上 下
11 / 210
第一章 最果ての街キッパゲルラ

命名

しおりを挟む
「・・・結局、どこにも寄らずに帰ってきちゃったな」

 そう呟くと、ユーリは持っていた串焼きの串をゴミ箱へと放り投げる。
 どっかりと下ろした腰に、安宿のベッドが軋んだ音を立てた。
 ここはユーリがこの街、キッパゲルラやって来てからずっと逗留している宿、「古木の梢亭」であった。

「ふぅー・・・」

 腰を下ろしたベッドに後ろ手に手をつき仰け反れば、開け放った窓から外の景色が覗いていた。
 この街の象徴ともいえるグレートウォール、それが沈み始めた太陽に僅かに茜に染まっている。
 それを見るともなしに視線を向けているユーリは、どこか沈んだ様子を見せていた。

「・・・手紙、書くかぁ」

 先ほど見かけた家族連れに思い出さされた郷愁は、やり場もないまま燻ぶっている。
 その呟きは、ユーリが見つけたその思いのやり場であった。

「何を書いたもんかなぁ。あぁ、そもそも父さんに見つかったら不味のか。なら、うまいこと執事の・・・ん、何だこれ?」

 故郷に残してきた家族に手紙を書くと決めると気分も軽くなったのか、ユーリは早速とばかりにその準備へと取り掛かっている。
 手紙を書くのに必要な筆記用具を探して荷物を探っていたユーリは、そこからある書類を手に取っていた。

「これは・・・あぁ、昔書き出した俺の能力か!懐かしいな、どれくらい前のだっけこれ?」

 それはユーリが以前書き出した、自らの能力が記された書類であった。

「おー・・・こんなんだった、こんなんだった。懐かしー」

 ユーリはその書類の内容を読み込んでは、再びベッドへと座り込む。
 その目はすっかり、当初の目的を忘れてしまったようだった。

「そうだ!また書き出してみるか、今の自分の能力!これを書いてから結構経ってるし、最近は冒険者としても頑張ってるからな、結構成長してるだろ」

 今の自分の能力書き出してみる、それを思いついたユーリは早速とばかり愛用の筆記用具を引っ張り出し、それをベッドの上で広げ始める。

「よし、こんなもんか。それじゃ早速・・・『ユーリ・ハリントン』」

 ユーリがそう呟いた瞬間、物凄い勢いで彼が握った羽ペンが勝手に動き始める。
 彼の能力「自動筆記」に掛かれば、それが書き上がるまでに僅かな暇も必要なかった。

「よし、完成!どれどれ・・・はははっ!!」

 完成した自らの能力表をまじまじと見つめるユーリは、突然笑いだすとそのままベッドに横になる。

「何だこれ、全然変わってねー」

 ユーリが手にする新しい能力表、そこに記された彼の能力は以前のものとまるで変わらないものであった。

「はー・・・何だこれ。スキルの『書記』も成長してないよなー。『自動筆記』は最初からある奴だし、『書き足し』も前からあった、こいつは使えない奴だし・・・んんっ!?何だこれ!?見た事ない奴だぞ!!?」

 ざっと眺める自らの能力に、ユーリはやがてその最大の強みであるユニークスキル『書記』の能力にも目をやっていた。
 そしてそこに、見た事のない項目を発見すると慌てて跳ね起きる。

「うん、やっぱり新しい奴だよなこれ?『命名』って、どういう能力だ?これってあれだよな確か、何かに名前をつけたりする・・・」

 先ほど見つけた以前の能力表と見比べても、確かにその能力「命名」は存在しなかった。
 つまりその「命名」は新しく獲得した、スキル「書記」の能力で間違いないようであった。
 鼓動が、早まる。

「えぇい、そんなの実際に使ってみれば分かるか!!えぇと、何か適当に名前をつけれるものはっと・・・」

 新たな能力に高まる期待は、ユーリに見切り発車を促している。
 彼はそのちょっと一見どういった力か分からない能力を、とりあえず使って確かめてみようと、荷物をひっくり返して実験台になるものを探し始めていた。

「ん、何だこれ?騎士団の倉庫を整理してる時にでも紛れ込んだのか?ちょっと覚えがないんだけど・・・まぁ、これでいいか」

 ユーリが荷物から取り出したのは、彼自身にもその出所に覚えのない卵状の物体であった。
 それが二つ、ベッドの前の床にコロンと転がる。

「うーん、名前ってどんな感じでつければいいんだ?・・・まぁ、適当でいいか」

 ベッドの上、一応とばかりに二枚並べたまっさらな紙の前でユーリは腕を組んでは頭を悩ませる。
 しかし彼はやがて、悩んでも仕方ないと適当な手つきでペンを奔らせていた。

「うん、これで」

 並んだ二枚の紙、その上に「ネロ」と「プティ」という二つの名前が並んでいた。

「どうだ?・・・あれ、何も起こらない?」

 二つの名前を記した紙を、それぞれに当てはめるように床に転がった卵状の物体の前に掲げるユーリ。
 しかしその名前を記した紙にも、目の前の卵上の物体にも一向に変化は現れる事はなかった。

「何だよ、つまんな・・・うおおおぉぉぉ!!?」

 一向に現れない変化にユーリが諦めかけていると、ぷすぷすとどこかから煙が立ち上ってくる。
 それは彼の手元、その手にした紙からだった。
 燃え盛る二枚の書類に、思わずユーリはそれを放り捨てる。

「やばいやばい!!?火事になっちゃう、火事になっちゃう!!?」

 乏しい滞在費に選んだ安宿は、当然の如く木造建築だ。
 そんな中に激しく燃え上がる火種を放っては火事になってしまうと、ユーリは消火を急ぐ。

「あれ、燃え移らない?何だ、普通の炎とは違うのか・・・?」

 慌てふためき消火手段を探し求めるユーリはやがて、可燃物だらけの場所に落ちたそれが、周りに火を燃え移らせていないことに気付く。
 そしてそれも、やがて燃え尽きる。

「っ!?何の光だ!?」

 「ネロ」と「プティ」、その二つの名前が燃え尽きると、どこかから眩しい光が迸る。
 翳した手に、立ち込める煙が視界を眩ませた。

「げほっ、げほっげほっ!!?煙が・・・何だ、何が起こった?」

 「命名」、それは文字通りその対象に新たな名前を与える能力。
 そして新たな名前を与えるという行為は、新たに命を吹き込む事に等しい。
 それ故に、その能力の名を「命名」と言う。

「あぁ、ようやく煙が晴れて・・・えっ!?」

 ユーリはその名前をつける時、何を望んだのか。
 彼は家族を羨み、それを懐かしんでその名をつけたのだ。
 だから、その存在が生まれた。

「「おとーさん!!!」」

 そこに生み出されたのは、二人の少女。
 生まれたままの姿を晒し佇む、幼く美しい女の子。
 黒い髪に白い肌、猫のような耳を生やした「ネロ」。
 そして白い髪に褐色の肌、犬のような耳を垂らした「プティ」。
 彼女達は輝くような笑顔でユーリをおとーさんと呼ぶと、真っすぐに飛び込んでくる。

「うげぇ!?」

 その勢いは凄まじく、そしてベッドの上にはそれほどのスペースの余裕はなかった。
 受け止めた二人の少女の柔らかさよりもずっと硬質な感触が後頭部を強打し、ユーリの意識はそこで途切れていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

ネコ科に愛される加護を貰って侯爵令嬢に転生しましたが、獣人も魔物も聖獣もまとめてネコ科らしいです。

ゴルゴンゾーラ三国
ファンタジー
 猫アレルギーながらも猫が大好きだった主人公は、猫を助けたことにより命を落とし、異世界の侯爵令嬢・ルティシャとして生まれ変わる。しかし、生まれ変わった国では猫は忌み嫌われる存在で、ルティシャは実家を追い出されてしまう。  しぶしぶ隣国で暮らすことになったルティシャは、自分にネコ科の生物に愛される加護があることを知る。  その加護を使って、ルティシャは愛する猫に囲まれ、もふもふ異世界生活を堪能する!

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!

ヒビキ タクト
ファンタジー
旧題:異世界転生 ~条件付きスキル・スキル吸収を駆使し、冒険者から成り上がれ~ 平凡な人生にガンと宣告された男が異世界に転生する。異世界神により特典(条件付きスキルと便利なスキル)をもらい異世界アダムスに転生し、子爵家の三男が冒険者となり成り上がるお話。   スキルや魔法を駆使し、奴隷や従魔と一緒に楽しく過ごしていく。そこには困難も…。   従魔ハクのモフモフは見所。週に4~5話は更新していきたいと思いますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです♪   異世界小説を沢山読んできた中で自分だったらこうしたいと言う作品にしております。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...