【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく

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第一章 最果ての街キッパゲルラ

その震える手は

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「はぁ~、どんだけやっても終わんねぇなぁこれ。あの人、これがなきゃ完璧なんだけどなぁ・・・まぁ、あの人のお陰でこうしてのんびりお片付け出来る訳だし、文句ばかり言ってもいられないか」

 最果ての街キッパゲルラ、その周囲を取り囲む城壁の上で、崩壊した瓦礫を兵士達が片付けていた。

「おい、お前も突っ立ってないでちったぁ手伝えよ?このままじゃ、いつまで経っても終わんねぇぞ?」

 崩壊した城壁は、その根元に至るまでパックリと割れており、そこから外の景色が窺えるほどであった。
 その壁の上部で瓦礫を拾っては適当に放っている兵士は、近くで立ったまま街の外へと目をやり、そのまま固まってしまっている同僚へと声を掛けていた。

「あ、あれ・・・」
「あん、何だよあれって?幾らあのエクスさんでも、そんなすぐに帰っては・・・!?」

 声を掛けられた同僚は、真っすぐに腕を伸ばして街の外を指し示す。
 キッパゲルラの街の周辺に広がる黄金樹の森、彼は指し示したのはその森が広がるのとは反対の、遮るものの何もない荒野であった。
 そこに今、整然と隊列を保ったままゆっくりと近づいてくる人の群れが現れていた。

「て、敵襲ー!!!」

 城壁の上を駆け抜け、幾つもの胸壁の間を通り抜けた兵士は、近くの尖塔へと昇るとそこに備え付けてあった鐘を打ち鳴らす。
 その鐘は、敵襲を告げるものであった。



「ど、どうするのだ!?エクス嬢もいなくなった今、我々だけでは戦えないぞ!?」
「ま、待て!籠城ならば、彼らが帰ってくるまでの間くらい・・・あぁ!そういえば城壁が崩れていたのだった!!えぇい、こんな時に!!一体どこのどいつだ、それをやったのは!!」
「そのエクス嬢ではありませんか!」

 敵襲の鐘が鳴り響いてからしばらく、キッパゲルラ領主の館「放蕩者の家」の談話室では、そこに集まった貴族達の激しいやり取りが続いていた。

「だから私は言ったのです、彼らをあまり刺激するのは良くないと!その忠告を無視した結果がこれですか!!」
「どの口が言うのか!貴公もこの間これ見よがしに、領地の発展っぷりを語って見せていたではありませんか!?あの時の彼らの顔、私はしっかりと見ましたぞ!!」
「いいや、そちら方こそもっと酷かったではありませんか!私は憶えておりますぞ、この間の晩餐会での出来事を!!とにかくそれが切欠となったのですから、今回の事態私には責任はありませんからな!!」

 貴族達はお互いに止むことなく、意見を交わし合っている。
 しかしその意見は責任逃れに終始するばかりで、建設的な意見など欠片ほども出る事はありはしなかった。

「・・・バートラム、彼我の戦力差は?」
「は?戦力差でございますか、旦那様?そうですな、斥候の報告によるとこちらの倍はいるのではないかと。勿論それは、ここに集まった方々が兵の供出を拒まなければの話ですが」

 不毛な言い争いが続く談話室の隅で、ヘイニーが彼の執事であるバートラムへと尋ねる。
 彼が言うには、あちら側の兵力はこちらの倍はあるのだそうだ。
 しかもそれは、既に如何にしてこの場から逃げ出すか考えている、目の前の貴族達の協力を得られることが前提の数字だと言うのだ。

「そうか。それぐらいならば、いけるか」
「旦那様、いかがなさるおつもりで?旦那様!?」

 絶望的としか思えない数字を耳にしてヘイニーは軽く頷くと、言い争いをしている貴族達の下へと近づいていく。
 そして彼は近くのテーブルに置いてあったワインの瓶を掴むと、それを思いっきり床へと叩きつけていた。

「おっと、思ったより大きいな音がしますなこれは。申し訳ありません、皆様が少々騒がしかったもので」

 激しい物音に、何より普段穏やかなヘイニーのその振る舞いに、あれほど騒いでいた貴族達は一瞬で静まり返っていた。
 その注目を一身に浴びながら、ヘイニーはニコニコと語り続けている。
 彼の頬には叩きつけられた瓶から飛び散ったワインの雫が張り付いており、それがえも言われぬ迫力を醸し出していた。

「皆さん、どうです?ここは一つ、打って出ては?」

 静まり返る談話室に、ヘイニーの気楽な声だけが響く。
 しかし彼がその口調で語ったのは、決して気楽な話ではなかった。

「打って出るですと!?そんな馬鹿な!!」
「無謀です、ユークレール公爵!気でも狂ったのですか!?」

 街へと迫る敵軍を、こちらから打って出て向かい討とうというヘイニーの提案に、貴族達は一斉に反対を叫ぶ。

「私は決して、自棄になった訳でも気が狂った訳ではありません。聞きましたか、敵の兵力はこちらの倍ほどだそうですよ?それぐらいなら、ユーリさん達が帰ってくるまで持たせるのは訳ないと思いませんか?」

 その人格までもを否定するような貴族達の言葉にも、ヘイニーはゆっくり首を横に振っただけ、彼は先ほどと調子を変えることなく自らの考えをゆっくりと語っていた。

「そ、それは・・・しかしでしたら、籠城の方が確実ではないですか!!」
「そうです!幾ら城壁が崩れたとはいえ、その全てが崩壊した訳ではないのです!籠城を選択するべきだ!!」

 ヘイニーの冷静な意見に一瞬言葉を詰まらせた貴族達もすぐに立ち直ると、今度は籠城するべきだと語気を強くする。

「駄目です、籠城は出来ません」
「な、何故ですか!?時間を稼ぐにも、籠城の方が絶対にいい筈ではないですか!?」

 しかしヘイニーは、彼らが口にする籠城策をきっぱりと拒絶する。
 それに貴族達は信じられないと目を見開くと、さらに激しく噛みついてきていた。

「皆様も仰られていたではないですか、壁が壊れていると。そんな状況で籠城を選択すれば、市民に少なくない犠牲が出てしまいます。それだけは絶対に出来ない」

 ヘイニーは静かに、籠城を選ばない理由を告げる。
 それは、市民に犠牲が出てしまうからであった。
 崩壊した壁にそこを抑える兵を派遣しても、その上を飛んでくる矢や投石は防ぎようがないだろう。
 そしてそこの守りを集中する余り薄くなる防備は、敵の侵入を許してしまうかもしれない。
 そうなれば彼の言う通り、住民に少なくない犠牲が出てしまうのは想像に難くなかった。

「皆さん、ここは私達が踏ん張る所ではないでしょうか?ユーリさん達の手腕で我々の領地はここまで発展しました。そのユーリさん達が、今度は自らの身を危険に晒してまで戦ってくれている。領主でもない、貴族でもない彼らがです。そうであるのに、貴族である我々が血を流すことを恐れて、何が尊きものと呼べましょうか!!さぁ、剣を取るのです!!我らが家名の、先祖の誇りのために!!」

 ヘイニーはいつの間にか佩いていた剣を抜き放ち、それを掲げながら叫ぶ。
 貴族としての責務を果たすのは、今だと。

「おぉ・・・おぉ!!私も戦いますぞ!!」
「あぁ、私も!!」
「我が先祖の名に懸けて!!」

 ヘイニーの演説が終わった後に訪れのは、僅かな沈黙。
 そして、湧き上がるような雄叫びであった。

「あぁ旦那様、何という何という・・・ご立派になられて。爺は、爺は嬉しゅうございます・・・」

 盛り上がる貴族達に囲まれて、ヘイニーは打って出る準備を進めている。
 そんな彼の姿を目にして、バートラムは口元を押さえては涙を溢れさせていた。

「バートラム、オリビアの事を頼む。この状況で心細いだろう、様子を見に行ってやってくれ」
「か、畏まりました旦那様!このバートラム、命に代えましてもお嬢様をお守りしてみせます」

 貴族の輪から抜け出してきたヘイニーは、バートラムへと声を掛ける。
 彼がバートラムに頼んだのは、彼の娘であるオリビアの事であった。
 それを受けて、バートラムは物凄い勢いで飛び出していく。

「・・・大丈夫、大丈夫。出来る筈だ、私にだってこれぐらい」

 バートラムの背中を見送って、ヘイニーは一人呟く。
 彼の手は、不安に激しく震えていた。

「ヘイニー様、こちらにおられましたか!さぁ、こちらへこちらへ!」
「えぇ、何でしょうか?」

 そんな彼に、貴族達が興奮した様子で声を掛けてくる。
 ヘイニーは震える手を無理やり捕まえて、その震えを止めては振り返る。
 しかしその震えは止まることなく、彼はそれを後ろ手に隠し、笑顔で彼らへと歩み寄っていくのだった。
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