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第一章 最果ての街キッパゲルラ

ティクニアにて

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 イストリア公爵領第二の都市、ティクニア。
 そこはイストリア公爵領の丁度中心に位置し、交通の要衝となっている都市であった。
 しかし辺境であるためか周囲には多くの魔物が跋扈し、流通が集中する都市が故にそれを狙った賊の被害も後が立たなかった。
 そのティクニアの領主であるサイラス・バーグの館の前に、何やら周りの事をチラチラと窺いながら近づいてくる人影があった。

「っ!?な、何だ貴方でしたか・・・もしかして、貴方も?」
「そういうそちらも?」
「えぇ、実はそうなのです・・・例のユーリとかいう男の手腕が気になりまして」
「何でも今日はこちら来ているとか・・・どれ、その手腕とやらを見てやりましょう。所詮は下賤な出自、人前ならばともかく人の目がない所ではボロを出すに決まっているのです」
「えぇ、そうでしょうそうでしょう」

 館の前、鉄格子の門の隙間から中の様子を窺っていた貴族と思しきその男性は、同じような格好をした別の男性の接近に驚き振り返る。
 しかし彼もまた同じ目的でここにやって来たのだと知ると、仲良く門の隙間へと顔を突っ込み合っていた。

「聞きましたか?例のユーリ何某とやら、またしても領地の再生に成功したとか」
「えぇ、しかもこの短期間に幾つもの領地をという話ですな。何とも、信じられん話ですな!私はね、あの者が無能だとは考えていないのです。寧ろとても有能だと考えているのですよ・・・ただし、詐欺師としてね」
「あぁ!私も全く同じことを考えていた所です!いや全く、あのような噂が真実な筈が―――」

 門の鉄格子を両手で掴みながら、二人は口々にユーリを疑う言葉を吐いている。
 そんな彼らの背後に、近づいてくる人影があった。

「おやお二方、私に何か御用でしょうか?訪問される御予定はなかったと思うのですが・・・」

 彼らの背後から声を掛けてきたのは、この領地の主である若い貴族、サイラス・バーグその人であった。

「っ!?バーグ伯爵!?こ、これはですね・・・!
「全くやましい事は、その・・・ん?その後ろの方は・・・き、貴公らは!?」
「や、やぁ・・・奇遇ですな」

 館の主本人からそこを覗いていた事を咎められた二人は、慌てふためいては何もやましい事はないと言い訳しようとしている。
 しかしそれも、サイラスがその背後に連れている者達の姿を見るまであった。
 それは二人と同じようにユーリの能力を疑い、あの時彼の事を招かなかった領主達であった。

「奇遇とは空々しい・・・あの者には興味がないと仰られてはいませんでしたか?」
「それはそちらも同様でしょう?」

 お互いにユーリに興味などないと口にしていながらも、こっそりとここに様子を窺いにやってきた貴族達、彼らの間にはお互いを牽制するような空気が流れていた。

「はっはっは!それでは皆さん、例の彼の様子が気になってここに?」

 彼らの様子に、サイラスは愉快にそうに声を上げて笑う。

「えぇまぁ、そうなりますな・・・それで恥を忍んでお聞きしたいのですが、例のユーリとかいう男の働きぶり・・・如何程で?」

 彼の笑い声に、その場に集まった貴族達は皆どこか気まずそうに頷いていた。
 そんな中、先ほど門の鉄格子に顔を突っ込んでいた貴族の片方が思い切って彼に尋ねる。

「はははっ、やはり気になりますか。そうですね、皆様も彼の噂は色々と耳にしてご存じだと思いますが・・・それが嘘ではなかったとだけ申しましょう」

 皆が聞きたかった事を切り出した貴族に、周りの貴族達がざわつく。
 その注目を一身に集めながら、サイラスは短く答えていた。

「なっ・・・あの噂が全て本当ですと!?有り得ない!!大体あの男は事務仕事が得意なだけの、いわば文官ではありませんか!?それがこの地の問題を解決出来る訳がない!この地の問題は魔物や賊なのですぞ!!」

 貴族達が耳にした噂、それは荒唐無稽としか思えないものばかりだ。
 それが嘘ではないと口にするサイラスに、貴族達は口々に信じられないと口にする。
 そして何よりこの地の問題は魔物や賊であり、それを事務仕事が得意なだけのユーリが解決するのは無理だと先ほどの貴族は叫んでいた。

「それは―――」

 サイラスは、それを否定するように口を開く。
 しかし彼を言葉を掻き消すような轟音が響き、それに続いて彼の背後を巨大な何かが通り過ぎていく。

「い、今・・・何か通りませんでしたか?」
「た、確かに・・・私には巨人族のように見えましたが、まさか有り得ませんな」
「巨人族というと・・・最近こちらに流れてきたという、あの『氷雪のイーガ』ですか?はははっ、そんなまさか・・・」

 その場にいるだけで、周囲を凍りつかせるというフロストジャイアントの「氷雪のイーガ」。
 先ほど通り過ぎた巨大な影が、それではないかと疑う貴族達。
 彼らはそんな事は有り得ないと笑い合うが、何故かその身体凍えてしまっているようで、寒そうに両手で身体を擦っていた。

「これは、バーグ伯爵。失礼致しました、少々手元が狂ってしまい・・・仕事がありますので、失礼させていただきます」

 先ほど目にした光景が幻覚の類いだと笑い合っている貴族達の前にエクスが通りがかり、サイラスに対して一礼して去っていく。
 彼女はその美しい金色の髪に、べったりと返り血を浴びていた。
 完全に凍り付いてしまっている、返り血を。

「口で説明するよりも、彼女を見てもらった方が早かったですね。まぁ、こういう事です」
「は、ははは・・・」

 肩を竦めながらそう告げるサイラスに、驚きはない。
 それこそが今目の前で起きたことが現実であり、更に珍しい事でもない事を示していた。

「っ!?ま、また何かが!?」

 サイラスの態度に乾いた笑みを漏らしていた貴族達は、再び近づいてくる何かの気配に過剰なほどに反応していた。

「急げ急げー!」
「ま、待ってよー!」

 しかしそれは何やら忙しそうに駆けている、ネロとプティの二人であった。
 それに貴族達は、何だ子供かとホッとした様子を見せる。

「ま、まさかあの二人も先ほどのような・・・?」
「はっ!そ、そうか!その可能性も・・・どうなのです、バーグ伯爵!?」

 安堵したのも束の間、先ほどのエクスの例もあり貴族の一人があの二人も只者ではないのではないかと疑い始め、周りの貴族達もそれに乗っかりサイラスに詰め寄る。

「はっはっは!御心配なく、あの二人はただ遊んでいるだけですよ。まぁあのように可愛らしいので、領内の住民には人気なようで・・・そういう意味では、街の活気に貢献してるといえますがね」
「はぁ、なるほど。いやこれは、当たり前の事でしたな!まさかあのような子供までが、何かしているなどと・・・これは早とちりをしてしまいましたなぁ、はっはっは!」

 貴族達の疑いに、サイラスは二人はただ遊んでいるだけだと笑う。
 そんな彼の言葉に、周りの貴族達はそれはそうかと朗らかに笑い声を上げていた。

「えっほえっほ!」
「忙しい、忙しい!」

 折り返してきたのか、ネロとプティの二人が再びやって来ては彼らの横を通り過ぎる。
 その上に、簀巻きにした如何にも犯罪者という男を抱えて。

「は、ははは・・・あれも、お遊びですかな?」
「うーん、これは・・・どうやら私も、あの二人について勘違いをしていたようですな」

 通り過ぎてゆく二人の姿に、固まる貴族達。
 その中の一人が乾いた笑いを漏らしながら訪ねた言葉に、サイラスは申し訳なさそうに頭を掻いていた。

「そ、そうですか・・・こ、こうなると彼らを招かなかった事が悔やまれますな!」
「はははっ、確かに。しかしそれはもう後の祭りでしょう、今更我らがどの面を下げて彼らを招くというのか。私ならば、当然断りますな!」

 ユーリ達の活躍を目にした貴族達は、彼らを招かなかった事に後悔を口にする。
 しかし彼らはそれを、もう後の祭りだと諦めてしまっているようだった。

「いやそれは―――」
「今からでも遅くありませんぞ、皆様方」

 彼らの口ぶりに、サイラスは何かを言おうと口を開く。
 しかし彼が何かを発するよりも、その人の良さそうな声が響くのが早かった。

「なぁ、ユーリ君」
「はい、仕事ならいつでも大歓迎です!!それで次はどこに伺えばいいでしょうか!?貴方の領地ですか、それとも貴方の!?」
「はっはっは、まぁ一旦落ち着くんだユーリ君。皆さん、驚いていらっしゃるじゃないか」

 その場に現れたのは、彼らの噂の主であるユーリと彼を引き連れたヘイニーであった。

「ユークレール公爵、いらっしゃっていたのですか!?」
「それよりも・・・先ほどお話、本当なのでしょうか!?」

 突如現れた、彼らの主筋に当たるヘイニーにその場の貴族達は驚く。
 しかし彼らはそれ以上に、彼が口にした言葉の方に驚いているようだった。

「えぇ、勿論です。そうだよな、ユーリ君?」
「この書類を大切に保管しておいてください、これがあればこの領地に現れる魔物が少しは・・・え、何ですかヘイニー様?あぁ、先ほどの話でしたら是非是非!!」

 驚いた様子で詰め寄ってくる貴族達に、ヘイニーは勿論だと頷いている。
 彼が同意を求めた振り向いた先では、ユーリが何かの書類をサイラスへと手渡している所だった。

「そ、それならば是非、我が領地に!!」
「抜け駆けとは卑怯ですぞ!!私の領地は問題が山積しております、是非私の領地に!!」
「いやいや、私の方へ!!」

 ユーリが自分達の領地にも来てくれるかもしれない、それを知った貴族達は我先を争って彼の前へと殺到していく。

「こ、こんなにお仕事が・・・!お、俺皆を呼んで来ます!!」

 殺到する仕事の依頼にユーリは目を輝かせると、早速それに取り掛かろうとエクス達を呼びに向かう。

「ほ、本当に来てくれるのか?」
「これで我々の領地も・・・これも全て、ユークレール様のお陰です!」
「その通り!流石は我らが盟主、イストリア公爵様であらせられますな!!」

 去っていくユーリの後姿を見送りながら、貴族達は期待に胸を躍らせている。
 そして彼らはそれを授けてくれたヘイニーを取り囲み、彼の事を称賛していた。

「いやいや、私などはそんな・・・ただの名ばかり公爵で」

 彼らの称賛にヘイニーは滅相もないと謙遜するが、それは彼らの目の輝きを増させるばかりであった。

「いえいえ、そのような事はございませんぞ!今回の事で我々は痛感いたしました・・・やはり我々一人一人で戦っていても埒が明かないのだと。我々にはヘイニー様のように、導いて暮れるお方が必要なのだと!!」
「おぉ!まさにその通り!!」
「イストリア公爵、ユークレール様こそ我らが盟主!!イストリア公爵領に栄光あれ!!」

 貴族達はヘイニーを取り囲み、彼の事を全員で持ち上げ始める。
 彼らは元々イストリア公爵領内に所属している領主達であり、ヘイニーは彼らの盟主であった。
 それが時代と共にその力を失い、同時にその立場も形骸化していったのだった。
 しかし彼らは今、口々に唱えるイストリア公爵と。
 それはヘイニーが彼らの盟主として、再び認められた瞬間だった。

「それにしてもユークレール様、どこであのような人材を?」
「どこでですって?はははっ、皆さんご存じじゃないですか?」
「・・・?」
「彼はユーリ・オブライエン。かの四大貴族オブライエン家の御曹司ではありませんか?」

 湧き上がる歓声の中、サイラスが訪ねたふとした疑問にヘイニーはウインクしながら答える。
 彼が口にした冗談に一瞬静まり返ったその場は、すぐに笑い声に包まれる。
 しばらくしてその場に帰ってきたユーリは、その笑い声に不思議そうに首を傾げていた。



 イストリア公爵領において交通の要衝であり、流通の中心でもあるこの街には、当然のように他の領主達の建物も存在した。
 ゲイラーが自分の領地へと運ぶための物資を一時的に保管する倉庫は、彼の見栄っ張りな性格のためか一段と高く、迎賓館としても使えそうな施設を備えていた。
 そんな場所にゲイラー他数人の貴族が集まっているのは、その建物の一室からサイラスの館が一望出来るからであった。

「ふんっ、いい気なものだな」

 彼らが見下ろす先には、ヘイニーを取り囲んで騒いでいる貴族達と、それに合流するユーリ達の姿があった。

「全く、その通りですな!あのような下賤な者に頼るなど・・・貴族の風上にも置けませぬ!!」

 ゲイラーが口にした言葉に、威勢よく同意を示している貴族達。
 しかし彼らの数は、以前見かけた時よりもその数を減らしているようだった。

「あっ、あれは・・・ゲイラー様、あれをご覧ください!!」
「ん?どうした・・・あぁ、あのような者達など捨て置けばいい」

 貴族の一人が窓から身を乗り出し、ヘイニー達の方を指差しては声を上げる。
 その先には、かつては彼らの下に身を寄せていた貴族がヘイニーを取り囲む輪に加わっている姿があった。

「し、しかし!!」
「いいのだ。あのような時流も読めぬ愚か者など、いても足を引っ張るだけであろう?」

 裏切り者の姿に憤る貴族は、ゲイラーの言葉に納得いかないと詰め寄ってくる。
 それは、彼らの事が内心羨ましいと思っているからこその態度だろう。

「た、確かに!あのような愚か者、我らには必要ありませんな!!」
「その通り!!ここには我々のような、真に選ばれし尊き者達だけがおればよいのです!!」
「まさに!あのような貴族たるものの振る舞いを知らぬ者などには、いずれ天罰が下るでしょう!!」

 そして羨ましい、乗り遅れたと呪うからこそ、ここに取り残された者達は彼らを恨んで先鋭化していく。

「ふふふっ、いい感じではないか・・・」

 同じ恨みに身を任せる彼らの団結力は、強い。
 それを目にしては、ゲイラーはほくそ笑んでいた。

「しかしゲイラー様、このままでは奴ら増々調子に乗っていくばかりでございましょう・・・何か手を打たれては?」
「その心配には及ばない。実はこれは内々の話ではあるが・・・このような事態を憂慮なされている、あるお方から助勢の申し出を受けているのだ」
「おぉ!!それは真でございますか!?」

 ユーリ達の事をこのまま放っておくのかと尋ねた貴族の鋭い視線は、ゲイラーが自分達の盟主たる人物か確かめようという意図が窺える。
 そんな彼の視線に余裕の笑みを返したゲイラーは、既に手は打っていると彼らに明かしていた。

「あぁ、それに他にも手は回してあってな・・・さて、あちらはどうなっているか?」

 ゲイラーの返答に、沸き立つ貴族達。
 それを横目に彼は遠い目をして、窓の外へと視線を向ける。
 その遠い向こう側には、彼の宿敵であるヘイニーが治める街の姿があった。
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