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第一章 最果ての街キッパゲルラ

賑わう街の片隅で

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「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 最果ての街キッパゲルラ、夜の帳が下りたその街は普段とは違う慌ただしさに包まれていた。

「おい、見失ったぞ!どこに行った!?」
「向こうだ、向こうに見たぞ!!」
「何だと!?おい、行くぞ!!」

 その手に松明を掲げた屈強な男達は、誰かを探している様子で通りを忙しく動いている。
 彼らの身なりは憲兵達のような統一されたものではなく、その容貌もとてもではないが堅気の者のようには見えなかった。

「い、今の内に・・・!」

 通りに面した路地に身を隠していた一枚の布地だけを身に纏った薄汚れた少女は、足音と松明の明かりが遠ざかっていくのを確認すると、慌ててその場から駆け出していく。

「あっ!?」

 しかし慌てていた彼女は、駆け出したその拍子に抱えていたものを路面へとぶちまけてしまう。
 それは彼女が後で食べようと思っていた、野菜や果物の類いだった。
 その中には丸く、良く転がる形状のものもあり、それは路地から通りの方へところころと転がっていってしまっていた。

「ん?おい、ちょっと待って!あれ、あいつのじゃないか?」
「あぁ、間違いない!おい、こっちだ!こっちにいたぞ!!」

 それを目にした追っ手の一人が、慌てて仲間を呼び戻す。
 そしてすぐに少女が立っている路地へと、無数の明かりが差し込んできていた。

「くそっ!ようやく手に入れたってのに!!」

 迫る追っ手に、少女は悪態をつくと路地の奥へと走る。
 彼女は一度振り返ると、未練がましく落とした食料へと視線を向けていたが、前へと再び顔を向けると二度と振り返らなかった。

「一体いつまで・・・いつまでこんな生活続けてなくちゃいけないんだ」

 前へと進み続ける少女の頬には、水滴が落ちる。
 それが今、降り出した雨なのかそれとも別の何かなのか、それは分からない。
 極度の空腹にもはや鳴る事もなくなった彼女のお腹に、その足が動かなくなるまでどれ程の時間も残されていなかった。



「・・・いつまでこんな生活続けないといけないのかしら?」

 仕事に疲れ果て、家路へと急ぐ黒髪の受付嬢、レジーは疲れの余り思わずそう呟く。
 彼女の身体は先ほど上がったばかりの通り雨に、ほんのりと濡れてしまっていた。

「なぁ、聞いたか?ユーリ様がまたやったってよ!」
「聞いた聞いた!今度は隣の領地で、一から街を作り上げたってな!信じられねぇよな!?」
「いや、一応元からあった街を復興させたって話だけど・・・それにしても凄いよな。俺達の暮らしが良くなったのも、全部あの人のお陰なんだもんな!」

 すっかり日が落ちて、通りには帰路を急ぐ人々で溢れている。
 しかし彼らの表情は一様に明るく、それはこの街の活況っぷりを表しているようだった。

「はいはい、ユーリ様ユーリ様。全部あいつのお陰ってわけ、全く大したもんだわね。あいつのお陰で苦しんでいる人間だって、ここにはいるっての」

 このキッパゲルラでの成功に飽き足らず、周囲の領地でも次々と成功を続けているユーリの評価は今や、支持を飛び越えて信仰を集めるほどになっている。
 その例に漏れず、彼の事を称賛する人々の話を耳にして、レジーは思わずそう毒づいていた。

「はっ、そうは言ったってねぇ・・・あんたもあの人のお陰で給料が上がったりしたんじゃないのかい?」

 そんな場所に居心地の悪さを感じて、急いだ足はいつの間にかそんな所まで来ていたのか、レジーの目の前には彼女の家の近所にある安宿の姿が現れていた。

「マイカさん・・・確かに給料なら上がりましたね。その代わり、扱き使われてますけど。私はユーリ派じゃないらしいので、いくらぞんざいに扱っても許されるそうですよ?」
「そりゃあんた、自業自得ってもんじゃないのかい?ま、今は耐える事だね。人ってのは存外、忘れやすいもんさね」

 レジーに声を掛けてきたのは、かつてユーリ達が逗留していた古木の梢亭の女将、マイカであった。

「ははは、確かにいつかは忘れてくれるでしょうね・・・それまで、私が持てば」
「あん?何か言ったかい?」
「いえ、何も。マイカさん、さっきから持ってるそれ・・・何ですか?」

 マイカの言葉に乾いた笑顔で返すレジーの表情は、ひび割れているかのように力がない。
 彼女はその最後に思わず漏らしてしまった弱音を誤魔化すように、マイカに尋ねる。
 それはマイカが先ほどから手にしている、のぼりについてだった。

「あぁ、これかい!よくぞ聞いてくれたね!どうだい、これで繁盛間違いなしだろう!?」

 マイカは風によって巻き付いてしまっていたのぼりを整えると、それをレジーへと見せつけてくる。
 そこには「ユーリ様ご一行ご宿泊」の文字が躍っていた。

「はははっ、マイカさんは逞しいですね・・・」

 優しく声を掛けてきてくれたマイカまで、彼女をこんな境遇に追いこんだ者の味方をする。
 その事実が応えたレジーは、そのままふらふらとその場を立ち去っていく。

「あ、ちょっと待ちなよあんた!行っちまった・・・何だか随分と辛そうだったね。仕方ない、後で何か持って行ってやろうかね。やれやれ、どいつもこいつも・・・ほっとけないったらありゃしないよ!」

 立ち去ったレジーにマイカは心配そうにそう呟くと、近くの地面にのぼりを突き刺すとそれを良く見えるように手で払っていた。
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