふん!ケイシー、私を誰だと思っているの?社交界の華、生ける宝石と謳われたセラフィーナ・エインズワース様よ!!その辺の男なんて、色仕掛けでどうとでもなるわっ!!」

 ケイシーの唇へと指を突きつけ彼女を黙らせたセラフは、自らのそのさらさらと輝く黒髪を軽く払うと、自信満々に自分の考えを話す。
 それは自らの女の武器を使って、男共を篭絡するといったものであった。

「そこで見ていなさい!!」

 確かに冒険者という職業は男性が多く、絶世の美女であるセラフの誘惑は効果的だろう。
 自信満々といった表情で見ていなさいとケイシーを指差したセラフは、そのまま先ほどの冒険者達に集まっている集団へと突撃していく。
 彼女の迫力に押され、ぽすんとベンチに腰を下ろしてしまったケイシーは、彼女の行動に口を挟むことも出来ずに、ただただ頬を押さえながらその様子を眺めていることしか出来なかった。
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